第9話 上司と部下

 一日目のガルト探索は終わった。

 ミカエルは『オレンジ』を操作して、転移ドアを呼び出すと俺たちは、会社に戻った。窓の外を見ると夕日が差し込んでいる。時計を見ると午後5時過ぎだった。


「ミカエル、今日一日で色んなことがあった。問題が山積みならば、普通は落ち込むのにな。久しぶりに、仕事が楽しいって実感できたような気がする! 若返った気分だったな」

「それはよかったです。私も徹さんも実際、ガルトでは若返ってますから。本当に一人で仕事するより楽しかったです。後、男の人って、何歳になっても子供なんだなって私は感じました!」


 ミカエルは、よく分からない笑みを浮かべながら喜んでいる。

 そんなに子供だったかな? そんな気はしないが……。


「ミカエル、その上司に言っていいことなのか分からないが、ちょっと残業に付き合ってくれないか?」

「上司以前に、彼女! もう付き合ってるから! オッケーに決まってるし」


 ミカエルは、こめかみに手を当てながら、やれやれって顔をしている。

 頭を抱えたいのはこっちだ。初めて気が合ったような気がするな!


「日本からガルトへ持っていって高値で売れそうなものを一緒に探しに買い物に行かないか?」

「残業とかいって、テンション下げさせてからの――、デート!」


 キラキラと目を輝かせている。


「その、仕事なんだからな! 期待するなよ」

「徹さん、ツンデレですか――。嫌いではないです」

「何でもいいから。着替えたら、近くのショッピングモールへ行くぞ!」


 俺は、村人の服からスーツに着替えると、応接セットのソファーで座ってミカエルを待っている。ドアを開ける音がしたので、そちらを向くと固まった。

 ミカエルは、赤いロングヘアーが特徴的な美人さんだ。彼女の服装は、ワンピースとハイヒールの一見普通な組合せだった。本当は、もっと露出してくるかと思ったが、突き抜けたミカエルを経験している身としては普通過ぎて怖いぐらいだ。

 ただ、色が問題だ。ワンピースが黄色で、ハイヒールはネイビーブルーだ!

 なぜ、信号機? 

 似合っているような気もするが違和感もあるし……。ファッションセンスに俺も自信はあまりないんだが……。とりあえず触れないでおこうか。


「ミカエル、準備できたのか? 出かけるぞ!」

「はい!」


 俺たちは、会社の駐車場から車に乗って、近くのショッピングモールへ向かった。


「ドライブデートに、ショッピングデートですね!」


 隣で、嬉しそうなミカエルを傍目に、赤信号で止まる。

 やっぱり、ミカエルも信号機だよなと信号を見るたびに思う。

 そうこうしていると、よくある郊外型のショッピングモールへ到着した。


 やっぱり、皆ミカエルを見て、何か思うことがあるのだろう、非常に目立っているような気がする。

 どうしたものか――。


「ミカエル、まぁ、残業で来たわけだが――付き合ってくれたから、服とか見にいかないか?」

「持っていくもの探すんじゃなかったんですか? 急にどうしたんですか? 怪しくないですか?」


 変なところで勘ぐるなコイツ! いつもどおり、『付き合ってるだなんて♡ いいんですか――てへぺろ』しろよ!


「あれだ! 異世界でも下着とか売れるかもしれんからな。つべこべ言わず行くぞ!」

「分かりました。えっちぃ下着は心の準備が――」


 今は、えっちぃ下着穿いてる方が心労が少なかったような気がする。


「まずは、ミカエルの好きなファッションブランドとかは?」

「いきなり、どうしたんですか?」

「異世界でも、若い女の子に人気出るかもしれんだろ」

「このモールにはないかもです……」

「だったら、ちょっとそのあたりのお店で試着して異世界の参考にさせてもらう」

「いや、私が着ても参考にならなくないですか? 売れなかったら、申し訳ないですし……」


 不要な時は、斜め上なくせに、必要な時は、斜め上じゃないなんて……。メンドクサイ。


「試着してるミカエルが見たいからでは、ダメか?」


 渋るミカエルに、つい言ってしまった。


「それは、一体どうゆう――。もちろん試着は構いませんが」

 

 俺は、ブディックか、セレクトショップなのかすら判断つかないが、女性用服飾品の店舗に入る。

 女性店員は、俺の連れのミカエルを見て、微妙な顔をしているが、しょうがない。


「この子に、似合う服をお願いできるかな?」

「はぁ。でしたら、こちらに試着室が御座いますので、お持ちしますね」


 店員は、察したらしい! ふむ、察しの良い店員は、良い店員だな。




 ただ待っているのも暇だな。

 異世界でもファッションセンスがいるかも知れんし。

 赤には寒色系がいいのかなぁ――ぐらいの感じで俺も、ミカエルの服を選んでみた。ネイビーのハイヒール穿いてたしな。青系でまとめてみるか? 

 濃いネイビーのニットと、ネイビーのロングスカートに少々スリットが入ったものを、手に取る。ミカエルの服を見繕っているさっきの店員に声を掛ける。


「この組み合わせは、彼女にはどう思います?」

「お綺麗な方ですから、多分お似合いになると思います――。ご試着していただいたらどうでしょう?」

「お願いします」

「分かりました。何も言わず、取り敢えずお渡ししてみますね――」


 しばらくして、試着室から、恐る恐る出てくるミカエル。以前の信号機より段違いである。

 これは、パターン青。カワイイです!


「お客様、大変お似合いです」

「徹さんはどう思う?」

「いいと思う」

「お客様、こちらのお洋服は、彼氏さんがお選びになったものでございます」

「えっ!」

「他にも、お客様にお似合いのコーデをご用意できますが、ご試着なさいますか?」

「あの、これでいいです。気に入りました!」


 察しの良い店員に簡単に落とされるミカエル、チョロすぎである。


 残業に付き合ってくれたお礼だと言って、ミカエルの服の代金を払ったのだが、約2万円である。お布施にしては高すぎないか? 今後は、無い。有っても、ファッションセンターしまうまとかにしないと……。



 服を変えただけで、見違えったように、道行く男たちの撃墜スコアを跳ね上げる、赤い女神。大量生産された服でこれだけの性能、ヤツは化け物か!


「二人で、食品売り場にいると、新婚みたいですね」


 にっこりほほ笑むミカエル。

 隣で、ショッピングカートを押す俺は、男たちの鋭い目線ビームで被害甚大である。


「とりあえず、原価の安い商品で、異世界で高く売れそうな物を見つけないといけないと思うんだ」

「安く買って、高く売るのは、小売りの基本みたいなものですものね」

「手始めに、日用雑貨や、日持ちしそうな、食品類を明日ガルトに持っていこうと思う。1つでも商品が、ヒットすれば、救世計画の資金難は解消されるはずだ」

「うまくいくといいですね」

「まあ、鉄板の調味料『さしすせそ』だけでも、大丈夫だと思う」


 異世界で、塩や砂糖で大金を稼ぐのは定番のような気がする。


「調味料『さしすせそ』ですか?」

「塩・砂糖・酢・醤油・味噌の事だろ? ミカエル料理しないのか?」

「えっ。料理できますよ! 当たり前じゃないですか! ただ、日本の味に慣れてないっていうか――徹さんが生き返ったらごちそうしようと思ってます……」


 普通に、今日の昼食べたサンドイッチはおいしかったんだが、本人はまだ、納得していないのだろうか。まぁ、生き返るまでには十分時間があるもんな。頑張ってくれ!


「五大調味料に加えて、胡椒・カレールー・化学調味料なども加えて総力戦で行くぞ! ぼろ儲けできるといいな」


 売れそうなアイテムを取り敢えずかごに入れ、レジで精算を済ませると、俺たちは車で会社に戻った。

 会社に荷物を下ろすと、ミカエルが申し訳なさそうに言う。


「今日は、デートありがとうございます。徹さんは帰ってください。私は仕事がありますので――」

「えっ、今日は、ミカエルも疲れただろ? 明日から仕事は頑張ればいいんじゃないのか? 急ぎの仕事でもあるのか?」

「実は、親会社に、提出しないといけない報告書がありまして、今から作成します」

「分かった! 俺は、リッチーで疲れないんだぜ。俺も手伝うから、一緒に残業しようぜ」

「そうですか……。それなら、帰宅を無理強いできないなぁ。徹さん、ありがとうございます。それと、えっちぃ下着見たかったんですよね? お礼に、仕事終わったら――」

「お礼はいいから、報告書作ろうぜ!」


 俺は、慌ててミカエルの言葉を遮ると、パソコンを開いた。

 ミカエルと俺はそれから、報告書を作った。終わったのは午後11時位だった。

 今まで、なんだかんだと残業をさせられていた社畜だったのだ。残業にいい感情を持っているはずなかったのに……。

 初めて、残業を楽しく感じたような気がした。





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