買い出し!です!

「あら~?あらあら~?」

「どうかしましたか岸辺先輩」

「火が付かないのよ~」


 いつもの夜のかまくら鍋をしよう、という時に岸辺先輩はガスコンロのつまみを捻って戻してを繰り返す。コンロの火は点きそうで点かない。


「これももうダメね~、明日カセットボンベ買ってくるわね~」

「おー!じゃあ私も行くー!二人も来るよね?」

「え?」


 と、言うわけで……翌日の放課後、私たちは麓寮に向かう一台のバスに乗り込む、しかし全校生徒のおよそ半分の60人ほどが乗ったバスに更に私たちが乗り込む。つまり、満員バスだ。


「ゆあっちー!人並みに揉まれて呼吸が出来ない!」

「あ~れ~華ちゃ~ん~」

「ちょっと押さないでよ!」

「葵ちゃん……私もう……」

「美雨!しっかりして!」


 満員バスに辛うじて乗り込めた私たち四人は、扉に押し付けられ潰れそうになっていた。先生に車を出してほしいと頼んだけれど、今日は職員会議ということで、やむを得ず満員バスに押し込まれたのであった。


「雪野華!なんでアンタがバスに乗ってるのよ!」

「あー!芽衣っち!……それで、なにしてるの?」


 小学生先輩こと山本芽衣先輩の声が聞こえたが、いくら周囲を探しても姿が見えない。すると美雨が足元を指さしていた。そこには膝を抱えてしゃがんだままこちらを見上げる小学生……山本先輩だ。


「おい、今チビは良いなとか思わなかったか」

「被害妄想ですよ」

「それより、そこの私の次に小さいの」

「わ、私ですか!?」


 突然のとんでもない侮辱……しかし確かに美雨の身長は学内でも山本先輩の次にと言ってもいいほどに小さい。


「小さいんだから場所取ってるんじゃないわよ」

「え!?でもしゃがむのも……」

「なら!良い方法があるよ!」

「え、雪野先輩?ってきゃあ!!」


 突然目の前にいた美雨が消えてそこに人一人分のスペースが出来る。空いたスペースに押し込まれると、頭に重たい何かが乗っかる。


「ぎゃあ!足!?」

「あおっち!その足持って!」

「持てって……美雨の足!?」

「下ろしてくださ~い!」


 上を見た私の視界には仰向けに担がれた美雨の姿。このままだと危ないので足をしっかり持ってあげるけれど、なかなか暴れるから力を入れないと危ない。っていうか……


「ちょっと美雨暴れないで!私の頭蹴ってるから!」

「だって!だって~!!」


 バスを降りる頃には、私の髪はボサボサの靴の泥やら雪が付いていた。これ一番の被害者は私なんじゃないだろうか?麓寮から近くのスーパーまで歩いて10分、ホームセンターもその並びにあるからパパっと買い物を済ましてしまおう。


「あら~今日は何を買うんだったかしら~?」

「カセットボンベでしょう……」

「あ~そうだったわ~」

「え!?新作ボードゲーム漁りじゃないの!?」

「いつどこで誰が言ったんですか……」


 岸辺先輩は物忘れ激しいし、雪野先輩は勝手な事言い出すし……それにしても新作のボードゲーム……ツッコミをいれた手前今更気になってきたなんて言い出しにくい……


「あの、岸辺先輩……私もその、ボードゲームが気になるんですけれど……」

「あら美雨ちゃん、しょうがないわね~じゃあ少しだけ見ていきましょうか~」


 まさか美雨も私と同じく気になっていたなんて……ここは素直に美雨に感謝しないと、口実が出来たわけだし私も色々見ていかないと。ボードゲームといったらなんだろう、しばらくやってないから忘れちゃったな。ホームセンターに到着すると、雪野先輩が一直線にオモチャコーナーに走り出した。


「子どもじゃないんだから……」

「カセットボンベは私が買っておくから~二人も見てきていいわよ~」

「良いんですか?じゃあ行ってきます!」


 私と美雨も雪野先輩の向かった方向に行くと、目を疑うほどのオモチャが買い物かごの中に詰め込まれていた。


「なんですかこの大量のゲームは!?」

「う~ん部費という名の割り勘だとたくさん買えていいねー!」

「それ私たちのお金も含まれてるんですけど……」


 とりあえずカゴの中のオモチャのほとんどを商品棚に戻していくけれど、雪野先輩が一つだけかなり大きな箱を抱きしめて離さない仕舞いには涙目でこちらに訴えかけてくる。


「これだけは!最新の人生ゲーム江戸物語編だけは!今のところ全種類持ってるんだから買わないわけにはいかないのー!」

「わ、わかりました……わかりましたから泣かないでくださいよ……」


 人生ゲームだけはカゴの中に戻して私たちも棚を見上げる。見たことのないゲームからプラスチックのバットやミニプール……ミニプールだけは間違いなくいらない。


「あれ、これって……」

「葵ちゃん?それなに?」


 私が手に取ったのはチャイニーズチェッカー、いわゆるダイアモンドゲームというやつである。小さいころ家族でやったのを思い出した。今じゃルールもそこまで覚えてないけれど……


「私、これが欲しい」

「おー!あおっち入れて入れてー!」


 雪野先輩の持ったカゴに放り込んだけれど、いまだにカゴに何も入れていない美雨はカゴの中をジッと見つめたまま動かない。


「私もこれやりたい、葵ちゃんやり方教えてね!」

「う、うん……やり方覚えてないけどね……」

「じゃーみんなで考えながらやろー!」


 その後他の買い物を済ませた岸辺先輩と合流して外に出ると、駐車場の車の窓から顔を出した柳先生が親指を立ててこちらを見ている。


「先生ー!迎えに来てくれたんだー!」

「なんとか職員会議も終わってな、ここからじゃ歩いて帰るのも一苦労だしな、とりあえず乗りな」


 五人乗りのタバコ臭い車に乗り込んで学校に帰る。早く帰ってやりたくて今のうちに説明書を読んでみる。


「それにしても……岸辺先輩ってなんだかお母さんみたいですよね」

「あ、それわかるかも、それで柳先生がお父さんね」


 するとなぜか助手席から鼻をすする音が聞こえてくる。サイドミラー越しに見ると岸辺先輩が涙を流していた。


「ええ!?先輩どうしたんですか!?」

「あーあーあおっち泣かせたー!先生に言ってやろー!」

「いや、どういうことなんですか!?」

「私……そんなに年取ってないのにぃ~」


 そういう意味で言ってない!でもどうにかフォローしないとこの後気まずくなる!


「先輩!私はそんな年取ったなんて思ってませんから!」

「知らなぃ……」

「先輩!私は先輩が美人で大人びてるって言いたかっただけなんです!」

「うるさぃ……」

「ゆあっち!私はゆあっちのこと大好きだよ!」

「私もぉ~……」

「ふぁ!?」

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