第54話 探索2



 シロたちが《神様》と接触していた頃、ユキとファングはロックゴーレムの集団と遭遇していた。


「……」

「ウ、【ウォーターボール】!」


 目の前のロックゴーレム一体に魔法を放つユキ。一方でファングは無言で淡々と複数体を相手に立ちまわっていた。まるで、泥を崩すかのように防御が高いロックゴーレムを次々に倒していくファングにユキが支援をするヒマを与えなかった。

 あっという間にロックゴーレムの大群を掃討したファングはくるっとユキの様子を窺う。その鋭い目で見られれば大半の人は怯えてしまうがユキはそんなファングの視線をケロッとした様子で受け止めた。


「ファングさん大丈夫でしたか?」

「……あぁ」


 ぶっきらぼうに答えるファングの態度にユキは気にすることなく笑顔を見せる。


「そうですか、なら先を進みましょう」

「……あぁ」


 変わらずぶっきらぼうな態度であったがユキが歩き出すと普通に隣に並んだ。暗い道を進みながらユキはファングにあれこれ話かける。


「ファングさんってほんと強いですよね」

「……別に大したことない」

「いやいや、私なんかと比べるのもおこがましいくらいですよ」


 にこやかな笑みを浮かべながらユキは語り掛ける。ファングは間をたっぷりと空けながらもしっかりと受け答えをする。


「……そんなことない。所詮自分はソロだ。ソロだと今回のように限界が訪れる……それに比べてそっちはパーティ。互いに力を合わせることで強い力となる」


 ファングの気を遣った言葉にユキは首を横に振る。


「いえ、確かに私たちはパーティ組んでますけど、戦闘のほとんどはシロ君頼みですし私は気休め程度の支援しか出来ませんし……」


 言葉を発す度に徐々に声が小さくなっていくユキ。改めて、自分がシロに頼り切りだということを認識させられた。そんなユキを気遣い、ファングは考えて発言する。


「……確かに彼は強いのは分かる。けど……」

「けど?」

「……君たちの力があるから彼が強く感じるのもあると思う」

「私たち、ですか?」

「……いくら一人が強くたってそれだけでパーティが強くなるとは限らない」

「……」

「……それに、彼はとても楽しそうだ」

「え?」


 意外な言葉にユキは思わず下げていた顔をあげファングのほうを見ていた。全く変わらないその表情だがファングの声色が優しくユキを包み込む。

 楽しそう? シロが? いつも教室では不愛想でこっちでも常に《神様》について考えたり、私にダメ出しばかりしている彼が本当に楽しんでいるのだろうか? 

 ファングの発言にユキは自問する。だが、そんなユキを尻目にファングは続ける。


「……君たちを見ていると昔を思い出す」

「昔ですか?」


 「あぁ」と短かく答えるファングは遠い記憶を懐かしむかのような目をした。その目がこれまで見てきた中で一番優しく温かであるのにユキは気づいた。


「……オレもギルドを作る前に三人でパーティを組んでいた」

「へぇ、ファングさんもですか」


 言われてふと、ユキはもしやと思い口を開く。


「あの、その時組んでいた人って……」

「……シルバー、それとミクだ」


 その言葉にユキはどう返せばいいのか分からなかった。ファングが元【六芒星】だったのはシロから聞いているが【六芒星】を作る前から知り合っていたとは知らなかった。

 それと、この話題はユキにとって好ましくない、シロが元【六芒星】の『シルバー』だったということはシロとユキ、二人だけの秘密だからだ。まぁ、《神様》とあと忘れていたが偽シルバーを語っていたシンバも一応知っているがあの二人が口を滑らせるような感じはなかったように思われる。

 若干の冷や汗を感じながら、ユキはこの話題はダメだと判断した。が、一方で自分は昔の、シルバーとしての彼を知らない。だからだろうか、好奇心が心のなかで見え隠れしていた。

 ユキが心の制御がままならない状態のなかファングは続けた。


「……よく考えれば君はあいつに似ているな」

「似ているって、えぇと、ミクさんですか?」


 【深藍の魔女ラピスラズリ】のミク、顔を知らない相手の事をユキは考える。現在は【疾風の妖精達ブルーインパルス】のギルドマスターでBGO一の魔法職と呼ばれている彼女と自分が似ているとは到底思えなかった。だがファングは首を横にフルフルと振る。


「……いや、ミクじゃなく、シルバーに似ている」

「…………え?」


 ファングのセリフにユキは最初、言っている意味が理解出来ず、ファングの言い間違いなのではと疑った。しかし、当のファングはユキの反応にキョトンと首を傾げる。それを見て、ユキは彼が言い間違えたという考えを捨てた。


(あぁ、なら私が聞き間違えたのか)


「ごめんなさいファングさん。私どうも聞き間違えたようなのでもう一度言ってもらえますか?」

「……? 君はシルバーとよく似ている」

「…………」

「…………」

「……へぇ、っえ!?」


 謎の一拍を置いて驚きの声を上げるユキ。今度こそ聞き間違えのないように耳を澄ましていたユキに届いたのはやはり最初にファングが言ったことであった。しかし、その内容がユキには信じられずにただただ戸惑う。


(似ている? 自分が? シロ君と? いやいや! それはオカシイ。自慢じゃないけどシロ君と自分とが真逆の性格だというのは分かっているし、BGO意外に互いの共通しているものなんてないくらい彼と私は性格が違っている……はず)


 ユキは教室でのシロの様子を思い出す。勉強が出来て、物静かで、そして他人と必要以上に接しない。それがユキがシロに抱いている印象であった。しかし、根の部分は優しく、頼りになることも知っている。

 それに対して、ユキは明るく、元気で積極的に人と関わろうとする性格である。が、反面、勉強はそこまで得意ではないし、考えるより先に行動しているので失敗も多々ある。決してシロと性格が類似している点が見当たらなかった。


「そ、その、どの辺がですか?」

「……明るく、元気で自分みたいな喋りにくそうなやつともすぐに話す。そんな所」

「……あの、すみません。誰の話でしたっけ?」

「?? ……シルバーの話だが?」

「…………」


 ユキはいよいよ頭が混乱し始めてきた。何故なら、今ファングの語っているシルバーの性格と今のシロが全く重ならないからだ。一体これはどういうことだろうか?


「…………大丈夫か?」

「えっ、あ、はい。ちょっと頭がごちゃごちゃしてますが何とか大丈夫です」

「……少し休むか?」

「いえ、ほんとに大丈夫なので……」


 そう言って笑うユキであるが自分で上手く笑えている気がしない。しかし、ファングはそのことに深く追求しなかったので安堵した。洞窟の奥へと進みながらユキは呆然とシロのことを考える。

 ユキが今知っている彼とファングの、シルバーだった頃の彼に明らかな相違が存在する。ユキは思い切ってファングに訊いた。


「ファングさん、シロ君ってどう思います?」

「……シロ?」

「はい、その、えぇと……」


 どう聞けばいいのか言葉を探すが適切な言葉が見つからず口ごもるユキ。だが、ファングはそんなユキを気に留める素振りを見せず、「そういえば」と前置きしてから口を開く。


「……彼もどこかあいつに雰囲気が似ている気がする」


 ファングの何気ない一言にユキはごくっと固唾を飲んだ。やはり、ファングはシロにシルバーの面影を感じていたようである。しかし、確信には至っていないようだ。


「……でも、彼はシルバーとは性格が真逆だ」

「ですよね~」

「??」


 ファングの意見に思わず同意してしまったユキは慌てて口を手で隠して声を遮断させる。その様子にファングは首を傾げた。


「ご、ごほん。で、でもこの洞窟どこまで続いてるんですかねぇ~」


 半ば強引な話題変更であったがファングは特に気にしていないようでのってきた。案外、彼は鈍いのかもしれない。本当はもうちょっとシロの過去について知りたかったが本人がいない所で根掘り葉掘り聞くのは卑怯、というか失礼な気がした。あと彼が嫌がるだろうし。なので、今はこれ以上の詮索を止めて目の前のクエストに集中させるユキであった。



☆☆☆☆☆☆



 それからファングとユキはロックゴーレムと遭遇しながらも進むこと15分。彼らは一度休憩をとることにした。ここまでの成果は全くなし、鬼の居場所どころかエイミーの居場所の情報すら得られなかった。


「はぁ、全然何もありませんね」

「……こちらははずれだったと考えるべきか」


 手頃な大きさの石に腰かけ壁に背を預けるユキと横で立ったまま腕組みをするファングが嘆息する。洞窟に僅かばかりの松明の明かりがユキたちを照らす。


「シロ君、今何やってるんだろう?」

「……彼が気になるのか?」

「はい、まぁ……あっ! いや、べべべ、別に気にしてるって言ってもそういう意味じゃないですよ!!」

「??」


 突然、顔を真っ赤にさせ首が取れるのではというくらいの勢いで振るユキをファングはキョトンとするが焦っていた為か立ち上がろうとしたユキはバランスを崩して肘を壁に思いっきりぶつけてしまった。


 ゴンッ!


「痛っ!」

「……大丈夫か?」

「あ、はい、大丈夫です」


 反射的に痛いと言ってしまったが痛覚をオフにしている状態なので本当に痛みは皆無である。照れくさそうにはにかむユキ。しかし、ファングの視線はそんなユキに向けられていなかった。


「? ファングさん」


 様子がおかしいファングの視線を追うと先ほどユキがぶつけた壁があった。だが、ユキは自分がぶつけた箇所を見て変化を感じた。


「……凹んでいる?」


 目線の先の壁がほんのわずかいへこんでいるのをユキは確認した。しかし、これは通常ならあり得ないことである。

 通常、非戦闘時で壁、いわばオブジェクト類の破壊は出来ない設定になっているのだ。しかし、今回ユキがぶつけた壁は当たり前かのようにへこんだ、それはつまりこの壁は破壊可能であることを示しているのだ。

 ユキが思案顔を浮かべているとファングがユキをその場から離れるように言った。ユキはファングの言う通りに壁から離れ、成り行きを見守る。


「……【看破】」


 ファングは自身のスキルを使用すると首を上下左右に動かし、壁を調べ始めた。やがて十秒ほどへこんだ箇所の周囲を調べるとファングはスキルを抑え、おもむろに拳を固める。

 スゥーハァー、と呼吸を何度かして意識を集中させる。そして、最後に一呼吸空気を吸い込むとかぁっと目を見開かせて拳を壁に突き出した。


 ドゴン!!


 豪快な音とともに壁が破壊され、砕かれて石と化したものが周囲にばら撒かれる。あまりの衝撃にユキは目を閉じ、顔を手で庇うようにかざした。

 数秒してからユキが目を開くと壁には人一人が入れるほどの大きさの穴が空いていた。拳を降ろしたファングが振り返りユキを見る。最初と変わらない無感情な顔で、でも目はどこか嬉々としていてまるで新しいことを発見した子供ように爛々らんらんと輝かせていた。

 


 








 

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