呪われ勇者~俺は最強の呪剣士~
夜鷹@若葉
プロローグ
キキキイイイ――――
急ブレーキによりタイヤが地面を擦る、嫌な音が響いた。次に俺――
視界が揺れ、ゆっくりと目に映る景色が反転していく。
息が……出来ない。身体の自由も効きそうになかった。
景色が、二、三回転したあたりでようやく止まる。
視界の端に、何を正面から突き飛ばしたように正面を破損さえた、トラックが映った。
そこでようやく俺は理解した。ああ、引かれたんだな。
(俺……死ぬのか? はは、トラックにはねられて死ぬとか、テンプレ過ぎて笑えね……)
視界の焦点がどんどん合わなくなっていく。そして、意識が何処かへ、飛んでいくのがはっきりと分かった。
(まじで死ぬのかよ……ああ、つまんねえ人生だったけど、これで終わりか……)
小、中、高と近くの学校に通って、その辺の中堅の私立大学を出て、運よく新卒でなんだかよくわからない会社に入社して、安月給で奨学金を返しながらの、最低限の生活。彼女もいない、趣味と言えばネットサーフィンと、ソシャゲぐらい。いい事なんて殆どない、詰まんない人生。それでも、失うと分かると少し寂しい。
(ああ……ネット小説みたいに神様降りてきて、転生とかねぇかな……)
そう心の中でつぶやいた後、あるわけ無いかと自分で自分にツッコミを入れてみる。
しだいに視界が薄れていく。本当に終わりなんだと理解する。
………………。
…………。
……。
『その願い、叶えてあげましょうか?』
視界の端に細く、白い女性の足が映った。焦点が合わず、ぼやけているにもかかわらず、それははっきりと知覚できた。
ハッと俺は目を覚ました。
(あれ? 俺死んだんじゃねえの?)
確かめるために身体を動かし、異常がないか自分の身体を触れて確かめてみる。
身体は動かすことが出来た。それから、俺の身体は着慣れたスーツを着ているようで、身体の異常は見当たらなかった。出血とか一切ない。
「目が覚めたかしら?」
身体の異常を確認していると、声をかけられた。声をした方へ視線を向けると、一人の女性が俺を見下ろすように立っていた。
真黒なローブに、フードを被った女性だ。ローブから覗かせる白く細い、それでいて適度な肉付きのある足は、とても扇情的だった。あとちょっと足を前に出すか、俺が女性の方へ移動すれば、ローブで隠された、太ももの先が見え――って、こんな時になに考えてるんだ! 俺!
「えっと……あなたは誰ですか?」
返事を返すと、女性は満足そうに笑みを浮かべた。
「そうね……あなた達の言葉で言うところの、神様ってところかしら」
「神……様?」
(えええ、まじかよ。ホントにネット小説みたいになってるんだけど! ネタですか? ギャグですか?)
とりあえず、ローアングルで見上げているのはどうかと思ったので、身体を起こし、向き直った。
「えっと……その神様が何故この様な所に?」
そもそもここはどこだろう? そう思い辺りを見回した。真っ暗で何処までも闇が広がる空間だった。本当に、ここは何処なのだろう? 死後の世界?
「ふふふ。あなたは自分がどうなったか、覚えているかしら?」
神様と名乗った女性は、困惑的な笑みを浮かべ、そう問いかけると同時に、何処からともなく真っ黒な椅子を取り出し、座った。ローブから覗かせる足を組んで座る神様の姿は、なかなかに官能的たった。
よく見ると、胸元がはだけ、豊満な胸の谷間を覗かせている、神様の恰好は誘っているように思えた。
神様の方を見ていると、どうしても胸元か、太ももに視線が吸い寄せられてしまう為、気恥ずかしさから視線をそらした。
「おれ……自分はトラックに引かれて死んだのでしょうか?」
「ええ、そうよ。それから、そんなにかしこまらなくても良いわよ。あなたの話しやすいように話して頂戴」
そう言って神様は頬杖をつき、挑発的な笑みを浮かべ、足を組み直した。
「じゃあ、そうさせてもらいます。という事は、ここは死後の世界?」
「そんなところね。正確には、現世と死者の世界との狭間、といったところね」
「なるほど……それで俺は何でこんな所に連れて来られたんだ?」
尋ねると神様は、よく出来ましたと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「本題に入りましょうか。あなた、もし望むのなら、別の世界でもう一度人生をやり直してみない?」
「…………は?」
「もう一度言うわ。あなた、別の世界でもう一度人生をやり直してみない?」
(ちょっとテンプレ過ぎて笑いそう……これ、マジなんですか?)
誰かに確認を取ろうかと考え、見回してみる。当たり前(?)だが、この場には俺と神様しかいなかった。自分の頬を叩いて見る。痛みは……痛かった。その行動が面白かったのか、神様はクスクスと笑った。ちょっと可愛い。
「安心しなさい。ここで起きていることはすべて現実よ」
「はあ……なんで、俺なんだ?」
「そうね……どの世界でも若い者の命っていうのは貴重なのよ。その貴重なあなたの命をここで終わらせるのは、もったいないじゃない?」
「なる……ほど?」
「それで、どうする? 別の世界でもう一度人生をやり直してみる? それともこのまま死ぬ事にする?」
「あのさ。このまま死んだ場合って、どうなるんだ?」
そういえば、異世界転生とかってあるけど、そうならずに死んだ場合ってどうなるのだろう? ちょっと疑問に思った。
俺の質問を聞くと、神様はクスクスと笑った。面白い質問だったらしい。
「あなたは、どうなると思う?」
神様はそう質問を返して来た。
「えっと……天国とか極楽とかに行って……生まれ変わるとか?」
俺の答えを聞くと、神様はもう一度クスクスと笑った。
「残念だけれど、天国や極楽なんかへは行けないわ。暗く、冷たい闇の世界へ行く事に成るわね。そして、永遠とも言える時間をそこですごすことに成るわ」
ニコニコと笑いながら、神様は答えた。
「……マジ?」
「残念だけれど、普通はそう簡単に転生できるわけではないのよ。通常は、長い時間をかけて、魂を浄化し、分解し、再構築する。その浄化の段階で、人は前世の記憶というものを失うわ。けどこれは長い時間をかけ、老いて死んだものの魂――長い時間を現世ですごし、劣化した魂を新しく作り直すために必要な処置なの。だから、あなたみたいに若く、綺麗な魂を保持したものを、そのように浄化し、分解、再構築するのはもったいないのよ」
「だから……そのまま転生させようと?」
俺が神様の話を組み取るように尋ねると、神様は御名答と言わんばかりに、笑みを返した。
「理解してくれたのなら、もう一度問うわ。別の世界でもう一度人生をやり直す? それも、このまま死ぬ?」
半信半疑ではあるが、どうせこのまま死ぬなら、異世界転生ってフィクションみたいなものを楽しむのもありかも知れない。と思い俺は口を開いた。
異世界転生。もし現実に出来るなら、しない手はないよね!
「別世界でもう一度、人生をやり直してみたいと思います」
「よろしい」
神様はニッコリと笑みを浮かべる。
「では、転生するにあたって二つ、あなたに餞別を送るわ」
「餞別?」
(異世界転生にありがちなチート能力だろうか? ははは、まさか、そんなのあるわけ無いよね!)
「これからあなたが向かう世界は、非常に危険な場所なの。だから、あなたが再び若くして死なないように、力を授けるわ」
なんだか物騒な言葉を聞いた気がする。
神様は右手を俺の目の前に掲げる。すると、神様の掌に、ソフトボール大の赤紫の火の球が浮かび上がる。
ゆらゆらと燃え揺れる火の球は、ゆっくりと動き出し、俺の胸の中へと吸い込まれていった。すると、俺の胸元で炎がともったかのような奇妙な感覚を感じた。
ぺたぺたと身体を振れてみる。特に異常はなかった。
「今の、なに?」
「ふふふ。いずれ分かるわ。そして最後にこれをあなたにあげるわ」
神様は椅子から立ち上がると、両手を掲げる。すると何処からともなく一本の大剣が現れた。
長さはだいたい2メートル弱。ツヴァイハンダー、そう呼ばれるような大振りの西洋剣。刀身は赤い半透明な硝子のように奇妙な素材でできており、柄の部分は黒い金属で作られた大剣。
神様は現れた大剣を両手で抱え、俺の方へと差しだした。
「これは?」
「あなたのためだけに作りだされた。あなただけの武器。名前はまだ存在しないわ。あなたが望む名前をつけなさい」
俺はゆっくりと柄を掴み、受け取った。神様が手を放すと、ずっしりとその大剣の重さが手に伝わった。
「重!」
「ふふふ。大丈夫よ。あなたなら、すぐ自分の手足のように扱えるようになるわ」
俺が剣を手にするのを見届けると、神様は一歩後ろに下がった。
「準備が整ったわね。では、旅立ちなさい。」
神様は俺の眼前に掌を掲げる。
「さあ、目を閉じ眠りにつきなさい。そうすれば、次目を覚ますと時が、新たな人生の始まりとなるわ」
そう神様が告げると、唐突な眠気に襲われ、俺は眠りへと落ちていった。
人の鳴き声が聞こえた。男性の泣き声だった。物悲しく、悲痛な叫びのような、そんな泣き声だった。
少しずつ意識が覚醒していく。重たい瞼をこじ開け、辺りを見る。焦点が合わず、視界がぼやけて、良くわからなかった。
なんだか頭がぼーっとする。
眼球を動かすことはできた。けど、首を動かすことはできなかった。そのせいで、余計に辺りの状況を知ることが出来なかった。
焦点が少しずつ定まっていき、ぼやけていた輪郭がはっきりとし始める。
人が居た。女性だった。癖のある栗毛色の髪を、肩のあたりで切りそろえた女性だった。
まるで俺を抱き上げているかのように、俺は彼女を胸元の辺りから、見上げていた。
女性は涙を浮かべ、あの泣き叫ぶ男性の方を見ていた。何か悲しい事があったのだろう。確認しようとするが、首を動かすことが出来ない。身体も自由に動かすことが出来なかったため、俺は彼女を見上げることしかできなかった。
見上げる方向を変えようとしたからだろうか、もぞもぞと動いたおかげで、女性が俺に気付き、視線を向けた。そして、優しく微笑みかけてくれた。けれど、瞳に浮かんだ涙はぬぐえておらず、悲しげな表情のままだった。
一つの命が消え、一つの命が生まれた。
この日、俺――泉谷和樹はルビー・アレルセルとして新たに生を受けた。けど、その瞬間は幸福に満たされたものでは無かった。
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