第80話 最終手段
「どうして、どうしてなんだ……」
一冊のノートを眺めながら和樹は頭を抱えていた。彼の前では申し訳なさそうに顏を俯かせる面々がいた。その中に、雪の姿も確認出来る。
「テストまであと一週間、そして今の今までお前らの勉強を見てやってきた。だから、一つだけ言わせてくれ」
和樹は目の前に座っている面々に対して一拍、間を空けると口を開いた。
「どうしてこんなにバツが多いんだぁ!!」
『ほんっとうに申し訳ありません!!』
和樹の悲痛の叫びに赤点組が勢いよくその場で頭を下げた。しかし、謝ったからと言って問題が解決するわけではない。
和樹はこの数日、いや数週間、放課後の勉強会に毎日参加し勉強を教えてきた。時には買い物のタイムセールを我慢したり、己の勉強時間を割いたり、連中のノートを一人一人見たりとわりかし本気で挑んだつもりだったのだが今日行った簡単な小テストの結果を見て本気で心が折れそうになったのである。
赤点組総勢五人、全員が和樹の顔を直視出来なかった。和樹が自分らに対してすごく親身になって教えてくれている自覚はあるのだが結果がどうにも出てこないのだ。
「か、和樹君、大丈夫ですか?」
近くにいた桜香が和樹を心配そうに見る。バツのついたノートを和樹はただ呆然と眺める事しか出来なかった。ここまで事が深刻だとは思わなかったのだ、精神的ダメージがかなり大きい。
「アンタら、ここまでダメだとはね」
「……葉山、どうにかしてくれ」
「いや、白井がダメなら私が教えた所で対して変わらないでしょ」
腰に手を当てて困った顔を浮かべるのは雪の隣に座っている美紀。本来、前にひと悶着あった二人が普通に会話しているのは他の生徒から見て不思議なものである。あることがきっかけでこういう風に喋れるようになったのだがその事は割愛させてもらう。
和樹が思わず助けを求めるくらいに美紀自身も勉強は出来た。だから、今回の勉強会では基本的に教える側に回り和樹の補佐をしてくれていたのだが、目の前にいる赤点組の無様な姿を見て自分がどうにかできるとは、口が裂けても言えなかった。
「うぅ、数学苦手」
「古典滅びろ」
「現実逃避したいのはこっちなんだが?」
苦い顔して己の苦手教科を呪う雪と安藤。そんな二人をジト目で睨む和樹は、瞬時にこの状況をどうしようかと考える。
テストまであと一週間、今までのように勉強していたら間違いなく彼らは赤点を取るだろう。別にそれは和樹にとって関係のないことであるが、自分が勉強を教えているのに赤点を取られるのも何だか癪に障るのである。
では、どうするか?
和樹は頭をフル回転させ、一つの賭けに出ることにした。
「よしっ、お前ら教科書全部出せ」
「え、どうするの白井君?」
和樹の急な要求に首を傾げる雪。他の面々も疑問顔を浮かべながらも言われた通りに教科書を机の上に置いた。和樹はそこから教科別に一冊ずつ開くと、おもむろにペンを走らせた。
スラスラと迷うことなく書かれていく教科書を雪たちはまじまじと見ていた。数分、和樹は黙って作業を繰り返し、すべての教科書を持ち主たちに返した。
「いいか? これから一週間、教科書に書いた範囲だけをしろ。他の所はしなくていい、とにかく数をこなせ、頭に入れようとするな体で覚えさせろ」
真剣な目つきをしながら赤点組に告げる和樹。和樹の言葉を聞いて各々の教科書を開くとそこには文字や矢印が記入されていた。
「ヤマを張るってことか?」
「あぁ、もうこれしか方法はない」
「でも、外れたら……」
「その時は、潔く夏休みに補習を受けるしかないだろう」
「そ、そんな!? お前は少々ヤマが外れても大丈夫だろうけど、俺らはお終いなんだぞ!」
和樹の大きく出た勝負に声を荒げる安藤。しかし、その反応にきつい言葉を放ったのは美紀だった。
「勉強教えてもらっといて、責任を押し付けるな! みっともないわよ」
「うぐっ……」
「大体、白井は関係ないのに今まで勉強教えてくれたのよ。感謝されても恨まれるようなことは何もないはずよ」
「っ……そ、その……悪かった」
美紀の正論に反論出来ず、和樹に謝罪を述べる安藤。和樹はそんな安藤に対して特に気に留める素振りを見せず、淡々とした口調で言った。
「別に、気にしてないよ」
「……マジですまなかった」
「分かったから、さっさと教科書に目を通せ、時間が惜しい」
「お、おう……」
和樹のあっさりとした態度に毒気が抜かれた安藤は指示通りに教科書の内容に目を通し始めた。
「……ふふ」
「なんだ柊?」
彼の様子に思わず笑みを浮かべていた雪に和樹は視線を向けた。自分が笑っていたことがバレて慌てて首を振る。
「何でもないよ」
「あっそう、だったら早く問題を解け。時間がないぞ」
「は~い」
元気よく返事をすると雪は視線を落とし、数式と戦いを始めた。それを見ると和樹は黒板の前に立つと他に質問をしていた生徒に向けて、解説を始めるのであった。
☆☆☆☆☆☆
所変わって、BGOのホックの酒場にシロとユキ、フィーリアの姿があった。テストが近い彼らは普通、こんなところで油を売っている暇はないはずなのだが――
「はい、間違い。やり直せ」
「うぅ……」
「ユキちゃん頑張ってください」
画面を向けられ、訂正を命じるシロの言葉に呻き声を上げるユキ。その隣で同じようにメニュー画面を開いているフィーリアが声援を送る。
躍進を見せるVR技術によってゲームの中ででもこうやって勉強が出来るようになった。それを利用してシロはユキに徹底的な指導を施している最中である。とうのシロも自分の勉強をここでのみ行うことが出来るのでありがたいことだ。
難しい顔を浮かべつつも一生懸命に数式とにらめっこするユキ。その姿を見てシロも自分の画面に視線をやる。目の前にはズラリと並べられた英語の長文があった。それをスラスラと目を動かして読んでいくと下のほうにある問題に取り掛かる。正直、今回はユキたち赤点組の勉強を教えていたため自分の時間があまり取れなかった。それを言い訳に使いたくはなかったが今回のテストは順位が下がるだろうと予想しているがやるだけのことはしておく。
そこからしばらく静かに勉強をする三人であったが頭を使い過ぎて疲れたのかユキがおもむろに口を開いた。
「そういえば、今度イベントが……」
「参加しないからな」
まだ言い終わらないうちにシロが言葉を被せる。その言葉にユキは怯むことなく言葉を続ける。
「シロ君、今度のイベントは別に遊びたいわけじゃないんだよ」
「ほう、遊びたいわけじゃないとな」
ジト目でユキを見るシロ。その目から阿保なことを言ったら容赦しないというのが伝わってくる。だが、ユキは確固たる自信を持ってシロと対峙する。その二人の様子にフィーリアは完全に蚊帳の外に追い出させていた。
「今度のイベント行われるのは”キャンプ”なんだよ」
「へぇ、テスト目前に控えた学生がゲームの中でキャンプとな、それはそれは余裕があることで」
「聞いて、そのキャンプでは『時間加速システム』が実施させれる。これがどういうものかはシロ君なら知ってるはずだよ」
「……なるほど」
ユキの発言にシロは納得した顔をした、ユキが言わんとすることが分かったからだ。しかし、蚊帳の外にいるフィーリアは二人の会話についてこれていない様子である。
「えぇと、どういう事ですか?」
「分かりやすく説明すると、『時間加速システム』というのは、リアルとゲームの中での時間を差異させるシステムで、例えばゲームの中で一日過ごしてもリアルでは一時間しか経ってないように出来るんだ」
「す、凄いですね……」
「で、イベントでの時間設定はどうなる予定なんだ?」
「確か、四泊五日で三時間の時間設定だったと思う」
「となると、イベントに参加すれば三時間で五日分の勉強が出来るというわけか」
「そう! その通り、だから今回のイベントも参加したいと思います!!」
シロの出した結論に身を乗り出して広言するユキ。シロもユキの提案に腕を組んで思案してみる。もし、ユキの言う通りにイベントに参加するメリットは大きい。だが、今までの経験則から言わせればこういう時は大抵、良からぬことが発生する。ファングの時やフィーリアの時がそのよい例である。出来れば、ここは手堅くイベント参加を見送って、ユキの勉強を見た方がいいと思った。
「……う~ん」
「すっごく迷ってる」
「迷ってますね」
思っているのだがユキの進捗具合くらいからしてこのまま期末テストに臨むのは厳しい。そうなると、赤点回避の可能性を上げるなら……仕方ない、か。
「はぁ、分かった。今回はお前の口車に乗ってやる」
「やったーー!」
「ただし、必要最低限の行動をした後、みっちりと勉強するからな。勘違いするなよ」
「了解です教官!」
ビシッ、と敬礼ポーズをするユキにシロは本当に分かっているのかと心配になる。しかしまぁ、今回は特に自由度が高そうなイベントなのでそうそう厄介事には巻き込まれないだろう、と嬉しそうにフィーリアに笑いかけるユキを眺めながら思ったのであった。
それがフラグだと知るのはもう少し先の話である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます