第4話 100億救世ポイントの女

 翌日、始業時間の朝9時前にミカエルの指定した住所についた。

 そこは何の変哲もない雑居ビルの3階だった。

 ドアにはディーヴァエージェンシーという看板が大きく自己主張している。


 まだミカエルは来ていないようだった。

 しかたなく、スマートフォンをいじり始める。

 本当に昨日は、色々ありすぎた。

 家に帰ると、勤めていた会社の課長に、『腹痛で病院に行ったところ、入院しないといけなくなり明日以降は出勤できそうにない』と連絡を入れた。疲れていると思っていたがなぜか、一睡もできなかった。

 そして、自分が死んだんだなあ――と実感したのは、意外にも、朝ご飯を食べたいと思わなかったことだ。

 というのも、俺は朝ご飯をどんな時も食べていたからだ。多分食べられるんだろうが、何か怖いし、食欲ないし、何か泣きそうだった――。ミカエルに聞いてから、ご飯食べようと思って早めにでてきたというのに……。


「あいつ遅いな」

「あれ、徹さん早いですね! おはようございます。待たせちゃいましたか?」

 

 都合よく、問題の女神がエレベーターから現れる。


「ミカエル、おはよう。俺は20分ぐらい前には来てたぞ」

「もう、徹さん! そこは、今来たよが正解です。デートで女性が遅れることはよくあるのです!」


 ミカエルは、徹さんは分かっていないなぁという顔をしている。


「いや、デートじゃないし、仕事だからね?」

「オフィスラブが好きなんですね!」

「そうじゃねぇ――」

「さぁ、二人の愛の巣へ入りましょうよ。徹さん、ようこそ、ディーヴァエージェンシーへ!」


 ミカエルは、そういうと、ドアを開けた。


「おじゃまします」


 俺は、室内に入る。

 思ったより、広い室内には、事務机が一つと応接セットとが置いてあり、探偵事務所みたいな感じだ。

 段ボール箱がそこらじゅうに転がっている。四日前にミカエルは出向になったから、引っ越しの途中なのかもしれない……。


「まだ、片付いてないんだな。大変な時に、ミカエルに迷惑をかけて済まない。そういえば、ミカエルが社長なのに、社長として接していないな。ミカエル社長、採用ありがとうございます」


 ミカエルの言動に振り回されているが、よくよく考えると社会人として失礼なことをしてしまっていた――。気づくの遅いよ俺。


「そういう、堅苦しいのはいらないよ。徹さんは、ミカエルの彼氏なんだから、もう家族みたいなもんだよ――。うちはアットホームな職場だから!」


 微妙なブラック企業っぽい発言に、困惑する。

 まぁ、ミカエルは、俺と結婚したがってるから、ヤバい状況にはならないはず……。あれ? 本当に大丈夫か? なんか心配だ。


「とりあえず、引っ越しの片付けとかは、今日はしません。徹さんと魔力のある世界に行って、消えないようにしましょう」

「そうだな」

「私が昨日言っていた異世界なのですが、資料がありますので目を通してください」

そういって、ミカエルは棚からドッチファイルを取り出し、俺に手渡した。


 異世界ガルト 異世界No.1700005353

 異世界ガルトは、恒星ガルトを回る11個の惑星の中で内側から4番目の有人惑星で、地球型惑星に分類される。その形は赤道方向にやや膨らんだ楕円形をしている。地表の60%は液体の水(海)によって覆われており、上空100kmまでは窒素、酸素を主体とする大気が存在する――。


 なんだろう、延々と説明があるのだが、とじ厚10㎝のドッチファイルがパンパンになっている。これを読んでいたら三日以上かかるぞ。

 しかも、背表紙が「異世界ガルト①」である。何個あるんだよ――。


「異世界ガルトは、資料を見た感じ殆ど地球の環境と変わらないんだ」

「無限にある異世界惑星の中から、地球とほぼ環境が同じ惑星を探しているんです。どれだけ選定作業が大変か! 千年に一度の美少女を探すようなものなんです」


 意外と多いんじゃないんだろうかと思ったりもするが、一つ一つ調べるのは大変なことだ。


「なあ、ミカエル異世界転生って大変なんだな」

「まぁ、環境アセスメントみたいなのは、面倒だよね。私は、相手が転生オッケーしてるんだから、空気に酸素があろうがなかろうが、重力で地面にめり込もうが、強力な放射能で死のうが相手の勝手だと思うんだけど。今はそうもいかないからね」

「そうだな。昔は違ったのか?」

「何百年前の8ビット異世界転移システムでは、よく、転生即死亡でリスタートとかクリア以前にスタート以前の問題で死に戻りがよくあったよ。精神が崩壊するから今は禁止されてる。システム開発は大変だよね」

「まぁ、世知辛い世の中だからな」

「本当よね~。そういえば、なぜか今は転生って100%成功するじゃない。私前々から思ってたんだけど、失敗したケースって隠してない? 死人に口なしなんだし――」


 ミカエルが、天界の暗部を白日の下にさらそうとし始めたので、俺は、あわてて、話をふる。


「資料見せられても、ガルトが安全なのかよく分からないし……」

「ガルトは、環境チェックは最終段階のはず。確か動物実験で、猿が五年以上生きているから、セブンナインで安全だと思う。あと徹さんは、リッチーだから、100%大丈夫だよ」


 そうだった。よく忘れるが死んでた。


「ガルトの資料はたくさんあるんだが、ガルトの人たちが、どんな生活をしているとかの民俗学や、文化人類学的なものはあまり見当たらないな……」

「さすが、徹さん。そこに気づくなんてすごいです。はっきり言って調べないです! だってそんなこと、異世界に行く人しか必要ないですから! 転生させる方には全く必要ない情報ですもん」


 ミカエルは、小さ目の胸を張る。


「確かに転生させる方には必要ない。しかし、今回はガルトに行かないと行けないからな! どうにかして、ガルトの風習とか常識を得る方法はないのか?」

「景品をつけると、喜んで異世界に行く馬鹿相手に、仕事をしてきた弊害ですね。まぁ、何かあっても、力づくでねじ伏せられる人たちはそれでいいんでしょうが……。景品が無い状態の私たちが行くんですから、そのあたりの対策は必要ですね」


 ミカエルは、馬鹿っぽく見えるが、頭がいいと思う。


「現地に協力者みたいな人はいないの?」

「確か、ガルトには、カルボシステインとかいうシスターが一人協力者でいます。教会の司祭・シスターなどの信仰が厚いものなら、洗脳しやすいから――」


 あんまり、聞かなかったことにしよう……。


「ちなみに、異世界ガルトで、ただ、ぼーっと、魔力補給するだけではいけないんだろう?」

「えっと、徹さんが、死体でもいいなら、それでもいいですけど……。生き返りたいんですよね?」


 一瞬、ミカエルがコイツ何言ってんだ?って目で見てた!


「できることなら、生き返って、現代日本で生きたいぞ!」

「そうそう、ミカエルと結婚するために、俺は生き返る! だよね?」


 ミカエルがちょっと怖い。


「そうだった。ミカエル、俺が生き返れる方法が見つかったのか?」


 適当に相槌を打ちつつ、ミカエルに回答を促す。


「まぁ、地獄の沙汰も金次第っていうじゃない?」

「確かに諺であるが……。ミカエルは女神だろ? 金で解決するとか――」

「昨日、神界の判例を見てたんだけど、アンデットから生き返るのに10億円必要みたいよ。私が10億円貰うわけじゃないからね! あれよ、左ほほを札束で叩いて足りなければ、右ほほも札束で叩けばいいのよ! いわば倍プッシュ!」


 よほど、金で解決できるのが、後ろめたいらしい。ミカエルは最後には、よく分からない例えを言い出す。


「お布施みたいなものだろ? 資本主義世界では、頑張ったのが金というパラメータで測れるからしょうがないんじゃないか? しかし、10億円とか稼ぐの無理じゃないか? 確かに生き返るのに頑張った感は、すごく感じられるが……」


 俺は、ミカエルに率直な感想を述べた。


「私もそう思う。だから、異世界ガルトの救世主として活動して、救世ポイントをゲットすればいいんじゃないかと思ったのよ」


「救世ポイントって何だよ?」

 

 素朴な疑問をミカエルにぶつける。


「徹さん、ボランティアとかしないの? ガルトのも同じかはわからないけど、ゴミ拾ったり、飢饉に苦しむ民を救ったり、魔王を倒したりしたら、ポイントを貰える」


 凄く、ふわふわした説明だ。


「例えば、魔王倒したら1億ポイントとか決まってるの?」

「徹さん、私たち、『お布施は、お気持ちです』という手前、いくらですとか言えないんですよ。やることが同じでも、ケースバイケースで人々の感謝って違うじゃないですか。だから、救世ポイントもその時々で違います」

「その救世ポイントを10億ポイント集めればいいわけか?」

「レートがあって今、1円=10救世ポイントみたい」


 リアルマネートレードみたいだな。


「100億救世ポイントかよ。そんなに稼げるかな?」

「徹さん、恋愛障壁として考えてみてください。10億円はミカエルの価値としては妥当です。頑張ってください」

 

 ミカエルは、しょうがないじゃんって顔して俺を見ている。

 ちょっとイラッてきますね。


「ここで話していても、どうしようもない。ミカエルがよければ、異世界ガルトに行ってみないか?」

「そんな! 徹さん危ないかもしれませんよ」


 ミカエルは、声を震わせながら俺を止めようとする。


「取りあえず、消臭剤が効かなくなりそう……。俺はまた豚臭くなるかもしれない」

「――そうですね。とりあえず行ってみますか」


 先ほどの、制止が嘘のように異世界ガルト行きは決定した。 

 好きな人でも、悪臭は我慢ならないようだ。







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