第四章 SHINNINGGIRL&GHOUSTREMAINS
第72話 滝沢楓
午前中から降っていた雨は止み窓からオレンジ色の光りが漏れている。光の差し込む所には一つの机と一人の少女がいた。夕日を反射させる長く綺麗な金色の髪、閉じられている瞼からちょこん、と出ているまつ毛、その寝顔だけで誰もがため息を出すほどに美しい。そんな彼女の華奢な肩をもう一人の少女が優しく肩を揺らした。
「お~い、
「んっ……あ、ごめん、あたし寝てた?」
「ま、五分くらいかな? そろそろ会議始まる時間だから起こしたのよ」
「ありがとう、
「いえいえ、これも副会長の仕事ですから」
腰に手をあてておどけてみせる理沙と呼ばれた少女に起こされた彼女は頬を緩めた。
時計を見ると会議開始五分前になっていた。理沙に促され、少女は席を立ち教室の扉へと向かう。
「それじゃ、行きますか。生徒会長殿?」
「もう、そういうふざけた言い方やめてよね」
「ハイハイ、ささっと終わらせようね」
理沙の悪乗りを窘めた少女は扉を出る前に後ろを振り返る。そこには向かい合うように設置された二つの長机に椅子五つ並べられている。そして、その二つの机の先にひときわ目立つ机が設置されていた。その机の上にポツンと置かれている一枚の名札、そこにはその席に座る権利を持つ役職とその名前が刻まれていた。
生徒会長
☆☆☆☆☆☆
「う~ん、今日も疲れたぁ」
鞄を持つ手を伸ばしてストレッチしながら駅を出る楓。辺りは夕日が沈みかけ、薄暗くなりつつあった。
夜道を歩くのは少しばかり怖いのですぐに駅を出て帰路へつく楓。そんな金色の美少女が通る度多くの人々が男女関係なく一瞬彼女に視線を奪われてしまう。そんな視線に怖気づく素振りを見せず、楓は堂々とした態度で足を運ぶのであった。
滝沢楓、ここから三駅先にある
長く美しいブロンドの髪と碧眼が特徴であり、言うまでもないが名前の通り彼女はれっきとした日本人である。特徴的な髪と目は祖母が英国人だったのでその遺伝子が受け継がれたのだろうと言うのが楓の家族の認識であった。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、そんな高いスペックを持ってるのにも関わらず、謙虚で思慮深いと生徒だけでなく教師たちにも人気を博していた。
しかし、そんな彼女には人には言えない秘密がある。それは__
☆☆☆☆☆☆
そろそろ家の周辺に辿り着いた楓はふと、とあるゲームセンターに目が止まった。
「……たまにはいいかな?」
何を思ったのか、彼女は古びたゲームセンターへと方向転換させ店へと入って行った。中は、音楽ガンガンで無数のゲームが並べられており学校帰りなのかこの付近の学校の制服を身に纏った生徒たちがちらほらいた。この辺では聖蘭の生徒はいないことを知っている楓は生き生きとした表情を浮かべながらどれをプレイするか見て周った。
「あ、これにしよう」
楓が見つけたのはVR型FPSである。概要としては迫りくる敵兵を撃って次のフィールドへと向かうといった内容になっている。
楓は、卵のように丸い形をした椅子に座った。そこに備え付けられているゴーグル型のVR機を被り、百円を投入する。
ゲームは昔から好きだった。特にゲームセンターは色んな人と対戦することが出来るため、勝てば嬉しいし負ければ悔しい。そんな真剣勝負が出来るこの環境はいくつになっても肌をピリピリさせた。
『Are you ready?』
楓の耳に無感情な機械音が入る。目を閉じ開始を待つと徐々に暗闇から光りが漏れ、次に目を開けると全く違う光景が映り込んできた。
迷彩柄の軍服に手にはアサルトライフルを持っていた。場所はどうやら街中であるがそこは戦火が広がっており、人一人いなかった。
「それじゃ、行こうかな」
楓はアサルトライフルを構え、慎重に足を動かし始めた。寂しいくらい静かな戦場を進んでいくと楓の視界に二人の敵兵が現れた。敵は楓を見つけると銃口を向け、発砲した。無数の弾丸が楓に襲いかかる。
「っ!」
楓はその弾丸の嵐を物陰に隠れ回避する。しばらくして発砲音が止むとすかさず楓は物陰から敵に向かって引き金を引いた。
ドドドッ!!
楓が放った弾丸は敵の体に命中し、相手は後ろに倒れた。その上にはDeathの文字が浮かび上がる。
「……ふぅ」
開幕戦を終え、息を吐く楓はすぐに前を見据えると再び歩き出した。
☆☆☆☆☆☆
「……っ」
車の陰から現れた敵兵に反応した楓は引き金を引く。放たれた弾丸は見事に相手の眉間に命中して絶命させた。ゲームも終盤に差し掛かり、楓はかいてない汗をぬぐう仕草を見せた。ここまで来るまで何度か危ない場面が見られたが何とかそこを突破してきた、もう少しでゴールである。楓はアサルトライフルを構えつつ戦場を駆け抜けた。
すると、50m先に鉄網で出来たゲートが見え始めた。そこを通ればゲームクリアである。
「よしっ」
ゲートが見え始めたことで楓は気が抜けてしまう。しかし、それは失敗であったとすぐに理解する。突然、視界の隅から敵が無数に現れたのである。
「うそっ!?」
いきなり、出てきた敵に楓は驚きの声を上げるがそんな楓をよそに敵兵たちは次々に発砲し始める。
「ちょっ、うわっ!」
飛び交う銃弾に焦りながらも楓はビルの柱の裏に隠れた。が、敵兵は容赦なくその柱目がけて銃弾をぶっ放す。
「うわぁ、これどうしよう」
柱の陰で楓は弱音を呟く。敵の数はざっと20くらいいるように見える。特攻を仕掛けようにも数が多すぎてゲートにたどりつくまでにやられてしまうのが目に見えていた。諦めて大人しくやられようとしていたその時…
「うわぁ、これどうすんだよ……」
突然、隣の柱から男性の声らしきものが聞こえ、声のするほうを見るとそこには楓と同じ迷彩柄の軍服に身を包んだサングラスの男がいた。このゲームのアバターは元から決められているためその姿が現実と違う。その証拠に男は口元にワイルドな髭を生やし、腕は屈強なことを象徴するかのように太く逞しかった。顔立ちも欧米人なものだったので日本人とは違うのは一目瞭然である。
(乱入?)
男の姿をしたプレイヤーを見て楓は状況とは裏腹にそんなことを思った。
乱入とは、同じゲームをしているプレイヤーが他のプレイヤーがいるワールドに侵入する現象である。システムの不具合と認識されているそれはよく楓がいるような古びたゲームセンターに置いてあるものに起こることが多い。それでもちゃんと整備等をしていれば防げることなので店側の責任になる。楓自身も乱入されたことは初めてなのでどうしたらいいのか分からなった。
そんなことを考えていると楓の視線を感じ取ったのか男が楓のほうを見た。
「あっ……」
「…………」
戦場の中、見つめ合う男女。これが映画やアニメならここから危機的状況を乗り越え、二人の間に友情や恋愛感情が芽生えるであろうフラグが立つ場面だろう。ただし、これがゲームでなければの話である。
「……えぇと、こんにちは?」
「はい、こんにちは」
困ったような表情を浮かべ、とりあえず挨拶を交わす二人。弾丸の嵐が今なお二人を襲っている。
「もしかして俺、乱入してます?」
「う~んと、多分……」
「あちゃ~」
手を額に当ててやっちまったという声を出す男性。楓が始めた時に誰もこのゲームをしていなかったため、男性が乱入していることになる。しかし、それはあくまでシステムの不具合なので男性が気にすることではないのだが、男性は罰が悪そうな顔をしていた。
「あ、じゃあ、自分今から死ににいきますのでどうぞ続きをしてください」
「え!? そ、そんな、あとちょっとでクリアじゃないですか!」
銃弾が飛び交うことを忘れているかのように二人は会話を続行させる。それと男性の発言に楓は驚愕して声を張り上げた。自慢するように聞こえるがこのゲームはそこそこ難易度が高いものでここまで来られる人は早々いない。苦労してここまで来たというのにそんな簡単に諦められるのは楓としては気が引けた。
「でも、俺がいたら邪魔でしょ?」
「そ、そんなことないですよ! だったら一緒に行きましょうよ」
「えっ、いいんですか?」
「もちろん、ここで死なれても後味悪いじゃないですか」
二人の間に銃弾が飛ぶがそんなもの無視して二人は話をする。勝手に死にに行こうとする彼を楓は止めて、それなら一緒にと誘い出した。
男性はしばらく考える素振りを見せるがすぐに頷くとワイルドな顔立ちから想像出来ない笑顔を向けた。
「それじゃ、お言葉に甘えて参加させてもらおうかな」
男が楓の申し出を快く受け入れると先ほどの柔らかい目から鋭い目つきに変わり、銃を取り出した。
(珍しい、二丁持ちか)
彼の両手に持つハンドガンを見て楓は物珍しい顔をする。通常、二丁銃は扱いが難しくさらに弾数がアサルトライフルとは違って少ないため一々リロードする必要があるからあまり人気がないのである。
「じゃ、俺が先に行きますから後から飛び出してください」
「え、あ、はい……」
呆然と二丁拳銃を眺めていた楓は男性の言葉に一瞬遅れて頷く。それを確認すると男性は敵兵がいる場所を確かめるように柱から顔を覗かせた。その真剣な表情に楓は鬼気を感じた。男性は敵兵の位置を確かめたようで顔を元に戻すと意識を集中させるため深呼吸をする。
「それじゃ、行きますよ」
「はい」
「3、2、1、ゴー!」
男性がカウントダウンを告げると柱から飛び出した。それを見届けた楓は自分もアサルトライフルを構え、柱から駆け出した。
楓の先に出た男性は、近くにいる敵兵に向かって引き金を引く。銃口から放たれた弾丸は敵兵の一人の頭に命中した。走りながら男性は次々に発砲して行く。それを近くで眺めている楓はその技量に驚きが隠せなかった。
(すごい……)
男性は立ち止まることなく敵兵をどんどん撃ち抜いて行く。その行動一つ一つに無駄と迷いがなく見ていて惚れ惚れするほどであった。楓も隠れている敵兵に向かって撃つ、しかし、男性のキル数が楓よりも凄まじく多かった。二丁のハンドガンが火を吹き、相手を殲滅していく。その動きは素人のそれではなく、何度も繰り返されている動きに見えた。
あっという間にゲート目前まで来た楓たち、もう少しでゲームクリアである。
「よしっ、あと少し」
ゲート目前にして楓は嬉々として口にした。敵兵も見当たらないし、これでクリア間違いないだろう。それは誰もがゲート目前にして思う落とし穴であった。
ゲートを見て嬉しくなった楓は小走りにゲートへと向かい、男性を追い抜いた。そして、悠々とゲートに入ろうとしたその時、ゲート近くから左右に一人ずつの兵士が現れた。それに気が付いた楓。しかし、既に敵兵の銃口は楓に向けられており回避は困難と思われた。
しかし__
「わっ!?」
突然、楓の襟元を掴まれたかと思った後、楓は後ろに引っ張れそのまま投げられた。投げられた勢いを殺すことが出来ず尻餅をつく。それと入れ替わるように前に出た男性に向かって左右から銃弾が襲い掛かる。入れ替わる際に体勢を変え、背中から前に出る形となった男性は上半身を後ろに反らす。男性に向かって飛ぶ銃弾は男性の上半身を狙っていたがその軌道上に男性の上半身は消え、銃弾たちは障害物にあたることなくそのまま突き進んだ。
(よ、避けた!?)
男性のその動きに驚愕する楓。
そんな規格外の動きを見せた男性は上半身を後ろに反らしたせいで倒れ込む形となるがその最中、男性は二丁のハンドガンを左右の敵兵に向けるとそのまま引き金を引いた。
バンバン!!
二つの銃声とともに銃口から放たれた弾丸はそれぞれの相手に向かって勢いよく飛ぶ。そのまま飛んだ二発の銃弾は見事なヘッドショットを決めた。
「っ痛」
敵兵が絶命させた男性はそのまま地面へと倒れた。
「…………」
衝撃的な出来事に放心状態になる楓。そんな楓の心情を知らない男性は腰に手を当てながらその場から立ち上がり、楓の元へとやって来た。
「大丈夫ですか?」
「……あ、はい。ありがとうございます、大丈夫です」
「そう、それならよかった」
その場で立ち上がり、お礼を言う楓に男性はにこやかに微笑んだ。
そうして、二人は敵がいなくなった戦場を後にしたのであった。
☆☆☆☆☆☆
『GAME CLEAR!!』
無機質な機械音とともに目を開くとそこは最初にいたゲームセンターの店内が視界に移り込んだ。楓はVR機を外し、席を立つと「う~ん」と背伸びをした。その仕草一つが何故か妖艶なオーラを醸し出し、周りの男たちが目を奪われた。
が、楓ははっ、と何かを思い出したかのように隣の席を見るとそこは既にもぬけの殻となっていた。彼女は慌ててその席に着こうとしていた男性に声をかけた。
「あの!」
「は、はい?」
「さっきここでプレイしてた人どこ行ったか知りませんか!?」
「あぁ、さっきの人ならもう出口のほうに向かいましたよ」
「ありがとうございます!」
楓の質問に答えてくれた男性にお辞儀をすると楓はすぐに出口へと向かった。店内を駆けると今にも出口から出ようとしてる制服姿の男子がそこにいた。
「あのっ!!」
「……?」
思わず声が大きくなってしまった楓であったがそれに反応した男子が振り返る。
そのまま楓は彼の元へと駆け寄る。
「あの、さっきあそこのゲームをプレイしてた方ですよね」
「はぁ、そうですけど……」
男子は急に現れた金髪美少女に戸惑いが顔に現れていた。
「あの、あたしさっきあなたと一緒にゲームしてた者ですけど…」
楓がそう言うと一瞬、驚いたような顔をしたがすぐに「あぁ……」と納得したような声を出した。
「先ほどはありがとうございます。おかげで助かりました」
「いえ、別に大したことはしてませんよ」
「で、でもあなたのプレイ凄かったです! 二丁使いも珍しいですけど、様になっていたしそれにとっさの判断力も素晴らしかったです!」
「あ、ありがとうございます……」
つい熱くなってまくしたてるように言葉を並べる楓であったが戸惑う男子の顔が近くにあるのに気が付くと「す、すみません!」と慌てて顔を遠ざけた。顔を遠ざけたことに安心したような表情を浮かべる男子。
「ご、ごめんなさい、つい……」
「いえ、そんなに褒めてもらえて嬉しいですし、気にしてませんよ」
微笑みを浮かべたまま彼は手を振る。同じ年頃と思われるが紳士的な態度に、楓は好感を持った。
「あの……」
「はい?」
「お名前をお聞きしてもいいですか?」
「……え?」
突然の申し出に少し面食らった顔をする男子。その表情を見た楓は慌てて取り繕う。
「す、すみません。急にそんなこと聞かれても迷惑ですよね! 忘れてください!」
あわあわとする楓。どうしていきなりそんなことを口走ったのか自分でも解らなかった。
慌てふためく楓を見て、男子はつい噴き出してしまっていた。
男子のその反応に恥ずかしくて顔を赤くする楓。
「あ、すみません。別にバカにしてるわけじゃなくて、ちょっとおかしくてつい」
「い、いえ、気にしてませんから」
噴き出してしまったことに罰を悪くする男子。クスクスと笑うその顔に楓はどこか懐かしく感じた。が、次の男子の言葉で楓のその考えがどこかへ行ってしまう。
「名前でしたね、自分は白井和樹といいます。西央高校二年です」
男子が自己紹介してくれたのを聞いて楓は慌てて口を開いた。
「あたしは、聖蘭女学園三年。滝沢楓です」
とびきり素敵な笑顔を相手に向けながら楓は名前を告げたのであった。
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