zwei

 彼女は不意に私の前に現れた。

 私は繁華街の路地裏を目的もなく歩いていた。そこは大通りの喧騒けんそうが、壁一枚隔てた先からテレビやラジオの音が流れてくる様に聞こえるくらいには静かな所で、繁華街の大通りとは建物を挟んでいるだけだというのに恐ろしい程に人の気配がなかった。

 そんなところに、彼女はぽつねんと、私を待っていた風に佇んでいた。

 伏し目がちな視線が見据みすえる先を妨害するのではと思える程に長い上の睫毛は、重力に逆らうように綺麗な放物線を天に向けていて、二重瞼でぱっちり開いている目には強い目力がある。


 その目が私を捉える。


 その視線に射抜いぬかれて、私は戸惑った。

 こんなに目力のある目で私を見ているというのに、彼女には存在感というものが希薄きはくなのである。

 しかし足元に目を向けると、存在感のある個性的な色の靴を履いていた。


 彼女はアッパー部分がほぼ全面黄色で、両サイドに鳥をデフォルメした様な形にも見える灰色をした波形のラインを配し、その波形のラインには丸い穴が三つ開いていて、そこから黄色が覗いているのがかわいらしい。

 その波形のラインと同じグレーをタンには四角く、ヒールカウンターは上部に、そして上から二つ目のシューホールの部分までのシューレースだけに纏っている。

 特徴的でありながらデザイン自体は少しレトロな要素も感じさせるが、良く言えば普遍的なデザインとも言える。

 アウトソールは波形のラインなどの部分よりは薄いグレーで、ミッドソールは白色の靴底が少し薄い作りになっている。


 彼女は私がその靴に注意を奪われている事に気付いたのか、口を開いた。

「この靴が気になるの? これはサッカニーのジャズロウプロって靴。ジャズっていうモデルが元々あるんだけど、それのロウプロファイルモデルでジャズロウプロって名前なの。ロウプロファイルは薄底化って意味ね。アウトソールに三角形のラバーを配置しているのも特徴的なんだけど」そこまで一息で言いきると彼女は、はっとしたような顔をして続ける。

「そんな事聞いても仕方ないか。靴に興味なんてないよね、君の場合」

 そう言うと彼女は笑った。


 その笑顔は彼女の大人びた表情から想像していたものとは違って、少女の様に屈託のない純粋さが溢れ出した笑顔であった。

 それだけに私は、靴に興味がなかった自分が情けないような気分になった。

 彼女に話を合わせてあげる事も出来ないなんて。と思うと自然と謝罪の気持ちが胸を渦巻いた。

「申し訳ありません。靴に興味がないのは全くその通りです」

「気にしなくていいよ。別に好みを押し付けようと思って靴の話をした訳じゃないから。ただ好きなものについてはやっぱり語っちゃうものだね」彼女は少し真剣な表情になって続けた。

「君は好きなものってある?」


 彼女はどうして私の好きなものなんて聞くのだろうか。と不思議に感じた。

 しかし何故か次こそは彼女に話を合わせたいとも思い、自分の好きなものを考えあぐねていると彼女は言った。

「そんなに悩まなくてもいいよ。好きなものが無いって事だってあり得るんだから」

「申し訳ありません」

 私は再び謝る事しか出来なかった。

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