第55話 探索3



「……なるほど、隠し通路ですか」


 ファングたちから報告を受けたシロは顎に手を当てながら思案顔で呟いた。隠し通路の存在を見つけたファングとユキは通路のなかを覗くだけしてシロにチャットで集合を促し、現在に至っている。シロは目の前に開かれている穴をまじまじと眺める。一見して何の変哲もない穴であるが中を覗くと真っ暗な空間のなかに道が真っすぐと敷かれている。


「これはどうしたものですかね」

「え? この先に何かあるんじゃないの?」


 シロの呟きにユキはキョトンとした顔で尋ねる。普通、ここまで怪しい通路があるなら進む以外選択の余地があるようには思えなかった。


「まぁ、普通に考えればこの先に何かあると思うんだが」


 歯切りの悪いシロに代わり、ファングが続きを述べた。


「……BGOじゃ、こんないかにもってところでも何もないパターンがある」

「えぇ!? そうなんですか?」


 ファングの言葉に驚きの声を上げるユキ。

 BGOにはいかにも隠れ財宝がありそうな洞窟や隠し扉に入ってみるが実際は何もなくモンスターにボコボコにあるなどという事例が多く存在する。運営に悪意があるとしか感じない。


「しかし、だからっといって無視してしまうのもなぁ……」

「……一度、奥を調べてから行くか?」

「いや、それはそれでリスキーですよね。もし仮にこの先を進んだとして何もなかったら時間の無駄ですから」


 う~ん、と頭を捻らせるシロとファング。もし仮に、この通路の奥を調べたとしてもどこまで続いているのか分からないし、何もないというパターンが存在する。しかし逆に、通路を無視して洞窟の中を調べるとしてもまた二手に分かれるわけでそれはそれで面倒なのも変わらない。非常に判断が難しい場面である。


「これがまだトップギルドとかだったら話は別何なのでしょうね」


 しみじみとした声で呟くシロ。もしシロたちの立ち位置にトップギルドがいた場合、すぐにギルドメンバーを編成、捜索、発見と見事なコンボを決めていたことだろう。だが、今回はたった四人のレイドパーティ。素晴らしい連携が出来るわけでもなければ捜索に長けているわけでもないお遊びのグループ。正直、今日中に調べるのは無理だろうとシロは考えていた。

 ならば、せめて他の奴の意見で動いてみてもいいような気がした。そう考えるとシロはジッと黙っていたユキのほうに顔を向けると訊ねた。


「ユキはどうしたらいいと思う?」

「えっ? わ、私? えぇと、そうだな……」

「別に深く考えなくてもいいよ。直感的でいい」

「えぇ……」


 突然の意見に困惑するユキ。だが、他の三人の視線を受けるていると何だか答えを焦らされているように思えてしまったユキはまだ整理できていない状態のまま口を開いた。


「その、あぁと、私はこの通路が気になるかなぁって思ったり……」


 自信なさげに呟くユキを見てシロは次にフィーリアのほうへ顔を向けた。


「フィーリアは?」

「わ、私も、この通路はちょっと怪しい気がします」

「……なるほど。ファングさん、どうしますか?」

「……シロの判断に任せる」


 ファングのその言葉に今度はシロに三つの視線が集まる。シロは自分に向けている視線に合わせると告げた。


「……この奥に入ってみようと思います」

「そ、それでいいのシロ君?」

「ま、いいだろう。全員の意見が一致したことだし、これで何もなかったらその時考えよう」


 そう言ってユキに向ける顔はどこか穏やかで、そして楽しそうであった。その様子に気づいたのかユキとフィーリアもどこか嬉しそうに微笑んだ。そこに不安や緊張などは見受けられなかった。

 

「……それじゃ、オレが先頭を行く。あとからついてこい」


 全員の意見がまとまった所でファングは通路の前に立ち、指示を出す。三人がそれに頷くのを確認するとファングは薄暗い道を見据え、そこに足を踏み入れた。

 それに続こうとシロが足を踏み入れようとした時、袖を引かれる感じがしてシロは横を見た。そこに、袖をぎゅっと掴みシロを見上げるフィーリアの姿があった。


「どうした? 暗いの苦手か?」

「いえ、そうではないですけど……その、いいんですか、ユキちゃんに話さなくて?」

「? 何が?」

「あの《神様》のことです」


 若干、袖をつかむ力が加わるフィーリア。その目は真剣と戸惑いの色に染められていた。シロはここに来る前接触した《神様》のことを思い出す。シロは一瞬だけ後ろにいるユキを見たがすぐに視線をフィーリアに戻した。


「今はまだいいだろう」

「で、でも……」

「とりあえず、このクエストが終わったらちゃんと話をするから今はこれに集中しよぜ、な?」

「……分かりました」


 シロの言葉を受けるとフィーリアは掴んでいた袖を解放した。フィーリアが袖を離したのを確かめるとシロはファングに続くように通路に入って行った。


「…………」


 そして、その後ろにシロとフィーリアの行動を怪訝な顔で見ていたユキがいた。なにやらコソコソと話しをしていたようであったが何を話していたのかは不明である。

 しかし、なぜだろう? シロとフィーリアが仲良さげに話をしているのを見ていると心が刺されるような痛みを感じ、目を逸らしてしまいそうになった。自分のよく分からない痛みに疑問符を浮かべながらもフィーリアが通路に入ったのを見るとユキは慌てて自分も通路へと向かったのであった。



☆☆☆☆☆☆



 ___数分前


「では、お聞きいただこう、僕の提示する条件を」


 両手剣を構えたまま睨むシロを前に《神様》は余裕の笑みを浮かべながら続けた。


「二ヶ月後に行われるイベントについては知ってるかい?」

「いや、知らない。メンテナンスとかのお知らせ以外は見ないからな」

「ハハハ、君らしいね。まぁ、それは置いておいて、二ヶ月後に毎年恒例のイベントが行われることになってるんだ」

「……それって」

「あぁ、君もよく知ってる。《ドリーム杯》だよ」


 《ドリーム杯》、毎年八月に行われるBGO最大規模を誇るPvP大会である。BGOを運営するゲーム会社【Dream】の名前をとったこの大会は完全に運営側主催で行われ、最大参加者は約10000人。たまに行われるPvPの大会の比ではない。


「俺にそれに参加しろってことか」

「うん、そうだよ」

「……」


 鋭い目つきで《神様》を観察するシロ。言葉の裏を読み取ることに少しばかり長けている自信のあるシロであるが今回、その特技はあまり役に立ってくれそうになかった。相手の意図がまるで分からないのだ。


「で、それに参加してなにすればいい?」

「条件はその大会で優勝することだよ」

「……本気で言ってるのかテメェ」

「本気も本気だよ。是非とも僕は君が活躍する所を見てみたいんだよ」

「無理だ」


 きっぱりとした口調で否定的な言葉が飛んだことに《神様》は少しばかり呆然とした。まるで分かり切っているような答え方に違和感を覚える。


「どうしてだい? 自信がないのかい?」

「そういう問題じゃない。実際問題として、今の俺では無理だって話だ」

「……君にしては消極的な意見だね」

「だって、あれだろ。恐らくその大会には元【六芒星】の連中も参加するだろう? だったら、どうあがいても無理だ」


 もし仮に、シロがその大会に参加して勝ち残ったとしても元【六芒星】の誰かと当たるのは必須。だとしたら今のシロに勝てる可能性なんて不可能に近い。それの考えをシロが告げると《神様》は「あぁ~」とどこか気の抜けた声を出した。


「シロ君、もしかして、ランク制度知らないの?」

「? ランク制度だと?」

「その様子じゃ、知らないみたいだね。まぁ、仕方ないのか……」


 知らない言葉に首を傾げるシロを《神様》はどこか困ったような目で見る。


「ランク制度というのは、これまでのPvPの大会や決闘などの戦績、および勝率によってランキング化され、そのランキングの順位によってつけられるものだよ。1~10位までのプレイヤーをSランク、11~110位までのプレイヤーをAランク、111~510位までをBランク、511~1111位までをCランク、それ以下をDランクとしてるんだよ。君はまだPvPに参加したことないからDランクだね」


 決闘に勝率や戦績もランキングに反映されるらしい。そこまで説明すると《神様》は理解出来たのかと無言で訊ねる。シロはその意図をくみ取ったのか一つだけ訊いてきた。


「元【六芒星】のプレイヤーのランクは?」

「【絶対強者シャークヘッド】と【閃光スピカ】、それから【深藍の魔女ラピスラズリ】がSランク、【師匠ヘラクレス】はAランク、【店長ヘパイストス】はランク外だね。まぁ、彼は生産職だからしょうがないだろうけど。【店長ヘパイストス】は当然として、【深藍の魔女ラピスラズリ】、【師匠ヘラクレス】、この三人は基本的にこういった大会には不参加だね」

「つまり、俺がそいつらと戦うことはないというわけか」

「僕個人としては是非とも戦ってほしいところではあるんだけど……ま、そういうこと。《ドリーム杯》はそれぞれのランクによって行われるようになるからね」


 つまり、AランクのプレイヤーはAランクだけのPvPにしか参加できず、DランクはDランクだけのPvPにだけしか参加できないというわけだ。それを素早く頭の中に収納させるとシロはしばらく考えるような素振りを見せる。


「つまり、俺がDランクの大会に出て優勝出来ればお前の正体について教えてくれるというわけか?」

「あくまでヒントだけだけどね」


 《神様》から視線を外さないシロに対して《神様』はただ黙って彼の答えを待つ。

 話を聞く限り、罠というわけでもなさそうに聞こえる。しかし、そんな大規模で行われる大会で優勝するとなると絶対に目立つことだろう、それはシロとしては避けたいところであるがその代償として目の前にいる相手の正体に繋がるヒント、もといシロの平穏な生活への切符が手に入るわけである。それはそれで魅力的な話ではないだろうか。たとえ、目立ったとしても相手の正体さえ暴けばBGOを止める大義名分を得られる。やめてしまえばこの世界でどう言われようとも関係のない話になってしまうのだ。

 だからだろう、そんないい話があることでシロの警戒心がさらに上がったのは。

 

「……何が目的だ」

「別に、目的なんてないよ。強いて言うなら君が活躍する所が見てみたいってだけだよ」

「それでお前に何の得がある」

「楽しい」

「……」


 さも当たり前のように言ってのける相手にシロは怪訝な表情を向ける。相変わらず、ふざけているとしか思えないその言動にシロは信用できなかった。


(しかし、逆にだからこそ踏み込んでみるべきではないだろうか)


 そう思う自分もいた。


「本当に俺が優勝したらヒントをくれるんだな?」

「僕だってそんな悪質な嘘をつくほど悪者じゃない気でいるよ。それに、ヒントだけ与えたとして君にそう簡単に暴けるものじゃないと思うし」

「……分かった。今回はお前のその提案に乗ってやろう」


 シロが同意すると《神様》は明らかに上機嫌になっていた。


「そう、良かった。もしかしたら断られるかと思っていたよ」

「悪いがこっちも必死なんだ。嘘だろうがお前についての情報が入るならなんでもするぜ」

「……ほう、そうまでして君は僕の正体を知りたいのかい?」

「あぁ、俺の平穏のためにな」


 真っすぐで真剣な瞳で相手を見つめるシロ。その瞳の奥にどういう感情を抱いているのか《神様》は余計に興味をそそられた。


「そう、なら楽しみにしているよ。君が僕の正体を見破ることを」


 そう言うと《神様》は懐から何かを取り出すようにゴソゴソし出した。シロとフィーリアはその行動をまじまじと見ていると《神様》は懐から一つの石を取り出した。それはシロとフィーリアもよく知っているアイテムであった。


「それじゃ、僕はこれで失礼するよ。じゃ、またねシロ君……《転移》」


 《神様》がそう呟くと光が体を包み、次の瞬間にはその姿を消したのだった。


 













 

 

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