kuusi


 私は養父やぶの集落に辿り着いた。

 車から転げ落ちて、集落へ駆ける。大勢いる警察官や消防士の人達の中にたゑさんと集落の八人全員の姿があった。


「たゑさん」


 私の声に導かれ、集落の人達が一斉にこちらを振り向く。

 集落の人達の軽蔑けいべつ憤怒ふんぬと絶望とが入り混じった十八個の眼によって、私はその場に打ち据えられた。

 彼らの眼から流入してくる罵詈雑言の数々に、私は耐えられずくずおれる。

 目は口ほどに物を言うなんて言葉があるが、目は口以上に如実にょじつに真実を映し出しているのであって、私はその真実にも耐えられなかった。

 私が信じたものはことごとく私を裏切っていく。人間なんてものは結局自信を守る事で精一杯なのだ。

 美しく彩られた自然界のパズルと同様に、人間界のパズルも美しく彩られる事なんてあるはずがないのだ。


 私は空を見上げる。

 そこには光量の弱い月が一つ、孤独を絵に描いた様に、ぽつんと静かに浮かんで、見えるはずもない日本の未来を見ようとするかのごとく、どこか一点を見据えている様に思えた。あるいはそれは月ではなく私の事なのかもしれないが、もはや私にそこまで考える心の余裕など存在しなかった。

 私は今になって燃え盛る、その愛していた集落をじっと見る。

 美しく彩られた自然界のパズルをおかしていく、妖艶ようえん揺蕩たゆたう炎の舞踏は、私の目に飛び込んでくると怪しい魅力でもって私の感情も揺蕩わせる。

 そして冬になれば美しく彩られた朝焼けにも似た未来への道を輝きで示しているかの様な黄色や、夕焼けの様に終わった一日を優しく包み込んで疲れを癒してくれるゆるやかな炎にも似た赤色をまとっていたのが嘘の様に思える、ざらついて質素な温かみも感じないただの茶色い肌を露出させ、寒い冬が終わるのを地味ではあるがひたすら辛抱強く、修行僧しゅぎょうそうの様に強い信念を内にしっかりと持ち続けて耐えている樹木を、その炎でひたすら侵攻しんこうしていく姿に私は興奮を覚えた。

 息が上がり体の芯が熱くなっていくのは、この炎が樹木を包み込みその内に秘めた水分と信念を蒸発させて、身を焦がしていく際に発生する煙と揺蕩う炎の舞踏が飛び火して舞踏場を広めていく際に発している熱によるものだろうかと考えて、それもあるのだが自分が性的な興奮を覚えているという事実をここではっきりと自覚した。


 異常だと思ったが、炎がたゑさんの家や玉ねぎとじゃがいもを収穫したら保管しておく倉庫、集落に住む他の八人の家、そして私の家を燃やしていく様を眺めていると興奮は一層高まった。

 しかし私はその興奮が怖くなり、なんとか足に力を入れると車の座席に、沈んだ。そして一連の動作を行い車を発進させる。一連の動作はもう身体に染み付いていて、意識せずとも馴染んでいる事は自然と行えるものだが、今回も私はヘッドライトを付けるのを忘れていて、ライトスイッチを奥にひねって、暗闇を引き裂いた。

 光の先を見つめていると繰り返し感じた、この世界に亀裂でも入ったのか、しくはほころびの様なものが生じたと感じたあの瞬間のたゑさんを思い出す。

 あの流麗な動きは私の中で妙に印象に残っていて、今でもあの瞬間を思い出すと私は。


 興奮した。


 私はあのたゑさんの動きを見て世界に亀裂が入ったのか、若しくは綻びの様なものが生じたと感じた時、それを破壊したいと思った。

 美しいものが好きなのではなくて、それを破壊して醜いものにおとしめる事を夢見た。

 現代社会というパズルを完成させたかったのはその後のパズルの崩壊を見据えての事で、結局破壊衝動というものにこの身体と心を蹂躙じゅうりんされて、私という存在は支配されかけていた。

 しかし、それでも、私はまだ完全に破壊衝動に支配された訳ではない。

 破壊衝動に性的な興奮を覚えようとも、それに恐怖する自分がいるのだから私はまだ大丈夫なはずだと信じている。まだ正常な自分がいるのだと信じている。


 高速道路に乗る。

 私は破壊衝動の事を考えまいとして、車を飛ばす。飛ばす。

 田舎を通る高速道路はやはり薄暗く、私はハイビームにしようとライトスイッチを捻る。

 光が切り裂く闇の先に一人の女が立っていた。

 私は慌ててハンドルを切る。咄嗟の事にハンドル操作が大きくなってガードレールに向かって進路を変えた自分の車は、もう体勢を変更する事は出来ない位置にまで来てしまった。

 諦観ていかんの境地と取れる程に落ち着いて死を待つばかりの私は、視線を女に向ける。


 それは彼女だった。


 そこだけしっかりと光量が確保されていて、しっかりと姿を確認する事が出来る。靴はアディダスのスタンスミス。服装は、膝小僧が丁度隠れる丈の薄い生地で出来た白いプリーツスカート。

 同系統のブラウスの上には、スタンスミスの緑色と同色のオーバーサイズのスウェットを着て手は袖の中にすっぽりと納めている。

 スタンスミスとプリーツスカートの間の空間は綺麗な白い足と、それを少しだけ覆い隠す白色のクルーソックス。白色のベースボールキャップを浅く被って、前を真一文字に揃えた髪の毛の下の顔には、以前と同様シニカルという葉を大量に貼り付けていて、私の心の中の破壊衝動を見逃さんとするべく、樹液にも似ているどろりとしてへばりついたら離さないとでもいう様な全くもって気色の悪い視線をこちらに向けている。


 そして衝撃が走る。

 私の身体は宙を舞い外に投げ出され、再度衝撃が走る。

 直後に吐き気をもよおすほどに脳が揺れて、折れてくれた方がまだ痛みが少ないのではないかと思えるほどに骨がしなう、血液は私の身体の構成を忘れたのか逆流を始める、私は目を開いたまま、光量の強い二つの月を見て、彼女に思いをせた。

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