私のトマト鍋!です!
「あの……すみません、いい加減にしてもらえませんか……」
私、澄川葵は怒っている。目の前のトマトをそのままぶち込まれた鍋を見れば、理由はもうわかるだろう。私が楽しみにして今度こそ作ろうとしたトマト鍋を、このアホの先輩雪野華は再びつい先日のトマトぶち込み事件をそのまま再現してくれたのだ。
「雪野先輩、私の言いたいこと、わかりますよね?」
「えーっと……わかるというかーわかりたくないというかー」
私は逃げようとする先輩の頭をがっちりホールドして無理矢理鍋の方を向かせる。この先輩現実を見る気がないのか力いっぱい目をつむっている。
「わかってもらえますよねぇ先輩!」
「ひぃぃ!ごめんなさーい!」
もういっそ諦めてトマト鍋の
「それって~かまくらの中で作らないとダメなのかしら~?」
「……へ?」
岸辺先輩に相談すると、意外な答えが返ってきた。かまくら部なのにかまくらの中で作ることを否定するなんて考えられない。しかし先輩はクスクスと笑いながら答えてくれる。
「葵ちゃんのお部屋で作って、かまくらに持ってくれば良いんじゃないかしら~?だって歩いて五分よ~?」
「あ……あ~~」
納得……したようなしないような……とにかく、せっかく先輩が提案してくれたんだ。素直にその通りに従ってやってみるのがいいだろう。ということで私は、予備に買っていたトマトを奪われる前にカバンの中にしまう。
「あー!部費で買ったのに一人占めする気だー!」
「雪野先輩に言われたくないです!それに私はこれで鍋を作ってみんなで食べるんですから!」
雪野先輩の戯言は放っておいて、今はこの鍋にそのまま放り込まれるという悲しい結末を迎えたトマトを、私が食べてあげることにしよう……
「いやーやっぱりトマトはおいしいねー!」
「……雪野先輩」
「ひっ……あ、あれぇなんで怒ってるのかなー?これは別に私悪くないよねー?」
悪くない?よくもまぁそんなことが言えたものだ。私が食べたくて買ってきたトマトなのに、私はいまだに一つたりともたべられていないのにだ。
「まぁいいですよ、とびっきりおいしい鍋を作って、二度とつまみ食いができない体にしてあげます」
「あ、あおっちの笑顔が……眩しいなぁー……」
そんなこんながあって翌日、私は宣言通りに部屋でトマト鍋を作っている。これでなんの妨害もなく最高の鍋が出来上がるはずだ。トマトの赤に染まる出汁を見て思わず頬に手を当てて感激してしまう。見ていろ雪野華、これであなたも私の料理にメロメロよ!
「まずぅい……」
「えぇぇ!!?」
そんな馬鹿な……このアホ先輩は舌がバカになってるんじゃないんだろうか。もちろんこの先輩の言う事など信じるはずがない。岸辺先輩や美雨、それに柳先生にも食べてもらおう。
「あらあら~……」
「うぅ……」
「おい澄川、まずいぞこれ!」
「はいぃぃ!?」
怒り気味の柳先生が私に食べろと言わんばかりに、箸で私の小皿を指す。もちろん味見はしているしおいしいのはしっている。私はその証明にと小皿に盛った野菜を口に放り込んでいく。うん、トマトの味が染みていて旨い。
「これのどこがまずいんですか?」
「あのね葵ちゃん、私は~味が薄いと思うんだけれど~調味料はいれたかしら?」
「へ?入れてませんよ」
まったくなにを言っているのかしら、トマト鍋なんだからトマトの味を楽しまないで調味料でトマトを殺すなんて私には出来ない。しかし私を取り囲む四人の視線がなぜか冷たい。
「おい岸辺、こいつここで料理手伝ってたよな?」
「ええ~でも味付けは基本的に私と美雨ちゃんでやっていたから~」
「まったく仕方がないな……こいつに料理を教えてやれ」
さっきから好き勝手言ってくれる。こんなにおいしい鍋なのに、それがわからないなんて、まともなのは私だけなのか!……ん、なんかおかしい……私だけ?それってつまり、この状況で異端は私……?
「あの……おいしくない、ですかね……」
「……」
全員が、無言で大きくうなずいた。いつもなんやかんやで味方をしてくれていた美雨でさえ、私の助けてくれオーラ全開の目から視線を逸らした。もう、認めるしかないのか……
「ごめんなさい料理を教えて下さい……」
「は~い、もちろんいいですよ~」
「ゆあっち!私も手伝うよー!」
「華ちゃんは黙ってましょうね~」
こうして、私の料理修行が始まるのであった……
「はぁ~料理修行編かぁ~」
「葵ちゃん何言ってるの?」
「……言ってみたかっただけよ」
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