第36話 状況確認
《ガウス街》北門場外
イベントが開始して一時間が経過した。東門の外側では多数のモンスターに立ち向かうプレイヤーたちの塊があった。その先頭に立つ赤い髪がトレードマークの男が仲間に喝を入れる。
「おらっ! テメェら、死ぬ気で戦え!!」
「死んだら強制ログアウトだっての、よっと」
レオンの喝にツッコミながらシンは普通の倍近くある大剣でモンスターの群れを薙ぎ払う。一振りで何匹ものモンスターを倒しながらも表情は涼し気である。
「けっ、このくらいでやられるような奴ならうちのギルドにいらねぇよ」
「ま、それもそっか……」
言いつつ周りを見渡すシン。しかし、イベントが開始してから一時間が経過してモンスターの強さも数も徐々に増していっている。その証拠に最初に北門から出て行ったプレイヤーたちが確実に減っていた。シンたち【
あと少しモンスターの数を減らせばラスボスが出てくるはずだからそこまで持ちこたえさせるしかない。
「ハッハッハッ! おら、かかって来いや雑魚どもが!!」
自らのバスターソードで
「……元気だなぁ」
彼の凄まじい殺意の元が意中の相手に振り向いてもらえないストレスであるということはシンだけが知っていること。何故かモンスターに同情してしまう。
多数のモンスターに囲まれているレオンを見ながらやれやれと首を振って、シンは援護へと向かった。
☆☆☆☆☆☆
《ガウス街》西門場外
「【ハイヒール】、【ハイヒール】、【ハイヒール】……ねぇ、アリスちゃん」
「なんですか?」
「私も前に……」
「ダメです」
「えぇ~、いいじゃん、ちょっとくらい」
「だって、マスターが出たらこの辺りのモンスターなんて瞬殺じゃないですか。それじゃ、他のメンバーが育ちません」
「むぅ、でもヒールばかりじゃつまんない!」
「と言っても、これだけの人数のHPとMPを管理して確実にヒールかけられるのってマスターくらいしかいないですよね」
ミクの前にはおよそ十人くらいの【
不貞腐れた顔をするミクに対して、これだけの人数を一人でヒーラーとして役割を果たしているミクに改めて感嘆させられるアリス。サブマスであり、壁役をすることが多い彼女は今回は前に出ずにミクの傍でこぼれたモンスターの処理を行っていた。
「あ~あ、アリスちゃんはそうやっておこぼれを貰えるからいいけどさ、私はこれだけの人数を一人で頑張っているのに不公平だと思わない?」
「思いません」
「アリスちゃんの意地悪!」
「ハイハイ、あと一時間くらい頑張ったら帰りにカフェでパフェ奢りますよ」
「ほんと! なら頑張る!!」
パフェに食いついたミクを見て苦笑いを浮かべるアリス。自分より年上のはずのミクがたまに妹のように感じるから複雑な心境である。
武器を持つ腕を高々に上げ、やる気を出すミクを眺めながらアリスは剣を再びこぼれたモンスターに向けた。
☆☆☆☆☆☆
《ガウス街》東門場外
「ヒャッホーイ!!」
「こら、ミルフィー! 勝手に飛び出すな、あぁもう!!」
東門場外ではモンスターの群れを各ギルドとパーティが処理するという作戦で事を構えていたがテンションが高まったミルフィーが飛び出すのを苛々した様子でエルは見ていた。
イベントが開始して一時間が経過して、モンスターの強さは増してきておりそれに伴うかのようにプレイヤーたちに疲れが出始めていた。【
ただし、一人を除いては……。
「やっ! ほっ、てい!!」
軽快なステップと軽々しい掛け声とは裏腹に放たれる音速の攻撃は次々にモンスターの体に突き刺さり光の粒子へとなっていた。それを見て苦笑いを浮かべるメンバーたち、もはや次元が違う強さを目の当たりにして同じギルメンながら恐ろしかった。
「ミルフィー! 一人で飛び出さずに一緒に行動しなさい!!」
周りの音に負けないように大声でミルフィーを呼び戻そうとするエル。しかし、その声はミルフィーまでに届くことはなく、モンスターの鳴き声とプレイヤーたちの怒号によってかき消された。
目の前のモンスターの群れに意識を集中させているミルフィー。
そのせいか、気が付かなった。
上から迫り来る危険に。
「っ!? ミルフィー!!」
いち早くそれに気づいたエルが危険を知らせようと声を張り上げるが届かない。ミルフィーの頭上では、二体の鳥型モンスターがミルフィー目がけて降下してきていた。
だが、ミルフィーは前からくるモンスターの突進を回避して【アウロラ】で攻撃する。衝撃波と言われるまでの音速の攻撃はモンスターの体をくの字に曲げ、数メートルほど飛ばしてからモンスターを消した。
そうしているうちに鳥型モンスターたちは徐々にスピードを増しながらミルフィーに迫る。距離があと一、二メートルまでときた時、それは起こった。
多くのプレイヤーたちでごった返す集団の間を縫うように二本の矢が飛んでくる。それはまるで生きているかのようにプレイヤーを避け、目的地へと向かう。
「ミルフィー! 上!!」
「ん、上?」
やっと通った声に首を傾げるミルフィー。しかし、鳥型モンスターは遠慮なく攻撃を仕掛けようと長く尖った
しかし、それがミルフィーにまで届くことはなかった。見ると二体の鳥型モンスターの頭に一本ずつ矢が刺さっていた。
「「KUEEEEEE!!」」
断末魔を叫びながら鳥型モンスターはミルフィーの頭上手前で消えていった。ミルフィーを助けようと駆け出していたエルはその光景に唖然とする。一瞬、何が起こったのか理解が出来なかった。
しかし、ミルフィーは頭上で光の粒子となっていくモンスターを見ると、一人納得顔をして周りをキョロキョロとする。やがて、目当ての人を見つけると大きく手を振る。エルはつられてミルフィーの視線の先を追いかける。すると、多くの人が入り乱れる集団の最後列、そこで微笑みながら手を振るリュウの姿があった。
その手には黒く艶のある長弓が握りしめられており、目にはゴーグルのようなものを身に着けていた。
「まさか、あそこから狙ったってこと?」
唖然として表情のままエルは呟く。リュウからミルフィーまでの距離はおよそ200メートル、それだけの距離から動いていくモンスターを他のプレイヤーに当たらないように射るなんてエルには信じられなかった。
驚くエルを他所にミルフィーはそそくさと次のターゲットを決め、武器を構える。同じギルドだった彼女からしたらそこまで驚くようなことではないということだろう。
「いっくよー!」
「あ、ちょっとミルフィー、待ちなさいってば!!」
迷うことなく前へ進むミルフィーを必死に追いかけて行ったエル。そのやり取りを苦笑いを浮かべながら他のメンバーもついて行った。
☆☆☆☆☆☆
《ガウス街》南エリア
イベントが開始して一時間が経過した。プレイヤーたちの気合の入った声があちらこちらで聞こえる。一方のシロたちは、ポップの取り合いに全力で街を駆け回っていた。
「ハァハァ、ねぇシロ君、ちょっと、きゅ、休憩しない?」
「ハァハァ……」
「……ま、いいか結構動きまわっていたしな」
「やったー」
「ハァハァ……」
シロの一言に素直に喜ぶユキに対してフィーリアは息が上がって何も喋れないない状態である。その場で腰を下ろす二人、シロは周りに異常がないか辺りを見渡して安全を確認する。
安全が確認されるとシロも街の外観用として設置されている家の壁に背を預けて、メニューをそそくさと操作した。
「シロ君、何やってんの?」
「ん、掲示板。イベントの状況とかが載ってるからその確認中」
ユキの質問に答えながらも手を休めることなくタッチしていく。掲示板には《ガウス街》の東西南北にある門外の詳細が描かれていた。そこに、昔の馴染みの名前が綴られているがそこには目もくれず現在どのくらい外のモンスターが倒されたのかを見る。
防衛戦は制限時間までクリスタルを守るか外から湧くモンスターを一定値以上倒すことによって各門外からラスボスが出てくる仕組みとなっている。明確な数は明言されていないが掲示板の情報を見る限り、あと少し倒したらラスボスが出てくるであろうと予想されていた。
シロはその情報を見るとメニューを閉じて、二人に言った。
「もう少ししたら、ラスボスが出るらしいぞ」
「へ、へぇ、ラスボスか……どんなのかな?」
「さぁな、とにかくでっかい奴だろうよ」
BGOに限らずこういったゲームの中でのラスボスと言えば、ドラゴンとか巨人とかが挙げられるだろう。掲示板でも予想スレが多くたっていた。
「さて、そろそろ休憩はいいか二人とも」
「私は大丈夫だよ」
「わ、私ももう大丈夫です……」
「ユキはともかくフィーリアはあまり無茶するなよ。こういうイベント自体初めてなわけだし」
「なんか、フィーリアにだけ優しい……」
「心配して欲しかったら、もうちょっときつそうな顔すれば?」
口を尖らせて訴えるユキの横で準備運動をするシロ。その間にフィーリアも乱れた息を整えて立ち上がる。それを確認するとシロは再び【察知】を発動させようとした、その時…
「うわああああ!!」
「「「!?」」」
突然の悲鳴に顔を合わせる三人。空に響くその声はやがて、一人から二人、二人から三人へと増えていく。あまりに不審な状況にユキとフィーリアは顔を強張らせる。一方のシロはすかさず発動させた【察知】で索敵を行った。だが、スキル効果範囲外にいるのか反応がない、仕方なくシロは耳を澄ませて声の方向を大まかに予測する。
「あっちか」
声はどうやら噴水広場あたりから聞こえる。シロは再度ユキとフィーリアを見た。二人は状況の変化に追いつけない状態に見えたが彼の視線に気づくと頷いた。
「多分、噴水広場あたりからだと思うけど、どうする? 嫌なら俺だけでも行くけど」
「ううん、私も行く。気になるし」
「わ、わ、私も行きます」
覚悟を決めたような顔つきになるユキに対してフィーリアはビクビクとしながらも意思表示をする。
「……分かった、こっちだ」
シロは二人の顔を見てからその場を駆け出す。二人もシロの背中を追いかけるように走り出した。
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