第79話 ギルマスの悩み



 ミルフィーの様子がおかしい。それはギルドホームにいる誰もが察していた。先ほどからソファーに体を預け、視線を空中にやっているかと思えば「ふふふ……」と急に笑い出している。ミルフィー以外のギルメンたちが部屋の隅に集合して顔を突き合わせこの異常な光景に対する会議が行われていた。


「で、この状況はどういうことなの?」


 開口一番で言葉を発したのはギルドの姐御であるルカ。一番最後にログインした彼女はこの光景に顔を強張らせていた。


「分からない。私が来た時には既にこうなっていた」

 

 ルカの質問に答えたのはギルマスであるエル。彼女自身、リアルでミルフィーと知り合いであるためリアルでの態度とは全く違うこの様子に心底気味悪い顔をしていた。


「……何だか」

「……ニヤニヤしながらログインしてきた」


 一番最初にログインしていたララとルルはログインしてきた様子を説明する。


「何か良いことでもあったのかなぁ?」


 ミカがミルフィーのほうを見ながら予想する。だが、昨日彼女がカフェで一人のプレイヤーと一悶着していたのを見ている手前、どうしてこうも今日は機嫌がいいのか分からなかった。


「エル、リアルではどうだったの?」


 ルカがリアルでのミルフィーを知るエルに訊く。


「どうだったかって言われても、昨日ちょっと男のプレイヤーとひと騒動があったから機嫌が悪かったわよ。けど、どうにも今は機嫌がすこぶるいいみたいだけど……」


 彼女自身、今日の生徒会でのミルフィーから放たれていた不吉なオーラを感じていたためどうすればこの短時間で機嫌がよくなるのか理解出来なかった。


「……ニヤニヤ」

「……嬉しそう」


 双子がミルフィーを見て呟くのを聞くと皆ミルフィーのほうに注目する。相変わらず、ミルフィーはソファに体を沈め、だらしない顔をしていた。どう見ても、今のミルフィーは【閃光スピカ】と呼ばれるような者ではなかった。


「う~ん、考えても分からないなら聞いてみる?」

「……誰が聞くの?」

「そりゃ、エルしかいないでしょ」

「えぇ、私? 何か嫌だな今のミルフィーと喋るの……」

「ギルマスでしょ、メンバーの管理も仕事の内よ」

「リアルでもこっちでも何で私があの娘のフォローしなきゃいけないのよ」


 「はぁ~」と深くため息を吐くエルであるがルカの言うことも正論なので仕方なくミルフィーに近づく。その様子を他のメンバーは遠巻きに眺める。エルがミルフィーの前で立ち止まるとそれに気づいたのかミルフィーもエルを捉えた。


「どうしたの~エルちゃん~?」


 いつものにこやかな顔をしているミルフィーだがどこかその顔に違和感を覚えるエル。エルは変な汗を掻きながら口を開いた。


「ミルフィー、アンタさぁリアルで何かあった?」


 恐る恐るという風にそう訊ねるエル。遠くからその様子を眺めていたメンバーも聞き耳をたてる。エルのその質問にミルフィーはキョトン、と首を傾げた。


「どうしてそんなこと聞くの~?」

「いや、アンタ、帰りに別れた時と違ってすこぶる機嫌がいいみたいだから、なんかリアルでいいことでもあったかなぁって思っただけだけど……違うの?」

「う~ん……」


 ミルフィー本人はいつもと同じ振る舞いをしているつもりだったがエルからそう見えるとなると原因は恐らく、帰り道で遭遇した年下の男の子だろう。

 年下なのに落ち着きがあって、紳士的で、自分の突拍子のない我儘に付き合ってくれた彼。彼のことを考えただけでも今日の喫茶店での出来事を思い出して、心がぽかぽかと暖かくなるのを感じた、不思議とそれは心地がよかった。


「フフフ……」

「お~い、ミルフィー、戻って来~い」

「えっ?」


 肩を揺らされてミルフィーはようやく我に返る。その様子を間近で見ていたエルは冗談抜きで心配になってきた。


「大丈夫? 気分でも悪いの?」

「えっ、いや、違うの! その、思い出してちゃって」

「何を?」


 もじもじと指を絡まらせるミルフィーにエルは怪訝な表情をした。だが、ミルフィーはそんなエルの顔を直視することなく今日あった出来事を話し始めた。


「えぇと、前にゲームセンターですっごくゲームが上手い人がいるって言ったよね?」

「あぁ、そういえばそんなこと言ってたわね」

「それでね、今日の帰りでその人に偶々会ったんだ」

「へぇ……」

「それでそれで、あたし何となく彼と話しがしたかったから急に『お話しませんか?』って言っちゃったんだよね」

「それで?」

「でも、そんないきなりのお願いに彼は全然嫌な顔一つしないで承諾してくれたの。で、彼が前にバイトいていたっていう喫茶店でお茶しながらいっぱいお話したの! 彼もゲームが好きみたいで盛り上がったし、あたしの愚痴も聞いてくれたんだ、年下なのに大人っぽくて一緒にいてとっても楽しかったんだぁ」


 今日あった出来事を鮮明に思い出しながら口にするミルフィーの顔は、とても幸せそうであった。だが、エルはその話をどこか不安気に訊いていた。リアルでのミルフィーはまさに美少女と呼べる容姿をしているためよくモテる。他校の男子から告白されるのを何度も目撃したこともある。そんな彼女が男子と話しをしていると訊くとどうしても心配になってしまう。


「その男、下心があったんじゃないの?」

「そんなことないよ!」


 エルの懸念にミルフィーは声を荒げて否定した。そのミルフィーの態度にエルはおろか他のメンバーまでも目を丸くした。いつの間にか口調が素になっているが構わずミルフィーは続ける。


「彼は、その、そんな人じゃないよ!」

「でも、アンタに関わろうとしてきた男子って大抵ミルフィーに粉かけようとしてきたでしょ」

「そんな風じゃないもん! エルちゃんが考えているような人じゃないよ!」


 あまりに熱くなるミルフィーを見て、エルはムッ、とした顔をする。


「じゃぁ、今度その人と会わせてよ。どういう人か私がこの目で見てみるよ」

「え、で、でも、その……」

「何よ」

「その、彼、もうすぐ学校でテストだって言ってたから勉強で忙しいみたいだし、迷惑はかけられないっていうか……」


 ミルフィーの言葉を聞いてエルは一つ冷静になってミルフィーを見る。困惑している表情を浮かべる彼女であるがその瞳の奥には会いたい、話したい、という感情が見え隠れしていた。

 エルは嘆息するとミルフィーに言った。


「連絡先とか知ってるの?」

「うん、今日教えてもらった」

「はぁ、じゃ、テストの後でいいからお茶する約束取り付けてみて。私もその彼には興味あるから一度話してみたいし、ミルフィーが言うように今までの男子と違うかどうか見極めたいし……それでいい?」

「彼はそんな人じゃないけど……うん、分かった。ちょっと一度落ちて、確認してみる」


 ミルフィーはそう言うとメニューを開いてログアウトボタンを押す。光の粒子となって消えたミルフィーを確かめると、エルと力なくソファに腰かけた。

 一連のやり取りを見ていた他のメンバーたちもぞろぞろとエルに近寄った。


「どう思う?」

「う~ん、そうね」

「……多分」

「……恐らく」

「えぇと、そういう事じゃないかなぁ?」


 エルの一言に各々、感じたことを口にするがどうやら全員同じ答えを導き出しているようであった。とうのエルも話していてそうじゃないかと思っていたがどちらかというと信じられないという考えが勝っていた。


「あれはどう見ても、そうよね……」


 エルは静かに呟きながら視線を宙に向ける。



 特定の誰かを想い浮かべて、嬉しそうにする顔。

 その人の事を必死に弁明するあの態度。

 会いたい、話したい、と思える異性の存在。

 甘く、熱を帯びた目をしているミルフィーはまるで――








 恋する乙女みたいであった。

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