第81話 開始
――四日後
テストを三日後に控えた日曜日。和樹は台所で昼食の用意をしていた。最近、気温がどんどん上がってきているので冷やし中華でも作ろうと麺と鍋を取り出し、鍋に水道水を入れて火にかける。その間に野菜などを切ろうと冷蔵庫を開いた。
テキパキと昼食の準備を和樹が進めているとリビングの横の襖が静かに開いた。そこから寝ぼけた顔をしている裕樹がふらふらと出て来る。
「ふぅわ~、おはよう……」
「もう昼だけどおはよう」
息子との挨拶を済ませると裕樹はおぼつかない足取りでテーブルに着く。その様子を見て、和樹はコップを用意してそこに麦茶を注ぎ、裕樹の前に置いた。
「お、ありがとう」
見事な手際で前に出されたお茶を裕樹は嬉しそうに受け取り、一気に飲み干した。ひんやりとしたお茶が裕樹の乾いた喉を潤す。
「ふぅわ~、和樹、今日の予定は?」
「もう掃除も洗濯も朝のうちに終わらせた。夕飯も簡単なものにするから買い物の必要もない。ということで父さんが何かすることは全くない」
「……息子が立派過ぎて父は悲しい」
何かと家事を押し付けている和樹に何か手伝うことはないかと尋ねた裕樹であるが思った以上に自分の息子が優秀なので父として威厳が心配させられた。
「そもそも、昨日も遅くに帰ってきたんだろ。今日くらいはダラダラしていいんだから寝てろ」
裕樹の仕事が休日関係なく行われているのは承知の話だし、昨日も深夜に帰宅したのを和樹は知っていた。ちなみに和樹は遅れた自分の勉強をしていた。
「久々に親子の交流を図ろうと思っていたのに」
「飯は一緒に食べられるんだろ、変にそういう企画を考えて体壊されても困るよ」
「くっ……」
和樹の正論に裕樹は反対意見を出せなかった。そうこうしている内に和樹は茹でた麺を冷水にさらして水を切ると皿に盛りつける。そして、切った野菜とハムを乗せて一丁出来上がり。和樹は出来た冷やし中華をテーブルに置くと、颯爽と席についた。
和樹が席につくのを確かめると裕樹は両手を合わせて感謝の意を述べる。
「いただきます」
「召し上がれ」
向き合って食事を開始させる二人。和樹が勢いよく麺をすすっているとおもむろに裕樹が口を開いた。
「そういえば、和樹。夏休みの予定は特に決まってないだろ」
「藪から棒に失礼な物言いだけど、その通りだから反論出来ないな。何かあるの?」
「あぁ、結構先になるけど盆に墓参り行く。予定空けといてくれ」
「……了解」
墓参り、その言葉に和樹は表情を一瞬だけ曇らせたが次には賛成の意志を伝えた。
「話は変わるけど、和樹最近学校はどうだ?」
「またいきなりどうした?」
「いや、絵里さんがさぁ……」
嫌な予感がする、そう考えた矢先に裕樹は言葉を続けた。
「お前が店に可愛い女の子、それも三人も一緒連れて来たって聞いてよ……彼女でも出来たのか?」
「勘違いだ。ただのクラスメイトと知り合いだ」
「ふ~ん?」
「完全に疑っている目だな」
「いや~、父さんは嬉しいぞ。息子が可愛い女の子と仲良くなっている事実に」
「別に仲良くやってないし、父さんが想像していることは一切ないからな」
ニヤニヤとしている裕樹の顔を睨みながら和樹は淡々と否定した。だが、それも照れ隠しだと思ったのかそんな反応も楽しんでいるかのように見えた。恐らくいくら否定しても無駄だろうから和樹はそのまま麺をすするのを再開させた。
☆☆☆☆☆☆
昼食を済ませると裕樹はそのまま睡眠の続きを、和樹は片付けを済ませると部屋に引きこもった。もうそこにあるのが当たり前となったVR機を頭に被ると和樹は仮想世界へとダイブする。
見慣れた街と広場に降りるとシロは、待ち合わせしている場所へと向かう。
迷うことなく目的の場所へとたどり着きシロは無遠慮に扉を開けた。扉が開くと備え付けられている鈴が鳴り響いた。
「いらっしゃいませ~、あら、シロ君。こんにちは」
「こんにちはモカさん、この前はありがとうございました」
「いえいえ、お役に立てて光景だわ」
シロがフィーリアに持たせることになった毒矢の制作のお礼を述べるとモカの顔は嬉しそうに微笑んでいた。実際にモカの作った毒矢は鬼王の時に十分な力を発揮したので、シロは頭が上がらなかった。
そこからモカと一、二こと会話を弾ませるとシロが扉の鈴が店に響く。それに反応するように二人が扉の方に視線をやるとユキとフィーリアが入って来た。
「こんにちは、モカさん。あっ、シロ君もう来てたんだ」
「こんにちは、モカさん、シロ君も」
「よっ、俺もさっき来たばかりだ。モカさんに毒矢のお礼をしていたところだった」
「あぁ、その節はお世話になりました」
「あの矢、とても強力だったので助かりました」
「あら、素材を持ってきたのはユキちゃんたちなんだから気にしなくていいのよ」
頭を下げるユキとフィーリアに向かって優しく語り掛けるようにモカは口にする。しかし、こういう礼儀をしっかりとしていないとこういうゲームではトラブルの原因となる。これはリアルでもゲームでも変わらない。だから、必要な礼儀は弁える必要があるのだ。
「それはそうと、ユキちゃん、フィーリアちゃん。装備の点検終わってるわよ」
「わぁ、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「いいえ、メンテくらいはやらなきゃいけないからね」
カウンターの下からユキの
「フィーリアちゃん、弓そのままでいいの?」
「えっ?」
突然のモカの物言いにフィーリアは目をぱちくりさせた。モカの言葉にシロとユキも同意する。
「それもそうだな。いつまでも初期装備のままじゃきついだろ」
「フィーリアもレベルが50くらいまで上がってるしね」
「そういうものですか?」
首を傾げながら三人を見るフィーリア。まだ武器の重要性を理解できていないようである、それに関してはユキやシロが教える必要があるように思えたが今までフィーリアの武器のことにまで頭が回らなかったようだ。
「武器はいいのに限るからな」
「ドロップアイテム使ってるシロ君が言うとあまり説得力はないと思うけど……」
「そういうユキはどういう経由で
「クエスト」
「……誰もプレイヤーメイドの武器持っていないのね」
シロとユキの会話に可哀想な人を見る目を向けるモカ。生産職として、彼らの武器に対する意識の低さが悲しかった。
実際、ドロップアイテムやクエストで手に入れた武器よりもプレイヤーメイドの武器のほうが強力である。腕の立つ者なら自由にステータス補正をエンチャントできる。だがその反面、プレイヤーメイドの武器は価格が高く、手間がかかるため値段が上がるのだ。だからこそ、シロも《ドリーム杯》に出場するにあたり金をどうにか作る必要があるのだが。
「はぁ、あなたたち、ちゃんとそういうことも考えないとダメじゃない。フィーリアちゃん、暇な時に作った弓だったらあげるわよ」
「え! そ、そんな申し訳ないです!」
「いいのよ。大して強力な弓でもないし、在庫がいっぱいだから受け取ってくれると嬉しいわ」
モカの提案に手をぶんぶんと振って恐縮するフィーリアであったがモカからしたらガラクタを処分するノリで頼んでいるに過ぎなかった。
「い、いいんですか?」
「勿論! かわいい女の子に私の制作した武器を使ってもらうに過ぎず、いっぱいいっぱいの倉庫の整理が出来る。まさに一石二鳥、WinWInよ」
申し出におずおずと訊くフィーリアにモカは力強く自分の利益を口にした。内容を聞いてフィーリアは、困ったような顔つきでシロたちの方を見る。
シロとしても申し出はありがたいし、モカがそこまで言ってくれているのに無下にするのはどうかと思った。ユキも同じ考えらしく、フィーリアに優しく微笑んだ。
「いいんじゃないか?」
「うん、モカさんがここまで言ってくれているわけだし」
シロとユキが肯定的な意見を言ったのを聞くと決心がついたようでフィーリアはモカと向き合った。
「……なら、お言葉に甘えて」
「うん、若い子は遠慮なんかしなくていいのよ~」
フィーリアが首を縦に振るのを見るとモカは自分の手を彼女の頭にのせて、ゆっくりと撫でた。その柔らかい手つきを受けてフィーリアはくすぐったそうに目を細め、その感触を味わった。しばらく頭を撫でたモカがメニューを開き操作するとフィーリアたちの前に一本の弓が現れた。
木目調の弓の先端部分には一輪の花が添えられており、シンプルだが綺麗な印象を受けた。フィーリアはそれを手に持つと弦を引いて、感触を確かめた。初めて触ったと思えないくらいに手になじみ、前に持っていた武器と同じくらい軽かったので扱いやすかった。フィーリアは最後にそのアイテムを凝視して、説明文が現れるのを待つ。すると、徐々に文字が浮かび上がったのでそれを読む。
ソメイヨシノ……DEX+25、クリティカル率+2%、遠距離威力+3%
「へぇ、在庫処分にしてはいい武器だな」
「あら、ありがとうシロ君。フィーリアちゃんの方はどうかしら?」
「はい! すっごく嬉しいです。ありがとうございます!」
「いえいえ、喜んでもらえてこちらも嬉しいわ」
新しい武器にやや興奮気味のフィーリアはモカに何度もお礼を述べた。新しい武器というのはどんな熟練の者でも気持ちが入るものだ。それをよく知っているシロは笑顔で弓を抱きしめるフィーリアを微笑ましく見ていた。そして、チラッとモカのほうに視線をやる。モカは楽し気に話すフィーリアの相手をしているためシロの視線に気づくことはない。
そんなモカを見ているシロは何かを考える素振りをする。彼の仕草にユキは首を傾げたがシロはすぐにいつもの様子に戻ったので言及することはなかった。
☆☆☆☆☆☆
それからしばらくシロたちはモカと他愛のない話をしていると、脳内に無感情な声が響いた。
『午後二時を回りました。これよりイベントを開始いたします、参加を希望される方は参加ボタンを押して待機してください』
脳内でそう指示されるとシロは他の三人の方に目を向けた。
「来たか?」
「うん、参加ボタンを押せって言われた」
「私も同じです」
シロがユキたちに訊ねると二人共同じ内容が届いたらしい。シロはそれを確認するとせっせとメニューを開いて、二人にパーティ申請を送った。ユキとフィーリアも慣れた手つきでささっ、とパーティ申請を承諾する。
今回のイベントでは、参加を表明した後イベント会場となる特別に用意されたフィールドに転移される。その際に一緒に行動したい相手とパーティを組んでいないと転移場所がバラバラになる可能性がある。そのため転移される前にパーティを組む必要があるのだ。
パーティを組んだシロたちは各自目の前に現れた参加ボタンを押すと『しばらく、お待ちください』という文が出てきたので、気楽に待っているとユキが何かに気づいたようにモカに訊ねた。
「モカさんは参加するんですか?」
「いいえ、私は今回はパスするわ。この後、注文が入ってるから」
「そうですか、残念です……」
一緒に参加したかったのだろうか、モカの言葉にユキはしょぼんとする。モカはその可愛らしい姿に保護欲を搔きたてられた。おもむろにユキを抱きしめるとユキは「えっ、何?」と焦った声を出した。その声で我に返ったモカは謝りながら名残惜しそうにユキを離す。
「今回は無理だけど、また機会があればその時はお願いね」
「はい! 楽しみにしてます」
「もうすぐ時間だぞ」
にこやかな表情で次の約束をする二人はまるで姉妹のように見えた。そんな二人の空間にシロの声が割って入る。
シロたちの視界に『それでは、転移します』の文字の後に、カウントダウンが始まった。それをユキも確認するとモカから離れ、シロとフィーリアの近くまで歩み寄った。
「皆、いってらっしゃい」
「「「いってきます」」」
モカが微笑みを浮かべながら手を振るのを最後に三人はその姿を店から姿を消したのであった。
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