five

 放置してきた仕事は案外早くに片付いた。

 昨夜は彼女の事が気になっていたので仕事が手につかなかったが、今彼女の事を考えても仕方がないと思ったら、本来の仕事のペースに戻ることが出来た。

 光には嫌な顔をされたが、以前から何度も光の手助けをしていたこともあり、しぶしぶではあるが手伝ってくれた。仕事は遅いがミスの少ない光の手伝いも少しは役に立った。


「すまないね、昨日は先に帰っていいといっておきながら、この体たらくで」

「いいですよ、本来僕も残って片付けないといけないものだったはずですし。でも、先輩にしては珍しいですね。残業して次の日に仕事残してるって」

「ちょっと気になることがあってね」

 光は、気になることですか。と不思議そうに言葉を繰り返したが、僕が返事をしないのを見ると、特に気にする素振りもなく自分の机に向かった。


 その後はいつも通りに仕事をこなして、昨日と同じ時間になるのを待った。

 昨日と同じ時間までオフィスにいなければならないので、仕事のペースはいつもより遅めにしているが、そんな事はきっと誰も気付いていないだろう。

 夕方の五時になり、定時で退社していく社員が半数を占める中、残業代目当てだったり、単純に仕事のペースが遅く作業が終わっていない者がまだオフィス内にはぽつぽつと残っている。

 残業代がしっかり出るんだから比較的いい会社だ。

 ただ僕たちの事を考えずに仕事を受注する馬鹿な営業のせいで休日にも出勤が多いのが難点だとはいえるなとパソコンに向かっている振りをして、今更ながら自分の会社の事を思ったり、昼に行った定食屋のからあげが美味しかった事を思い出したり、彼女はいつどのタイミングでオフィスに入ってきて、どうやって素早くオフィスから出て行ったのだろうかと思索しさくしたりして時間を過ごした。


 その間にも社員は一人、また一人とオフィスを出て行く。

「先輩、お先失礼しますね」

「お疲れさま、気を付けてな」

 今日も遅くまで残っていた光が、やっと仕事を終えたようで、疲れた表情のまま、今日もこちらには一瞥いちべつもくれずにオフィスを後にした。

 今日も僕以外の人間でこの時間まで残っていたのは光だけのようだ。

 丁寧な仕事をするのはいいことだが、もう少しスピードをあげることも覚えた方がいいだろう。毎日この時間まで気を張って仕事をし続けるのも大変だ。

 僕のように残業代が欲しくてだらだら仕事をしているなら疲れも少ないとは思うが。


 それはともあれ、オフィスは僕一人だけになった。

 壁に掛けられた時計の短針は九の少し前で、長針は八を指している。

 昨日彼女が現れたのは、だいたいこれくらいの時間だったはずだ。

 僕はオフィスの入り口兼出口である両開きの扉に視線を向けた。


 まだ現れない。


 まだ。まだ。

 壁に掛けられた時計に目を向けると、長針の位置は九を少し超えたあたりだ。

 待つという行為をしていると時間の流れがひどく遅く感じられる。

 そして再び、オフィスの扉に目をやった。


 その時、廊下に人の影がゆうるりと動くのが見えた。

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