第82話 GM



 シロが目を開けるとそこは街の噴水広場のような場所であった。しかし、違いがあるとすれば噴水広場よりも数倍の広さに人がひしめき合っているということだけだ。どのくらいの人がこの場所にいるのだろう。右を見ても左を見ても人、人、人。その光景に「フハハハハハ、人がゴミのようだ」という名台詞が頭に浮かんでくる。いや既に数人のバカはそのセリフを口にしていた。


「まるで人が……「ストップ」ふごっ!?」


 そして、シロはそんなバカ共と同じ種族の女の子の口を塞いだ。

 突然横から伸びた手によって口を声を封じられたユキは、「むごむご!」と何かをシロに訴える。「離してよ」ということだろうか、と解釈したシロは小さい口を塞いでいた手をどかした。ユキは大袈裟に息を吸い込む動作をするとジロリ、と睨んだ。


(阿保な行動して、後から恥ずかしい思うするのを助けてやったのに)


 ユキの視線から逃れるように顔を明後日の方向に向けるシロ。一方のフィーリアも、職業柄この光景を見た瞬間頭に先ほどのフレーズが出たが口にすることはなかった。ちなみに、フィーリアだったらモノマネ出来るくらいのことはやってのけられる。口にはしないが。

 シロたちがそんなワイワイとした時間を過ごしていると、集まったプレイヤーたちの中央。その上空から一人の男が現れた。


『諸君、今日はお集りいただきありがとう。今年もこの季節がやって来た』


 白衣姿の眼鏡をかけた男。年は若く見えるその姿は三年前と変わっていなかった。

 白衣の男は続ける。


『初めましての人もいるだろうから、自己紹介をさせてほしい。私はこの【Breake Ground Online】でGMゲームマスターを務めている者だ。会社の方針で名前はない。なのでGMやゲームマスターなど好きに呼んでくれたまえ』


 淡々と、しかししっかりと通る声にここにいる全員が耳を傾けている。シロもかつてイベントでこの男を見たことがある。

 彼こそがこの世界をルールや秩序を持って守っている存在。

 この世界を誰よりも知り、恐らく誰よりも愛しているであろう人物である。

 静まり返った空間の中、GMは口を開き続ける。


『それでは、さっそくであるが今回のイベントの詳細を伝えよう。今回は、四泊五日の”キャンプ”である。フィールドは四つに分かれている。一つは、溢れる緑と青い湖が特徴の森林エリア。二つ目が、凍てつく大地と吹き抜ける雪が特徴の雪原エリア。三つ目が、灼熱の日と山のような砂が特徴の砂漠エリア。最後四つ目は、廃墟と化したゴーストタウンとジメジメとした気温が特徴の工業エリア。以上四つからなるエリアを諸君らには好きに選んでほしい』


 GMが今回のイベントについて語り出すと、周りのプレイヤーたちがざわざわと落ち着けないように小さく騒ぎ出し始める。


『今挙げた四つのエリアには、それぞれボスを設けている。フィールドを駆け回り、ボスを見つけて倒せば報酬として豪華なものを用意してある。ぜひとも頑張ってくれたまえ』


 ボスと報酬という言葉にエリアを相談し合っていたプレイヤーたちが浮足立ち始めた。


『しかし、ボスを倒さなくても素材を集めたり、絶景を堪能したり、そこに住む動物たちとモフモフしたりと楽しみ方は君たちの自由だ』

「ボス……」

「素材……」

「モフモフ……」


 GMの説明を聞いて、それぞれ目を輝かせる三人。

 ゲーマーとしてボスの討伐に惹かれるユキ。大会のために素材を集めたいシロ。ただ単純にモフモフライフを送りたいフィーリア。

 見事にバラバラなものに心惹かれている。そんな三人を他所に他のプレイヤーたちはどこのフィールドに行くか相談していた。雑音がひしめき合う中、落ち着いた表情を見せるゲームマスターは説明を続ける。


『それから、これはお馴染みだがイベントの最中は特別に【空腹】と【寝不足】のデバフがかかる仕様としている。そして、キャンプと題しているので食材やテントなどキャンプに必要なものはモンスターを倒すとドロップするようにしてある』


 【空腹】のデバフにかかるとHPが徐々に減り、【寝不足】になるとステータスが減少するらしい。

 となると、四泊五日の中で必要最低限の食材や道具を調達しないといけなくなるので必然的にモンスターを探さないといけない。


「これは、忙しくなりそうだな」


 シロは、今から始まるキャンプに対してまだ何もやってないのに疲れたように呟く。


『それでは、これからゲートを開く。各々、好きなエリアに向かってくれ。ゲームスタートだ』


 GMは高々に宣言するとその姿を消した。

 GMが消えたのと同時に、広場の中央付近に四つのゲートが現れた。各ゲートの上にGMが言ったエリアの名が示されている。プレイヤーたちの動きは様々だ。

 パーティで相談し始める者、ボスをいち早く討伐するため行動を開始する者、皆自由に行動している。

 そんな中、シロたちも互いに顔を付き合わせて、どこに行くか話し合いが行われていた。

 

「森林」

「雪原」

「森林で」

「はい、多数決で森林な」

「はやっ!? もうちょっと話し合いしようよ!」


 二対一で森林エリアに決定させようとしてシロをユキは抵抗を試みる。


「今回の目的は、勉強をすること。余計なことに時間を取られたくない。大体何で雪原エリアなんだよ?」

「雪男とかいそうじゃん!」

「よしっ、フィーリア、森林エリアはあっちだ」

「ごめんなさい! ちゃんと勉強するから置いて行かないでぇ!!」


 ユキが自信満々に言った内容を聞くや否や、シロはフィーリアと共にに森林エリアのゲートを潜ろうとしていた。それを見て、大慌てで後を追うユキ。

 シロたちが行動し始めた頃には多くのプレイヤーたちは、ほとんど行き先を決めたらしくゲートに列をなしていた。シロたちもきちんと列に並び、数分後に森林エリアへと向かうゲートを前にした。


「それじゃ、行くか」

「おお~」

「モフモフ……」


 ぐるぐると歪んでいるゲートはどこか不気味であるがシロたちは臆することなくそのゲートに足を踏み入れる。

 そうして、シロたちの四泊五日の勉強合宿もとい、キャンプイベントが始まった。



☆☆☆☆☆☆



 ゲートを抜けたシロたちが目のあたりにしたのはまさに大自然と呼ぶにふさわしい緑であった。ジャングルとも違う、マイナスイオンが漂うこの環境。吸い込む空気は心なしかおいしく感じた。


「おぉ、大自然」

「これはまた手の込んだものを。運営も頑張ったな」

「すごいですね……」


 生い茂るバカでかい木々や上空を飛ぶ鳥の群れに目を奪われながらシロたちは感想を述べる。

 シロはゲートのあった方を振り返る。しかし、そこにはもう先ほど通ったゲートはなくなり、太い幹を持つ木が立っていた。どうやら、各プレイヤーごとに転移させる場所はバラバラのようだ。

 シロは再び周りを見渡してみる。幻想的な森の光景がシロの視界いっぱいに広がり思わず見惚れてしまいそうになる。だが、ここで足を止めていても始めらない。シロは呆然と立ち尽くす二人に声を掛ける。


「んじゃ、まずは拠点を探して、それから必要なものを調達だな。行くぞ二人とも」

「よしっ、頑張ろう!」

「お、おぉ~」


 シロの号令に元気よく腕を上げるユキに合わせて遠慮気味に同調するフィーリア。そんな二人を傍目に静かにシロは嘆息すると、森の中を歩き出したのであった。


 



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