第11話 廃ダンジョンへようこそ


 リリーと別れた俺は、『オレンジ』でミカエルに連絡する。待ち合わせ場所で待っていると見慣れた赤い髪が視界に入ったと思ったら、急加速で近づいてくる。息を切らすミカエルを落ち着かせると二人で、これから100億救世ポイントを稼ぐための約束されし土地へ向かう。

 俺たちの野望を達成するために選んだ土地は、ボスが討伐され、魔物が生まれなくなった廃墟ダンジョンである。

 もちろん、テュルク王国には、未だボスが討伐されていない数多くの迷宮ダンジョンがある。しかし、それらはすべて、王国の直轄である。

 異世界ガルトでは、迷宮ダンジョンは勝手にできるという認識らしい。名声を求めて迷宮ダンジョンに、我先に冒険者たちが殺到する。それにつられて、商人や役人が集まり、ダンジョンの周りに村が形成されるのが一般的だ。

 しかし、廃墟ダンジョンは、ダンジョンボスを冒険者に討伐されると、魔物を生み出さず、周りもゴーストタウンと化す。

 そして俺たちは今、廃墟と化したその複合ダンジョンに来ている。

 この複合ダンジョンは、異世界調査時に、株式会社ディーヴァリインカーネーションが購入し、現在はミカエール商会なる怪しい商会が所有していることになっている。

 

「ミカエル、どこからが複合ダンジョンなのか分からないな」

「想像以上に広大ですね」

「複合ダンジョンの地図持ってきた?」

「えぇ。この羊皮紙です」


 俺たちは、地図の真ん中に載っている、地下ダンジョンの入り口を探していた。

 地下ダンジョンは、地上2階で、地下50階あるらしい。ちなみに、地上部分は、店舗とか、施設を作るために、人が作った部分のようだ。

 しばらく歩くと、木々の間から、地下ダンジョンの建物が見えてきた。

 この複合ダンジョンは巨大である。敷地が普通のダンジョンの5倍はある。

 大は小を兼ねるし、元が廃墟であれば維持費は最小限で済むではないか! 拡張するには大規模な土木工事が必要だが、縮小するのは壁で塞げばいいしね。

 複合ダンジョンなので地下ダンジョン以外にも、廃坑ダンジョン、迷いの森ダンジョンなど複数のエリアがあるが、とりあえず、王道の地下ダンジョンを中心に開拓してみようと思う。


「しかし、一番の問題は、開拓者というか、魔物というか。人的な資源だよな」

「こればっかりは、集めるなりなんなりしないといけないですね」

「ミカエル、よくある初期ポイントを使って、うんたらかんたらとかはないの?」

「そんなのないですよ」

「テュルク王国の国王様から、お金とか武器とかもらえないのか?」

「えっと。ゲームじゃないんですよ。目を背けたくなりますが、これが異世界の現実です。しかも、テュルク王国が、反乱を起こそうとしている私たちを援助するとは思えません。まぁ、元から資金援助するような余裕は、なさそうですけど」


 本当に、どうなってるんだ?ってぐらい、俺に対する異世界の風当たり強いよな!


「そうだよな。分かってはいたんだが、金無し、人無し、コネ無しでどうやって開拓建国するんだ? あまりにも無理ゲーすぎないか?」


 まあ、ポーションを売った5万ガル、リリーと、モルゲン商会というコネがあると言えばあるが、どう考えても、国家建設には足りないような気がする。


「お金は、徹さんの貯金でお願いします。日本で購入したものなら、ドアを通れる大きさまでなら、持って来て大丈夫ですよ」

「えっ……。救世事業自腹なの? ミカエル助けてくれないの?」


 確かに、社畜生活でお金は貯まってはいるが……。しょうがない、命には代えられない。


「だって、あくまで救世事業は、徹さんが私と結婚するための私事ですから。会社の仕事じゃないです。会社の仕事はあくまで、異世界調査とかディーバエージェンシーの事務仕事とかですから! 私個人としては、月1万円だったら貸してあげますよ!」


 公私混同しないところは、意外としっかりしている。

 救世事業は、俺が生き返るためだから――! 最近流され気味だけど。

 しかし、ミカエルの援助の金額は、なんだ、その鬼嫁の旦那への小遣いみたいな金額は! 結婚した友達とかこの金額で1か月持ちこたえたりできてるし――怖いよ。

 まぁ、社長とはいえ、新卒女子なら、生活費を除いたら余裕はそれ位なのかもしれない。


「ミカエル、魔法の使い方分かるか?」

「徹さんの個人情報を全部知っているわけではないんですよ! 使える魔法は、魔導書とか見て勉強してください!って言いたいところですが、『オレンジ』には、ガルトの魔法はアプリに載ってますから見ていいですよ」


 俺の個人情報はまだ、ミカエルにすべて把握されていないようだ。胸をホッとなで下ろす。

 ミカエルに言われたとおり、『オレンジ』の魔法アプリを起動してみる。なるほど、魔法の事が色々載っている。魔導書を開くより、楽に魔法が使えそう。クリエイトアンデットを見てみると、死体に向って『クリエイトアンデット!』って言ってみましょう!と簡単な説明が出ている。

 よく分からない『古の何たらを――』って感じの詠唱は必要ないのか。

 楽でいいな。

 まあ、死体が無いので、試せないわけだが――。


「とりあえず、地下ダンジョンに入ってみるか?」

「そうですね。とりあえず地上部分だけでも見てみましょう」


 二人で、煉瓦でできた地上部分に入る。驚いたことに、ダンジョンの中は昼間のように明るい。中は通路と区画割りされた空間が配置されている。お店スペースなのだろう。区画の中の棚や机には、埃が厚く積もっている。随分長い間放置されていたのだろう。使えそうな道具類はほとんど残っていない。どんどん奥へ進む。通路の奥に二人分の白骨化した遺体とカボチャ頭の人形が落ちていた。

 ずいぶん前に亡くなったのだろう。今となっては、装備も剥がされ行き倒れなのか、冒険者なのかすら判別がつかない。


「なあ、ミカエル。アンデットと神様って相性悪そうだけど、意外と大丈夫なのか?」


 今までかなりの時間、ミカエルと一緒に過ごしてきたが、ふと、気になったので聞いてみる。


「私は、肉体化しているので、通常時は神々しさがありませんから。前に一度徹さんを転生させようとした時は、神通力出したから、徹さんが気を失ったじゃない。その位だから気にしないでね」


 思い出した! ミカエルが、パンツというか、もはや服着てないんじゃないのってぐらい不自然に光って、気を失った時か! ふむ、意外と大丈夫だったな。


「それなら、いいんだ。実験で、ここにある骸骨をアンデットにしてみようと思うんだが……」

「あぁ、クリエイトアンデット試してみるんだ! 頑張ってね」


 俺は、骸骨の前に立つと、息を大きく吸って言い放った。


「クリエイトアンデット!」


 すると、骸骨の周辺が輝きだす。骨は、むっくりと立ち上がると、頭がい骨の口の部分が、カタカタと動きながら、2体のスケルトンになった。


「徹さん、凄いです!」


 ミカエルはパチパチと手を叩いて喜んでいる。

 2体のスケルトンは頭がい骨を下げて、カタカタと口を鳴らしている。

 『ありがとうございます』って言っているのだろうか、よく分からないが喜んでいるような気がする。


「君たち、申し訳ないが、このダンジョンで朽ち果て死んでしまったものの骸骨があれば、そこのコの字のスペースに集めておいてくれないか?」


 スケルトン2体は、頭がい骨を上下させると、地下ダンジョンの入り口の方へ歩いていく。俺の言ったこと分かっていればいいのだが。


「ミカエル、地下ダンジョンに骸骨どの位あるかな?」

「たくさん骸骨あるといいのですが……。 ただ、私たちの野望が完遂したら、アンデットたちは浄化させてもらってもいいですか? いくら、私たちの結婚のための尊い犠牲とはいえ、やはり不憫です」

「そうだな、確かに俺も可哀そうと思う。だが、浄化してやるためにも死ぬ気で働いてもらわないとな」


 俺たちは、お互い頷くと、地下ダンジョンの現状把握を始めた。


「地下ダンジョンに再度魔物を溢れさせることは可能なのかな?」

「それは、ダンジョンボスが討伐されているので、無理だと思います」

「では、地下ダンジョンが復活したようにして、冒険者たちに来てもらうしかないのかな?」

「そうですね。ただ、多分このダンジョンにいる魔物は、スライムと徹さんが作るアンデットだけだと思います。これでは、ダンジョン攻略は瞬殺ですよ」

「しばらくは、ダンジョンの補修をしながら、運営するかどうかは決めようかな……」

 

 今は、『オレンジ』の植物アプリから分かった、薬草を採取・栽培してポーション類を作り、日銭を稼ぎながら、少しずつ救世していくしかない。

 一人考え込んでいると、


「助けて! 徹さーん」


 ミカエルの叫び声が聞こえた。


「どうしたんだ、ミカエル!」


 俺は、思わず大声を上げると、ミカエルの声が聞こえた方へ全力で走った。


「かぼちゃ――」


 駆けつけると、ミカエルの前にカボチャが浮いていた。いや、詳しく言うとカボチャ頭の人形が中空を漂っていた。

 あれだ、ハロウィンのジャックオーランタンだ!


「トリック オア トリート」

「いたずらか、おもてなしかって……」

「それは、徹さん以外にはされたくないし、しないわ――!」


 よく分からないことを叫んで、ミカエルは、特殊警棒でカボチャを叩き落とした。


「徹さん、怖かったよ――」

 

 そういって、俺にすがりつき、俺の胸に顔を埋めて泣くミカエル。

 一部始終見てたから怖すぎである。俺は、ミカエルが叩き落としたカボチャに声を掛けた。


「おい、大丈夫か? 死んだか?」

「何とか大丈夫です。旦那……」

「お前は何なんだ?」

「あっしは、ジャックオーランタンのジャックでさぁ」

「魔物なのか? 俺は、トール・ワーカーホリックだ」


 俺は、驚きつつも自己紹介した。


「ええ、あっしは、魔物でさぁ。トール様に、スケルトンと一緒に甦らせてもらったもんでさぁ。ありがとうごぜえます」


 ジャックは、うやうやしく礼を言う。


「そうか、このダンジョンの責任者が俺だ。ジャックもダンジョンの修復に協力してほしい」

「この、ジャック、命に代えても頑張りやす。後、そこの姉御は、トール様のご令室で?」

「さすが、ジャック。くり貫かれた目は、全てを見通すわね! そのとおりよ!」


 ずっと、胸にすがりついていたミカエルは、突然宣言した。





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