第3話 青い瞳はレイリ―散乱

デコトラの助手席でしばらく考え込んでいると、突然頬に温かいものがふれた。

 はっとして、我に返るとミカエルが缶コーヒーを俺の頬に当てていた。


「徹さん、大丈夫?」


 俺を、覗き込むミカエルの瞳は透き通っていて、雲一つ無い青空のようだ。今、その青空に不安の雲が少しずつ、しかし確実に広がりつつある。


「徹さんは、アンデットのリッチーだから、体冷え冷えかなと思って……。『何がほしい?』って聞いても上の空だったから……。温かいコーヒー買ってきたけど、冷たい方が良かったかな? まだ、十月だからね」


 長い社畜生活で、からからに干からびていた心に、すぅ――っと入ってくる、ほんのりとした温かさは、こらえきれない何かがある。

 ヤバいな、『この子マジ女神!』って叫びたくなっちゃうよ。

 しかし、冷静になれ! 恋愛している場合じゃないだろ――。


「ミカエル、心配かけてゴメン。温かいコーヒーをありがとう。ミカエルが、優しくしてくれるのは凄くうれしいのだけど……。俺、リッチーだし、女神と結婚とか無理なんじゃないか?」


 さりげなく、お断りしようと思ったのだが……。

 鼻持ちならない金持ちヤロウが、貧乏美人女神を足蹴にしている感じ――になったのはなぜだろうか?


「恋愛障壁を打ち破る! 趣味も性格も違うふたりは力を合わせて困難に立ち向かう! そう、ふたりは恋人! これ、紀元前から続く、全乙女の憧れじゃん」


 ミカエルって、変なところが熱い女神なんだよな――。

 上手に猫を被れない感というか、なんだろう、下手にあざといギャルっぽいところも、憎めない性格で、嫌いではないぞ、多分……。

 だが、彼女も死体が恋人でいいのだろうか? 

 いや、よくない。もっとふさわしい生きている人か、イケメン神様がいいに決まっている!


「ミカエルのそういう熱いとこ好きだけど、死体と結婚とかかわいそうだし、未亡人とかいうレベルじゃないしな……。何言っているのかわからなくなったが、ミカエルのためにも、死体だから結婚はできない」


 サイコパス残念美人女神を体よく切り捨てようとしたわけではないぞ!

 彼女のことを考えて、結婚断ってやっただけなんだから、勘違いしないでよね! ツンデレ気味に自己弁護しておこう。


「ちょ……、不意打ちでチョー好きとか、ヤバいんですけど! 徹さんが、死体卒業したら、結婚オッケーなんですね」


 ショックで、猫被れなくなって、ギャルっぽさ丸出しになってるし……。

 はて?

 お断りをしたようなつもり、いや完璧に断ったよね? 

 完全遮断だったはず……。

 まあ、性格好き(ライク)だよってところが、拡大解釈されてミカエル大好き(ラブ)になったのは理解できなくもないが……。

 しかし、死体卒業って何? 死体って学生か童貞か何かなの?

 信じられないが、ミカエルの大脳は俺の言葉を、


『ミカエルの熱いところを含めて全部大好きだ! でも、甲斐性のない学生みたいな死体と結婚するのはミカエルのことを考えるとかわいそすぎる。甲斐性なしと結婚すんのは未亡人にするようなものだからな。硬派な俺にはできん。だが、死体じゃなければ、俺はお前と結婚するわ。あたりまえだろ、ミカエル』


 ぐらいの超訳プロポーズと勘違いできたらしい。

 いや、もしかしたら、意外と乙女なミカエルの精神が壊れないために、脳が事実を受け入れられないだけかもしれない、時間をかけてゆっくりお断りした方がいいかもしれない。

 ミカエルは、トラックで人を轢ける女神様なのだから、包丁で刺すなんて朝飯前で簡単にできそうだもんな。

 本当にコワい。そういえば、俺、もう死んでたわ。


「徹さん! ミカエルは、徹さんに、早く、死体卒業してほしいです……」

 

 突き抜けるように澄んだスカイブルーの瞳をうるうるさせながら、甘えるような声だ。

 いや、卒業できるものならしているだろう。


「ミカエル、そういっても、俺、死体辞める方法とか知らないし、このままこの世界にいられるのかも疑わしいのだが……」


 俺は、疑問を投げかけた。


「う~ん。徹さんは、このままこの世界にいることはできないんだよね。この世界には魔力とかないから、アンデットのリッチーである徹さんは、だんだん力を失って消えてなくなると思う」

「かなり、深刻な状況のような気がするんだが、俺はいつごろ消えそうなんだ?」

「何もしなければ、三日後位にはなくなるかな? 厳密な残り時間は分からないけど……」

「なんてこった。やっぱ、ミカエルと結婚とか無理ゲーじゃねーか!」

 

 俺は、状況の悪さに錯乱し思わず悪態をついていた。


「徹さん、落ち着いてください。彼氏のピンチをチャンスに変えるのが、彼女なんだよ?」

 

 凛とした声で諭すミカエル。なんだか、女神さまっぽい。


「そうなのか? 初めて聞くんだが……。それで、ミカエルはピンチをチャンスにできるのか?」

「まぁ、彼女だから、当たり前みたいな――」


 すごいどや顔で胸を張るミカエル。

 若干不安であるが、話を聞かない訳にもいかず……。


「で、どんなプランなの?」

「うん。徹さんは、死んでるから今いる会社を辞めます。どうせ、ブラック企業でしょ?」

「まあ、残業ほど多いからな……」

「徹さん、すごく面白い」

「悪かったよ。くだらないジョークだった」

「うちの親会社の系列病院に不治の病ということで入院すれば、療養休暇とかとれないでそのまま辞表だせっていわれるでしょうからね。これで、会社は無事に退職!」

「まぁ。会社は現段階で死んでるから、最悪辞められるからな! で、会社辞めてどうする?」

「私の会社に入れる」

「てか、ミカエルは社長なのか?」


 意外過ぎる事実である。


「うん。社員私、一人だけどね……」

「俺、女神になるの? ちょっと自信ないけど……」


 なんと! アンデット女神爆誕である。


「いや……。想定したけど、色々無理だったわ」


 ミカエルは厳しい表情で、頭を振った。


「女神様以外に、何かあるの? 実験動物的なやつか……?」

「私の会社を何だと思っているの?」


 さも、不服そうに頬を膨らませるミカエル。


「人をトラックで轢く会社じゃないの?」

「それは、親会社の仕事です。うちは基本的に転生に必要な異世界の情報収集とか、代行とかするのが本業です」


 この子、さらっと、トラックで轢くことを親会社に擦り付けたよ――。

 なんて恐ろしい子!


「ミカエルの会社ということは、俺を異世界転生させる気になったんだな! 魂の3Rを無視すると、左手とか右足を失ったりしそうだけど……。彼氏が魂持ってかれたから、彼女は肉体の一部ですむのかな?」


 ミカエルの狂気が伝染しつつあるのか、普段は言わないようなことを口走っる。


「できれば、本当によかったんだけど……。不甲斐ないミカエルには、転生できないんだよ。徹さんのためだったら、肉体のすべてを失ってもいいのだけれど……」


 ミカエルは、どんよりと不満で瞳を曇らせると、伏せ目がちに、呟いた。

 そんなに、俺を愛しているミカエルが怖いんだが……。


「いや、俺が悪かった。あんなに転生は無理って言ってたもんな。そんなに、世の中上手くいくはずないのは、分かってたはずなんだが……」


 女神様が来れば、即、異世界転生という安直な思い込みが、俺の中にあったのかもしれない。俺は、パブロフの犬か? 本当に馬鹿だ。

 それより、ミカエルの考えてくれたプランの続きを聞こう!


「それで、ミカエルの計画の続きは?」

「うん。私の会社今、転生用の異世界の準備作業みたいなの受注してるんだけど、量も多くて……」

「三日でそんなに溜まるのか? やってないだけじゃないよな?」

「うっ――。そんな訳ないじゃん! 私なりに、頑張ったよ」

「それの手伝いか? 事務仕事はよくしてたから、ミカエルのお役に立つかもしれんぞ!」

「それも有難いけど、その中の一つの異世界が、問題なのよ」

「何が問題なの?」

「向こう側の事情とか私もまだよく分かってないけど、救世主が必要みたいな……?」

「勇者じゃなくて、救世主?」

「そのあたりも含めて、現地調査しないといけないわけ……。とりあえず、そこに一緒に行かない?」


 転生しないでも、異世界いけるじゃん――。


「日帰りできるし、魔力ある異世界ぽいから、明日からね」


 日帰りなのかよ――。便利な世の中です。






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