第10話 モルゲン商会
翌朝8時に出社すると、もうミカエル社長は出てきていた。二人で、今日の簡単な打ち合わせをし、着替えを済ました。
俺は、昨日買ったアイテムを異世界ガルトへ持っていく準備をし、ミカエルと二人転移ドアを通じで、リリーと待ち合わせた場所へ行く。
「おはようございます!」
女の子の明るい元気な声が響いた。
「リリーおはよう。さっそくなんだが、この世界では、食事はどうなんだ?」
「朝昼晩三食食べますが、貧しいものは、朝夕の二食だけです」
昔、地球の中世では食事は二食だったらしい。それを、電球を発明したエジソンがトースターを売るために、健康にいいというホラを吹いて三食にしたのだ。だが、ガルトでは三食が普通らしい。
俺は、頭を振ると気持ちを切り替えた。今日一番の大切な話題を振らなければならない。
「食事は、調味料を使って味付けされているのか?」
「塩や香草のことですか、確かに神事やお祝いごとの席では使いますが、普段はほとんど使いません。ご飯が食べられること自体が、神の恵みなのです。味をどうこう言えるはずありません」
大儲けキター! これで異世界無一文生活とおさらばだ!
「この近くに、商人はいないのか? 俺たちも昨日作ったポーションや売りたいアイテムがあるのだが……」
「チロルの村に、モルゲン商会チロル支店があります。モルゲン家の五女、モニカ・モルゲン様が支店長で、私の知り合いです」
「そうか、それは、ちょうどいいな。俺たちをそのモルゲン商会の支店長様に会わせてもらえないだろうか?」
「分かりました。大丈夫です」
「後、リリー、たくさんアイテムがあってな。リリーでも使い方がわかるアイテムと全く理解できないアイテムとに分けてもらいたいんだが……」
「神の仕事の手伝いなど、あたしは光栄です。喜んで!」
それから、しばらく、リリーにアイテムの仕分けをしてもらう。
その間、俺は、日本語のラベルを剥いだり、日本語の表示などをマジックで黒塗りにしておいた。まさか、日本語が読める奴はいないだろうが、用心しておいた方がいいような気がしたからだ。
一時間ほどしてチロル村にたどり着いた。チロル村は、村というより、町と言った方がいいくらい、賑やかで、人も馬車も往来している。
ミカエルには、チロル村の中で、商品価格などの情報を調べてもらうことにし、別々に行動する。
モルゲン商会チロル支店は、チロルの村で一番大きなお店のようだった。俺たちは、リリーの紹介で、モニカ・モルゲンさんに会うことができた。
モルゲンさんは、サラサラの銀髪ツインテールが特徴の18歳位の美人さんだった。
「リリー、お久しぶりね。元気にしていたの?」
「はい、おかげさまで。今日は、モニカにお仕事の話を持ってきました」
リリーは、短い茶髪を揺らしながら顔をあげると、嬉しそうにほほえむ。
なるほど、二人は呼び捨てで呼び合えるほど仲がいいらしい。
「シスターのあなたが、しかもわたくしに商売話なんて――。おもしろそうね」
モルゲンさんは、唇にしなやかな指をあてると、不敵な笑みを浮かべる。
「はじめまして、私は、トール・ワーカホリックといいます。私のことは、トールと呼んでいただければ結構です。村近くの廃ダンジョンで、賢者の真似事をしております」
俺は、怪しい自己紹介をした。
「ええ、はじめまして、トール様。わたくしのことはモルゲンとお呼びください」
「実は、モルゲン様に見ていただきたいアイテムがありまして――」
俺はそういうと、鉄板『さしすせそ』を含む調味料を取り出した。
「これは、砂糖、塩とこしょうですの? 後のものは見ただけでは分からないですけど……」
「ええ、モルゲン様がお分かりになった3つは、非常に純度の高いものです! 単刀直入に言います。買っていただけませんか?」
「無理ね」
そうだろう。そうだろう。えっ――。
俺は、間抜けな顔をしていたに違いない。
「――無理とはどういうことですか! こんなによい上物はなかなかでませんよ!」
俺は、ガルトの塩も砂糖も見たことはないが、現代日本の技術は、世界一ィィィ!と思って断言した。
「確かに品質の良いものです、トール様。しかし、これらは、テュルク王国の検印がありませんの。国家専売品である塩や砂糖、酒、たばこ、こしょう等香辛料を検印無しで扱う商会など、テュルク王国には存在しませんことよ」
「国家専売品ですか……」
「えぇ、テュルク王国の近年の金銀採掘量をご存知? ほとんどの国営鉱山は閉山され産出できていませんの。国家財政は破綻寸前。他の財源として、嗜好品や生活必需品を専売化したりなりふり構っていませんもの」
「そういう事情だったのですね、俗世を知らず申し訳ない」
先に国家がはじめてるとか運が無さすぎる。
「しかし、専売ということは、調味料は価格が高いのですか?」
「そうでしてよ。今は相場も上がり調子ですし」
「でしたら、調味料を直接売るのでなく、料理として加工した状態で売れば、問題にならないのでは――」
俺の言葉が終わらないうちに、モルゲン様は、怒りの表情でこちらを睨む。
「トール様は、賢者様とお聞きしました。なるほど、知恵が回ると思います。しかし、わたくしは、腐ってもモルゲン! 小銭を得るために、大切な商会を国家の敵に回す気はありません。まぁ、モルゲンには料理を売る術を持っていませんが……」
さすが、すぐに怒りを収め、平常心になるあたり、うら若き少女とは思えない。モルゲン様は商売人だと思う。
確かに、モルゲン商会が、わざわざ、社員に本業以外のグレーゾーンの商売をしてまで、儲けさせるリスクを取る必要はないだろう。
ここは、塩などの調味料を取り敢えず諦め、他の商品を売り込むことにしょう。
「モルゲン様、考えが至らず、申し訳ありません。調味料以外にも、ポーションを10個売りたいのですが……」
「まぁ、ポーションですか、ちょっと見させてくださいな!」
「わかりました。リリー、ポーションを出してくれないか」
「今、取り出しますね」
リリーはそういうと、応接テーブルの上に、昨日作成したポーションを10個並べた。
「おや、素晴らしいハイポーションですこと!」
「ハイポーションですか?」
俺が作ったのは、ポーションのはずだが……。
「えぇ! ポーションの中でも、調合の黄金律を極めると、通常のポーションより効果の高いものになるのです」
「そうなんですか」
ただ、薬草と呪文を一言言っただけで、特に極めたような気はしないが……。
「おいくら位で、買い取っていただけますか?」
「1本 4000ガルではどうですか?」
「できれば、今後も継続してモルゲン様にお売りしていきたいと考えておりますが……」
「そう……、ならば、1本5000ガルでどうかしら」
「それで、結構です」
俺はとりあえず、5万ガルの資金を得ることができたようだ。やっと無一文
から解放された。
今後の資金を作るためにも、モルゲン様から色々と商売のネタを仕入れておくべきだな。
「モルゲン様、最近は、どんな品物が値上がりしているのですか?」
「最近は、食料品も、馬も、飼葉も、値段が上がっておりましてよ」
「そうなんですか、何だかきな臭い感じがしますね」
「トール様もやはりそう思いますか?」
「ええ。モルゲン様の商会はこんな状態で、本業の方はどうですか?」
「やっぱりきな臭いと死の商人モルゲン一族としての血が騒ぐわ」
おや? 町の雑貨屋だと思っていたんだが、随分ホラーな二つ名だな。
まさか、戦争を引き起こして儲ける系の商会ですかね?
「モルゲン様は、商品は何を扱っているのですか?」
「おじい様が、武器屋からモルゲン商会は創業しましたの。どこの町でも武器って、同じ価格設定でしょ?」
「そうなんですか。私はてっきり、ギルドみたいなものが価格を設定しているものとばかり思っておりました」
「昔は、トールさんのおっしゃるとおりでしたけど、モルゲン商会は、武器屋ギルドを駆逐して、テュルク王国での武器販売を独占してますの!」
「独占商会とは、すごい!」
まぁ、食料品や雑貨よりは、扱うものが限られる武器は独占できるかもしれない。
「わたくし、包帯から魔導ゴーレムまで扱いますわ。すべての戦いに使う道具に敵味方関係なくモルゲンの紋章をつけたいと思っておりますの。まぁ、武器屋たるものの夢ですわね」
どれだけ、世界中に武器売りたいの!
冒険者相手だけでなく、国家へも納入しているとか。軍産複合体のタマゴみたいな商会じゃねーか。とんでもない商会をリリーも紹介してくれる。
しかし、これから国を構えるとなれば、武器は必須ともいえる。モルゲン商会とこれから、友好関係を強化していった方がいいかもしれない。
「モルゲン様、それは壮大な夢ですね! 我々も武器が必要な場合は、よろしくお願いします」
「えぇ! トール様も、新しい武器や道具を発明されたりした場合は、当商会をよろしくお願いしますね」
俺たちは、今後の取引を約束すると、別れた。
帰り道、リリーに、ポーションの代金の一部1万ガルを渡し、今後の情報収集と薬草を準備するように指示した。次の待ち合わせ日を伝えると俺はリリーと別れた。
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