sechs

 次に意識が戻った時、私が再び目を開ける事は無かった。

 しかし私は自身をしっかりと視界に捉えている。

 これがどういう状態なのかは分からないが、俯瞰ふかん的に彼ともはや抜け殻と化しているであろう自身を見ている。

 こんなものがあるのかどうかは分からないが幽体というものが存在するのであれば、この状況はそれに近いのではないだろうかと思われる。


 私は死んだのだろう。


 何が起こったのかはしっかりと理解出来てはいないが、彼が私を抱きしめているのを見てきっとそうなのだろうと合点がてんがいった。

 一瞬出会っただけの私を抱きしめている彼はなんと殊勝しゅしょうな人間なのだろう。私はいたく感動した。

「一匹狼だったのか、お前は。あんな所に一人でいるなんて」

 彼は小声でそう言うと、私――抜け殻――を抱く手の力を強めた。

 彼の心は読めないし声から感情を読み取る事も出来ないが、その光景を見て私は感じた。

 誰かに愛されるという事は、こんなにも素晴らしい事だったのか。


 至福に包まれているはずだった。


 しかし私の心に何故か不穏ふおんで冷たく、不気味な感情の様なものが流入してくるのを感じる。

 今までに感じた事のない、暗く鬱屈とした悦楽えつらく

 この感覚はどこからやってくるのかと考えていると、彼が上を向いて笑った。

 そして抱きしめていた彼の背中でしっかりと見えていなかった抜け殻――私――の姿が露わになると、私は愕然がくぜんとした。

 抜け殻の頭はひしゃげていて欠損がひどく、故意に強い衝撃を加えられた様に見受けられた。


 一体誰が。

 まさか彼が。


 信じたくないが、笑っている彼からと思われるどす黒くいびつよろこびの感情の流入は止まらない。

 私は幽体――意識とも呼べるかもしれない――こそ身体を離れているが、まだ息があるのかもしれない。だから彼からの感情の流入を感じているのかもしれない。

 正確な事は分からないので憶測おくそくの域を出ないが、これだけは確実に言える。


 私は消えるのだ。


 そう理解すると声が聞こえた。

「九つの魂の総決算に相応ふさわしいものになったかしら」彼女の声は独立した音域を確保でもしているのか、彼の耳障りな笑い声の中でもしっかりと言葉を響かせ続ける。

「君は一人じゃないわ。周りをよく見てご覧よ」


 周囲を見回すと猫の剥製はくせいがいくつも並んでいる。

 しかしそのどれもが何故か不自然で、歪で、違和感を覚えた。

 世界が歪に傾く、彼女を見た時に感じた、あの感覚が蘇った。

 歪になった世界は私の視界に猫の剥製をひとまとめにして見せつけるかの様に世界を丸くしていく。そして中心に彼と抜け殻があり、その周囲にいくつかの剥製が並び完全に世界を円に閉じた。


 そこで私は気付いた。

 全ての剥製が私なのだ。

 剥製は八体。そして今彼が抱いているものを合わせれば九体となる。

 私は幾度目の人生においても彼の手によって終わりを迎えていたのだ。

 そう悟った時、いくつかの記憶が蘇った。

 一度目の人生の時、私は飼い猫で、彼に愛されて育った。と思っていた。

 しかし彼は私に飽きた。

 彼は何度も私を路頭に置き去りにしていったが、その都度私は彼の家へと戻った。彼と別れたくなかった。

 そして彼は苛立って、私に何かをした。

 記憶は身体に残された衝撃だけで、それ以上の記憶は残っていない。

 一度目の終わりだ。


 次の二度目の魂で私はまた彼の所に戻った。

 一度目の記憶は都合よく解釈されていて彼との幸せな思い出しか残っていなかったのだ。

 昔の彼はもういなかった。彼はおかしくなっていた。一度私をあやめた事で快感を得てしまっていたのに、そんな事とは知らず、また私は魂を彼に捧げる事になった。

 それ以降私は以前の記憶を思い出す事なく魂を使った。

 しかし元々飼い猫だった故に私は土地勘が無く、毎度彼の家の近くから人生をやり直していたらしい。その都度彼は私を見付けた。

 彼が気付いてやっていた事ではなく、決められた世界の歯車の一つ。

 人間はこれを運命や縁と言うのだろう。


「いい線いってるけど、残念。ちょっと違うの。よく思い出してみて」


 彼女はそう言った。

 記憶をもう一度掘り返してみる。

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