第四章②

 それから拙者は、ジルドを徹底的に調査(ストーキング)し始めた。


『なるほど。ジルドはそういう雑誌をよく買うのでござるな』

『ヒ、ヒロキ! どうしたんだ急にっ!』

『気にする必要はないでござる。ささ、続きを読むでござるよ』

『無理だよ! 気にするよっ!』


『ジルド。お主のそのペンはそろそろインクが切れるでござる』

『……何で君がそんなことを知っているんだ?』

『いいからいいから。拙者のペンを使うでござるよ。そして三日後ぐらいに返して欲しいでござる』

『……このペンの先に付いているのは、一体何なんだい?』

『ああ、これはメルセデスから取り寄せた録音機(レコーダー)というやつでな。音を記録できる、すぐれものでござるよ』

『こんなの絶対使わないよっ!』


『ヒロキ! ゴミ袋を漁って何をしようというんだっ!』

『いや、使えるものがないか、探していたでござる』

『何をどう使う気なんだ! はっ! そ、それ、さっき僕が捨てたゴミじゃないかっ!』

『おや? そうだったでござるか?』

『待て待て! 何故それを回収するっ!』


『全く、最近のヒロキはおかしいぞ。気の休まる時間がない』

『それは申し訳のうござる』

『って、お前、なんて所から出てきたんだっ!』

『は? 普通に学園の噴水の中でござるぞ?』

『普通じゃない普通じゃない! 全然気づかなかったぞ。一体いつから潜っていたんだっ!』

『んー? 昨日の晩ぐらいからでござるかな?』


『話は聞かせてもらったでござるっ!』

『まだ何も言ってないだろっ!』


「どういうつもりですか、野蛮人!」

 ある朝登校すると、アンジーの怒髪が天を突いた。

「何がでござるか?」

「『何がでござるか?』、じゃありません! あなたのせいで、ジルド兄様は体調を崩されたのですよっ!」

 アンジーの隣に建っているジルドは、確かに少しヤツレているようにも見える。

「しかし、ジルドは『全力でぶつかってこい』と拙者に言ったでござる。拙者としても、ジルド相手に手は抜けぬ」

「……何の話をしているのですか?」

 ん? アンジーとの会話がイマイチ噛み合っていないようだ。

 拙者てっきり調査(ストーキング)についての文句だと思っていたのでござるが、どうやら話が違うようでござる。

「これに、見覚えは?」

 そう言ってアンジーが差し出してきたのは、一冊の本。今まで見たこともない、奇妙な本だった。

 厚さはノートよりも薄く、紙はステープラーで止めてあり、手作り感溢れている。表紙にはやたらと美形の男が二人、半裸になって抱き合っていた。

 随分と、薄い本でござるな。

「何でござるか? これ」

「……僕と、君の漫画さ」

「おお! 前に話していた、アレでござるかっ!」

 自分自身が漫画の題材にされたなんて経験、拙者にはない。

 内容が気になった拙者は、ほんの軽い気持ちでページをめくった。

 そこに描かれていたのは、忍装束をやたらと着崩している男と、その男に跪いている金髪の青年姿。

 忍装束を着た男の台詞には、こうあった。


『さぁ、拙者の巻物を――』


 そこで拙者は、読むのをやめた。

「……何なのでござるか、これは?」

「先ほど、ジルド兄様がおっしゃられていたでしょう?」

「いやいやいやいや! ありえんでござろう! 拙者こんなこと言わんでござるよっ!」

「まぁ白々しい! 現実では出来ないからって、その本の中でジルド兄様にいやらしい事が出来るよう、この本の作成元に圧力をかけたんでしょう?」

「だから違うでござるよ! 拙者ノータッチでござるっ!」

 こんな酷い冤罪見たことないでござる!

 アンジーと押し問答をしていると、ロロ殿が教室へと入ってきた。

「おはよう、って、ヒロキさんたち、どうしたの?」

「おお、ロロ殿! いいところに来てくれたでござるっ!」

 拙者は事態をロロ殿に説明した。

「つまり、この本の中でヒロキさんがジルドさんにいやらしいことをしている、と?」

「ええ、そうなんです。日頃の劣情を、二次元で発散しているんですわ」

「してないでござるっ!」

「……聞いただけじゃわからないから、ちょっと読んでもいい?」

「どうぞ。ロロさんにも、この野蛮人がどれだけ危険な生き物なのか、理解していただくチャンスですわ」

 ……一体何をやらかしたんでござるか、あの本の拙者。

 アンジーから本を受け取ったロロ殿は、黙々とページをめくっていく。そして最後のページまで読み終え、本を閉じて、拙者に向かって一言。

「この、獣っ!」

「ねぇ、ホントに何したの拙者? 紙の上の拙者は、一体何したのでござるか?」

「ナニしてたよ。それで――」

「ロロ殿すまぬ! やっぱり言わなくていいでござるっ! 聞きたくない、拙者やっぱり聞きたくないでござるよっ!」

「こう、嫌がるジルドさんを、ヒロキさんが無理やり押さえつけて――」

「だから言わなくていいでござるよっ! しかも何で身振り手振り入れはじめたのでござるかロロ殿! 視覚的に伝わってしまうではござらんかっ!」

 耳を塞ぐ拙者を尻目に、ロロ殿は何故だか感心したように頷いていた。その頬は、若干赤くなっている。

「でも、男の人の体って、こうなってたんだね」

「え、そういう細部の所まで描き込まれてる感じなのでござるか?」

 ボカシとか入っていないのでござるか? それ、流通したらまずいやつでござろう?

 そう拙者が思っていると、ロロ殿に同調するようにアンジーも頷く。

「私(わたくし)も勉強になりましたわ」

「僕もだよ」

「いやいやジルド! お主は知っているでござろう! 知っていなければおかしいでござろうっ!」

 男の体でござるぞっ!

「でも僕、やおい穴なんて知らなかったよ」

「それは拙者も知らなかったでござる! 何なのでござるかそれ! そんな穴ないでござろう、男にはっ!」

 拙者の叫び声を聞き、一部の女子生徒たちが騒然となる。拙者は彼女たちに向かって、思わず指を指した。

「あいつらあいつら! この本作ったの絶対あいつらでござるっ! 文句を言うなら、拙者ではなくあっちに言うでござるよアンジー!」

 それを見て、アンジーは深く頷いた。

「ひとまず、それは置いておきましょう」

「どうでもいいのでござるかこれっ! お主、この本がジルドのヤツレた原因だと思ったから、拙者を詰問したのでござろう?」

「では、野蛮人が今日までジルド兄様をストーキングしていた件ですが」

「あ、そっち? やっぱり本命そっちでござるか?」

 拙者の言葉に頷き、ジルドは挑発的な視線をこちらに向ける。

「今まで散々ストーキングを繰り返してきたようだが、お前の努力は全て無駄になる」

「ど、どういうことでござるかっ!」

 ジルドの言葉に、拙者は狼狽した。

 拙者の反応を見て、ジルドは満足気に口元を歪める。

「何、ヒロキお得意の廉価品を封じ、そして僕がトップになれるテーマが、魅力試験で選ばれるからだよ」

「選ばれるって、何故それをお主が――」

 言いながら、拙者はロロ殿から聞いた話を思い出していた。


『魅力試験のテーマは、ゼニア家の意見に影響されることがあるんだって』


「ジルド、貴様……っ!」

「おっと。散々僕をストーキングしていた君が言えた義理じゃないだろ? それに、僕も言ったはずだ。どんな手を使ってでも勝つ、ってね」

「……」

「今日の午後には魅力試験のテーマが発表される。せいぜい楽しみにしているんだなっ!」

 そう言って、ジルドとアンジーは高笑いをしながら、拙者の元から去っていった。


 そしてその日の午後、学内案内板に一週間後に迫った魅力試験のテーマが掲示されていた。

 一年生のテーマは、『伝統』。


 そのテーマを見て、拙者は思わずつぶやいた。

「なるほど。確かに、ジルドにとっては最強のテーマでござるな」

 上流階級を真似して作り始めた廉価品では、『真似をした相手』の歴史、伝統が勝る。

 そしてジルドのゼニア家はダンヒル有数の名家であり、ダンヒル内ではトップクラスの歴史と伝統を持っている。

「ヒロキさん……」

 ロロ殿が、拙者を呆然とした表情で見上げている。

これ以上ここに残っていても意味が無い。拙者は学内案内板から逃げるように、踵を返して歩き出した。ロロ殿も、遅れてその後に続く。

「……放課後は、キートンに行く必要があるでござるな」

「う、うんっ!」

 動揺冷めやらないのか、ロロ殿の動きはたどたどしい。

 やがて拙者の隣に並ぶと、拙者にだけ聞こえるように、小声でこうつぶやいた。

「……どうしよう。ヒロキさんが予想していたテーマが、本当に今回の魅力試験のテーマになっちゃったよ」

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