かまくら鍋!です!

 四月一日。春なのに……雪が降っている……噂には聞いていたけれど、これから通う学校の立地に大きなため息がでる。私がこれから暮らす超格安にして学校まで徒歩一分のアパート裏山。今日四月一日はその入居日で、私は二階の三つ並ぶ扉の右側の部屋に荷物を運びこむ。引っ越し業者さん、こんなところに運ばせてごめんなさい。


 一通り荷物を片付け、ようやく一息つける。お母さんに貰ったご近所さんに渡す菓子折りどうしよう。渡しに行くのめんどくさい、むしろ私が食べたい。とよこしまなことを考えていると、突然玄関のチャイムが鳴る。慌てて玄関の扉を開けると、そこには身長が155しかない私より小さな女の子が立っていた。深緑の目と、髪はショートボブのふんわりヘア。


「こんにちは、隣の部屋に越してきた小森美雨こもりみうです、これ気持ちばかりの物ですが食べてください」

「あ、ありがとうございます……」


 彼女の後ろを見ると、また引っ越し業者の人がいる。もしかして菓子折り持ってくタイミングってここだった!?私タイミング逃したんじゃないのかな!?


「あの、もしよかったらお名前聞いても良いですか?」

「あ、ごめんなさい、私は澄川葵すみかわあおいです」

「葵ちゃんですね、それじゃあ」

「ま、待って!」


 今しかタイミングは無い。そう思った私は彼女を引き留め、テーブルの上に積んでいた菓子折りをダッシュで持ってくる。それを見た彼女は目をぱちくりさせるが私は構わずに続ける。


「あ、あの!私もこれ!今日引っ越してきたから!」

「ほんと?ありがとう!あ、もしかして他の人に挨拶するのはこれからですか?」

「はい!もしかしてそっちも?」

「うん、じゃあ、一緒に行きません?」


 と、言うことで、一階の三つある部屋には二人で行くことになった私たち、小森さんも私と同じ今年からの一年生らしい、入学前から知り合いが出来て少しホッとした。しかし、一階の右側の部屋のチャイムを鳴らしても出てくる気配すらない。


「いないのかな?」

「そうだね、小森さん先にそっちの部屋行こう」

「美雨でいいよ、美雨って呼んでください!」

「え……じゃあ美雨……で、いいのかな」

「うん!葵ちゃん」


 この子、小動物みたいでかわいい。それにしても下の名前で呼ぶ友達が出来て本当によかった。これで先輩が怖い人でも大丈夫そうだ。美雨が隣の部屋のチャイムに手をかけたその時だった。


「私ちょっと見てくるーー!!」

「ぎょわぁ!!」


 真ん中の部屋の扉が突然開き、美雨が吹っ飛ばされた。山積みの雪の上に尻もちをついた美雨が扉にぶつけた頭をさする。


「み、美雨大丈夫!?」

「おわ!噂をすればやっぱりいたんだよ!こんにちは!」


 私が美雨を起こしてあげているというのに、突然出てきて謝りもしないのかと先輩を睨みつける。するとこの状況が見えていないのか、それとも頭のネジが外れているのか、笑顔のままこちらを見ている。なにも考えて無さそうな顔がなおムカつく。


「こんにちは!私は雪野華だよ!よろしくね!」

「あの!それよりこの子があなたのせいで頭ぶったのに謝りもしないんですか!」

「あ、葵ちゃん、いいんだよ怒らなくても……」

「良くないよ!人間初対面が大事なんだから!」

「もしかしてどっかケガした!?」

「いまさらか!!」


 この女は頭のネジが飛んでるというか、ズレてる……気付くの遅いしなんか私たちを見ているようで見えていないというか……しかし美雨が痛がってるの見ておろおろし始めると、奥から別の女性が出てきた。今度はかなり大人びた、というより高身長でグラマラスな女性だ。雰囲気からして落ち着きを感じる。


「あら~?華ちゃんちゃんと謝らないとダメよ~」

「うぅ悪気があったんじゃないだよ!でも痛かったよね……ごめんなさい」

「い、良いですから私は、大丈夫ですから」


 この子はなんて心が広いのだろうか、と出会って間もないのに感じるのは怒りっぽい自分と比べてるから?それとも目の前に想定外のアホが現れたから?どちらにしても初日から色々とダメージが……


「ごめんなさいね、この子上で走る音聞こえたから様子見てくるって言って止めたんだけど……」

「だって!こんな狭い部屋だけのこのアパートであんなバタバタ音聞こえたら気になるでしょ!」


 私が走ったのが原因だった!?じゃあ美雨が頭打ったのも回りまわっては私のせい!?って考えすぎか……それより事態の収束しないといけないよね。


「許して!」

「許します!」

「ってえぇ!?」


 あっさり平謝りで許した……あ、アタシが変なの?アタシがおかしいのかな?さっき安心したはずなのにいきなり不安になってきたんですけど……


「あの、大丈夫?」


 すると先ほどのグラマラス先輩が私の顔を覗き込んできた。モデルのような整った顔に思わずのけぞってしまう。しかしそんな私の状況を知ってか知らずか、隣のアホ女が私と美雨の手を掴み立ち上がらせてくれた。


「じゃあ案内するね!私たちの部に!」

「「……はい?」」


 立ち上がるとすぐに雪かきを一つずつ渡されて、二列に並ぶと先輩二人は尋常じゃない速さで積もった雪を左右にかき分けながら前進していく。


「ほら!二人とも私たちのあとに続いて!」

「え、あ、はい!」


 私と美雨も二人の後ろに続いていまだに足が埋まる道の雪をかき分けていく。というかこの雪、50センチは積もってるんじゃないだろうか、膝まで足が埋まる。


「さぁ着いたよ!」

「え、一分も経ってないんですけど!というか、これ……」


 私たちの目の前にあるのは、校庭のど真ん中に建てられた巨大なかまくら。軽く詰めれば20人は入れそうなレベルに縦にも横にもでかい。私たちがかまくらの前で立ち往生していると、再びアホの方が私たちの手を掴んでかまくらの中に引っ張っていく。


「あ、あれ……あったかい……」

「ほんとだね、暖かいです……」

「そうでしょー!私とゆあっちで一年かけて作り上げたんだから!」


 一年ということは、ここは噂通りらしい。この山頂学園はとある北国の山のほぼ山頂付近を開墾し作られた非常に古くからある学校なのである。なぜこんなところにというのは、どこの情報を探ってもわからなかったけれど、学費がほぼ無料で私たちが住むアパート裏山も家賃は月々二千円という格安な上、校舎まで徒歩一分ということで、朝が弱い私はこの厳しい環境なら朝寝坊も治ると親に放り込まれてしまったのだ。


「あの、ゆあっちって誰ですか?」

「あ!そういえば自己紹介してなかったねー!私は雪野華ゆきのはな!二年生でかまくら部の部長でーす!」

「私は三年の岸辺優愛きしべゆあでかまくら部元部長で~す」


 名前はわかった。しかし「かまくら部」とはいったいなんなのだろう。なんだかろくでもない人たちに目を付けられたのではないだろうかと非常に不安になってきた。


「ねぇねぇー!私たちこれからお昼なんだけどー!一緒に食べない?」

「そうねぇ!一緒に食べるお友達は多い方が良いわぁ~」


 まずい、この流れはどう考えても一緒に食べていかされて、懐柔されて、なし崩しに入部させられるパターンだ!ここで逃げなければ穏やかな高校生活が終わってしまう!


「いえ、私はここら辺で……」

「え?葵ちゃん食べていかないの?」


 み、美雨ぅ!あんたがノリ気なのかぁー!私の心が叫びたがっているというのに、アホの方こと雪野華が私の腕をまた掴んでくる。


「おお!葵ちゃんっていうんだね!じゃああおっちだ!」

「や、やめてくださいよ!私は部には入りませんからね!」

「……誰も勧誘なんてしてないわよ~」

「はっ!!」


 しまった、余計なことを口走ってしまった。私が入部うんぬんを意識していると思われてしまうかもしれない。このままじゃ本当に入部させられるかもしれない。


「あのね葵ちゃん、私たちの学園では部活動の勧誘は入学式の後からって決められてるのよ~だからそれからね~」

「あ、そうなんですか、すみません……」

「いいのよ~でも入学式が終わったら真っ先に会いに行くから~覚悟しておいてね~」

「ひぃぃぃぃ!!」

「まぁ堅苦しいお話はその辺にして、食べよう!」


 するとアホの雪野はかまくらから出ていき二分もしないで大量の荷物をもって戻ってくる。手に持っていたカゴにはカセットコンロに鍋に野菜や肉。


「よーしド定番!もつ鍋するぞー!」

「お~!」


 八畳はあるかまくらの真ん中に敷かれた段ボールの上に更に敷かれたカーペット。そしてその更に中心に置かれた大きめのちゃぶ台。そこにカセットコンロを置いて土鍋をセット。岸辺先輩は火を点けて野菜やもつを敷き詰めていく。


「はっ!華ちゃん!お米が無いわ~!!私の部屋の炊飯器持ってきて!!」

「任せてー!二分で持ってくるー!!」


 宣言通り、二分とかからず大きめの炊飯器を持ってくるとちゃぶ台の横に配置、岸辺先輩が四人分茶碗によそっていく。私は小皿や箸配りを手伝い、美雨は鍋のアクを取っている。


「よーし!一番ノリー!いっただきまーす!」

「あ~!まだ早いわよ~!」


 アホの雪野が一番に鍋に箸を突っ込んでもつを口の中に放り込む。しかし、その咀嚼そしゃくする姿を見た私たちは、確信した。この幸せそうな顔は間違いない。食べ頃だ!


「いただきます~!ん~おいしいわ~」

「いただきます……熱っ熱っ熱っ!!」

「美雨大丈夫?いただきます」


 だしの染み込んだもつが……それでいてピリッとくるこの唐辛子……ごはんにもよく合う……でも理屈なんてもうどうでもいいわ……


「あぁ~~おいしい~~……」


 私……毎日これ食べれるならかまくら部入ってもいいかも……おいしい……

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