保健室の百合探偵
@MethoD_ef
第1話・大して意味の無い死
――×――×――
地震。
大きな地震。
英語の授業中。
先生が黒板に例文を書き込む静寂の中で。
今となってはもう慣れてしまった揺れが教室を襲う。
されど蛍光灯が落ちたり黒板が倒れたりなんてことはなく。
震度は4くらいだろうか。
クラスメイトのスマホがやかましい警報を鳴らし続ける中。
教室のスピーカーから避難訓練の時によく聞いた文言が流れる。
違う点と言えば。
『これは避難訓練ではありません』と。
付け加えられている部分だけ。
「……
「うん。行こっか」
慌ただしく人並みが2つしかないドアに流れていく中。
逆流し窓際に座る私へ近づいて来たのは。
見るからに身体の弱そうな――意思も弱そうな
仲良くなったきっかけはもう覚えていないが。
最近は小休憩もお昼休みも一緒に過ごしている。
「うわ、凄い人だね」
やはり訓練通りにはいかないらしく。
廊下はやや上気した生徒達でごった返していた。
整列も乱れ。
足並みも乱れ。
そんな雰囲気が怖かったのか。
瑞樹ちゃんは私の袖をきゅっと。
小さく掴んだ。
(そんなに怯えなくていいのに)
私はそんな様子が少しおかしくて笑いかけると。
瑞樹ちゃんも。弱々しく笑った。
階段に差し掛かる。
相変わらず人がやたらと多い。
これだけ人がいれば例え足を滑らしたとて十分なクッションになるだろうな。
なんて。
くだらないことを思い浮かべたその時。
瑞樹ちゃんが――人の群れから突出した。
彼女の背から離れていく手のひらに視線が釘付けになりつつも。
「危ないっ!」
私は咄嗟に叫んだ。
どうしてこのワードを選んだのかわからない。
『階段から落ちそうな友人』という状況に出くわしたときに発するワードは。
当たり前のように準備なんかしていなくて。
とにかくそう叫んでしまった。
次の瞬間に飛び込んできた景色は。
階段にあった人混みが一斉にこちらを振り向き。
落ちる瑞樹ちゃんを視認し。
そしてその着地点と思われる場所から回避する様。
私が反射的に叫んだように。
彼らは反射的に回避したのだ。
「滸ちゃ――」
互いに伸ばした手は届かない。
どよめきが巻き起こる一瞬手前に流れた静寂。
小さく。とてもか細い声で。私の耳に届いたそれは。
きっと私が死ぬまで鼓膜に居座り続けるだろう。
――×――×――
そうして。
あまりにもあっけなく瑞樹ちゃんは亡くなった。
骨が折れていくつかの臓器を傷付けて。
しばらく苦しんで。手術のかいもなく亡くなった。
学校側としては幸いなことに。
震災による事故死ということになったそうだ。
防災訓練通りに生徒達が動いたことになっているらしい。
そんなのは汚い嘘だ。もっとさっさと。
適確に各人が動いていれば。
あんな事故が起きなくてよかったのかもしれないのに。
だが。
そんなことは些末だ。
憤りはまるで違う場所に向かう。
そもそもあれは間違い無く事故ではなく事件なのだ。
あの手され見ていなければ私だって瑞樹ちゃんの死を。
もっと純粋に悼むことができた。
しかし。
怒りがそれを邪魔する。
故意に。悪意をもって。誰かが瑞樹ちゃんの背を押した。
つまり犯人がいる。
裁かれることなくのうのうと日々を過ごす犯人がいる。
それを見つけない限り私は。
瑞樹ちゃんのお墓で線香を立てるとき。何を話せばいいのかわからない。
「で、私のところに来たと」
あの事件から二週間。あっという間に日常は帰ってきた。
もともと瑞樹ちゃんはクラスにとって重要な人物ではなく。
その存在が花瓶に入れ替わったとて困る事柄が特になかった。
だから七不思議の一つに加えられた程度で。
彼女の人生は――少なくともこの学校の中では――完結してしまったのだ。
私はそれが許せない。
彼女の人生に幕を下ろした演出家の名を知るまで。
少なくとも私の中では完結することはない。
「うん。犯人を教えて欲しいの」
「無理じゃないかなぁ。情報少なすぎるし」
「そこを何とか。名探偵の名にかけて」
私の知る人間の中で。
天才と呼べる人間は2人。
その内の1人と話すために私は今保健室にいた。
「はいはい名探偵ね。
「だからあれは誤解っていうか……その……いろいろあって……」
「はいはい聞きたくない聞きたくない」
保健室登校をこよなく愛し。
そして私をこよなく愛する幼馴染み・
大きな
社会不適合者なオーラを醸し出す小柄な少女。
元々はお互いの将来を誓い合った仲だったが。
しょうもない仲違いの末。
現在は幼馴染みという関係に落ち着いている。
が。
「わかった」
「なにが?」
しようがないならしょうがない。
今まで暖めていたカードを切るとしよう。
「心春、結婚しよう」
「はぇっ!?」
「この事件の真犯人見つけてくれたら!」
「なにその倒置法!」
「お願い、この通り……!」
手を合わせて拝む。
片目を開いて心春の表情をみると。
みるみる赤く染まっていった。
「だ、大体、結婚っていっても出来るのパートナーシップ協定だし……そしたら東京引っ越さなくちゃいけないし……そしたら二人暮らしが始まるし……見知らぬ地で二人暮らしていくとか絶対大変だし……いろいろ苦労があるし……」
「でも私と心春が毎日一緒なら……?」
「そんなの楽しいに決まってるし……それ以上の幸せなんてこの世にないし……」
「でしょ? もし勘違いだったらそれでいいの。心春お願い、この事件、本気で調べてみてくれない?」
「そしたら……もし犯人がみつからなくても……結婚してくれる?」
「当たり前だよ。心春が本気を出してみつからなかったら、その時は完全に私が間違ってるってことだからね」
(久穏ちゃん……私のことそんなに信用してくれてるんだ……)
(そうそうその赤面。相変わらずちょろいな心春は)
「にしたって……無理だろうさ。手しか見えてないんだろう? 特殊な性癖でもないと記憶できない」
私がさっき教えた情報を基に。
既に簡単な思考に入った様子の心春。
「そりゃ……そうなんだけど」
「指紋もDNAも、衣類となったら調べるのは大変だよ。そもそも遺留品を遺族が赤の他人に貸してくれるとは思わない」
「赤の他人じゃなくて、友達だよ。瑞樹ちゃんは」
人間関係やら交友関係にはとことん疎い心春へ。
私と瑞樹ちゃんの関係性を誇張して伝える。
「……はいはい。でも無理なもんは無理。特徴のない手から犯人探すのなんて。それに滸ちゃんの勘違いってこともある。その手は突き落としたんじゃなくて、落ちかけた瑞樹さんを掴もうとして伸ばしていたのかもしれない」
「それはないよ」
「間違い無く?」
「掴もうとするなら指は内側に曲げるでしょ? あれは外側に開くように動いてた」
「流石の洞察力だね」
「忘れられるわけないでしょ、あの瞬間を」
今でも。
はっきり覚えている。
あの時振り返って手の主を視認していれば。
なんて後悔もあるけれど。そんなのは無理だ。
落ちていく友人よりも押し出した犯人を見るなんて。
それこそ心春みたいな探偵タイプしか出来ない所行だろう。
「はぁ……。でも話を聞いている限り……全くもって不可能ってほどでもないかも」
「ほんとっ?」
やっとここまで来た。
引っ張ってきたという方が正しいだろうか。
彼女は必ず否定から入るが。
しばらく駄々をこねれば惚れた弱みなのか真剣に思考を初めてくれる。
「流石心春。私の信じた名探偵はまだ死んでないね」
「いいよ……無理におだてなくて」
頭を撫でながら褒めると。
耳まで真っ赤にして照れてしまう心春は。
本当にちょろい。心配になるほどちょろい。
しかし人の仕草・視線・声音・記録から。
相対する人間の感情がなんとなくわかってしまう。
等という類い希なる才能を持っている。
故に対人恐怖を患い屈折した性格を持ち合わせているのだが。
「……うん、いいよ。犯人捜し、手伝ってあげる」
捜査の手順に目処が立ったのか。
手を組みを首を縦に何度か振って言う心春。
「ありがとう」
「でも条件がとりあえず1つ」
「後出しする気満々だね」
「まずは後出しを認めること」
「どえらい理不尽。まぁいいけど」
「いいのっ?」
「いいよ。変なこと言ってきたら嫌いになるだけだし」
「んぐっ! ……ずるい……」
とことん性格の悪い私だ。
「じゃあ後出し1つめ! 今日うちに泊まりに来ること!」
「はいはい。またお邪魔しますよー。じゃあ早速瑞樹ちゃんの交友関係だけど……」
「ダメ」
「えー」
「調査するのは明日から。ちゃんと滸ちゃんがうちに来てくれてから」
「……はいはい」
どうせ手も出せないのに毎度のこと家に誘って何がしたいんだか……。
そうして放課後。
私は何度目になるかわからないが心春の家に遊びに行った。
心春のお母さんからは娘が持つ唯一の友人として。
相変わらずの好待遇を受け。
就寝の時間。
心春の興奮が鼻息を荒くさせうるさかったり。
ときおり胸を触ろうとする手をつねったり。
安眠妨害との戦いに睡眠時間が奪われた。
しかしこうして快眠を犠牲にしたことにより。
瑞樹ちゃんを突き落とした犯人に。
一歩近づいた。
――×――×――
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