第7話 くっころのカルボシスティン
ガルトでのファーストキス疑惑から、立ち直った俺は、道しるべと思われる板の前に来た。
俺は、叡智の石で言語が理解できるはず……。
ドキドキしながら、板を見る。
あっち、チロル村。こっち、エアロ教会。ってなってる!
「凄い! 俺、字が読めるぞ」
「
過読症って、文字が凄い早い段階で読める子供が、単語解読能力は凄いけど、コミュニケーションが不得意というやつか。
以前、友人が自分の子供が凄い事が出来ると、『俺の子供って、天才じゃね?』とか言ってくる奴いたけど、サヴァン症候群みたいに年相応以上にできるとヤバいこともあるんだけどなぁと思いつつ、親バカの友人に言えなかった事を思い出した。
異世界コミュニケーションが、上手くできるといいな。俺は子供じゃないけど、不安を覚える。
「確かに、ヤバい奇跡だなと思ったよ――。ミカエルがいるから、大丈夫だと思ってるし、心配してくれてありがとう。しかし毎回あんな奇跡しているのか?」
「はぁ? するわけないでしょ! あんな核ミサイルみたいな奇跡、世界の形変わってるでしょ。バカスカするわけないじゃない」
当たり前だろうがとミカエルの目が訴えている。
「そうなのか。どうして叡智の石使ったんだ?」
「彼女が、彼氏のために世界を創りかえるのは、当たり前っていうか――。大体、叡智の石は、我が家に伝わる大切なものなんだから! 勘違いしてよね! 徹さんのために、個人的に使ったんだから――」
伏せ目がちに、ミカエルは赤くなる。
愛ゆえに世界を創りかえる、ミカエルさん怖い。
「ミカエル、多分こっちのエアロ教会ってところに、カルボシスティンさんはいるんじゃないか?」
「シスターだったから、そうかもね。でも、空気の女神エアロ様が祀られてるなんて、なかなか面白い異世界だと思わない?」
「俺は、エアロ様知らないから何とも言えないが、面白い女神様なのか?」
「エアロ様、空気読むの凄くうまい! 気配り上手、女子力高い系女神」
なんか平和そうな女神様だな。
「ガルト人は全員エアロ様を信仰しているのか、それともエアロ様信仰は異端なのかも気になるな」
「確かに、いきなり少数派と仲良くなるのは、今後の事を考えると問題があるかもしれませんよね」
「ところで、ミカエルは何かの神様なのか?」
「あたしは、天使から、何とか女神になったから、そういうのは無いかな……」
ミカエルは、いつになく元気のない声で囁くように言った。聞いてはいけないことのような気がする。
「まぁ、そういうの俺に関係ないしな、ミカエルはミカエルだよ」
「はい」
ミカエルは嬉しそうに返事をした。
二人でけもの道を、エアロ教会に向けて歩いていく。
緑色の絨毯がどこまでも続く。
しばらくすると、ミカエルが根を上げる。
「徹さん、もうそろそろ、お昼ご飯にしませんか?」
「そうだな。でも、ミカエル俺、食欲が無いというか、お腹空かないんだけど……」
今日の朝、気になっていたことを聞いてみた。
「徹さん死んでますからね。睡眠必要ないし。食欲、特に性欲も減衰してると思います。こんなにカワイイ彼女がいるのに、手を出さないなんて――」
ミカエルが、レジャーシートを芝生の上に広げながら抗議する。
俺、睡眠不要だったんだ!
驚くところが違うってミカエルが言いそうだよな。
「えっ、いや、ミカエルと会って、まだ一日なんだぜ? そんな簡単に手は出さないんじゃ……」
溜息交じりに、率直な意見を言う。俺の常識の中では、早いと思う!
「もう一日ですよ! 愛に時間は関係ないんです!」
ミカエルの反論は何となく正しいのだか、どうも間違っている感じが毎回するのはなぜだろうか?
緑の野芝が群生する中で、お昼ご飯を食べる。遠い昔の記憶の遠足を思い出す。
そうこうしているうちに、ミカエルは、二―ハイブーツを脱いでレジャーシートに座って、こっちを見ている。
「徹さんも、早く座ってください。お昼ご飯にしますよ!」
ミカエルは、リュックサックの中から、テキパキとお弁当と水筒を取り出している。
「食べて大丈夫だよな?」
「問題ないと思います。寧ろ、食べて寝て、してください! 生き返ったとき、忘れられてたりしたら困ります」
ミカエルは、してを殊更強調していたが、気づかなかったことにしよう――。言い慣れていないのか、ほんのり赤くなりながら、俯いている。『何を?』って聞いたら、ゆでだこみたいに真っ赤になりそうだ。
そんな事を考えていたら、鼻孔をくすぐる紅茶の香りが漂ってきた。
「いい匂いだな」
「私、そんなにいい匂いしますか? 香水とかつけてないんですけど……えへ」
「……そうだな」
何となく分かっていたミカエルの回答だったが、反論すると疲れそうだった。
「今日は、お弁当は私の手作りです。味は自信ありませんけど、愛は自信があります!」
えっへん、と小さ目の胸をはるミカエルは嬉しそうだ。
「さあ、徹さん、食べてください。はぃ、あーん」
「いただきます」
ミカエルが、サンドイッチを俺の口元に近づける。
恥ずかしい。
でも、今まで彼女にしてもらった経験なかったから、やっぱり男なら経験してみたいな!
異世界の解放感?ってやつなのかな。知り合いもいないし、誰にも気兼ねせず食べてみるか!
俺は、はじめは恐る恐るゆっくりと口を開け、ミカエルのサンドイッチを含んだ。 口いっぱいに頬張ると、サンドイッチを味わうように咀嚼する。
「おいしい!」
目を見開いて、ミカエルを見つめる。ミカエルも嬉しそうににっこりしている。
二人っきりの世界に入っていたのかもしれない。
ふいに周りを見ると、ロバにのった茶髪でショートカットの小さな10歳ぐらいの女の子と目があった。
全然気づかなかった――!
向こうの目は、ゴミを見るような目である。
「お天道様がこんなに高いうちから、馬鹿夫婦がいちゃこらしやがって――。行き遅れがやっと、旦那見つけられていちゃこらか! 最後までやる気か? 絶対やる気だな! 後は向こうの林の奥の方でしてください。うらやましいとか思ってないからな!」
「まぁ、私たちが夫婦! 徹さんが、旦那様だなんて――まぁ、間違いない未来ですけど。気が早い聡明なお嬢さんだこと。おほほ」
見たことがないほど、ご機嫌なミカエル。
ミカエルは、罵倒の言葉の中から、自分に都合の良いことだけを聞き取れるらしい。
聞き流すところを聞き取るとか、逆難聴か!
しかし、若返ったのに、行き遅れ指定されるとは哀れだな。
ミカエルは構わず、サンドイッチを手に取る。
「徹さん、はぃ、あーん」
「――グーーッ」
――その時、少女のお腹が鳴った。恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしている。
ミカエルは、俺との二人っきり空間を邪魔されて、空気読めよって顔してる。
「お腹空いてるのか? 食べるか?」
俺は少女に問いかけた。
「私の体はどうにかできても、心までは――。くっころ!」
えっ! 施しは受けないってこと?
ミカエルを見ると、青い顔で俺を見ながら、持っているサンドイッチには力が入り、つぶれている。
まさか、俺、目で妊娠させれるとか? 誰得スキルだよ!
もう、訳が分からない。たまらず、少女に聞く。
「今のは、いったい?」
カラカラの喉から、声を絞りだした。
涼しい顔で、ロバを木に繋ごうとしていた少女は何のことだという顔をしている。
「あぁ……。今のは、エアロ教での食事前のお祈りの言葉です。その、あれの経験がない敬虔なうら若き女性信者は、必ず使います。体は、食べ物で満たされても、心は信仰で満たされるのですからね――。あたしは、エアロ教のシスターですし……!」
紛らわしいな! 経験と敬虔も紛らわしいし……。
異世界交流は難しい。事前にミカエルと話し合っていたのに、これだ!
しかし、エアロ教も、戒律とか厳しそうだな。
女性限定といえば、イスラム教のブルカみたいなものなのか。
「徹さん、その、お分かりかもしれませんが、私も、まだくっころです……」
ミカエルが小声で呟いている。うん。何となく分かりました。
しかし、エアロ教のシスターね――。もしかして!
俺は、ミカエルに『耳かせ』って目で合図する。
はっとしたミカエルは――目を閉じて、キス顔をしている。
おい! 違う。
ツッコミが疲れるので、そのまま耳に手を当て、小声で囁いた。
「この人、カルボシステインさんじゃないか?」
「徹さん、不意打ち。私、耳弱い――」
耳たぶまで、真っ赤にして、涙目で呟くミカエル。
ふむ。異世界交流も、普通の交流も色々難しすぎっだろがよ――!
いそいそとサンドイッチを頬張っている少女に声を掛ける。
「私は、トール・ワーカーホリックといいます。あなた様は、エアロ教のシスター様なのですか? お名前を聞かせてください」
俺は、その場で思いついた偽名を取り敢えず言った。
「リリー・カルボシスティンといいます。エアロ教のシスターです」
俺は、ミカエルに、目くばせする。今度は理解したようだ!
ミカエルが、ポケットから、五円玉に糸を付けたものを取り出している。
「カルボシスティンさん、この丸いのをよく見てください」
五円玉がブラブラするのを、ジッと見ていたカルボシスティンは、宙を仰ぐとバタリと倒れた。
「ミカエル大丈夫なのか? 死んでたりしないよな」
「大丈夫ですよ。リリーって子は使徒なんですよ」
「何か、神様のメッセンジャー的な奴だっけか?」
「うーん。大体あってるけど、神様の
「使徒を、ボロ雑巾みたいに扱うのは可哀そうじゃないか?」
「徹さんこそ、酷くないですか? 私は、使徒――便利な道具――ぐらいの感覚ですよ! そんな、酷使しようとは思ってなかったです」
「俺たちは、どっちも酷い奴だということかな?」
「私たち、やっぱり相性いいですね」
ミカエルは、俺との相性のよさに喜んでいる。
「で、リリーはどう?」
「さっきの儀式で、私たちのこと、神だって認識してるよ。安全のために、服従の首輪つけとこっと」
ミカエルは、金色の金属製の細かい細工がされ、真ん中に緑色の石が嵌った首輪を、リュックから取り出すと、倒れているリリーの首へ付けた。
「服従の首輪?」
「内側に毒針とかないですから――。安心安全! ただ、いつ、どこで、誰と、どのように、何考えてるとか、どんな会話してるとか色々分かるようにしとく」
「リリー、社会的に死んでないか? 事実を知ったら、リアルくっころしないか?」
「異世界だし、私たちしか分からないわよ。日本でも二十年前に個人情報気にしてた人なんていなかったってテレビで言ってた」
ふむ、ミカエルの用心も一理ある。現地協力者のリリーに裏切られると、俺たちは破滅の可能性は非常に高い。これは、しょうがないかもしれない。
「早くリリーを首輪から解放できるように、頑張ろうな、ミカエル!」
「うん。ただ、凄いマッチポンプな感じがするけど――。リリー、ゴメンね」
しばらくして、リリーは目を覚ました。
「あれ、あたしどうして?」
「リリー大丈夫ですか?」
やさしく声を掛けるミカエル。
「あなた様は、女神エアロ様の後輩の女神ミカエル様ですか! というとは、そちらのお方も……。お二人はやんごとなきご身分の方なのですね!」
うむ。先ほど、行き遅れとミカエルを罵っていたのが、嘘のようだ!
「リリー、ここはどのあたりなの?」
「テュルク王国のチロル男爵領内だよ」
ふむ。合っているのか分からんが、真実でしょう。
「リリーは、エアロ教のシスターですから、私たちに仕えるのは、抵抗があるかもしれません。しかし、あなたは神の使徒に選ばれたのです」
ミカエルは神妙な面持ちで、力説する。
「あたしは、エアロ教のシスター失格だなって思っていたんです……」
少し、済まなさそうな顔をしてリリーは告白する。
「そうなの?」
「あたしは、空気読むの凄く下手なんですよ。お二人のイタイ空間を見て見ぬ振りできなかったし、二人のアーン邪魔して、お腹の虫鳴かしちゃうし……。空気読むって血の通った人間臭さというものがないと常々感じていました。なんというかシスターとしての気概を感じないんです。そもそもやる必要あるのかなと……」
自分の仕事、全否定ですか。
何か前にもこの流れなかったか?
「ですから、お二人のお役に立てるように頑張ります」
「ありがとう、リリー」
簡単に、リリーは仲間になった。
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