第73話 検証



 午後十時、楓は自室のベッドで今日の出来事を振り返っていた。


「すごい人だったなぁ」


 思い出されるのは帰りに寄ったゲームセンターで見た一人の年下の男子である。少しゲームの腕には自信があった楓であるが今日の彼のゲームセンスを見ると誰もが凄いと思うだろう。それにリアルでの人柄も良かった。楓の突拍子のない発言に嫌な顔しないで受け答えしてくれた彼に対して楓は好感を持った。よく男性から言い寄られる楓からしたら彼の態度は十分に紳士的である。


「白井和樹君、かぁ……」


 今日聞いた彼の名前を呟く楓。あれだけの腕を持っている彼に対して興味がないかと言われれば嘘になる。


「確か西央高校って言ってたよね」


 西央高校は楓が住む街にある公立高校であり、この辺では偏差値が高いことで有名である。となるとまたあのゲームセンターに現れることがあるかもしれない。そんなことを考える楓がふと自室の時計を見る。


「あ、そろそろ時間だ」


 現時刻を確かめると楓は先ほどまで考えていたことを放置して、机に置いてあるPCの電源をつけ、引き出しからある物を取り出す。

 引き出しから取り出されたのは桜香が持っているのと同じモデルのゴーグル型VR機だった。

 慣れた手つきでPCに接続させると楓はベッドに寝転がり、VR機を装着する。


「それじゃ、行きますか」


 部屋の天井を眺めながらそう呟くと楓は目を閉じ、仮想世界へと旅立った。



☆☆☆☆☆☆



 目が覚めた楓は体を起こし、周りを見渡した。

 白を基調とした壁紙に机と椅子があり、その上には女の子らしいぬいぐるみが置かれていた。楓は慣れた動きでベッドから抜け出して部屋を後にする。部屋を出て階段を下りるとそこには広々としたリビングが存在していた。


「あ、来た来た」

「もう皆揃ってるよ」


 楓が階段から降りて来るとソファのほうから二つの声が届いた。そちらに顔を向けるとソファに足を投げ出してゆったりとしている二人の女の子と向かい合うようにもう二人の可愛らしい女の子がいた。


「ごめん~、ちょっと遅れた~」

「ははは、大丈夫だよ。そこまで遅れてないから」


 楓が遅れたことを謝罪すると四人の反対側から楽し気な声で気にしてないという趣旨の言葉が飛ぶ。そちらのほうに顔を向けるとキッチンとカウンターが設置されている場所に一人の大人な女性がいた。


「でも、珍しいよね。アンタ遅刻とかあまりしない方なのに」


 最初に声を掛けた女子が楓の方を見て目を丸くする。


「あぁ~、うん、ちょっと帰りに寄り道してて~」

「へぇ、どこか行ってたの?」

「ちょっとゲーセンに行ってたんだよ~、でねでね~、そこです~ごい人見つけたんだ~」


 楓はどこに行っていたのか訊ねられると待ってましたと言わんばかりに前のめりになった。

 和服テイストの服がひらひらと揺れる。


「お、おぉ、あんたがそこまで凄いって言うくらいだから化け物じみていたでしょうね」

「あれ~エルちゃん、それじゃあたしがまるで異常みたいだね~」

「多分、十人中十人がアンタは異常だと答えるわよ」

「ひ~ど~い~」

「えぇい、うるさい! とにかく、さっさと出かけるから準備しなさいミルフィー・・・・!」

「は~い」


 能天気な声を出しながら手を上げる楓。その様子を見ていた他の面子も苦笑いを浮かべていた。


 元【六芒星】、【閃光スピカ】のミルフィーの冒険が今日もギルドメンバーとともに始まろうとしていた。



☆☆☆☆☆☆



「金髪美少女ってホントにいるんだな」

「……ごめん、シロ君それなんてアニメ?」

「シロ君……」

「おい待て、何故可哀そうな人を見る目で俺を見る」


 場所はBGOのとある平原フィールド。そこにあるセーフティエリアにシロたちはいた。そして、現在シロは休憩がてら座ったところで口を開いた瞬間、ユキとフィーリアに冷たい目で見られていた。


「だって、いきなりそんな非現実的なことを言い出すから」

「その発言はどうかと思うけど、本当にいたんだよ金髪碧眼の年上美少女が」

「うわぁ……」

「引くな! そして、フィーリア何故俺から距離を取る!?」


 シロの発言に白い目で見つめて来るユキとあからさまに距離を取るフィーリアに声を荒げる。

 今日の放課後にあったゲームが上手い女子の話をしたかったはずだったのに何故こんなに非難の目で見られないといけないのかと悲しくなるシロであった。

 こうなったら何を言っても無駄なのでシロは自分のMPが回復したのを確認するとその場から立ち上がった。


「それじゃ、もう一回やるか」

「もういいの?」

「あぁ、頼む」


 シロが立ち上がるのを見るとユキとフィーリアも腰を上げ、シロから距離を取るように離れた。そして、ユキは白狐ホワイトフォックスを、フィーリアは弓を構えシロと対峙する。シロは、二人の準備が完了したのを確かめると一つ深呼吸をして口を開いた。


「いくぞ……【影分身】!」


 シロがスキルを唱えるとシロの目の前に煙が立ち込め、そこからシロそっくりの人間が三人現れた。


「ユキ、フィーリア、頼む」

「は~い」

「いきます」


 分身を出したシロはユキとフィーリアに向かって声を掛けると二人は武器をシロの分身たちに向けた。


「【ファイヤーボール】!」

「【パワーショット】!」


 放たれた火の玉と光の矢が分身たち向かって飛んだ。シロは頭の中で分身たちに避けるように意識する。分身たちはシロの狙い通り、それぞれ分散しユキたちの攻撃を避けた。そして、分身の内二体がユキとフィーリアに向かって突撃。すかさず二人は反撃に出る。


「【フレアゾーン】!」

「【レインアロー】!」


 ユキに向かって行った一体の足元に赤い魔法陣が浮かびあがり、フィーリアに向かって行った一体の頭上に複数の矢が降ってきた。しかし、二体の分身はそれらを軽々と躱し、腰に携えている刀を抜き取る。刃先をそれぞれの相手に向け一体は突きの形をもう一体は上段構えをとった。


「っ!? ユキちゃん後ろ!」

「えっ??」


 前から来る分身たちとは別に何かを感じたフィーリアはユキに向けて叫んだ。

 フィーリアの叫びに反応したユキは後ろの方に意識を向けるとそこには三体目の分身がユキに刀を振ってこようとしていた。

 挟み撃ちに合うユキ、それを援護しようと前からくる分身たちに牽制の矢を放ち時間稼ぎを図るフィーリア。しかし、フィーリアが放った矢は二体の分身たちの刀に斬られ、大して時間を稼ぐことは出来なかった。そして、前からくる二体とは別の三体目がユキに向かって刀を振り下ろそうとしたその瞬間。


ショポンッ


三体同時に分身たちはその姿を消したのであった。


「「……あっ」」


 分身が消えたのを見たユキとフィーリアは咄嗟にシロ本体の方に顔を向けた。そこには大の字で倒れているなんとも格好悪いシロの姿があった。


「ってシロ君大丈夫!?」

「わわわわ……」


 一瞬だけ思考が停止していたユキたちであったが次には通常に戻り、慌ててシロの元へ駆けつける。


「うぅ、気分悪い」


 ユキたちが駆けつけるとシロは顔を歪めて、気分が悪そうにしていた。

 ユキたちの補助を頼って起き上がったシロはしばらく休んで気分を元に戻し、先ほどの反省会を始めた。


「やっぱり、頑張って三、四体、俺自身が戦闘に参加すると考えるとに二体までってところか」

「そんなに操作大変なの?」

「あぁ、複数の景色を同時に見せられるなんて体験初めてだぜ」

「うわぁ……」


 シロの言葉に自分も顔を強張らせるユキ。

 今、彼らが行っているのはシロがアサシンフロッグを倒した時に手に入れた【影分身】の検証と操作の確認である。

 文字通り、【影分身】のスキル効果は自分の分身を作り出してそれらを動かすことが出来るスキルで、姿形だけでなくシロのステータスや武器まで本人そっくりなので攻撃力が単純に倍になる計算だ。

 それに加えて分身がやられてもシロ自身にダメージが行くわけではないので身代わりとしても効果的である。しかし、レアスキルと呼ばれるほどに強力とともに扱いが物凄く難しい。


 まず、【影分身】で作り出された分身と本体とは互いに視覚を共有しており、分身が見た景色がダイレクトにシロにも見えるので、分身が発生している場合シロの視界には二つの景色が見えている状態になる。それに分身を動かすときはシロが頭の中でどこにどう動け、などの命令を下す必要がある、言うならば手元にないコントローラを使っているような感覚だ。数が増えれば増えるほどに分身たちの操作の難易度が上がるのだ。


「一体で消費MP100くらいだから現段階で使える分身は大体十体か……十体も操作出来ねぇよ」


 消費MPと自身が持つMP量を分析し、再び苦い顔をするシロ。ちなみに熟練度が上がれば分身一体を作る消費MP量が減るがそこはまだシロの知らない話である。


「まぁ、俺の検証はこれくらいでいいだろう。次はユキとフィーリアの番だな」

「は~い」

「わかりました」


 大体の検証が出来たシロの言葉に気合を入れるユキとにこやかに答えるフィーリア。ここ最近、ことごとくフィールドを駆け回っていたせいか二人もレベルが上がるとともに多くのスキルを取得していた。


 ユキはレベルが65になり、スキルにも変化が生じており【水魔法】が【氷結魔法】、【火魔法】が【火炎魔法】にスキルアップして新しく【光魔法】と【集中】スキルを取得していた。ちなみに、【光魔法】は前回のファングとのクエストの時に手に入れた、【魔導書】というアイテムで取得した。これは、開いただけで任意の魔法を習得できる激レアなアイテムである。通常、魔法を取得するためにはクエストをこなさないといけないと言われている。つまり、これさえあれば手軽に魔法を覚えられるのだ。


 そして、フィーリアもレベルが52に到達。スキルの種類も増えて【弓矢】スキルの熟練度も着々と上げ、新しく【遠視】スキルと【集中】スキル、【異常付加】スキルを取得していた。

 【遠視】スキルは文字通り遠くのものを視認出来るようになり、【集中】スキルはDEXを上昇させるスキルで【異常付加】は武器に毒や痺れなどのデバフを付与できるスキルである。


 ちなみにシロはレベルが70に達しておりスキルも【危険回避】が【感知】に、【察知】が【索敵】へとスキルアップ。新しく【影分身】と【集中】スキルを取得していた。



 シロと再び距離を取ったユキとフィーリア、それを確認するとシロも腰に携えている政宗を抜き取り二人に向けた。

 あくまでスキルの検証なので本気になって戦わないが実戦を想定しての動きになることは間違いないだろう、それにいくら前衛にシロがいるからといって全ての敵を後ろに漏らさないわけではないので二人にも自分一人だけでも対処できるようになってほしい所である。

 シロが構えたのを見て二人も自分の武器をシロに向ける、広いセーフティエリアに一瞬だけ風が三人の間を通る。出来るだけ実戦と近い形で集中したシロは足腰に力を加えると二人に向かって地面を蹴ったのであった。






 アバター名『shiro』 所持金83200E

 レベル:70  HP:2450  MP:1110

 STR:182.5 INT:110 VIT:150 AGI:182.5 DEX:110 LUK:60 TEC:50 MID:100 CHR:30


 装備:名刀政宗、ジョウの防具、アサシンメイム、コキョウの花飾り


 控え装備:【双銃ダブルガン】 冒険者の服


 保持スキル:【索敵】Lv2 【感知】Lv3 【番狂わせキリングジャイアント】Lv26 【影分身】Lv2 【立体機動】Lv10 【集中】Lv4


 控えスキル:【片手剣】 【両手剣】 【体術】 【刀】 


 スキルポイント3





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