第50話 【ウラヌス】



 開幕からロックゴーレムを一人一殺したシロとファングは悠々と前を歩き続けた。ユキとフィーリアはその後ろでトコトコとついて行く。

 前を歩くシロとファングの背中を眺めながらユキは先ほどの戦闘を思い出していた。まず、脳裏によぎるのは一瞬で移動をしたファング。前にホックの酒場で見たPvPのミルフィーを思わせるほどの高速移動、だが彼の移動速度はミルフィーよりも速い気がした。そして、そんなファングの行動を予想して真っ先にもう一体のロックゴーレムを倒したシロの判断力もユキを驚かせた。これこそ元ギルメンのなせる業なのだろうか。

 そしてユキとは違いシロの行動に疑問を感じた人物がいた。


「…………」

「あの、ファングさん。俺の顔に何か付いてますか?」

「……いや、別に気にしなくていい」

「そ、そうですか」


 ジッと自分の顔を見て来るファングにシロは怪訝な顔をする。何か言いたいことがあるのではないかと思い訊ねるもファングは否定して視線を前に向けてしまった。

 当のファングはシロから目線を外して前を向く。今までファングと組んだパーティメンバーは皆彼の行動に連携が取れなかった。しかもファング自身の無口な性格も加わって度々邪悪な空気になることがあった。そんな経験があったためファングは今回も独壇場になるだろうと想定していた。

 だが、今回たまたま組んだパーティの一人はたいして打ち合わせをしていないのに関わらず、一発で自分に合わせてきた。ファングにはそれが不思議でならなかった。


「……じー」

「えぇっと……」


 鋭い眼差しで睨んでくるファングにシロは困った声を出す。無言でその目で睨まれたらめちゃくちゃ怖いのだが。


「あの、ファングさん」


 シロがナイフのように鋭い目に睨まれていると一歩後ろを歩くユキが遠慮気味に声を出した。


「……なんだ?」

「その、ファングさんってどんな戦い方するのかなぁって思いまして……」


 先ほどの戦闘が頭から離れないユキは我慢できずにそう訊いた。シロはユキをチラッと見て、そしてファングの顔を覗いた。相変わらず無表情のままであるが特に困っている様子は見受けられない。ユキに訊かれたファングは間をたっぷりと取ってから口を開いた。


「……オレはAGI重視のSTR型、近接戦闘タイプで主に拳を使って戦う」


 そう言ってファングは自らの右腕をユキに見せる。腕全体を覆うように籠手のようなものがそこにはあった。


「……これがオレの武器である【アイアンガレット】。AGIとSTRに補正がかかっていて加えて物理攻撃のクリティカルヒットの確率がプラス20%入る」


 クリティカルヒットするとモンスターに入るダメージが増加。武器やスキルによって確率が増加したりする。

 説明を受けてユキは感嘆するように何度も頷いた。

 シロはシロでまさか武器まで教えるとは思ってなくて面喰らっていた。無口で人見知りのファングでさえ距離を近づけるユキのコミュ力の高さに改めて驚かされる。


「……それとオレはよく回避盾をすることが多いからスキルもヘイトを集めるものを持っていたりする。ボス戦ではオレが前で戦うから好きに攻撃してもらって構わない」

「へ~、ファングさん回避盾だったんですかぁ」


 ファングの説明を聞いてユキは興味津々といった表情を浮かべる。まだまだ話したいことがたくさんあるのだろう。しかし、そこでシロの一言が入った。


「お話のところ申し訳ないが……モンスターだぞ」

「あっ……」

「……」


 シロは上を指しながら言うと両手剣を取り出す。だが、ファングがそれを手で制した。


「……今後のためにも見学すればいい」

「えっ、えぇ! ファングさん一人で戦うんですか!?」


 ファングの言葉に驚きの声を上げるユキ。四人の上では体長2mくらいあるだろうニワトリみたいなモンスターが五体ほど上空でシロたちを睨んでいた


「あぁ、そういうことならじっくりと見物させてもらいます」

「シ、シロ君!? だ、大丈夫なんですか?」


 抜きかけた剣をしまいながらシロがそう言うとフィーリアも戸惑う表情をした。いくら元最強ギルドのメンバーだったからといって空を飛んでいるモンスター五体を一人で相手にするのは困難なはず。しかし、そんなユキとフィーリアの心配をよそにファングは前に足を運ぶ。

 シロはのんびりと腕を組むのに対してユキとフィーリアは不安な表情を浮かべる。ファングはボクシングと空手が混じったような構えをし、上空を睨む。


「KOKOKOOOOO!」


 ファングの睨みに気が付いたのか、モンスターが雄たけびを上げファングを威嚇する。シロは上空にいるモンスターの頭に浮かぶ名前を見る。


 ウミュードル Lv58


 ファングの上空を旋回するように飛ぶウミュードル。仲間の叫びに他の四体もファングの存在を認識し、羽を動かしてその場に留まる。様子を見ているのだろうか、はたまた一匹と戦っている間に後ろにいるシロたちを狙っているのか、それともただ単に隙を窺っているのか。シロはファングに任せると言った手前手を出すことはしないが一応の警戒だけはしておく。常時発動している【察知】と【危険回避】でどこから狙われても対応できるようにした。

 シロが一応の警戒態勢を整えると丁度ファングが頭上で飛び回っている一匹目がけてスキルを発動させた。


「……【ヘイトゲット】」


 スキル名をファングが唱えると頭上で飛ぶウミュードルを緑の光が包んだ。すると、先ほどとの警戒した顔から一変して明らかに敵対的な目をした。まるで親の仇を見るかのようだ。

 【ヘイトゲット】、相手のヘイトをスキル発動者に集めることが出来る。使うのは主に前衛で盾をする者ばかりである。これがユキに言っていたヘイトを集めるスキルなのだろう。

 ヘイトを集めたファングの頭上でウミュードルは空中を羽ばたき、前へと移った。そして、勢いをつけ鋭い嘴でファング目がけて飛び込んできた。ファングは無表情のままスピードを増してくる太く鋭い嘴を凝視する。

 スピードを増しながら突っ込む嘴をギリギリのところまで来るとファングは一気に地面を蹴った。


「「……え?」」


 ファングが地面を蹴るのと同時にユキとフィーリアが呆然とした声を出した。

 飛び出したファングは一瞬でその姿を消し、消えた相手にウミュードルも驚きの表情をする。どこへ行ったのかと首を左右に振るが姿はもちろん気配すら感じられない。


「い、一体どこに?」

「上だ」


 ユキがこぼした独り言にシロが答える。ユキとフィーリアはウミュードルの上、右腕を引き力を蓄えているファングの姿を確認した。いつの間にあそこまで移動、というかジャンプしていたのか、まるで目で追えないそのスピードに驚愕する二人。

 いまだにファングの姿を探すウミュードルは上空から落ちて来る何かに気が付いたのか視線を上にあげ、物体の把握をしようとするが時すでに遅し、ファングは力を蓄えた拳をウミュードルの頭に叩き込んだ。


「……ふんっ」

「KEEEEE!!」


 断末魔を叫び、ウミュードルは一気に高度を下げシロたちの目の前の地面に顔をめり込ませた。激しい落下音がその威力をものがっている。ファングは軽々と近くに着地してウミュードルを見る。その表情も変わりなく無であった。


「「「「KEEE!!」」」」


 一瞬の攻防でファングの危険度を認識したのだろうか他四体のウミュードルが威嚇する。見れば上空をまるで鍛えられたかのように編隊して飛んでいる。ファングは上空で佇む四体に目をつけ、再び構えなおす。ユキとフィーリアの目には気のせいか、オーラのようなものを感じた。


「……いくぞ。【ウラヌス】」


 ファングがそう呟くと足元のブーツがそれに応じるかのように光る。そして、ファングは足元のブーツが光るとほぼ同時にその場から消えた。


「「ほぇ?」」


 あまりに唐突のことに素っ頓狂な声を出す二人。唯一何の反応を示さないシロは上空を静かに見つめる。上空を飛んでいた四体のウミュードルたちは突如としてその姿を消したファングに首を傾げる。先ほどとは違い、ファングのいた場所には移動した後が見受けられない。しかし、その疑問もすぐ上で聞こえる声にかき消された。


「……【百拳連打】」


 ウミュードルたちの少し上空、そこに体から光を出して拳を構えているファングがいた。落下地点は先頭の一匹、そこに着地するタイミングを見計らって両手の拳を交互に突き出した。


「……はっ!!」


 ダダダダ、と目に見えない速度で何発もの拳をウミュードルに浴びせる。攻撃されたモンスターは一瞬でHPを全損させ消える。

 一体が光となって消えるとファングはすぐにもう一体に飛び移った。同じように着地とほぼ同時に連拳を繰り出し、相手を絶命させる。


「「「「KEEEEEEEE!!!」」」」


 あっさりと拍子抜けするほどに四体が姿を消した。だが、ファングのいる場所は上空。抗うことのできない落下が待っていた。


「ファングさん!!」


 そのまま落ちれば確実に死ぬだろう空中にいるファングの名をユキが叫んだ。フィーリアも思わず目を閉じ惨事を見るのを放棄した。しかし、そんな二人の心配をよそにファングとシロは余裕な表情を浮かべる。落下していくファング、そうやって地面に叩きつけられるだろうとユキが思った瞬間、ファングは空中で体勢を変えると何もないはずの所を蹴った。


「……ほっ、よっ、っと」


 それを数回行い、ファングは軽々と元いた場所に着地。その光景にユキとフィーリアは目を丸くし、シロは腕を組んだまま可笑しそうに微笑んだのであった。



☆☆☆☆☆☆



 何事もなかったかのようにその場に佇むファングにユキとフィーリアはどこからツッコめばいいのか分からないかった。一方でシロは先ほどの戦闘を見て変わらない強さを持つファングに安心したようなため息を漏らした。


「……?」


 ポカンとするユキとフィーリアに首を傾げるファング。自分がどれだけ常人離れしたことをしていたのか自覚がないようである。何も発さない二人に代わりシロが代弁する。


「ファングさん、さっき消えたように見えたんですけどあれは何だったんですか?」

「そう、それ!! それが訊きたかったの!」


 シロの発言にユキが慌てて同意の声をあげる。ようやく本来の調子に戻ったユキは好奇心に満ちた目をしてファングに詰め寄る。ファングは興奮状態のユキに若干引きつつ、シロの質問に応じるように口を開いた。


「……あれは、オレのUWユニークウェポン、【ウラヌス】のユニークスキルである【雷速】。これを使えば視界に入っている場所に一瞬で移動できる」

「つまり、瞬間移動のようなものですか」

「……そうだ」


 シロは努めて初めて聞いたかのようにファングに言った。ファングの足元、一見してブーツのような形をした靴がUWユニークウェポンだったと知ったユキとフィーリアは「ほぇ~」と間抜けた声を出す。

 しかし、例のごとくそのスキルにも弱点が存在することをシロは知っている。それを口にするかどうか迷ったがそれは意外にもファングの口から発せられた。


「……しかし、このスキルを使うと三秒ほど体が硬直状態になる」

「え、そうなんですか?」


 ファングの言う通り、【雷速】は使うと一瞬で移動が出来る代わりその後三秒ほどクールダウンのように身体が全く動かなくなるのだ。それによって使い方を間違えるとそれを突かれてやられてしまう、無駄に使うのは避ける品物だ。しかもこのスキル、使う代償がMPでなくHPなのでピンチになればなるほど使いにくいのである。

 【ウラヌス】に限らず、UWユニークウェポンには多かれ少なかれデメリットが生じる。じゃないとゲームバランスが崩れるからだ。シロの【双銃ダブルガン】だって使いすぎると他のスキルを使うことが出来なくなるし、【無効化アンチスキル】だって制限回数が設けられているため使い方を考えないといけない。


「で、でもすごいですね。そんな装備持ってるなんて羨ましいなぁ」


 ユキがファングの足元を見ながら小さく呟く。そのユキの反応にファングは口元は動いていないが目が笑っているのをシロは捉えた。


「あ、あの……」


 シロの後ろから遠慮気味な声が出された。声の主であるフィーリアを三人が一斉に見る。一気に視線を集めたことにフィーリアは少しばかりビクン、と身体を震わせるが質問する口を止めることはなかった。


「さ、さっき、空を飛んでいるように見えましたけど、あれは?」

「……【天駆】」

「てんく?」


 聞き慣れない単語にユキは頭に疑問符を浮かべる。まるで交代するかのようにシロが説明を引き継いだ。


「【天駆】ってのは、空中を地面を蹴るような感覚で蹴られるスキルだ。さっき、ファングさんは降りて来る時に【天駆】を使って、空中を蹴って階段みたいに着地したんだ」

「それって結構すごいスキルじゃない?」

「そうでもないぞ、【天駆】は【立体機動】の最上位スキルだから【立体機動】を鍛えればいつか使えるようになる」


 しかし、【天駆】に限らず【立体機動】のスキルは扱うのが難しいスキルに分類される。恐らく、使いこなせるのは上級プレイヤーたちのなかでもほんの一握りだけだろう。そんなことを知らないシロとファングはあたかも普通に使えるスキルと何気ない顔をしていた。


「【立体機動】ってシロ君も持ってたよね」

「あぁ、ついでに言えば昨日お前らを助けようとした時に【立体機動】を発動させていた」

「だからあんな行動を……」


 【立体機動】を持っていると普通では出来ないような身軽な身のこなしができ、昨晩のシロのように崖を駆け抜けることも出来るのだ。

 シロの説明で疑問が解消されたのであろうフィーリアは「これでいいか」とシロの視線に頷き返した。


「さて、質問タイムが終わったならさっさと行くぞ」


 シロの掛け声に三人は黙って頷き、再び険しい山道を歩き出したのであった。


 



 


 




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