雪かき!です!

「第二次山頂学園雪かき戦争開幕だぁぁぁー!」


 まだ他の部が部活勧誘をしているというのに、雪野先輩が先陣を切って雪の中に飛び込んでいった。先輩から聞いた説明は、まず制限時間は今日の午後五時まで一日一杯、その間だけは雪かきと部活勧誘が出来る。どちらにどれだけ時間をかけるかは各部の自由で、最初から雪をとってもいいし、確実に人数を集めて大人数で短期決戦をしてもいい。さっそく私と美雨も雪かきをもって彼女の後に続く。


「雪野先輩!取った雪はどこに持っていくんですか!?」

「校舎の隣にかまくら部って書かれた看板がついてる簡易倉庫があるでしょ!その中にぶちこんで!」

「りょ、了解です!」


 まずは道を確保しようと、玄関から簡易倉庫までの道を雪を押しながら直進していく。3メートルの高さの正四面体の簡易倉庫はいくつも並んでいて、おそらく部活の数以上にある。簡易倉庫に放り込んだ雪は倉庫の所有する部が使用権を得る。どの部活にも同じ大きさの簡易倉庫は五つ用意される。入りきらなかった雪は街の除雪を終えた除雪車が深夜に全て校舎裏に持っていき、全部活共有のものとなる。かまくら部の看板がたてかけられた倉庫も五つあるが、どの扉に手をかけても開かない。


「か、鍵が!!」

「あおっちー!受け取ってー!そんですぐ開いてー!」


 私の作った道を二つの雪かきで大量の雪を押しながら突っ込んでくる雪野先輩は、口にくわえていた鍵を頭を振ってこちらに飛ばしてきた。私はそれを無事キャッチすると、すぐに鍵を開いて扉を全開に開く。ちょうど直進してきた雪野先輩が到着し、そのまま倉庫の中に雪を押し込んでいく。私は入らずに入り口に溜まってしまった雪を中に放り込んでいく。


「あおっちはこの雪を奥に押し込んどいて!あと、この辺の雪は取らなくていいよ!他の部の作業がスムーズになっちゃうからー!」

「は、はいー!」


 言いながら既に遠くに雪を取りに行ってしまった雪野先輩。すると今度は美雨が息を切らしながら雪を持ってくる。


「わ、私……体力……ないのに……はぁはぁ……」

「よ、よく頑張ったね……美雨はここで持ってきた雪奥に入れる作業しててよ、私体力余ってるから行ってくる」

「あ、ありがとぅぅ~」


 倉庫に寄りかかりながらヘナヘナと地面に崩れ落ちる美雨を置いて、私は雪野先輩と合流する。雪野先輩は麓寮行列があったのであろう既に左右にかき分けられた跡から大量に雪をとり、道に敷き詰めると、倉庫に向かって押し始める。


「ソリとか、リアカーとかないんですか~!」

「ソリはソリ滑り部が独占してるからないよー!あと!リアカーは校舎裏の備品倉庫だから、今行ったらタイムロスになるからダメ!」

「わ、わかりましたー!結局全部手作業かぁー!」


 私が愚痴を垂れていると、玄関からこちらに走ってくる集団が見えた。あれはまさか……


「雪かき開始だぁぁぁぁ!!」

「他の部もきたぁ!?」


 一通り部活勧誘を終えたのか、十を越える数の部活の集団が一斉にこちらに向かってきた。皆まるで鬼のような形相で雪かきを始める。それほどまでにこの雪かきで雪を入手出来ないのは死活問題なのか。一年生はみんな困惑している。


「葵ちゃ~ん、私も終わったから~手伝うわ~」

「岸辺先輩!新しい部員が集まったんですね!」

「いえそれが……」

「……」


 岸辺先輩のあとについてくる影は一つもない。つまり、そういうことなのか……同じく張り合っていた雪合戦部の方は一人一年生の姿があった。隣の教室にいた女の子だが、私は彼女の周囲に目を疑った。


「あの、岸辺先輩、あの子の周辺の雪……けてませんか?」

けてるわね~蒸発してるわ~」

「あの、これってまずいんじゃ……」

「そうねぇ~急がないと、私たちの使う雪まで融けちゃうわ~」


 こちらは人員補充無し、ほかの部は多数の補充兵を引き連れてやってきた。スタートダッシュを決めたとはいえ、四人で数十人いるスキー部などには勝てそうにもない。


「困ったわねぇ~夏場はこの山の上でも雪は融けちゃうから、予備を確保しておきたいわ~」

「え!?山頂学園ここでも雪融けるんですか!?」

「ええ、標高2000メートル越え常に気温も氷点下近いこの学校でも、八月は少し雪が融けちゃうのよ、夏越をするためにも予備の雪もないとまずいのよ~」


 つまり、どれだけ頑張って作ったかまくらも、たった一ヶ月で水の泡だということだ。せっかくこの環境があるのにそれは嫌だ。時刻は11時を過ぎる。もうすぐみんながお腹を空かせることだ。私自身もお腹が減ってきたけれど、ここは心を鬼にしてやらねばならない。


「ゆあっちー!準備してー!」

「わかったわ~任せてちょうだ~い!」


 雪野先輩の声で岸辺先輩は雪かきをする手を止め、黄色と黒のトラテープで作られた仕切りの中にある私たちのかまくらの中に入っていく。ああやって差別化しないと崩されるかもしれないからそれはわかる。しかしこの非常時にかまくらの中で何をしようかというのだろうか。数分すると、なんだかおいしそうな味噌の匂いが漂ってくる。


「始めたなぁ!かまくら部!」

「新入生たち!この匂いに惑わされるなよ!」


 いったい何をするつもりなのかとかまくらの中を覗いてみると、既に中で岸辺先輩と美雨が何か食べている。いつもの鍋の中に入っているのは、大量の豚汁だ。この寒さと空腹の中で食べる豚汁……野菜の出汁と味噌の溶けたおつゆ……ホクホクのジャガイモ……力がみなぎる豚肉……まさかこの先輩たちは他の部の胃を刺激して戦意を奪うつもりなのか!!?


「あら~葵ちゃんも食べる~」

「もちろん食べます!」


 思わず即答してしまった。でもこの食欲に私は抵抗する必要がどこにもない。かまくら部様様だ。さすがに作業から完全に離れるのもまずいから外でかまくらに寄りかかりながら豚汁をすする。するとこの匂いに惹かれた同い年の男女がかまくらに、まるでゾンビのようにゆらゆらと近付いてくる。


「ダメだ新入生達!行くなぁ!」


 先輩たちの止める声ももう彼らには届かない。かまくらの前にたどり着いたみんなの前に岸辺先輩が両手にコンビニで売っている発泡どんぶり、そこに入った熱々の豚汁。


「みんな~この豚汁が欲しい~?」

「「「「ほしいぃぃぃぃぃ!!」」」」

「じゃあ~部には入らなくても良いから~雪かきを手伝ってほしいんだけど~いいかな~」

「「「「いいともぉぉぉぉ!!」」」」


 違う番組になっている気がするが、この人はとんでもないことを言っている気がする。すると遠くから彼女の胸に向かって雪玉が投げつけられ、あろうことか直撃した。


「こぉんの魔乳岸辺ー!妨害行為は禁止だぁぁ!」

「……これは妨害ではないわ……正当な勧誘よ……それに妨害はあなたよねぇ~梨湖ちゃ~ん……」


 岸辺先輩の背後から、黒いオーラが出ている。あの温厚なふわふわお母さんオーラ全開の岸辺先輩が視線を遠くでせっせと雪かきをしている雪野先輩に向ける。


「華ちゃ~ん!フォーメーションデルタよ~」

「了解したー!」


 謎のフォーメーションデルタ。岸辺先輩の横をすり抜けて雪野先輩がかまくらの奥に入っていくと、両手に豚汁とおにぎりを持って出ていく。彼女は岸辺先輩の胸に雪玉を当てた雪合戦部の梨湖先輩に向かって走り出すと、彼女の目の前で豚汁をわざとズズズッと音を立てて啜り、おにぎりを頬張っていく。


「あー!おいしいなぁー!」

「きぃぃ!邪魔をするな雪野華!」

「雪野華ー!お前の相手はこの私、山本芽衣だぁぁぁ!」

「今の私に勝てる人なんていないよー!豚汁とおにぎりを食べる私はまさに無敵!無敵なんだからー!」


 なんて人たちなんだろう。確かに物理的な妨害はないけれど、妨害というかこれは精神攻撃だ。あのウザイ顔で目の前でおいしそうなものを食べている姿を見せられるのは、あの二人でなくてもイラつくのは当然だ。


「さぁみんな~食べ終わったら手伝ってね~」


 いつのまにか集まっていた全員に配られた豚汁とおにぎり。かまくらの中を覗いてみると、奥で炊飯器のそばで座っておにぎりを量産している美雨の姿。すっかり彼女もかまくら部の中核となっている。


「くっ……雪野華……私にはその手の攻撃は通用しない!」

「な、なんだとぉ!」

「見よ!我が山本家秘伝のサンドウィッチ!私が持ってきた弁当は豚汁とは合わないのだ!」


 あの小学生とアホはいつまでやりあっているのだろうか。ほかの部員たちは男も女も鼻栓をしている。そこそこ美人やイケメンの生徒もいるのに、なんて残念な光景だろう。


「華ちゃ~ん、ちょっといいかしら~?」

「ゆあっち!ついにできたのー!?」


 雪野先輩はかまくらの中に入ると、新しいお椀に変えて出てくる。お椀の中を覗いてみると、入っていたのはトウモロコシの匂いが香るスープ……コーンポタージュだ。


「や、やめろぉぉ!私を混乱させるなぁ!」

「ほれほれぇ!あ~体があったまるわぁ」


 ……最低だ。ここまでゲスい仕打ちはなかなか見れない。しかしコーンポタージュも飲みたい私はかまくらの中でお玉を手に取る。すると岸辺先輩に妙な因縁をつけている梨湖先輩がかまくらの中を覗き込んできた。


「つ、ツインコンロアタックだとぉ!?」

「二つのコンロを同時稼働させ、あらゆるニーズに応えるとは……やるなかまくら部!」


 梨湖先輩に続いて新入生の子も何か叫んでいる。美雨にしろ彼女にしろ、影響を受けるのが早すぎるのではないだろうか。それとも先輩たちが影響力がありすぎるのか。私が変だということはないとは思う。かまくらの前に集まっていたみんなが豚汁を食べ終え、ついにかまくら部の反撃が始まった。裏切りの新入生達を止める者はもういない。他の部の先輩方の諦めたような目。私は察した……昨年も一昨年も同じ戦法をかまくら部は使ったのだろう。あの先輩方も同じことをしたことがあるから怒るに怒れないのだろう。


 気が付けば既に日も落ちかけている。時計を見ると時刻は4時30分、あと30分で終わる。かまくら部の五つの簡易倉庫の中身はぎゅうぎゅうに雪が詰め込まれていた。他の部の倉庫を見ると、満杯に詰め込まれた倉庫もあれば、スカスカの倉庫もある。そしてどこよりも雪を取れなかったのは無駄に張り合っていた雪合戦部だった。


「雪を……分けてください……」


 梨湖先輩と芽衣ちゃん先輩こと山本先輩は、岸辺先輩と雪野先輩の前にひざまずく。生まれて初めて……土下座を見た……

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