第3話
「お疲れ様です」
俺はいつも通り部室バトルフィールドに入り、戦いのゴングの意味の挨拶をする。
さぁ今日の一人目の相手はだれだ?
そうやってあたりを見回すがそこにはうるさすぎる静寂が広がっているだけ。
俺はあえていつもの自分が座る席に座らずその隣に座った。
なぜか?と問う者がいるだろう。
教えよう。
一つ、ここはジャズ部の部室である。
二つ、ジャズ部にいるのは皆「普通じゃない」人たちである。
三つ、部室にだれもいなくて静かなのは一般的に考えれば「普通」の事である。
この三つのことを踏まえてもう一度部室の様子を見て見よう。
あまりに静かすぎる、「普通」すぎる部室。
――――つまりここには誰かがいる。
そして何かの意図があって俺から隠れている。
なぜか。当然俺に何か仕掛けるためだろう。
そしてそいつが一番簡単に予想できる俺の行動は俺が「普通」にいつもの席に座ること。
だから俺はあえていつもの席に座らず隣の席に座り、この部屋にあるだろうものを探す。
予想通りそれはあった。
まぁ犯人もそれで確定した。
「あぁー。ひまだなー。誰かさんのクラリネットでもぶち折ろうかなー」
そう言って俺がクラリネットに手を伸ばすと
「やめろー!!」
物陰からすごい勢いで男子生徒が飛び出してきた。
「俺のクラに触れたらぶっ殺す!」
そう言って男子生徒がこちらをにらんだ。
「じゃあ俺にも一つ言わせろ。俺へのドッキリでクラッカーを使うのは百歩譲ってありだが、
三十個も仕掛けるとか、俺を殺す気か!」
部室を見渡すとカモフラージュされたクラッカーだらけだった。
「多い方が楽しいだろ?」
そう言って笑うのはジャズ部一年不翳ふかざし秋しゅうだ。
こいつの性格はジャズ部にぴったり、まぁ簡単に言うと
――――[ぶっ壊れている]のだ。―――――
「この部屋にはまだお前だけしかいないのか?」
「もちろん!」
「嘘だな」
俺がそう言うと
「あー。ばれちゃたねー」
そう言ってロッカーの後ろから夢亜が出てくる。
「夢亜だけか。芽亜はどうした?」
「ちょっと予定があるんだってー」
夢亜は全然具体的に言ってくれない。
まぁいつものことだが。
「あれ!?あの時咲 悠がいつもより早い!なに天変地異でも起きるの今日?」
「俺だってたまには早く来るよ!てか、お前一言目から失礼だな!一生口きけなくなればいいのに」
俺が社会のゴミを見るような目で言うと
「悪かったって。だからその目はやめて」
と部室に入って来た水髪が涙目で謝ってくる。
「流石に言い過ぎだと芽亜も思います」
水髪の後ろからひょこっと顔を出して言う芽亜に夢亜は
「おかえりー。会いたかったよー」
と大げさに挨拶し、抱きつく。
「よく一人で耐えたわね。強くなった。」
そんな二人のコントをよそに俺は楽器の準備を始める。
「あ、悠君もおかえりのハグする?する?」
「絶対に嫌だ。コントは姉とやれ」
「えー。なんでー」
俺が感情のない声で言うと夢亜は諦めたように姉のとなりに行った。
「かわいそうに。俺が代わりにハグしてあげるよ」
水髪がそう言って二人の方を向くと
「不快なのでやめてください」
「寝言は寝て言ってねー」
と今にも殺す勢いの眼光が俺にも感じられるほどに水髪は睨まれる。
不翳が俺の隣に来て一言。
「今更だけどさー。今日は演奏しないよ?」
「そういうのは早く言えよ」
俺はそう言って不翳を睨んでベースを片付け始めた。
そう。言ってなかったが俺はジャズ部のベース担当。二人いるベース担当のうちの一人だ。
部としては本当はあと一人欲しいところらしいが俺には関係ない。
なんでベースかというとまぁ目立たないからだ。
「そういえばなんで今日は一年しかいないんだ?」
「二、三年生は一週間ぐらい部活お休みらしいよー。」
「なんでそんなに詳しいんだ夢亜?」
「じょーほーしゅーしゅーの賜物。どお?惚れた?」
「いや、全く」
そんなやりとりを聞いていた水髪がいきなり大声で
「じゃあ、一年生だけで合宿に行こう!」
と言った。
「なんで急にそうなる。俺は行かないぞ」
俺がそう断ると
「ちなみに毎年この時期にやってるみたいだよー。それに一年生で一人だけ行かないのは「普通じゃない」よねー」
夢亜がニヤニヤしながら俺に言う。
「わかった。俺の負けだ。行くよ」
「よし決まりー!」
「いぇーい!!」
四人と俺の間には竜巻が発生するほどの温度差があるようだ。
「行き先は?」
俺が問うと四人はすでに打ち合わせしていたかのように
「沖縄!!」
ときっぱり言った。
「お前ら、俺がここに来る前から打ち合わせしてただろ。なぁ涼?」
俺が死神を具現化したように問うと、
「な、な、な、なんのことか、な?」
と震えた声で水髪は答える。
「行くと言った以上は行くが、合宿に関係ないことは一切しないからな」
「え!?海水浴は、、?」
「却下だ。あとバーベキューも花火も却下する」
「心読まないでー」
俺が抜け殻のようになった心でこいつの邪な考えをすべて否定してみせると
「まぁそこについてはみんなで決めるのが「普通」じゃないかしら?」
「夢亜もそー思うー」
と二人が言う。
「だってよ。悠、どんまい」
どやぁと効果音が出たかと思うぐらいの声でなぜか水髪と不翳までもが俺を見る。
これはもう流れに任せるのが一番楽だし「普通」だ。
なので俺は諦めていつもの席に戻った。
――――つらい……
この双子がいるだけで俺にはとてつもなくこの部活がつらい!
これまだ高一の十月だぞ!?
俺卒業まで生きていられるかなぁ?
きっと無理だなぁ。
『あーーーーーーーーーーーーー!!!』
そんな心の声を上げて今日も俺は生きるのであった。
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