第56話 探索4



 通路の中は薄暗いはあったが周りが見えないというほどでもなかった。ファングを先頭に隊列を組んで進むシロたちを無言の空間が包んでいた。しかし、沈黙に耐えられなかったのかそれとも暗い道で心細くなったのか最初に口を開いたのはユキであった。


「そういえば、シロ君たち向こうで何か見つけた?」

「いいや、全くもってなにも見つからなかった。な、フィーリア」

「えっ、あ、はい、そうですね……」


 シロに同意を求められフィーリアは少し焦りながらも答えることが出来た。シロが《神様》についてあとでユキに教えると言われた以上フィーリアが勝手にそれを口にすることは許されなかった。


「ふ~ん、そっか」


 興味なさげに相槌を打つユキであるが脳裏に通路に入る前に袖を掴んで何やら話し合うシロとフィーリアの姿が浮かんでしまう。すぐに首を横に振って浮かんだ光景を消し去る。


(って、あれ? 何でこんな胸がざわつくんだろう?)


 自らの胸にあてて考えるユキ。しかし、原因など分かるはずもなく首を傾げる。よくよく考えればフィーリアがBGOを一緒に始めた頃から度々この現象が起こることを思い出す。余計に訳が分からなくなり、疑問符を浮かべるユキであるがシロが自分を呼ぶ声がした為、考えをすぐに捨て前を見る。目の前には呆然とした面持ちでユキを眺めているシロの姿が映った。


「大丈夫か、なんか気が抜けているみたいだが?」

「あ、うん、大丈夫大丈夫」

「……そうか」


 笑いながら軽い口調で言うと渋い顔をしていたシロは顔を前に戻した。ほっ、と安堵するユキ。もしかしたら怒られるかと思っていた。

 そんなユキを後ろにシロは前を見据えつつ【察知】を意識する。初めて来る場所だけあってどこにどんな罠があるのか分からないため警戒にも力が入る。


(まぁ、ファングが【看破】を持っているから罠とかすぐに分かると思うけど)


 前を歩くファングの背を見るとそこからシロは安心感と信頼感が溢れているように思えた。すると、ファングの背を見ていたためか前を歩くファングの足が止まったのが分かった。ファングが立ち止まったるとシロも進めていた足を止める。


「……行き止まり」

「えぇ!? ほんとですか!?」


 ファングの一言にいち早く反応したのはユキである。フィーリアも困惑した顔を浮かべる。一方でシロは腕を組んで冷静にファングの後ろから前を覗いた。一方通行の道の先にいかにも分厚そうな壁がそびえたっていた。


「ここまでですかね?」

「……いや、この先にまだ道があるのが分かる」

「つまり、壊せばいいってことですか」


 両手剣を引き抜きながらシロは前を見据える。ファングの【看破】スキルで壁の向こう側が見えるということはこの壁が罠である可能性があり、壊せる可能性もあるということだ。シロとファングは互いに目線を合わせると同時に頷く。シロはユキとフィーリアにその場にいるように手で合図した。二人も意図が伝わったようでこくこくと頷いた。

 拳を固めるファングと両手剣を構えるシロは慎重な足取りで壁のほうへ近づく。罠が発生する心配をして【危険回避】を頼っていたのだがどうやら杞憂に終わったようだ。壁の前一メートルまで近づいたシロとファングであったが何かしらの攻撃、及び罠が襲い掛かる様子は見受けられなかった。その様子を感じ取ったのかシロとファングは警戒体勢を解く、シロは後方にいた二人に近づいてくるように合図すると二人も慎重になりながらもすぐにシロたちの元へと歩み寄った。

 揃った所で壁を観察する四人。一見して普通の壁のようである。試しにシロは壁の強度を確かめるようにノックする。


「ふむ、意外と固そうだな」

「……離れて」


 シロが強度を確認するとファングが拳を構えながら指示する。シロたちは素直にそれに従い少し後ろに下がる。そして、三人がちょうどいい場所まで下がるのを確かめるとファングはもはや慣れたかのように拳を壁にぶつけた。

 ズドン、と重々しい音を鳴らす壁であったが最初の扉と同様に壁には傷一つも残っていなかった。


「どうやら、最初と同じようにスイッチみたいなものがあるみたいだな」


 腕を組みながらファングの元へ戻ったシロは小さく呟く。どうやらこれも最初みたいに合言葉的なもののように開ける為の行動が必要のようだ。すると、今度はユキが壁の前に立つと大声で叫び出した。


「開け~ゴマ!!」


 シーン……


「あ、開かない……」

「それだけで開くなら俺は運営に文句言うね」


 自らの合言葉で開かないことにショックを受けるユキであるが逆にあれで開いたらゲーム的にどうなんだと思うシロであった。


「それじゃ、気を取り直して捜索を……」


 そう言ってシロは壁にベタベタと手を当て、何か開けるためのスイッチがないかと探す。シロにつられるように他の三人も周囲を捜索し始める。


 それぞれ壁の周囲を捜索すること数分が経過したがシロはこれと言った収穫が得られなかった。

 

「う~ん、何にもないなぁ」

「あ、あのシロ君……」

「ん?」


 遠慮気味な声のする方向に顔を向けるといつの間にかフィーリアが近くまで来ていた。


「どうした? 何か見つけたのか?」

「は、はい。あそこに何か文字が書いていて」


 どうやら何かを見つけたフィーリアの言葉にシロは一度皆に集合をかけると案内してもらうように頼んだ。案内された場所は壁から少し離れた通路の壁、そこに文字が額縁のような線で囲まれていた。全員でその文字を凝視する。


『パスワード:以下の数式の答えを示せ。

 5290=2 8967=4 1111=0 3214=0 1058=3 9860=5 2846=?』


「……これを解けってこと?」

「みたいですね」

「む、難しそうですね」

「面白そう」


 いかにもご都合主義な問題を目の前にしてそれぞれの反応を見せる四人。どうやらこの答えが壁を開くためのパスワードのようである。


「そうと決まればささっと正解するか」

「「「…………」」」


 シロのその言葉を合図に一斉に考え始めるメンバー。シロも問題を凝視しつつ頭を回転させる。が、一番に手を上げたのは意外な人物であった。


「ハイハイ! 私分かったかも!」

「えぇ~?」

「何でそんな心底嘘だろ、みたいな目をして私を見るのシロ君!?」


 いの一番に手を上げたユキをシロは怪訝な表情をして見る。普段の行動からしてこういう頭を使う系の問題はユキの苦手としていると思っていたからだ。だが、そんなシロとは裏腹にユキは自信があるのだろうか、ドヤ顔である。

 

「はぁ、一応聞くが答えは?」


 シロが半ば不正解だろうと、思いつつユキに答えを促した。シロに訊かれてユキは「ふふ~ん」と胸を張りながら答えた。


「答えは3!」

「その心は?」

「これは数字の中にある〇の数を示しているから!」


 シュン!


「「「……え?」」」


 突然、シロたちの目の前からユキの姿が消し去られた。あまりに唐突のことにユキを除く三人は何が起こったのか理解出来なかった。

 先に我に返ったのはシロだった。


「ユ、ユキ!? どこ行った!?」

「え、えぇ、何々? ユ、ユキちゃんどこ行ったんですか?」

「……転移か?」

「いや、転移石を持ってる様子には見えなかったけど」

「どどど、どうしましょうシロ君!!??」

「落ち着け、とりあえずチャット飛ばすから」


 動揺を隠せないフィーリアとは対照的にすぐに落ち着きを取り戻したシロはメニューからユキにチャットを飛ばした。


『生きてるか?』


 すると、すぐに返信があった。


『シロ君!? 皆今どこ!? 一体何がどうなってるの!?』


「生きてるみたいだな」

「よ、よかった……」

「……今どこにいる?」

「ちょっと待ってください」


 文面からユキも動揺しているのが分かった。シロはとりあえず落ち着くようにと今どこにいるのかというチャットを送った。数秒後、ユキから返信が届いた。


『よく分からない。でも、多分通路の中だと思う』


「通路の中っぽいです」

「……考えられるとしたら」

「えぇ、そうですね」


 シロとファングは先ほどまで凝視していた壁を見る。そしてそこには先ほどとは違う文面が映し出されていた。


『パスワード:次の漢字を読め

 阿弗利加 金糸雀 鱸』


「どうやら、この問題に正解すれば向こう側に行けるというわけですね」

「……どうやらそのようだ」


 シロとファングが互いの意見が一致すると前方でそびえたつ壁を見た。ということは、さっきの問題でのユキの答えは正解だったらしい。………意外だ。

 意外な才能を発揮させたユキに驚きつつ、シロは次の問題へと意識を向けた。次の問題は数字とは真逆の漢字の読みのようである。


「これ、全部読めますかファングさん?」

「……分からん」


 無表情だった顔が苦い顔へと変化した。ゲームしているのにまるで勉強しているようで気が滅入ったのだろう。すると、後ろのほうで問題を見ていたフィーリアがボソッと口を開いた。


「アフリカ、カナリア、スズキですね」


 シュンッ!


「あ、フィーリアが消えた」

「……正解だったみたいだ」


 目の前で転移したフィーリアを見て二人は呟く。一応、シロはユキとフィーリアにチャットを送る。


『二人とも一緒にいるか?』

『うん! なんかいきなりフィーリアが目の前に現れたからビックリしたよ』

『はい、シシ、シロ君! 急にユキちゃんが目の前に!』


 どうやら無事合流出来たようでシロは安堵する。フィーリアが若干驚いているようだがそこはユキに任せた。


「さて、次いきましょう」

「……うん」


 期せずして二人だけとなったシロとファングは次の問題を待った。壁から文字が消え、新しい文字が羅列された。


『パスワード:次の問いに答えよ

 1285年に起こった霜月騒動で平頼綱と対立した御家人の代表は?』


「今度は日本史か。ファングさんこの答え分かります?」

「……こくり」

「んじゃ、お先にどうぞ」


 シロは手でファングから答えを促す。ファングは「いいのか?」というような目でシロを見る。しかし、シロも答えを分かっているので今回はファングに譲った。


(そういえば、ファングって歴史とか好きだったな)


 ふと、昔のことを思い出すシロ。いつだったか戦国武将の素晴らしさについて永遠に語られた記憶があった。その時は無口だったファングが妙に饒舌だったのが印象的であった。

 それにこの問題は自分が答えたいというのが分かりやすく態度に出ているのを見ると笑いそうになったが何とかこらえてシロはファングが答えを言うのを待った。


「安達泰盛」


 シュンッ!


「さて、残ったのは俺だけか」


 ファングが消えたのを確かめるとシロは次の問題が出されるのを待った。すると、すぐに文字が浮かび上がる。


『パスワード:次の空所に当てはまる言葉を答えよ

( )に気をつけなさい、それはいつか( )になるから。

( )に気をつけなさい、それはいつか( )になるから。

( )に気をつけなさい、それはいつか( )になるから。

( )に気をつけなさい、それはいつか( )になるから。

( )に気をつけなさい、それはいつか( )になるから。』


「…………なが」


 問題文を見てシロは数秒考える。

 

(マザーテレサか、運営も中々の問題を出すもんだな。これ答えられる人どれくらいいるんだろう?)


 運営の難易度設定がよく分からないがシロは問題文を見て深く息を吸う。そして、一息で答えようと口を開いた。


「思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから…」


 シュンッ!


 解答を一気に滞ることなく述べたシロの姿は問題を提示した壁から消えたのであった。














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