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「順也は、どうしてここにいるんだ?」

 俺は読んでいた本から顔を上げて順也に言った。

 順也はスマートフォンを弄びながら、顔を上げずに答えた。

「別に来たくて来た訳じゃないすよ。首吊って気付いたら」

「そんなもんか。俺は自ら望んで来たから」

「そう言えば恭平さんが何でここに来たか聞いた事ないかも。教えて下さいよ」

 スマートフォンをポケットに突っ込みながら、順也は今まで見た中で一番生き生きとした表情をして俺に詰め寄った。最近の若い子の距離感が俺には分からない。

「つまんない話だよ」


 俺は自分がここに来た経緯をつまんで順也に話した。最初の内は興味があった順也も、自分と違って何の起伏も存在しないその話に興味が段々と削がれていくのを実感しているのだろうが、自分から話を聞きたいと言ってしまった手前、無碍むげにする事も出来ないのか、渋々話を最後まで聞いていた。


「そんなもんなんすね」

「そうそう。つまんなかっただろ?」

「まあ……正直」

「素直だな」

「そんなもんすか?」

「そんなもんだよ」

 また話が続かなくなって沈黙の舞台が幕を開けようとしたが、以外にも次は順也がその沈黙の幕を開けるのを妨害した。

「あの本、見ました?」

「これか?」

 トートバッグの中にある本を乱雑に取り出して、俺と順也が座るベンチの間のスペースに放った。

『彼女を待ちながら』

 その本は無機物でありながら、俺たちを威圧した。

「恭平さん持ってるんすか」

 順也はなにやら驚いてみせる。

「そりゃそうだろ。俺は警察官だぞ」

「いや、関係ないっしょ」

 順也はそう言いながら本を手に取って第六話、自分の話の最後のページを開いた。わしばらくの間、順也が文字を目で追い終わるのを待った。


 公園の中心から少し外れた辺りを、一匹の猫がぐるぐると円を描くように歩き回っていた。

 順也が本を置いて言う。

「なんなんだよマジで。本当にこの本見る度に気持ち悪くなる」

 俺はこの本のメインの話になれなかった男。

 そう思えるだけでも良いじゃないかと思いながらも、それを口にはしない。

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