目を覚ますとそこは

 俺――泉谷和樹は転生した。半信半疑であったが、あの神様の言うとおり俺は転生していた。


 暫くの間は、寝たり覚たりを繰り返していたので、夢なんじゃないかと疑ったが、そんな事はなさそうだった。とは言っても、今は幼児の身体なので満足に動くことが出来ず、寝たきりで、さらには自分の意志とは無関係に泣き出してしまい、自由な身体と言えるようなものでは無かった。


 そんなわけで、異世界に転生したという自覚を持った時は、興奮のあまり叫びだしたくなる思いであったが、数日でその幻想は打ち砕かれることとなった。


(ああ……暇だ……。)


 動くことが出来ず寝たきり。話し相手も、PCないしスマホも無い、漫画も無いで、ただ天上を見上げ続ける。暇でしかなかった。


 こんなのがあと数年続くと考えると、早くも憂鬱になる。


 時折、育児係の人があやしてくれるからいいじゃないかって? 俺にそんな特殊性癖は有りません!


 そんなわけで、俺は天井を見ているだけの暇な時間を、状況を整理する事にした。


 当然ながら会話なんかのコミュニケーションが出来るわけではないので、知りたい情報のすべてを知ることが出来たわけではないが、それでもいくらか分かる事が多くあった。


 まず一つは言葉が理解できた。普通のことではないのか? と思うかもしれないが、前世で得たものが、そのまま転生後の、それも異世界で通用するとは限らない。言葉にしても同様で、前世の世界と、今の世界で同じ言葉が使われているとは限らないからだ。では言葉が理解できたといことは、前世と同じ言葉が今の世界でも使われていたかというと、そうでは無かった。


 どういうわけか、言葉の意味を理解しようと意識すると、すんなりと言葉意味が理解できてしまった。使われている言語が前の世界とは違うらしく、言葉の意味を理解しようと意識していない時は、意味不明な音の羅列として認識される。とても奇妙な感覚だった。おそらくこうなっているのは、神様がそうなる様に力を与えてくれたのではないかと考えている。とても親切だ。


 ただし、こちらは幼児らしく言葉を発する事は出来ないので、今の段階では会話をする事は出来できなかった。


 言葉が理解できたおかげで、いろいろな事が分かった。


 俺はルビーと名付けられたらしい。父親はマーセス・アレクセルと名で、母親の名前は、誰もそれらしい名前を口にしなかったので分からなかった。マーセスには俺以外に息子が一人おり、名前をウィリオン・アレクセルというらしい。俺の兄にあたる人物だ。


 父親はウィルラントという国の貴族で、裕福な家庭を築いていた。使用人が何数人おり、俺に乳母が一人付けられていた。


 俺が寝ている部屋からは、幼児であるため自力で出る事が出来ず、住んでいる家の規模はどれ位で、どの程度の技術力で作られたものか、家の外はどうなっているのか、どういった人が住んでいるのかなど、周りの環境については、これ以上はあまり分からなかった。技術力に関しては、夜間に蝋燭、ランプ等で明りを灯しているのを目にしたので、電灯なんかの技術はなさそうである、という事くらいまでだった。


 ちなみに俺が寝ている部屋は、酷く簡素な石造りの部屋で、木製のベッドが三つ、一つは俺が使用しているもので、もう一つは乳母の娘アウラ・フストールという子が使用していて、最後は乳母のルイラ・フラストールが使用している。それ以外に、窓が一つと外への扉が一枚あるだけで、家具らしいものはなかった。窓から見える景色は、乗り出して確認できるわけではないので、ただ空を見上げる事が出来るだけだった。


 窓と言っても鉄の骨組みに瓶底のような、厚さにばらつきのある丸い硝子を幾つもはめ込んだだけのもので、見通しの良いものでは無かった。


 これが、俺が知る俺を取り巻く環境のすべてだった。


 それ以外に環境ではなく、自分のことで分かる事があった。


 一つは、暗闇の中でも辺りを見る事が出来た。深夜でも、明りを一切灯してないにも関わらず、物の輪郭、色、面、質感等が、昼とほぼ同じように知覚できた。


 最初は、この世界に夜が来ないのでは? と疑ったが、部屋に取り付けられた窓の景色から、夜が来ることが確認できたし、日が沈むと皆寝静まったのか、外がひときわ静かになることから、夜があることが確認できた。また夜間空腹で泣き出した時、起き出した乳母が、明りと灯した燭台を手にしていたことから、他の人達も暗闇を見通せるわけではなさそうだった。これも神様がくれた力だろうか?


 そして、もう一つ分かる事があった。


 俺が他人を目にした時、その人も胸のあたりに半透明の青白い火の玉のようなものが見えていたのだ。大きさは個人差があるのか、隣で寝ているアウラはソフトボール大で、俺の面倒を見てくれている乳母のルイラはハンドボール大の大きさがあった。ただ、それは見えるだけでそれが何を意味するのかまでは分からなかった。これも何かの能力なのだろうか? それともこの世界ではこれが普通なのだろうか?



 そんなわけで俺の異世界転生は暫くの間、退屈なものとなった。そして、その後に過酷な肉体訓練が待っていようとは、思いもしなかった。人の身体、筋肉は使わないと伸びませんよね……。


 乳母の指導(?)の元、ひたすらはいずり、ハイハイをさせられ、これからの成長、生活のための筋力強化をさせられましたよ。はい。


 神様……なんで、この分かりきったチュートリアル的なものを、スキップさせてくれる様な新設設計にしてくれ無かったんだ……。と届くか分からない嘆きを、心の中でこぼした。

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