入学式!です!

 四月七日。今日は待ちに待った入学式。私こと澄川葵はアパート裏山に入居してから一週間、毎日のようにかまくら部の人たちと美雨と四人で、かまくらの中で過ごしていた。最初はこんな自堕落じゃだめだ。と自分に言い聞かせていたけれど、今はもうどうでもよくなってきました。


「岸辺先輩~明日入学式ですよね?」

「えぇ~入学式が終わったら、待ちに待った全校一斉雪かきよ~」


 全校一斉雪かき……入学式の後は基本的にはオリエンテーションとか部活勧誘が先ではないのだろうか。すると雪野アホ先輩がスッと立ち上がると、かまくらの外に駆け出して行った。


「見てみてー!ここを下っていくと、私たちの学校の生徒の九割が住んでいる麓寮ふもとりょうがあるの!」

「でも先輩、雪で道がありませんよ?」


 美雨の言うとおり、かまくらからアパートまでの道以外は高さ50センチほどの雪が積もったままで、道なんて他にどこにもない。ここのアパートに荷物を運び入れる時も、業者さん総出で山のふもとから徒歩で荷物を運んでくれた。毎年のことだから麓寮の生徒をバイトに雇っているのだとか。同年代の男の子も女の子もたくさん手伝ってくれた。


「あのね~麓寮からは通学バスが出てるんだけど、初日だけはみんな徒歩で来て、全員でまず道を確保するの~」


 それは教職員の仕事ではないのだろうか。とは言うものの、この広大すぎる敷地、校舎周りや通学路、道路を合わせたら東京ドーム何個か分はあるのではないだろうか。


「そうなんですか、ところでこんな毎日アパートとかまくらを行ったり来たりするだけの引きこもりみたいなことしてますけど、食料はどこで調達しているんですか?」

「あ、葵ちゃん~何気に毒舌ね~……先週雪が積もる前に買いだめてたのと、自家栽培よ~」


 自家栽培ってこの山で一体なにが作れるのか、というかこんな山の上だとスーパーどころかコンビニすらないから、私も自家栽培くらい考えないといけないかもしれない。実際、私も美雨も今のところは先輩二人に食事面は厄介になっている。明日道が出来たら買い出しでもなんでもしておかないと。


「ところで……雪かきなのに待ちに待ったっていうのはどういうことですか?」

「美雨っち!良い質問だよー!全校一斉雪かきで私たちの部で使う雪を確保するんだよー!」

「え、雪って自由に使っちゃいけないんですか?」

「それはね葵ちゃん、雪に関する部が多いから、雪の奪い合いや妨害が起きないように~校則で決めてるのよ~」


 確かに、ほかにも雪に関する部があるなら、かまくら部なんて格好の的になってしまうだろう。それでもこうして巨大なかまくらを維持出来ているのは、そのルールがあるからこそ。


「まぁ何はともあれ、明日の戦いの為に!今日は担々ゴマ鍋で力を蓄えるぞー!」

「お~!」


 もう日課となった毎日の鍋。ピリッと舌に伝わる刺激が、体をあっためてくれる。やっぱりあれだ。味がどうとか理屈だとかは、鍋を囲むとどうでも良くなっていく。この状況で出てくる言葉はただ一つ。


「はぁぁ~うんまぁい~……」

「あらあら~葵ちゃんすっかり鍋のとりこね~」


 そして鍋を囲んで数時間、暗くなり、街灯一つ無い道を四人並んで、懐中電灯で夜道を照らしながらそれぞれの部屋に帰る。夜は本当に静かで、都会に住んでいた時は考えられないほどゆったりできる。でも車の音一つとして聞こえないのは、少し寂しいような気もしてきて。


「あおっちー!一緒に寝よー!」

「……は?」


 扉の向こうからチャイムも鳴らさずに、私の部屋の中に呼び掛けてくるアホの声。ベットから手だけ出して目覚まし時計を見ると、時刻は深夜11時。しばらく無視していると今度はチャイムが鳴る。するとその数秒後、まるで16連射ではないかという速度でチャイムが鳴り響く。


「近所迷惑です!」

「おお!やっと出てきたー!一緒に寝ようー!」

「なんでそうなるんですか!」

「いやー明日の雪かきが楽しみで眠れないんだよー!」

「子どもですか!」


 そもそも雪かきで眠れないという発想が理解できない。今後の活動に大きな影響があるのかもしれないけれど、楽しみという言葉は今の私的には当てはまらない。


「じゃあお邪魔しまーす!」

「あ、ちょっと!」

「そしておやすみなさーい」

「そこ私のベット!!」


 勝手に私の部屋に上がり込んで、しかも勝手に私のベットを占領したアホ雪野先輩。放り出してやろうと思ったが、この寒さで放り出せば、間違いなく風邪をひいてしまう。しかし私自身も雑魚寝するわけにもいかない。致し方なく、アホの雪野先輩をベットの端っこに追いやって、私も同じベットに入る。眠れないとか言っておきながら既に寝息が聞こえる。私もさっさと寝なくては、寝坊をしてしまう。




「おーい、おーい!そろそろ起きないと遅刻するよー!」

「ん……あ、雪野先輩……」

「もう8時だよ!入学式まで15分!」


 まだ15分もあるのかと、もう一度目を閉じようとしたその時、雪の先輩が無理矢理私の体を起こしてくる。テーブルの上を見ると、いつの間に作ったのか大量のおにぎりがあった。


「今日は雪かきなんだから!朝ごはん食べないと本当に死んじゃうよー!!」

「え、雪かきって入学式終わってからだから午後からですよね?」

「だーかーらー!入学式は9時には終わるんだから午前中からやるんだよー!」

「……え?午前中から!?」


 今までなら朝抜いても午前の授業を全部寝てやり過ごすことができたけれど、午前中から体育がある日なんかは地獄だった。しかも今回はこの寒空の下で何時間にも及ぶ雪かきだ。ベットから飛び降りたた私はテーブルの上のおにぎりを両手に持ってむさぼる。腹いっぱいになるまで食べたところで新品の制服に早着替えを済ませ、髪は行きながらとかそうと、くしとカバンを手に持って急いで部屋の扉を開ける。これから始まるんだ……私の高校生活!


「……」

「……葵ちゃん」

「……」

「おーい」

「あの、雪野先輩……この辺って……春でも吹雪くんですね……」

「そうだねー……はしろっかー……」


 あのアホの雪野先輩ですら表情がなくなっている。これはさすがにまずい。二人で階段を下りて行ったところで、後ろから階段を駆け下りてくる足音がさらに聞こえてきた。


「ま、待ってくださーい!」

「美雨、まだ行ってなかったの?」

「き、昨日部屋の灯油が切れちゃってて、布団から出てこれなかったの……」


 心なしか、完全防備をしている美雨の体が小刻みに震えている。それなら私の部屋に来ればよかったのに……それに比べてこのアホ先輩は遠足前思考だけで泊りに来て……まぁ助かったんだけど。猛吹雪の中私たちは傘で吹雪に対抗しながら、辛うじて残っていた昨日までの道を使って学校前まで行く。しかし校舎前まで行ったところで、雪をかき分けたような跡が見えた。


「これ、噂の麓寮の人たちの足跡ですか?」

「そうだよー!もう少し早く出てきていたら、麓寮行列が見れたのにねー!」


 どんな光景なのか少し興味がある。今度こそ早起きしてみてみたいと決意するけれど、多分この決意は数分後には忘れていそうな気がする。玄関に入って髪の毛を手にしていたくしでとかす。風がすごくてまったくなおせなかった。すると下駄箱の影からこちらに向かってくる小さな人影。


「雪野華ー!見つけたわよー!」

「だ、誰!?」

「あー!芽衣っちおはよー!」


 芽衣?それがこの小さな小学生の名前だろうか。わざわざこんなところまで遊びに来るとは熱心な子どもがいたものだ。とりあえず歩み寄り、軽く頭を撫でてやる。


「えっと芽衣ちゃん?ここ高校だから、小学生は来ちゃダメだよ?」

「二年生……」

「ん?」

「芽衣は……高校二年生……」

「……ん?」


 軽いフリーズ。状況が読めない、私の目の前にいるこの、おそらく身長は140センチない小学生並みの女の子が、私の上級生?先輩?先輩のイメージを一気に砕かれたような気がするけれど、よく考えたらアホの雪野先輩はもっとひどいかもしれない。見た目以外は完全に小学生以下だ。


「今、小学生以下だとか思ったでしょ」

「お、思ってません!思ってませんから!」

「ま、そんなことはどうでもよくて、雪野華ー!!っていないし!」

「雪野先輩なら教室向かいましたよ」

「そんな!あのアホ女ー!」


 これはまた、厄介な人に出会ってしまったなぁ。あのアホの雪野先輩と張り合うような先輩とは、いろんな意味で恐れ入った。とにかく、後ろで突然のことに驚いて涙目でこちらを見て丸くなっている美雨の手を引いて、私たちも学校案内の地図を頼りに教室に向かう。


「おはようございまーす」

「お、おお、おひゃ……」


 あ、美雨噛んだ。というかこんな子だったかな?私と初対面の時はそれなりにすぐ打ち解けそうな雰囲気もっていたのに。


「ち、違うの葵ちゃん!これはその、私って大人数が目の前にいると緊張しちゃって、声が出なくなるって言うか、その……」

「あの、美雨……今このクラスで一番大きな声出してるの、あなただよ」

「ひぇ!?」


 周囲の視線が一斉にこちらに向くが、すぐにそれぞれの会話に戻る。寮生活が始まって一週間の人が多いこともあり、既にグループが出来ているのかもしれない。一年生はクラスが二つあるけれど、美雨と同じA組でよかったとしみじみ思う。



 教室での一通りの説明を受け、入学式を終えた私たちは、そのまままっすぐ校庭に直行する。するとそこで目にしたのは……


「スキー部に入りませんかー!」

「キミ!彫像に興味ない?毎年札幌雪祭りに参加したりしてるんだけど!」

「雪上サッカーに興味ない!?」

「スケート部に入ってくれない!?」

「ソリ滑り楽しいよ!一緒にどうかな!」

「そこのキミ!アトラクション部を勧めるよ!どうだい!」


 様々な部活が男女問わず、まさになりふり構わず声をかけている。全校生徒は150人、そのうち新入生が50人。なんとなくわかる。これで彼ら彼女らが欲しいのは部員じゃない。あそこにいるひときわ目立った声を張り上げている人たちを見れば、だいたいわかる。


「かーまーくーらー部にー!入りませんかぁぁぁぁぁ!!」

「かまくら部~入りませんか~!」


 あのおっとりした岸辺先輩まで声を張り上げている。そしてさらに、そのすぐそばで同じくらい声をあげているのが一人、二人いる。


「雪合戦部に入りませんかぁぁぁぁぁ!!アホの雪野がいるかまくら部なんかよりこっちの風が楽しいですよぉぉぉ!!」

「あんなビッチ巨乳の岸辺なんかがいるかまくら部なんかより!私たち雪合戦部に入りませんかぁぁぁぁぁ!!」


 い、いろんな意味で熱いような気がする。九割がた私怨のようなものが混じっている気がする。小学生こと芽衣ちゃん先輩と、隣にいるのは誰だろう。


梨湖りこちゃんひど~い!私はビッチじゃありませ~ん!」

「うるさいわよ巨乳ビッチ!貧乳みたいな名前のくせに爆乳とか滅んじゃえばいいのよ!」

「ひど~い!大きい胸って肩が凝って大変なのよ~!」

「嫌味かぁぁぁ!!」


 あ、あそこだけ部活勧誘できていない……それに誰もあの雰囲気に近寄りがたくなっている。雪合戦部なんて環境がこれなだけあって、まさに人気がありそうなイメージだが、誰も寄り付かない。すると、突然私の目の前に大きめの雪かきが差し出される。


「雪野先輩?なんです?」

「キミたち二人は、かまくら部入るもんね!」

「はい!入ります!」

「美雨……迷いないわね……でも、私も入りたいです!」

「じゃあこれ、持って!」


 私と美雨は一つずつ雪かきを手にする。吹雪も少しだけ弱くなってきたとは言え、まだ風が強くて雪もまだ降っている。そんな空のしたに真っ先に駆け出す雪野先輩の後についていく。


「さぁ!戦争が始まるよー!!」

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