クリオネ

キナコ

クリオネ

 巨大な恒星間回廊は、見渡す限り大小様々なシャボン玉で埋め尽くされている。その数は数千万か、数億か、数百億か。考えたところで地球人に扱える量ではなさそうだ。所詮、羊を数えているうちに眠くなるような種族なのだから無理はない。


 まるでラッシュアワーだな。

 シャボン玉の密集した壮大な景色を眺めながら、オレはそう思った。シャボン玉は、すでに数億年近く稼働している恒星間移動用の乗り物である。


 ファーストコンタクトのあと、人類はこのシャボン玉のコントロール技術を独自に開発しなければならなかった。それは恒星間回廊を通る資格を得るためのテストであり、また生物の多様性からも合理的な方法といえる。しかし恒星界で一般的な意識や精神による非接触型のコントロールに比べて、物理的操作を必要とする地球の技術がとてつもなく遅れていることは明らかだった。


 ジャイロパネルに軌道修正値を手動で入力するためにオレがアウタースーツのグローブを外すと、突然、隣を進んでいたシャボン玉が奇妙に光り始めた。なかでは、クリオネのような生き物が発光しながらパタパタと動いている。クリオネがシャボン玉を透明にして、しばらく前からオレを観察しているのはわかっていた。


 ひょっとしたら見慣れないジャイロパネルを危険物か何かと勘違いしたのかも知れない。クリオネの発光にはパターンがあったが、それが何を意味するのか、オレにはわからなかった。どうやら彼、もしくは彼女は、オレに何かを伝えようとしているらしいが、地球の言語データベースはいまだ貧弱なままで正確な翻訳というには程遠く、無用の混乱を引き起こしかねない。


 数億年に渡って成熟してきた恒星界では、新参の地球人はマナーに疎い野蛮な不作法者として知られている。オレはそんな汚名を返上すべく、精一杯友好的な微笑みを浮かべて、クリオネに向かって両手を上げて手をヒラヒラして見せた。もちろん、こちらに何の敵意もないことを示す、地球人にはお馴染みのジェスチャーだ。


 するとクリオネの動きが止まり、全身が何とも言えない紫色に光ったあと、まるでカーテンを閉めるようにシャボン玉が不透明になった。すぐにオレのシャボン玉も回廊管理局によって強制的に不透明にされると、警告と大書された文書が空間に浮かび上がった。


「この度についての恒星間回廊をご利用頂くことでありがたき幸福。つきましては地球人種の皆様は文明の多様性、生命形態についての多様性に鑑み、生殖器官、およびそれと間違われやすい部位についての露出はお控え願います。また、先に送致についての回廊細則についてのさらなるご研究と研鑽をお勧め申し上げる」


 どうやら、オレは人類の評判を一段と落としたらしい。



〈了〉

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