第1章ー公式戦無敗王者。没落する。ー

第1話

 魔術の至高:リーグオブメイジ(通称LoM)において世を騒がせた非魔術師、魔喰牙が王者エレインを圧倒的な力で撃破した日から3日。LoM-U15において3年連続優勝を成し遂げ、U-12時代から数えて実に9連覇。その年ながら二つ名を与えられ一躍有名になった魔術師『荒魂環アラタマタマキ』は頭を抱えていた。


「…どうしよう。こんなの計算出来てる訳が無いじゃないか…ッ‼︎』


 嘆きながら俯いたその視線の先にあったのは1枚の封筒。その送り主は環が明々後日から通う高校からであった。


「どうした、環。お前ともあろう者が珍しい。入学前の課題で難しい所があったのか?」


「いえ、違うんですお父様。そもそも求魔キュウマに特待生で入った僕には課題は有りません…。」


「…?それなら何が計算出来なかったのだ?」


 珍しい息子の呻き声を聞いた父:荒魂慎アラタマミコトは頭をひねりながら環の様子を不思議がる。その様子を見た母のシズクまで駆け寄ってきた辺り相当心配をかけたらしい。

 そんな2人に溜め息を吐きながら環は封筒の中身を見せる。


『…学校名変更並びにカリキュラムの変更について?』


 声を揃えながら同じ動きで首をかしげた両親に対し、更に落胆した環は先程読んだ内容を伝えた。


「要するに、先日のLoMで魔喰牙がエレイン様をボコボコにしたのに影響されて世界的に学校の方針を魔術よりでは無く武術よりにするんだって。だから学校名も変わるし授業に必要なスキルも変わる。」


「ほう。まぁ子供達が体を動かす事には父さん賛成だぞ。」


「体を動かすにも程度があるでしょ…。この先この学校は武術家を排出するために教師達もほぼ全員切り替わるみたいだし、魔術師達も武術を軸にした近接魔術を始めるとか。」


 苦虫を潰した表情で語る環の言葉を聞いた両親は思わず苦笑してしまう。その理由を知っているが故に2人は環に対し声をかけれなくなった。


「あーもう。どれもこれもあの非魔術師のせいだ。いいさ。結局はどれだけ他の奴らが鍛えても僕がこの先もずっと勝てばそのうち世が再び魔の時代に戻るんだ。無敗でいればいい。大丈夫。試合には慣れてるんだ。」


 やがて投げやりに言葉を纏めた環は乱雑に入学の準備を纏め、魔術の基礎鍛錬に没頭し始めた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 やがて日が過ぎ気づけば4月2日。

 求魔高校の入学式の為に登校した環は、校門に着くなりテンションがだだ落ちした。


「…やっぱ夢じゃないんだね。はぁ…。」


 校門に掲げられた校名。それが求魔高校から武漢ブカン高校へと変わっており、4大元素をモチーフにした校章も一対の剣の中心に拳が描かれた何とも汗臭そうな物に変わっていた。


(…幾ら何でもこれはないでしょ…。もっといいデザインあると思うんだけど。)


 流石に呆れて苦笑が漏れる。と、その時他の学生達が環を見てどよめいている事に気付いた。


『あ、あれって…もしかして荒魂環さんじゃ…。』


『えっ、あの9連覇王者?』


『た、確かに…映像で見た姿と一緒だ…。』


『すっげ、生で見れるとか…。』


 感嘆を漏らす新入生達を見ると、いかにも魔術師と言うべき服装だった。どうやら自分以外にも学校に残る人間は居るらしいとホッと溜め息をついた所で背後の気配に気づき肩を竦めた。


「…あのさぁ。音を立てずに後ろに立つのはやめよ?『無音殺劇サイレントキリング』の誰かさん?』


「その様子だと元気そうだな、人形小僧。後教師に対してもう少し言動を慎め。」


 振り返りつつ見上げるとそこには居るけど意識しなければ分からない程存在感の無い男?が立っていた。


「2つしか変わらない教師に敬語とか無茶言うなって。さいちゃん先生。」


「お前は…。」


 呆れた風に肩を落とすこの男?は戦才樺音センザイカバネ。14歳にして魔術と武術のカリキュラム全てを終わらせ、翌年求魔高校に就任。通常あり得ない程の速さでの飛び級を繰り返しつつも年齢と立場の関係上LoMに参加は出来ない何とも惜しい人である。


「まぁ敷地内ではちゃんと先生扱いするから良いでしょ。」


「それは本当に頼むぞ。こちらの仕事にも関わる話だ。」


「大丈夫大丈夫。最近年相応に恋がしたいとか胸が大きくなってきて困ってるとか言いふらさないから。」


「なっ…おまっ、どこで…⁉︎⁉︎」


 どこで動揺したのか、存在感を消す事すら忘れ掴みかかってくる樺音に揺さぶられる。割と本気で揺さぶってくる物だから若干酔ってきた。と言うのも、戦才樺音と言う人物は興業を兼ねたLoMで活躍はしない代わりに、学園の懐刀…所謂暗部として雇われている為、基本的に素性は公表されていない。故に歳はおろか実はである事がバレるだけで大金が動く程その存在は秘匿されていた。


「いやさ、さいちゃん僕の作った人形に相談してるでしょ。あれ勿論魔力使ってるから情報筒抜けだよ?」


「う、うわぁぁぁぁっ‼︎言うなよ⁉︎絶対言うなよ⁉︎」


 ちなみに2人はU-12の頃一度だけ試合しており、公式では無いものの環を倒した数少ない1人だった。以来樺音が飛び級しLoMの連盟から存在を消してからも交流を続けており、互いにとって数少ない心を許せる友の1人となっていた。


「それより何か用があって僕の所来たんでしょ?何の用なの。」


「うぐぐ…あ、そ、そうだ。環。気をつけろ。今年からのLoMは色々違う。確実に言えるのは武術が優遇された内容になってるのと、回数が変わる。年に一度だった開催が年5回となるらしい。更には武器の携帯が可能となるだけでなく触媒を介した『詠唱破棄』が認可された。10連覇がかなり厳しいものになってると思うぞ。」


「えっ。」


「それだけでなくを想定したパーティ方式に変わったり……上層部は本気で超越存在アナザーピースを潰す気でいる。『人類の可能性を更に高め神すらも超える武を布く。かの武将に習い天下布武の計を。』だとさ。」


「いやいや、超越存在を潰すとか…冗談だよね?」


 超越存在とは、環達魔術師が魔術を使う上で契約した神、精霊、悪魔等高等生物の事である。ある時を境に顕現した彼らは自ら目にかなう因子が生まれ落ちた時、あるいは自我を持つ成長過程までにおいて本人の深層心理に語りかけ、その欲望と利害が一致した時に刻印を刻む。言わば魔術師にとって信仰崇拝すべき存在なのだが…。


「上層部が武術家になった影響だろうな。奴らがこれまでに苛まれてた劣等感故の目標だと言われている。」


 逆に武術家達にはこの刻印がなく、自らの力でさせない限り魔術は使えない。だが、体一つで魔術の粋を極めた存在に敵うはす訳もない。故にこれ迄は刻印持ちは例に捉われずエリートコースを進んでいた。

 その確執から先日の様な魔術師と武術家の衝突が頻繁に起きており、遂に武術家の勝利という形で幕を閉じたのだが、後腐れなく綺麗サッパリ主導権交代などと都合の良い話はなく今までの鬱憤を晴らすかの如く魔術を潰そうとしているらしい。


「どちらにせよ今年からは私を含めお前ら皆権力の渦に巻き込まれる話となる。気をつけておけ。」


「本当面倒な事が増えてるなぁ…。守り側の千日手を崩す方が楽なんじゃないの。」


 思わず溜め息を吐く。と、付近で女子の絶叫と共に爆発音が響いた。


「…朝から元気な生徒がいるらしい。時間もある。様子でも見てこい。」


「嫌ですよ面倒な。」


「いや、この先の方が面白くなるから。見ておけ。」


 今の爆発音の主を知っているらしい樺音は、何やら含み笑いをしながらその存在を霧散させた。しょうがなく言われるがまま爆発音の方へ足を運ぶ。すると、そこには顔を真っ赤にして怒り狂っている女子生徒と、困惑した表情を見せる男子生徒がいた。

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