お餅!です!

 パチパチパチパチ……控え目ながら力強い炎が弾けるような音がかまくらの中に聞こえてくる。上につけた窓を開けて、煙をそちらに逃がしながら七輪の火をうちわであおぐ。炎の上の金網には風船のように膨らんでいく五つの餅。


「あ~……いい……」

「葵ちゃん、おじさんみたいだよ」

「だってさぁ、こんな膨らむ餅を見たら誰でも幸せになれるよ……」

「あはは……わからなくはないんだけど……ね、先生?」

「アタシは食べれれやなんでもいいや、今日は餅ってことで日本酒だ!これで雑煮なら完璧なんだけどな」


 どこから取り出したのか、柳先生が懐から酒瓶を取り出して、持参のカップに注ぐ。一応学校の敷地内ではあるけれど、もう下校時間も過ぎてるから誰も彼女を咎めない。


「先生ならそういうと思って~今日は北海道のご当地お雑煮を作りました~」

「なに!?でかしたぞ岸辺!これで酒が十倍うまくなる!」


 かまくらに入ってきた岸辺先輩は中くらいの鍋に鶏ももやニンジン、玉ねぎにナルトが入った濃い醤油色のお雑煮がたっぷり入っていた。それを人数分のお椀に入れていく。


「本当は~北海道のお雑煮の餅は焼かないんですけどね~」

「そうなのか?アタシの知ってる雑煮とずいぶん違うな」

「先生はどこ出身なんですか?」

「東京だ」

「うわー都会だー!」


 いきなり目の前の人が都会人だと知ると、ザ・田舎人の私から見るとえらく眩しく見える。東京なんて私は一度も行った事がないだけあって、興味が湧いてくる。


「東京の雑煮って、北海道とどう違うんですか?」

「まずすまし汁はこんなに醤油は濃くないな……ズズッ、かなり甘いし、東京は薄めの醤油だしに昆布やらかつおだしだからな」

「根本的に違うんですね」

「ああ、それに青菜が一つも入ってないのは驚きだ、でもこれもなかなかいけるな、酒にも合う」


 そういってまたカップにお酒を注ぐ柳先生。先生に気を取られていると、私の前にもお雑煮が渡される。とりあえず一口……


「ふぁぁ~あったまるぅ~……」


 普段より少し寒いかまくら、だからこそこの温かみが全身に染み渡る。雑煮の入ったお椀が空になったところで、今度はお皿に乗せられたお餅が手渡される。甘口の醤油を軽くつけて一口……


「あ~カリッカリのもっちもち!これが食べたかったぁ~!」

「よかったね葵ちゃん!」

「美雨も食べなさい!ほらほら!」

「うん!」


 美雨にもお餅を渡すと彼女も一口……熱々に一瞬悶えながら飲み込むと、頬を赤く染めながら今にも昇天しそうな幸せそうな表情で笑っている。私たちが焼餅に夢中になっていると、岸辺先輩が新しい餅を袋から取り出す。


「もう一個~いっちゃう?」

「「もちろんです!!」」


 私と美雨で同時に即答した。新しい餅が焼けていき、再び膨らんでいくのを、私たちは目を輝かせながらみつめる。焼けた餅をお椀の中に入れて、そこにまたお雑煮を注ぎ込む。今度は雑煮餅だ。


「あ~……幸せ~……」



 ひとしきり食べ終わると、全員七輪の火を消して、ある程度の換気を済ませた後、窓に木の板で蓋をする。お腹いっぱいになるとその場で全員が寝ころんだ。雪野先輩にいたってはお腹を出して寝ている。先生にいたっては明日も学校があるというのにまだお酒を手放さない。


「おおそうだ、今日はアパートに泊っていくから、誰の部屋が空いてる?」

「え、先生帰らないんですか?」

「ああ、今から帰ったら寝る時間無いからな、そうだ!澄川の部屋でいいか?」

「え!?私の部屋ですか!?」

「いいねー!私今日も泊りに行っていい?」

「ダメですよ!そもそも布団もベットもありませんし!」

「寝袋ならある!」


 唯一の断れそうな理由を奪われた。私がどうにかこの先生を泊めない方法が無いか模索していると、後ろから肩を叩かれる。振り向いた私を待っていたのは、困り顔の美雨だった。


「あ、あのさ、私の部屋のストーブ……灯油切れてて……その……」

「ああ……うん……」


 諦めた私は柳先生と美雨を連れて部屋に帰る。美雨は自分の部屋から布団を持ってきて、先生は寝袋で部屋の真ん中に置いてたテーブルをよけて、三人並んで寝る。


「なぁ、寝る前に一服していいか?」

「ベランダでしてください」

「いや、外寒いし……」

「臭いつくじゃないですか、灰皿も無いですし」

「わかったよ、ケチだな~ちなみに携帯灰皿は持ち歩いてるから心配すんな」


 雪の積もったベランダに一人出て、柵に寄りかかりながらタバコに火をつける先生。しかし、なぜか煙は部屋の中に入ってきて、同時に冷気も入ってきた。布団から顔を出した私は驚愕の事態に目を見開いた。


「先生!扉閉めてくださいよ!」

「ん?おお、すまんすまん!……ん?」


 外から扉に手をかけた先生が不思議そうな顔で扉の下を覗いている。


「なにやってるんですか?」

「いや、閉まらないんだが……」

「は!?」


 布団から飛び出た私と美雨は、先生と同じように扉を閉めようと力を込めたけれどビクともしない。


「こ、ここの扉……建てつけわるかったのかなぁ……」

「お、おい、これってまずいんじゃないのか?」

「や、やっぱりまずいよね……」


 三人の視線が交差した瞬間、私たちは三人がかりで扉に力を込めた。上にあげても横にずらしても押し込んでも閉まらない。しまいには三人力任せに押しても引っ張っても動かない。こうしている間にも部屋が冷気に満たされていく。


「そうだ!葵ちゃん、油で滑りを良くしてみたらどうかな?」

「そ、そうね……確かオリーブオイルが台所にあったはず……」


 結局、台所に置いていたオリーブオイルを敷居に塗るという、かなり無茶なやり口で扉は閉められた。けれど、部屋の中の空気はすっかり氷点下。再びストーブの熱が部屋を満たし、眠りにつけたのは深夜の三時を過ぎたころ、翌日先生を含めた三人で遅刻したのは言うまでもなかった。

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