第7話

 場内に今までに無い程の緊張感が走る。漆黒のオーラを纏った掛朝からは今までは微塵もなかった魔力が微細ながら感じられ、魔術を使えない武術家から魔術拳士へと昇華した風に感じ取れた。その様子に対面しているアリシアは勿論、観覧している3人ですら畏怖を感じてしまう程の異様な雰囲気となり、誰もが微動だにしない中掛朝が口を開いた。


「…僕の家系は特殊な道場を開いててね。超越存在に畏怖されその身にを受けた者達を導いてるんだ。」


「呪い…?……ッ‼︎」


 アリシアの脳裏によぎったのは掛朝のステータス。選ばれなかった者ですら越えることのない0を越えたマイナスの魔力。その正体が超越存在による呪いだとするなら腑に落ちる点はある。しかし。


「そ、それが魔術を喰らう事と何の関係が…ッ‼︎」


「簡単な話さ。超越存在によってねじ曲げられた因果を超越存在の力で元に戻す。それこそが対魔式武術…掛朝流の真髄。」


 無茶な話である。拗れた因果を自らの可能性の極地で元に戻す武術。さながら神業とも言うべきものを体現しているなどイレギュラーにも程がある。そんなものを当然認める訳にいかないアリシアはその表情を怒りに変え再び魔力を集中させた。


「つまりあんたは神に選ばれた私達を倒せる武術界の英雄って訳⁈阿保らしい…ッ‼︎そんな武術の嫉妬心の塊みたいなものに私が止められる訳にはいかないのよッ‼︎‼︎」


 瞬間、アリシアの体から刻印が浮かび上がりかつてないほど煌びやかに光る。でかいのが来る。誰もがその予感にかられ息を飲んだ。


「神なる威光。神威の顕現。全てを滅ぼす光の礫。流転。消滅。創造主にして破壊者。屠神の果実を持って蛇とならん。大天使ルシフェルの名をもって命ずる。破滅の光よ。楽園より降り注ぎ彼の地を消滅せよ『バニシングオーバーセラフ』ッッ‼︎」


 空間が暗転する。照明すらも覆い尽くす膨大な魔力が渦巻く。直後、極光が走る。思わず目を閉じてしまう程煌びやかな光の筋が空中から降り注ぎ、音すらも破壊して地に降り注ぐ。遅れて聞こえる空気を裂く爆発音。稲妻を彷彿とさせる轟音を響かせながら地に降り注いだそれは唱えたアリシアの体すら包み込む程の大きな光となり逃げ場一つ許すことのない大規模な魔術となる。否。これ程の力は魔術と呼ぶには余りにも愚か。一つ上の次元。魔法に相応しい程の最高位魔術であった。


「短略詠唱ばかりかと思えばしっかり長文詠唱も出来るのか…。これは決まったか。」


 漸く視界が開けてきた凱世が呟く。誰が見ても耐えることの出来ない大技に勝負がついたと予想する。だが、隣にいる虎娘の顔は強張り、怪物を見ているかの表情をしていた。


「…あり得ないネ。あの男…この規模の魔術ですら喰ってる…ッ⁈」


「何っ⁈⁈」


 虎娘が叫んだ瞬間、掛朝が居た地点が真っ黒に染まる。その黒点は徐々に広がり、神の力に等しい光の魔術が呪いの黒に蝕まれ始める。まさに侵食。やがて光すら通さぬ漆黒が光全てを蝕み、彼の気合いと共に霧散する。


「なんだと…。」


「おいおい…真か…王。奴の魔力値は…⁈」


「ま、魔力2500…ッ‼︎やはり越えてきた‼︎」


 悪い方の想定通り掛朝の魔力が跳ね上がり、その身の周囲に漂う漆黒のオーラは異常なまでに力強い魔力を放っていた。思わず後ずさるアリシア。当然である。自身の最高レベルの魔術をくらって立っていただけでなく、自身の魔力に変換して強大な力を得た彼に対し抱くのは恐怖以外の何者でもなかった。だが、彼女にもリーグ覇者というプライドがある。恐怖を飲み込み睨みつけたアリシアは、一度舌打ちをして深呼吸をした。


「いいわ。だったら見せてあげる。。その目に刻むといいわ。このアリシア・セラフィの本気をッッッ‼︎」


 掛朝を初めて名前で呼んだアリシアは唇を噛みちぎり、親指で血を拭った後空中にを描く。彼を対等な実力者として認めた彼女が見せる本気。血で描かれた逆十字が不気味に煌めき、アリシアの胸元に吸い込まれ刻印に吸い込まれる。瞬間、神々しく輝いていた彼女の刻印は黒く変貌し天使の羽を象った6対のそれは禍々しい悪魔の羽へと変貌し彼女の周囲は黒い雷が生まれる。


「っと、それは君が危険だアリシア。この決闘はここまで。新入生はもう帰る時間だよ。」


「えっ…な、なんで…ッ⁈」


 だが、変貌を遂げ切る前に乱入者が現れる。揺らめく姿で全容を掴めないその者に触れられた瞬間変貌していた刻印が収まり元の刻印へと戻る。一同が呆気に取られる中その正体が樺音である事を見抜いた環は小さく溜め息をついた。一方謎の力により封じ込められたアリシアは困惑しつつ姿のよく分からない樺音に対し掴みかかろうとするも軽く回避されそのまま組み伏せられる。よく見ると彼女だけではなく掛朝の方にもラディが付いており、漆黒のオーラを霧散させられていた。


 結局、腑に落ちない形で決闘を止められたアリシアは頬を膨らませたまま待機室へと戻りホッとした表情の掛朝は逆側の待機室へと続いた。その様子を見届けた3人はこの場に起きた事を思い出したくないかの様に苦虫を潰した表情のまま修練場を去り、それぞれ帰路につくのであった。


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