第15話 暗がりの怖がり

 地下ダンジョンには、今日も、骸骨が集められていた。明らかに昨日より多い。取りあえず、昨日と同じく300体のスケルトンを作成したが、まだまだ、材料の骸骨が残っている。アンデットクリエイトは明日に回し、他の作業について、思考をめぐらす。今、おこなっている作業は、


 ・ 地下ダンジョンエリアの清掃修復作業

 ・ 全エリアからのアンデットの材料集め

 ・ 迷いの森付近での薬草集め

 ・ 廃鉱山エリアからの鉱石採集


 以上のうち、廃鉱山エリアの鉱石採集以外は順調に進んでいるのが分かったので、本日は、鉱石採集の状況を確認したい。

 俺は、本日作成したアンデットたちを、地下ダンジョンチームと鉱山チームの2チームに分けた。俺は、3人の人間チームとアンデット鉱山チーム150体を連れて、鉱山へと向かうことにした。

 鉱山エリアは地下ダンジョンエリアの北西側に位置する。太陽の光があまり得意でないらしいスケルトンたちと地下ダンジョンの隠し地下通路を通って鉱山エリアへ向かう。徒歩で一時間ほどすると、鉱山の入り口が見えてきた。

 鉱山エリアは、地下ダンジョンエリアと異なり、蝋燭を燃やして、光を取っている。昨日から100体のスケルトンが廃鉱山で作業している。

 先頭を進む、アンナに懐中電灯を渡す。


「なんだこれは?」

「懐中電灯といって、暗いところを明るくする道具だ。そこのスイッチを押してみろ」


 アンナは、懐中電灯をしげしげと見つめているが、スイッチが何か分からないらしい。


「ここの、出っ張りのことだよ――」


 おもむろに、懐中電灯のスイッチを押そうとして、アンナの細い指先に触れてしまう。


「なっ――」


 アンナは、点灯した懐中電灯を取り落す。クルクルと回る光の輪を直視する俺。

 まぶしい――。目が――、目が――。


「お前というやつは、節操がないな!」


 アンナは、ポニーテールを揺らしながら、緑色の瞳が鋭く俺を非難する。

 懐中電灯を急いで拾うと、アンナはクルリと後ろを向き、鉱山へ向かっていく。

 はっきりとしたLEDの光が、手前の坑道を明るく丸く照らす。

 アンナの奴、一体何だったんだ?

 坑道入り口では、鉱石を満載したトロッコがスケルトンたちの力によって坑道からちょうど押し出されてきたところだった。

 他の場所では、スケルトンたちが鉱石を木製のネコ車で粉砕機に運んだり、慌ただしい作業が続いている。

 蝋燭の光が揺らめき、薄暗い鉱石保管場所の方にミカエル、シャルと共に足元に気をつけながら進む。


「徹さん、お化けや幽霊が出そうです」


 まぁ、俺を含めてアンデットが251体いるのだが……。

 ミカエルのお化け出る発言から、手前の光の輪が盛大に小刻みに揺らめいている。

 LEDが揺らめくなんて、アンナお前そんなに――。

 不意に、俺の左腕に、ミカエルがギュッと抱きつく。ほんのり柔らかい感触が伝わってくる。負けじと右腕には、はっきりと主張する柔らかさ――、シャルだ。


「ミカエル、シャル怖いのか?」

「徹さんがいるから大丈夫です」

「トオル様がいるから平気です」


 何か、二人とも矛盾しているような気もするが……。

 確かにアンナの言ったとおり、美少女に抱きつかれて節操がないかも。 




 しばらく進むと保管場所には荷台一杯に鉱石が積まれている荷車が5台ほど止められていた。


「ミカエル、鉱石をクリエイト・アイテムで精錬できるだろうか?」

「多分、必要な材料がそろっていれば、できると思います」

 

 おもむろに、鉱石保管場所の中央に陣取る。


「クリエイト・アイテム!」


 唱えると、荷車の鉱石は、光輝くと、次の瞬間には、金属のインゴットと、石材に変わっていた。インゴットを手に取ると、ご丁寧に、元素記号と単位が刻印されている。

 廃鉱山の鉱石からは、金、銀、銅、鉛、スズ、亜鉛、プラチナ、チタン、アルミニウムのインゴットが作成されている。インゴットは1g、10g、100g、1kgのものが荷車の上に転がっている。


「ミカエル成功した」

「本当に凄いですね。これで、鉱石が採取できる間は資金に余裕ができると思います」

「ああ、とりあえず、鉛、スズ、亜鉛はモルゲン商会を通じて売却できないか考えよう。銀と銅、チタン、アルミニウムについては、地下ダンジョンで一時保管しよう。金とプラチナは、量が少ないし、安全を考え、日本で保管しておこう」

「しかし、徹さん単位をガルト基準にしなかったんですね」

「ガルトの単位って、国によってバラバラだから。プリセラ王国だったっけ? 王女様のおっぱいの重さを基準にして、1カップとか――。本当にうんざり。せっかく自分たちで国を作るんだから、日本で慣れ親しんだ単位系を使いたかった。換算するのめんどくさいし、俺が、ガルト世界の覇者になって、SI単位系に統一する」


 シャルが、顔を真っ赤にしている。

 シャルのだったら非常に小数点が多い単位系になります。国民は主に男と女で、重さの単位で感想が二分されるんだろうな。狂喜するものと、愕然とするものとに。


「なんだか、僕の考えた最強の○○が単位になった感じですか……。徹さんも男の子ですね」


 ミカエルは、俺をお子様扱いする。心外だ。

 大体、男の子だったら、おっぱいを単位にするだろう! 俺がいかに紳士か分かっていないやつめ。

 ふん。ミカエルだったら、やたら桁数が多い単位系――いや、単位原器がねつ造……なんでもない!

 真面目にしないと殺されるな。


「意外と単位換算を間違って人類はやらかしてるんだぞ! マイルとメートルの換算を間違えて、人工衛星の軌道を外して、激突させたり……」


 折角国を作るんだし、わがまま言ってもいいよね。プリセラ王国は、重さの単位の基準を、微妙に『王女様の』とか濁しているけど、同じように俺の国でそれをみんなの前で宣言するのは嫌だぞ。絶対でないミカエルは、俺を刺すよ! 

 大体、異世界転生とかみんな、現代日本の爪痕を異世界に強烈に残してるから! いや、待て。あんまり強く主張すると、本当に子どもみたいだな。


「はいはい。分かりました。徹さん、僕の考えた最強の国を頑張ってください。しかし、廃鉱山ですから、今後どれだけ鉱石を発見できるか心配ですね」


 この廃鉱山鉱石採集プロジェクトの最大の問題点を口にするミカエル。


「ミカエル、それなんだが、新しい鉱脈は無いのだろうか?」

「う~ん。無かったから、閉山したのでは?」 

「いや。鉱山が閉山する理由は、採算が合わなくなったからだろ」

「それもあるかもしれませんけど。実際は地下水が出たり、空気が届かなくなったりして技術的に採掘が危険で困難だからでは……」


 ミカエルは正論を当たり前のように主張する。


「しかし、アンデットによる採掘とアイテム・クリエイトによる精錬だったら?」


 一瞬戸惑ったような顔をしたが、すぐにミカエルの瞳に、理性的な光が宿る。


「確かに、技術的な困難さが解決とはいかなくても、小さくなる! それに経費はほぼゼロだから、採算ラインは大幅に改善される」

「そうなんだ! スケルトン達には大変困難な作業をお願いすることになるが……。 建国のためには尊い犠牲が必要と思うしかない!」

 

 元から鉱山労働は最悪な労働環境。地球でも採掘は奴隷や罪人が使われるのが普通だった。子供や女性を長時間劣悪な採掘作業に従事させるのは、20世紀初頭まで続く。さらに輪をかけて技術的に人間では採掘できない環境で作業をさせようとする俺は、悪徳雇用主である。

 しかし、ガルトには労働基準法がないし、アンデットは死んでいるんです。

 俺も含めてアンデットは、生きているガルトの人たちのために頑張ろう!

 だが、できるだけ早く、他の新しい財源を思いつかなければ――。


 思案から現実に戻ると、遠くの坑道の壁を照らすアンナのLED懐中電灯の光の輪は、未だ酷く小刻みに揺れている。


「アンナ、帰りは、みんな一緒に並んで帰ろうか!」

「私は、どちらでもいいが、お前がそういうならば仕方ない――」


 アンナは、ポーニーテールを揺らしながら、急いで俺たちと並ぶ。

 先ほどまで小刻みに揺らめいていたLED懐中電灯の光の輪がどうなったと思う?


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