魔法を覚えてみよう!

 あれからまた1年ほどの時が経った。大分この世界、この家での生活に慣れてきた気がする。


 この世界の暦は、どうやら前世の世界と殆ど同じらしく、1年が365日、一日は24時間。というものだった。


 成長し、行動範囲が広まったおかげで色々な事が分かった。


 俺の住む家は、伯爵家の名にふさわしく大きな家で、使用人を含め6人程度が住んでいても、十分すぎる広さがあり、書斎に食料庫、武器庫なんかが備え付けられていた。


 家族は、昔に確認できたとおりで、息子が二人おり、長男がウィリオン、次男が俺だ。マーセスにとっての妻――今の俺にとっての母親にあたる人物は、今はいないらしい。少し前に他界してしまったようだ。


 その事について、俺がしっかりと話が出来るようになってから、乳母であるルイラに尋ねたところ、ルイラは俺を優しく抱きとめてくれただけで、はぐらかされてしまった。


 

 さあ、自由に動けるようになったのなら、やることは一つだ! 異世界転生、ファンタジー世界。ここまでくれば、魔法があって、俺にはその魔法の才能がある、そして家の書斎には魔法に関する本が置いてある。というのはもはやテンプレだよね!


 そう思い、俺は深夜ベッドを抜け出し、家の書斎へと向かった。何故、深夜なのかというと、昼間は父親であるマーセスが書斎を使っているからである。


 また、昼間はルイラによる読み書きの練習等、一般教養に時間が取られてしまう。そんなわけで、本当に自由な時間と呼べるのは深夜くらいだった。


 幸い、夜の暗闇は俺の視界を妨げるような事はないため、読もうと思えば、夜間明りを灯さずに読書を行う事が出来た。ちなみに俺はこの能力を『暗視』と呼ぶ事にしている。


 自分の部屋抜け出し、皆が寝静まり静かになった廊下へと出る。そして、足音をたてないように注意しながら、ゆっくりと書斎へと歩いて行く。書斎の前までたどり着くと、木製の扉に手をかけ、音をたてないようゆっくりと開く。そうして、慎重に慎重をきしながら、書斎へと入っていた。何度か書斎の中を確認したことはあるが、実際に中には居るのはこれが初めてだった。


 書斎には、一人がけの机が一つと、古い木製の本棚が二つあるだけだった。この世界での紙や書籍なんかの価値がどの程度のものなのか分からなかったが、俺の感覚からすると随分と少ないように思えた。活版印刷なんかの技術がなければ、本はすべて手書きの写本に成るので、これでも多い方なのかもしえない。


(やばい……心臓がバクバク言ってる。)


 胸に手を当てなくても鼓動が分かるほど、俺は興奮していた。期待し、待ちに待ったゲームの発売日や、TCGの箱を開ける時のようなわくわく感がある。本棚に駆け寄りたい気持ちを抑えながら、俺はゆっくりと本棚に歩み寄った。


 さてさて、お目当ての魔法の本は有るだろうか。



 結論。そんなものはなかった。


 年季を感じさせるハードカバーの本が100冊程度あったが、本棚の5段あるうちの子供でも目の届く位置――4段目くらいまでには、魔法に関する書籍は見当たらなかった。あったのはこのアレクセル伯爵領の歴史と、領内の年間収穫量なんかを記した帳簿や書籍、民話なんかを集めた本、後は領主が記した日記位だった。


 そんな都合良く、魔法が習得できるわけがないという事だろうか?


(もしかして、この異世界に魔法ってないのか? 魔法の有無について誰かに聞いておくべきだったか……。)


 俺は大きく落胆し、溜息をつく。


 諦めるな。見落としているだけかもしれない。そう思って俺は、再び本棚に目を走らせる。


 そこで俺はある本に目を止める。アレクセル家の家記だった。もし、この世界に魔法が存在し、魔法がそれなりに重要視されているなら、魔法使いを排出していれば家記にその事が書かれているかもしれない。確率は低そうだが、調べる価値は有りそうだ思って、俺はその本を手に取り、開いた。魔法使いの存在の有無がきになったというのもあるが、それ以外に自分の母親について分かる事がないか、きになったというのもある。


 ちなみにこの世界の文字は、アルファベットに近く母音と子音があり、合わせて26の文字がある、それらが集まって単語となり、単語が集まり文となっている。母音、子音の関係がアルファベットとほぼ同じであるため、単語一つ一つを読むことは簡単だったが、単語、文法が英語とも日本語とも違う為、今のところそのまま意味を読み取ることは出来ていない。


 一応、乳母から読み書きの勉強は受けているが、なかなか身についていない。前世で日本語や、英語を覚えてしまっているせいか、そっちで考えようとしてしまっているのがいけないのかもしれない。ただ、言語を理解していなくても、書かれた文章の意味を理解しようと意識すると、言葉同様理解出来てしまっている。その為、本を読むこと自体は苦労していない。


 また、どういうわけか、この世界の言語がまだ身についていないにもかかわらず、俺の発した言葉は普通に理解されてしまっている。そのせいか、この世界の言語を理解する必要性を俺自身が感じていないのだろう、同じように乳母から読み書きを教わっている、乳母子のアウラに置いて行かれている状態だった。残念ながら、言葉は理解してもらえるのに、俺が日本語や英語で記した文章は、相手に理解されなかった。


 俺はパラパラ家記を流し読みして、魔法使いらしき人物について、書かれていないかを探した。


(!)


 あった。『ウィザード』グレアストール・アレクセル。そう名付けられた魔法使いについての記述が書かれてあった。


(『ウィザード』。やっぱりこの世界には魔法があったんだ! さすが異世界! さすが異世界転生!)


 俺は再び気持ちを高ぶらせながら、『ウィザード』グレアストール・アレクセルについての記述を読み進めた。



 『ウィザード』グレアストール・アレクセル。

 ウィルラント歴146年に、アレクセル家三男として生まれる。

 ウィルラント歴172年、ウィルラント王立魔法大学入学。

 ウィルラント歴194年、ウィルラント王立魔法大学にて高い成績を収め『ウィザード』の称号を授かり、卒業。

 ウィルラント歴196年、消息不明。



 彼にまつわるエピソードなどは殆ど書かれていなかったが、それでも俺を活気づけるには十分だった。


(王立魔法大学かぁ……俺も言ってみてぇ!)


 夢見る少年のように、家記を胸に抱き、古い城のような魔法学校に通う自分の姿を夢想する。


(そういえば消息不明ってどういう事だろう?)


 再び『ウィザード』グレアストールに関する記述が書かれた頁を開き、前後を確認する。ちょうどグレアストールに関する記述の直ぐ後に、当時の次男が家督を継いだという事が書かれていた。


(家督争いに巻き込まれたか……もしくは、それを嫌って、姿をくらましたってところか……)


 なんだか自分の家の闇を見た気がして、ぞっとした。このまま読み進めると、そういった闇を他に見そうで、このまま読むのをやめようかと考えたが、少しだけきになっていた自分の母に知りたいと思い頁をめくった。


 目的のページはすぐに見つかった。どうやらアレクセル家はそれ程長い歴史があるわけではないらしく、本の半分くらいが白紙だった。


 セラフィス・アレクセル。これが母の名前だった。


 ウィルラント歴247年に入籍。254年に死亡。夫であるマーセス・アレクセルとの間にできた子供は……ウィリオン・アレクセルのみ記されていた。


(俺はこの家にとっては居ない存在ってこと……か?)


 ちょっとだけ暗い気持ちに成る。


 暫くして、俺は大きく息を吐き、本を閉じる。


(今やるべきは、魔法の本を探すことだ!)


 魔法使いを輩出した家なら、魔法に関する書籍がある可能性が高いはずだ。そう思い、再び本棚を見る。


 何度か本棚を見直したが、結局見当たらなかった。


(あと探してないのは……。)


 俺は本棚の5段目に目を向ける。4段目は子供の身体で、手が届くか届かないかくらいで、辛うじて背表紙は見る事が出来る程度だ。その上の7段目は、下から見上げる形だと見る事が出来なかった。距離を取り、見上げる角度を変えれば見る事が出来るかもしれない。そう思い、俺は一度、本棚から距離を取る。


 ドン。と3、4歩下がったところで、背中を机にぶつけてしまった。


(この机を踏み台にすれば、一番上の段も普通に見える?)


 少しだけ、机の上に登るというのに抵抗があったが、少し悩んだ後、欲求に負け、机をよじ登った。


 予想通り5段目を見る事が出来た。


(頼む……あってくれ!)


 祈るような思いで、本棚の7段目を眺めた。


 最上段には聖書のような、古くなんだかよく分からない紋章が刻まれた本が数冊あった。そしてそれらの横に『力術の入門書』と『影界と亡霊について』という筆グレアストールという、古い二冊の本が並んでいた。


(もしかして……これが魔法の本か?)


 『魔術入門書』とか『初めての魔法』みたいな分かりやすい本だったらよかったのだが、そういった本は見当たらなかった。


(とりあえず、読んでみるか。)


 そう思って手を伸ばした。届かなかった。


 辺りを見回し、台座や梯子がないか探した。


 俺が立つ机の側に置かれた椅子に目が止まる。


(これを台座代わりにすれば……届くか?)


 とりあえず試してみる事にした。机から音をたてないよう、慎重に飛び降り、椅子を本棚の前まで移動させた。子供の身体では、一人掛けの椅子とはいえ重く、非常に時間が掛ってしまった。


 椅子の上にのり、目的の本へと手を伸ばす。届かなかった。


(跳んでみるか。)


 意を決し、机の上から本棚へと跳んだ。そして、手を伸ばす。けれど、その試みは失敗に終わり、ガタンという音をたてて、椅子の上に着地した。


 静かな室内に響いた、大きな音。俺は、今の音で誰かに見つかったのではないかと、焦った。幸い、床は石畳で、それほど大きな音に成らなかったためか、暫く待ってみても誰も起きてはこなかった。ほっと胸をなでおろす。


(もう一度、跳んでみよう。)


 俺はもう一度挑戦した。今度は思い切って、両手を振り、足をバネにし、勢いを付け跳んだ。そして、目的の本へと手を伸ばす。


(届!!)


 あと一歩というところで、失速し、俺は落下し始めた。それでも俺は、意地悪く、本を掴もうと手を伸ばした。


(ダメ……か。)


 そう諦めかけた時だった。伸ばした手から、半透明の赤い靄が流れだし、目当ての本の方へと流れていった。そして、靄が本に触れると、独りでに本が動き出し、本棚から落下した。


(????)


 明らかに自然現象では無かった。俺は先程、靄を出した右手を見る。先程の靄は、微かな残滓を残し、何処かへ消えてしまっていた。


 今のは自分の能力なのだろうか? そう思って、まだ本棚に挟まっている『力術の入門書』に手を掲げた。それだけでは何も起きなかった。


 もう一度手を掲げ、そして、強く本を引っ張るよう念じてみる。すると、先程と同様に半透明な靄が手から流れ出し、本へと延びていき、本棚から本を引き抜いた。


(お、おお、おおおおお!)


 原理は分からないが、自分にこの様な能力がある事を知り、舞い上がった。そして、どれくらいの事が出来るのか試してみた。


 本を持ちあげる、本を開く、頁をめくる、本を投げる、投げたものを空中で受け止める、扉を開く、扉を閉める、本を本棚にしまう、ある程度集中はいるものの、片手を使って出来るような事はだいたいできそうだった。それほど、体力も集中力もいらなそうだった。


 一通り試せることを試し、満足した俺は、本題である魔法の本読むのに取り掛かる。大分、寄り道をしてしまった。


 期待に胸を膨らませながら『影界と亡霊について』を開き、読み進めていった。



 結論。訳が分からない。


 書かれている文章は読む事が出来た。けれど、書かれている内容は理解できなかった。聞いた事のない専門用語らしき単語が飛び出し、良く分からない数式らしきものが並ぶ。昔、興味を持って調べた、シュレディンガーの波動方程式や特殊相対性理論なんかの記述を見た時のような感覚だった。


 最初から高レベルの魔法の本を読んでしまったのが失敗だったのかと思い、『力術の入門書』を開いた。こちらの方は、先程の書籍よりかは分かりやすそうであったが、やっぱり理解できなかった。


(俺みたいな三流大学が精一杯の人間が、魔法なんか使えるわけがないってことか……)


 俺の魔法への挑戦は、一日にして終わった。



 ちなみに、先程のものを動かす力以外に、電気を走らせる、掌に炎を発生さえる、手を触れずに小物を粉砕する、などの事が出来た。これらも、超自然現象という事で魔法と呼べるのかもしれない、それだけで満足しておこう。

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