第14話 起死回生の自己保身

 俺は、顔が赤くなって俯いているシャルロットとアンナの美少女二人組と、青ざめているミカエルという状況に死を覚悟した。

 ここは、ミカエルに真実を話そう。ミカエルは女神様だから、正直に話せば、一思いに刺してくれるだろう。

 いや、それではいけないのだか、真実は伝えなければ!


「ミカエル、ちょっと向こうで話があるのだが」

「はい」


 青い顔で、操り人形のようにフラフラとこちらにやってくるミカエルは、大丈夫ではないだろう。心配になる。

 二人で転移ドアの部屋に入ると、入り口のドアを閉める。


「ミカエル、真っ青だが、大丈夫か?」

「心配してくれて、ありがとう。でも、大丈夫です。それより、あの二人に何をしたんですか?」


 やっぱり、美少女二人に何をしたのか凄い気にかけている――。


「ミカエル、俺は、倒れている二人を見つけて、助けたい一心で、その……人工呼吸しました。それを多分、私見ですが……、お二人は勘違いされている感じがします」


 俺は、おそるおそる、言葉を紡いだ。


「そうですか……。それは、責められませんね。寧ろ、人工呼吸していなかったら逆に嫌いになっていたかもしれません。しかし、徹さんのお心に、下心が無かったかは分かりませんが……」


 真っ青だった顔は、少しずつ血色を取戻しつつある。人工呼吸に同意しつつ、俺の心に楔を打ち込む、ミカエル。


「徹さん、あの二人を見てどう思いますか?」

「王国再興に尽力されるお姫様と揺るがない忠誠心をお持ちの女騎士だと……」

「本気ですか……。何であの二人顔赤いんですか? 私見をどうぞ」


 ミカエルさんは追及の手を緩めてはくれないようです。


「お姫様の方は、好感度が上がっているのではないかと……。女騎士の方は、辱めを受けたことに対してではないかと……」

「二人とも、どうみても――。いえ、私に、遠慮して遠回しに言っているんですよね? 徹さんは、やさしいです。だからこそ私も……」


 急に黙るミカエル。顔をあげると、ミカエルも赤くなっていた。目があって、慌てて、そらす。


「その、ミカエル心配させてゴメン。でも、あの二人の王国再興に手を貸してやりたい。ガルトを救う! 世界ではなく、人々を救いたいと思った」


 これは、俺が思ったことだ。せっかく生き返るためとはいえ、異世界を救うのならば、人々が喜ぶ顔をできるだけ多く見たい。


「徹さんが異世界救世に、もっとやる気をだしてくれたのは、うれしいです」


 ミカエルも、俺が異世界救世に、生き返るためという自己目的以外に、他者を救うという本来の意味での救世を目指すことに素直に喜んでいるようだ。


「ミカエル、あの二人を異世界から連れてきたが、現代日本で異世界の病気とか発生しないよな? まあ、初めから、ミカエルも俺も現代日本に病気とかを持ち込む恐れはあったんだが……」

「徹さん、異世界転移ドアは、異次元を繋いでいるんですよ! 私たちは、原子レベルまで分解され再構築されるわけですが、その過程で、目的の世界に最適化されるはずです。なので、バイオハザードは起こらないと思います。私も専門家ではないので、詳細な定義・理論までは分かりませんが――」

「いや、問題ないならいいんだ。テレビを使っているから、その構造・原理をエンドユーザーが全員知らないといけない理由はないしな」


 問題があるなら、異世界転移なんてしないだろう。どうやら、俺の杞憂だったようだ。


「まぁ、お二人を現代で生活させることの方が難しいですけど。とりあえず、親会社に相談してみます。最低、どこかの国の国籍、パスポートを取得しないと一人で外も歩かせられないですよね」

「確かに、難しい問題だな。どう見ても日本人には見えないからな」

「金さえ払えば、アンチグアバーブーダやマルタあたりの国籍が取得できるのではないかと思います。そうすれば、パスポートがありますから最低限なんとか……。後、在留カード、住民票、健康保険証も準備しないといけません。現代日本社会に溶け込ませるのは異世界転生より難しいですね」


 やっぱり、いない人間を現代社会に合法的にねじ込ませるのは難しい。


「ミカエルは、日本国籍なのか?」

「私は、不慮の事故で死んだ帰国子女の子の肉体に宿っているのです。一応、日本人の父とアメリカ人の母との間に生まれたハーフなんです」

「そうなのか。本物のミカエルは、全く違うのか?」


 今まで、ミカエルと思っていたものは、偶像にすぎないのだろうか。


「私が鏡で見た限り容姿はオリジナルに近いですよ」

「ミカエルが今のミカエルの姿なのは、素直にうれしいな。違ったら、何かガッカリする」

 

 経験すると偶像崇拝の弊害は恐ろしい。目の前に神様が来た時に、自分が思っていた神様と違ったら混乱する。偶像崇拝を禁止する宗教があるのが頷ける。


「その、面と向かって言われると照れます――こほん、徹さん、ドッペルゲンガー知りませんか? 自分にそっくりの人が世の中には3人いるってやつです。その帰国子女が、私によく似ていたので現世に出てきたんです」


 なぜだが、ミカエルは伏せ目がちに、照れている。


「外見がオリジナルに近いのは分かったけど、内面はどうなんだ?」

「この子の肉体に宿って日が浅いですから、若干ブレがあるような……」


 確かに、今まで女神様らしからぬ言動が多いから納得しなくもない。


「そうだったのか。何か、ミカエルと長いこと一緒にいるような気になってたけど、ミカエルのことあんまり知らなかったな」

「これから、ずっと一緒にいますから、もっと何でも聞いてくださいね!」


 なんだか、ご機嫌なミカエル。俺も、ミカエルとさらに仲良くなった気がする。


「そろそろ、二人の所に戻るか?」

「はい」


 二人で密談?を終え、事務室に戻ってきた。美少女二人は、ミカエルがいつの間にか出していたお茶とお菓子を頂いていたようだ。もうなくなっている。


「ミカエル、俺、ちょっと給湯室にお茶くみに行ってくるわ」


 意外と有能なミカエル社長に驚きつつ、社員の俺がしなけらばならないことだったなと反省する。


「徹さん、私がしますから、座って待っていてください」


 頑なにお茶くみを譲ろうとしない社長。


「……わかった」


 給湯室の方へ、歩いていくミカエルを見送る。俺と美少女二人が残される。

 

「シャルとアンナは、日本で暮らしたいか? それともガルトで暮らしたいか?」

「トオル様、私たちは、テリオス再興に尽力できれば、どこでも構いません。しかし、ガルトでテリオスの名を出した途端、イーリス帝国が敵対してくるでしょう。しばらくは、テリオスの名を出すことなく、建国作業をするべきでしょう」

「分かった。まずは、建国作業に尽力する。ところで、シャルは、新テリオス王国をどんな王国にしたいのかな?」

「それは――」


 シャルは、まつ毛の長い目を一瞬、大きくすると、ゆっくりと赤紫色の瞳を隠すように閉じる。そのまま桜色の唇を、真一文字にすると黙り込む。

 俺は、シャルが黙り込むと思っていなかったわけではない。

 彼女は多分、今まで、帝国への復讐心や王国再興を、まるで自分の責務だと思って突き進んでいたのではないか。もしかしたら、失った姫という地位を回復したかっただけかもしれない。テリオス王国が滅ぼされてから、取り戻すのに夢中で、自分がどんな国を作りたいと考える暇がなかったのかもしれない。

 俺も、彼女を責める資格はない。自分だって生き返るために国を作るという案にのっただけなのだ。

 まさか、国を憂い、民を救おうと考え、国を興そうとしたのが、リリーという十歳の少女だなんて――。あいつ、ジャンヌ・ダルクか何かか?

 思わず、苦笑してしまう。


「シャル、今までテリオス王国を取り戻すことで、頭がいっぱいだったんだろう?」

「トオル様のおっしゃるとおりですわ。わたくし、大切なことを忘れていたのかもしれません」


 恥ずかしそうに呟くシャルの瞳は、アメジストのようにキラキラと輝いている。


「思い出してくれたのなら、良かったよ。まだまだ、建国には程遠いから、ゆっくり考えてくれるとありがたい。アンナもシャルも何か意見があれば都度言ってくれ」

「分かりましたわ」

「分かりました……」


 アンナは、青いポニーテールを揺らしながら、シャルと俺を交互に見ると、俺を緑色の瞳でまっすぐに見据えると返事をした。なんだか不機嫌そうだが……。


「しばらくは、二人にも色々な仕事を手伝ってもらうことになる。よろしく頼む」


 俺は、二人に頭を下げた。




 


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