第74話 最悪な出会い



「さ~て、今日は街に帰るか」

「そうだね、あっ、ならちょっとお茶して行かない? おいしいパンケーキ屋さんが南門近くにあるらしいよ」

「へぇ、それは気になりますね」

「ゲームの中でパンケーキ屋とか暇なのか?」


 ユキの言葉にシロは辛辣なことを口にする。このBGOの世界ではゲームの中で何をしようと規約に反しない限り自由だ。しかし、そこまで凝る必要があるのかは人それぞれである。

 シロがそんな疑問を抱いている間に二人はルンルン気分で転移石を取り出し、シロを催促した。女子の底知れぬパンケーキへの情熱を垣間見てシロは諦めたように転移石を出すと二人と一緒に《ガウス街》へと帰還したのであった。



☆☆☆☆☆☆



「「う~ん、おいしい!!」」


 街へと戻ったシロたちはユキが提案した通り、南門近くにあるカフェを訪れていた。内装はモノトーンを基調とした壁紙に椅子やテーブルは白色の清潔感があるものであり、店内を見渡すとシロたちの他にも客がいるようで店は繁盛している様子である。ちなみに、ほとんどが女子で男はシロと数名のみであった。


 シロの対面に並ぶユキとフィーリアは目の前に置かれているパンケーキを幸せそうな顔をして食べている。二人の前にある人気のパンケーキはパン生地の上に数種類のフルーツと生クリームをふんだんに使ったビックなもので見ていてシロは胸やけを起こしそうな気がした。

 甘いものは別に嫌いじゃないがここまで糖質を上げるような食べ物を見るとゲームだということを忘れ血糖値やら材料費やらと現実的なことを考えてしまうシロ。これが家庭の食卓を担うものの性というやつだろうか。


 とりあえず見ているだけで血糖値が上がりそうなので手元のコーヒー(ブラック)を飲むシロにユキはキョトンとした顔で眺めた。


「シロ君は食べないの?」

「……見てるだけで血糖値が上がりそうなんで遠慮しておく」

「甘いもの苦手なんですか?」

「別に、嫌いじゃないがそこまでなくてもいいかな」

「ふ~ん?」


 ユキの疑問に苦い顔をして答えるシロ。実際、ゲームの中なので現実の体に影響はないと思われるがどうにも目の前のパンケーキに対して食欲が湧いてこなかった。

 シロのその発言にユキは少しばかり何か考えるような仕草を見せるがすぐに頷くと再び意識をパンケーキへと変えたのであった。そのユキの行動にシロは首を傾げたが特に本人が言ってこないので問うことはしなかった。

 

「で、話は変わるが明日ちょっとこれからの事で話がしたい」


 コーヒーカップをテーブルに置いたシロはパンケーキを楽しそうに食べている二人に向かって言った。唐突な発言にユキとフィーリアは口に運びかけた状態のまま静止する。


「それは藪から棒にどうしたの?」

「前に話したけど《ドリーム杯》のことで色々とな」

「それって、今じゃダメなんですかシロ君?」


 シロの言葉に至極当然な疑問を口にするフィーリア。それに対してシロは首を振った。


「ここじゃ誰に訊かれているか分からないからな。特に【聞き耳】スキルを持ってるやつがいたら厄介だから」

「そんなスキルまであるんですか?」

「まぁな、リアルでもこっちでも情報は価値があるからな」


 リアルでもこちらでも情報というものはそれ相応に力となる。相手の保持しているスキル、武器、戦闘スタイル、ステータスその他多くのことを知っているのと知らないとでは話が全く違うのである。


「うん、分かった。明日、そうだなぁ……昼休みとかでもいいかな?」

「俺はそれでもいいけど、お前らは大丈夫なのか?」

「私は問題ありませんよ」

「私もクラスの子には前回の時と同じ言い訳使うから」

「……そっちが問題ないならいいけどよ、くれぐれもヘマはするなよ。特にユキ」

「もう、いい加減分かってるよ。それに少しくらい私たちが一緒にいる所がバレても問題ないと思うけどなぁ……」


 最後のほうでユキは少し不機嫌そうに呟くがシロは目を細める。その言いようのない迫力にユキは顔を歪め、黙って頷いた。

 シロとユキが同じクラスになってから早三か月、学校ではそこまで接触はしないが最低限の挨拶や業務連絡などで話をするし、他のクラスの人間とも喋っているユキからしたらシロと会話をしても不自然ではないと思うのだがそれはシロが嫌そうな顔をするので口にはしなかった。一方でシロとしては、毎日朝の挨拶を交わし、他の男子より明らかに馴れ馴れしい態度で話しかけて来るユキとはこれからも適度な距離感を保っていたかった。

 では、フィーリアはいいのかと問われれば答えは否であるがフィーリアに対して男子はクラスの地味な女の子という立ち位置と認識しているため、そんな子がシロと何を話そうが大して興味はないのである。まぁ、シロもユキ同様にフィーリアに変な噂が立たないように適切な距離を取っている。


「分かってるならいいけどな。一応気を付けとけ」

「ハイハイ、分かりましたよ~だ。それで具体的には何を話すの?」

「大まかに言えば今後の予定についてだな、色々とやらないといけないことがあるからその説明と行動方針をそこで決める……他に訊きたいことは?」


 シロの問いかけにユキは首を振る。それを見たシロはカップに手をつけコーヒーを口に入れた。ほのかに香る豆の匂いと苦みがシロの喉を潤す。現実と変わらないコーヒーの味を味わっているとフィーリアが遠慮気味に手を挙げた。


「どうしたフィーリア?」

「あの、その、別に今までの話とか関係ないんですけど質問してもいいですか?」


 そう言うフィーリアはやや聞くのに抵抗があるのか縮こまっているように見えたシロはコーヒーを飲み干すと優しい声色で言った。


「別にいいよ。このゲームに関することなのか?」

「……はい」

「なら、関係ない話でもないし、答えられる範囲なら質問してもいいぞ」

 

 フィーリアはシロのその言葉を聞くとホッとした顔を見せて「それでは」と前置きをしてから口を開いた。


「……シルバーってシロ君、知ってますか?」



☆☆☆☆☆☆



 フィーリアからの予想外の質問にシロは思わずユキのほうを見た。しかし、ユキはフォークに刺したパンケーキを大きく開けた口に入れようとしている途中で固まっており、目も焦点が定まっていない。その反応からユキが情報を漏らしたという考えがシロから消えた。だとすると、何故フィーリアはそんなことを聞いたのだろうか。


「……フィーリア、その名前どこで聞いた?」


 出来るだけ平静を取り繕ってシロはフィーリアに訊ねる。フィーリアはキョトンとした表情を浮かべた。


「え~と、ファングさんとの時に【六芒星】がどうだかという話をシロ君とユキちゃんがしていたから気になってネットなどで調べていたらシルバーって人の名前が出てきたのでシロ君なら何か知ってるかなぁって……あの、何かまずい話でしたか?」


 淡々とシルバーの名前を知った経由を喋るフィーリアは不安そうな声を出す。話を聞いているシロの顔が凄く不気味であったからだ、まるで裏切り者を見極めるかのような冷たく感情を持たない目をしていたがすぐにその目が普段のやる気がない目に戻ったのでフィーリアはさっきの目は自分の見間違いだろうと判断した。


「あぁ、ま、知ってるぞ。BGOやってる奴なら多分皆名前くらいは知ってるんじゃないか?」

「へぇ、どんな人物何ですか?」

「フィーリアはどこまで知ってるんだ、シルバーについて」


 慎重にフィーリアがどの程度まで情報を持ってるのかを訊ねる。


「確か、元々【六芒星】っていうギルドに所属していてスキルを使わないという前代未聞の戦闘スタイルを用いて、あらゆるフィールドボスと対峙して倒したり、対人戦でも大会で優勝するほどの実力を発揮して、ついた二つ名が【大罪チーター】。でも、三年前に突然その姿を消して、存在そのものがもはや伝説となっている、ってことくらいですね」


 フィーリアがネットに書かれていた文章を思い出しながら伝えている間シロは口を挟まず黙ってフィーリアの話を聞いていた。フィーリアが話終えると数秒、どういう風に教えるかを吟味してから口を開いた。


「大体その通りだ。古参の連中だったらまだ知ってることがあるだろうけど、その認識でいいだろう」

「へぇ~、凄い人がいたんですね」

「……別に、たいしたことないだろ」

「え? どうしてですか?」

「周りがどんなに凄いだの最強だの言ってもな、所詮そいつは一プレイヤーでしかない。バカで阿保で見栄っ張りでたいして強くもないくせに、何にも出来ないくせに粋がる、シルバーは恐らくそういうやつだよ」

「……」


 シロの徐々に強まるシルバーに対する嫌気な言動。普段の彼からなら口にしないであろう他人に対する悪口をフィーリアは目を丸くして聞いていた。

 一方でユキはシロの態度に、言葉に、シルバーに対する憎悪を感じた。まるで嫌いな相手のことを話すようにシロはかつて自分の事を喋っていた。


 ガタンッ!


 すると、いきなりシロの後ろのほうで椅子を引く音がした。反射的にユキとフィーリアは音のする方に視線を向ける。そこにいた人物を見てユキは顔を強張らせた。

 二人の視線につられてシロも背後を振り返る。そして、自分の背後に立つ者を視認するとシロは目を見開かせた。

 明るいブラウンのボブヘアーに大きな黒い瞳、そしてアイドルがライブで着るような可愛らしいミニスカ風の黄色い和服に身を纏った少女。







 【閃光スピカ】のミルフィーが怒りの形相でシロを睨みつけていた。


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