第49話 行動開始
翌日、最近の天気が嘘のような晴れやかな日差しが和樹を照らす。春の温暖さがまだ残りつつ、もうすぐやってくる夏へと準備を進めている太陽がほんの少し眩しかった。かざした手をどけ、弁当に箸をつつく、今日も手製の弁当の出来に満足しながら和樹は何ら変わりない昼休みを過ごしていた。
「桜香ちゃん、お弁当の中身交換しない?」
「えっ、はい、いいですよ」
「やったー、私この卵焼き食べたい。桜香ちゃんは何がいい?」
「じゃ、じゃあ、唐揚げを一つ……」
訂正、現在進行形ですっごくいつもと違う光景が広がっていた。
「ちょい待てい!」
「ん? 何、白井君も何かおかずいる?」
和樹の右隣の雪が不思議そうな顔をしながら和樹に弁当箱を差し出す。女の子らしい小さい弁当箱の中には卵焼きやブロッコリーなど色鮮やかなでありつつ栄養が偏らないように配慮されたおかずが並ばれていた。
「おっ、いいのかそれじゃ一つ……って違う!」
珍しくノリツッコミを炸裂させる和樹をキョトン顔で見つめる雪。なぜそんなに不思議そうな表情が出来るのか和樹には理解出来なかった。
「何? どうかしたの?」
「どうかしたの? じゃねぇよ! 何お前ら普通に俺と一緒に飯食ってるんだよ!?」
いつもなら雪と桜香は女子だけのグループで昼食をとっているはず。なのに、今日は見ての通り和樹の両隣に座って弁当を食べている。これは非常によろしくないことである。
「お前ら、いつも一緒に食ってる連中は?」
「あぁ、ちょっと他のクラスの子と食べるって言っといたよ」
「私も同じようなこと言ってきました」
和樹の疑問ににべもなく答える二人。そして、仲良く弁当の中身を交換している二人を見て頭を抱えそうになる。こんなところを他の連中に見られたらどう思われるのか……考えたくない。
はぁ、と一つため息をついてから和樹は座り直した。冷静になってベーコンのアスパラ巻きを一口。塩コショウが絶妙な加減になっており、満足げに頷く。
「それで? 何で今日はここで食ってるわけ?」
「うん、ちょっとファングさんのクエストについてなんだけど」
昨晩、和樹たちはクエストをファングと共に受けることになったが色々と準備をしないといけないのでその日はクエストを受諾するだけしてあの村でログアウトすることとなった。今日の夜に、本格的に動き出す予定だ。
「あぁ、一応調べておいたぞ。《オルス山脈》についての情報を重点的に調べたがあそこに村があるなんて情報は見つけられなかった」
つまり、あの村はファングが初めて見つけたものとなる。そして、村があった場所には元々何もなかったことが掲示板などの情報で分かっている。
「じゃあ、なんであんなところで村が?」
「その答えはこれだ」
左隣の桜香が首を傾げるのを見て和樹は携帯の画面を桜香に見せる。そこにはBGO公式サイトが映し出されていた。同様に雪にも見せるとわざわざ声に出して読みだした。
「えぇっと、期間限定クエスト実装? これがあのクエストってこと?」
「あぁ、多分そうだろう。じゃないといきなり何もなかったところにあんな村が現れる訳がない」
最近行われたアップデートでいくつか新しいクエストが増えたり、先ほど雪が言ったように期間限定のクエストも実装された。あのクエストも期間限定のクエストで間違いないだろう。
「でも、新しく追加されたクエストってこともあるんじゃないの?」
当然の疑問を雪は口にする。
「いや、期間限定のクエストで間違いないだろう」
「どうして?」
「この期間限定のクエストの期限が六月半ばまでとなっている」
「意外と長いね」
「ま、そうだな。ところで、六月と言われて思いつくことはないか?」
「えぇと、梅雨とかかな?」
「それも間違いではないが、他にあるだろ、ほらエマの言っていたことを思い出せ」
「う~ん」
頭を捻りながら必死に答えを考える雪。だが、先に答えが分かった桜香が口を開いた。
「あっ、ジューンブライド?」
「桜香、正解」
「あぁ、なるほど。確かにエマのお姉さん結婚するって言っていたね」
クエストの名前も”花嫁の奪還”となっているからこれが期間限定のクエストだと判断できる。それを口にすると雪と桜香は納得したのかのように何度も頷いた。
「掲示板の状況からしてこのクエストは俺らが一番乗りのようだし、気合入れていかないとな」
「誰もクリアしてないクエストってなんだかワクワクするね」
「そうですね、でも私はエマちゃんのお姉さんを助けたいです」
「大丈夫だろ。いつもと違って今回はファング……さんもいるし」
「そうだよ。ちゃんと助けて、エマちゃんの笑顔を取り戻そう!」
誰も挑戦していないことが分かって気合を入れる和樹と雪。そして純粋にエイミーを助けたいと願う桜香。気持ちのベクトルは違えど、クエストをクリアすることに三人の気持ちは同じだった。
力強く拳を突き上げる雪に和樹は小声で話す。
「……頑張るのもいいがぜっっっったいにボロは出すなよ」
「分かってるよ。私もそこまで口は軽くないよ」
「どうだかなぁ……」
ニコッと笑う雪に和樹はジト目で見る。明るく華やかなその笑顔はどこか危なく感じ、いつ雪がファングに対して余計なことを口走るか不安で仕方なかった。
「あ、白井君。そのベーコン巻き一口」
「やらん」
「か、和樹君。私のおかず一つどうですか?」
「マジで? では、遠慮なく」
不安な気持ちとは裏腹にいつもとは違う昼休みを穏やかに過ごす和樹であった。
☆☆☆☆☆☆
「さて、来たのはいいがファングはまだか……」
夜、街でポーションなどの準備を終わらせたシロたち三人は昨日クエストを受けた村の中央にいた。例によって村の中央にはエマの姿が見えたがクエストを受諾しているシロたちの姿を見つけてもその場から動く気配を見せなかった。
そして、待つこと数分。村の入口からゆっくりとシロたちに近づく人影があった。ユキはその人影を見つけると嬉しそうに手を振って声をかけた。
「こんばんはーファングさん! 今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
「……こちらこそ今日はよろしく頼む」
ユキを皮切りに挨拶を交わすとファングはたっぷりと間を空けてから挨拶を返した。全員が揃ったことを確認するとシロは口を開いた。
「それじゃ、全員揃ったし出発しようと思うが皆準備はいいか?」
「うん! バッチリだよ!」
「私も特に問題はないです」
シロの言葉に二人は頷く。シロもポーションとかの準備にぬかりはなかった。というのも、特に今まで使う場面がなかったためアイテムボックスの中にいくつも置いてあったのだ。
そしてシロは、ファングのほうへ顔を向ける。
「ファングさんは何か言いたい事とかありますか?」
「……パーティの連携の確認をしたい」
シロが尋ねるとファングは意外と素直に意見を言った。確かにファングが入ったことでシロたちの連携も変化が起きる。それは確かめておかないといけない事案だろう。
「そうですね……ファングさんを前衛にして俺は中衛、ユキとフィーリアは後衛という布陣にしたいんですが大丈夫ですか?」
「……特に問題ない」
「ならそれで行きましょう」
【六芒星】時代にもファングは前衛として戦っていた。そのファングの援護を行えるのはシロしかいないし、ユキとフィーリアのフォローにも入ることを考えるとこれがベストだとシロは判断した。ファング自身も自分が前衛をすることに異議を唱えなかったのでスムーズに話は進んだ。
「んじゃ、行きますか」
「はーい」
「はい」
「……おう」
シロの声にそれぞれ返事をし、シロたちは再び《オルス山脈》へと向かった。
☆☆☆☆☆☆
「ハァハァハァ……」」
「ハァハァ……」
「二人とも大丈夫か?」
元気よく村から出たシロたちは《オルス山脈》の中腹に位置する山道を歩いていた。シロは後ろのほうで今にも死にそうに息を荒くしているユキとフィーリアの様子を確かめる。ファングはシロたちの少し前でその様子を遠巻きに眺めていた。
この世界のHPバー以外での体力はリアルとさほど変わりない。女子二人にはこの坂道はどうもきつそうである。
(フィーリアはともかくユキはもうちょっと体力あるほうだと思っていたんだがな…)
シロは呼吸を乱しているユキを見て思った。いつも元気いっぱいのじゃじゃ馬なイメージを持っていたのだがこれは意外な発見であり、誤算でもあった。
「すみませんファングさん。少し休憩してもいいですか?」
二人を見かねたシロはファングに許可を貰おうと訊いた。ファングは数秒遅れで頷くのを見ると立っていた二人を座らせ、呼吸を整えるように指示した。
「ファングさん、すみません。時間かかるみたいで…」
「……いい、オレがパーティに入れてもらっているんだ。ゆっくりと進めばいい」
近寄って来たファングにシロが謝罪するとファングは首を振りながらそう言った。その言葉に安堵するシロ。ファングとしてはパーティに入れてもらっている身であるためシロたちに文句は言えないし、それに久々のパーティでの行動なので早く行ってしまったらもったいない気もした。
休憩がてら周りを見渡すシロとファング。どこからモンスターが現れるか分からないため警戒しておくに越したことはない。すると、両手を地面につけて休んでいたユキとフィーリアの近くから何やら石ころがコロコロと転がっていた。
「「??」」
二人はそれを不思議そうに眺めているとそれを皮切りに一つ、二つとどこからともなく石ころがコロコロと転がる。まるで一つの意思を持っているかのように石ころたちは一か所に集まり、どんどん積み重なっていく。一定の高さに積み重なった石ころたちは、やがて一つの岩へと変化した。そして、それはまるで粘土のように形を変えていき、人のような容姿になった。
その手はまるで棍棒のような分厚く、鋭利になっており顔を近くにいたユキとフィーリアに向けた。
「「っ!?」」
「二人とも下がれ! ロックゴーレムだ!」
シロの叫びですぐに立ち上がり、その場から離れようとする二人。だが、その進行方向にもう一体の岩の人形が立ち塞がった。行き場を失った二人は武器を取り出し、相手に向ける。
「【ファイヤーボール】!」
ユキが【火魔法】をフィーリアもそれに合わせるように矢を放った。攻撃を立ち塞がっていたロックゴーレムに直撃した。
「…………」
しかし、ロックゴーレムは何事もなかったかのように立ち続ける。
「そ、そんな…」
「レベルはそんなに高くないのに」
二人の前に出ているロックゴーレムのレベルはそれぞれ53、ここ最近、レベルが43に上がったフィーリアより10も高いがレベルが60あるユキの攻撃がまるで効いてない。それこそロックゴーレムの防御力の高さの証拠である。相当レベル差がない限りロックゴーレムを一撃で倒すのはやや不可能だ。
攻撃を喰らったはずのロックゴーレムは棍棒のように分厚く鋭い手を二人に向けた。二人の顔に焦りと緊張の色が現れる。
ゆっくりとロックゴーレムが一歩目を踏み出した瞬間…
バゴンッ!
「「……へ?」」
突然、頭が粉砕されたロックゴーレムを見て二人は素っ頓狂な声を出す。頭を粉砕されたロックゴーレムは光の塵となり消える。そして、消えたロックゴーレムの背後から灰色で鋭い目つきをした男が現れる。
「ファ、ファングさん?」
まだ状況が理解出来ていないユキが呟く。何故なら、ファングがいた場所はユキたちから十メートルは離れている。そこからここまでまるで一瞬で移動したかのようにそこにいて、さらに防御力が高いとされているロックゴーレムを糸を切るかのように一撃で倒してしまったのだからだ。だが、すぐにもう一体ロックゴーレムがいたことを思い出すとユキは最初にポップしたロックゴーレムのほうに体を向けた。
だが…
「ふぅ、やっぱり固かったな……」
視線の先にはシロがちょうど両手剣を背中の鞘に納めているところだった。どうやらこちらも一人で倒してしまったらしい。どこか達成感を顔に出している気がした。
「それじゃ、先に進むとするか」
「……うむ」
シロは二人の安否を確かめると特に声を掛けるわけもなくファングと二人で再び前を歩き出した。しかし、いまだに口を半開きにさせているユキは呆然とその背中を眺めるだけだった。
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