第35話 イベント開始



『午後三時を回りました。これよりイベント、【防衛戦】を開始します』


 感情が込められていない声が街中に響くと同時に遠くからプレイヤーたちの図太い声がこだました。門の近くにいたプレイヤーたちが門から出て行ったのだろう。噴水広場に集まっているプレイヤーたちも合図とともに訳の分からない叫び声を出し、その迫力にフィーリアは体をびくつかせていた。


「始まった始まった!!」

「あ~、そうだな」

「シロ君! もっとテンション上げていこうよ!!」

「お前がいなかったらもうちょっと上がってたかもな」


 一方で、他のプレイヤーたちと同じようにテンションを上げるユキと周りの迫力に物怖じるような素振りが見られないシロは呑気なやり取りをしていた。

 ひとしきり叫んだプレイヤーたちは各々行動を開始させ、徐々に噴水広場から人が減って行った。


「さて、俺らも行動するか」


 シロはそう言って、スキルを発動させる。【察知】を開幕から全開にして、モンスターがどこから現れるか探し出す。全開にした【察知】にはプレイヤーを表す赤い点が無数移動していた。だが、まだモンスターを表す緑の点が見当たらない。


「さすがに、そんなに早くポップするわけないか」


 シロは【察知】を常時発動状態にしたままにして、ソワソワとしている二人に話掛けた。


「まだモンスターが出てこないからその辺ブラブラしながら探すか」

「了解!」

「は、はい……」


 元気よく返事をするユキとは対照的にまだ緊張気味のフィーリアの声は小さい。時間が経てば和らぐだろう、と思いながらシロは二人をつれて広場を出て行った。



☆☆☆☆☆☆



 街中をブラブラと歩きながらシロは頭の中にある地図の反応を窺っていた。いつでもモンスターが現れてもいいように臨戦態勢は整えている。一方でまるで緊張感が見られないユキはフィーリアと喋りながら歩いている。恐らく、フィーリアの緊張をほぐすためだろう、または興奮が冷めずに口がいつもより滑らかになっているのだろう。


「あの、シロ君」


 噴水広場を西のほうに移動していると不意にフィーリアが遠慮気味に声を掛けて来た。


「ん? どうした?」

「その、このイベントってクリスタルを守るというゲームなんですよね」

「あぁ、そうだな」

「で、その肝心なクリスタルってどこにあるんですか? 私たち、こんな所を歩いていていいんですか?」


 フィーリアは何の目的もなくふらふらと歩くならクリスタルを守りに行ったほうがいいではないかと訊きたいのだろう。その質問にシロは説明するのが面倒だったが何も知らないフィーリアにとっては重大なことなのだろうから教えておく。


「大丈夫だよ。マップ見れば分かるけど、クリスタルは噴水広場をもう少し北にあるクエスト受容所前に設置されている。さらに言えば、そこはトップギルドの連中が守っているよ」

「そう、なんですか?」

「まぁ、確認したわけじゃないけど毎回やっているから大体同じようなものだろう」

「へ、へぇ~」


 シロの説明に納得した様子のフィーリアは何度も頷いた。色々とこの世界の事について知っておこうとする姿勢にシロは感心したように微笑みを浮かべた。すると、シロの頭の中で緑の点が数個、ぽっと現れた。


「出たぞ、二時の方向に三体の反応だ」

「よしっ、やっと戦闘だ!」

「あわわわわわ、ちゃんと出来るかな」

「ここ最近の事を思い出しながらやれば大丈夫だ。って、おいユキ! ちょっと待て、一人で飛び出すな!」


 イベントが開始して初めて見せるモンスターの反応にじっとしていられなくなったユキが走り出した。それを慌てて止めようとするシロの声が聞こえたのか数メートル進んだところでピタッと止まった。


「シロ君、二時の方向ってどっち?」

「……俺が先導するからついてこい」


 昔の癖で方角を言った自分が悪かったと頭を抱えながら、シロは二人を引き連れてモンスターの元へと向かった。



 モンスターが現れたであろう場所に辿り着いたシロたちが目にしたのは木のこん棒を持ったオーク三体を四人パーティが相手をしている光景だった。


「一足遅かったか」

「わ、私たも早く……」

「いや、待て待て」


 オークを見て飛び出そうとするユキの首根っこを掴んで参戦を阻止するシロ。


「なんで? 早く参戦しようよ!」

「慌てる気持ちも分からんでもないがダメだ。フィーリアもよく聞け、こういう時に途中から参戦するのはマナー違反になる。だから、俺らはあれには参加できない」


 MMOにおいて、他人が戦っている獲物を横から攻撃するのはれっきとしたマナー違反に繋がる。下手をするとGMゲームマスターに通報されかねない。そう説明すると、ユキも前に進もうと抵抗していた足を大人しくさせた。若干、顔は不服そうであったが。

 フィーリアもシロの説明に素直に頷く。


「ゲームを楽しくプレイするためにはお互いにちゃんとルールと礼儀を大切にしないといけない、分かったかユキ?」

「……何で私だけに聞くの?」

「お前が一番怪しいからだ」

「ぶぅ~」


 シロの言葉に頬を膨らませて不服アピールを図るユキを流し目で見て、シロは戦闘を行っているパーティを観察した。

 盾役が一人で二体のオークを相手にし、遊撃であろう二人が残った一匹を倒しにかかる。ヒーラーであろう男性が後方で戦闘の様子を見ながら盾役を重点的にヒールをかけ支援している。よくまとまったパーティの連携に感嘆した。まず、シロたちには出来ない芸当である。

 だが、順調であった戦況に変化が訪れた。


「ぐっ、やばい増えたぞ!」


 一人で二体のオークを相手していた盾役の男が仲間に再びポップしたモンスターに気づいて知らせた。現れたのはオークよりも遥かに小さいゴブリンである。その数は五体、それぞれ剣やハンマーなどを握りしめている。遊撃の二人はまだかかりそうで焦りの色が顔に出て来た。



 その様子を見ていたシロたちは互いに顔を見合わせる。ユキは分かりやすくワクワクとした顔を、フィーリアは覚悟を決めたかのような顔をシロに示した。シロはそれに小さく頷くと背中の両手剣を抜いて、目の前のパーティに声を飛ばした。


「あの! 助けましょうか!」

「おう、スマンが頼む!」


 シロの言葉に四人を代表して盾役の男性が答えた。それを聞いて、シロはゴブリン目がけて駆け出した。


「KEEEEEEE!!」


 剣を持ったゴブリンが武器を突き出し突進してくる。シロはそれを目の前まで引き付ける。勢いを止めることなく迫る剣を顔すれすれの位置でかわすとシロはゴブリンの持つ剣よりも大きい自らの武器を横に振るう。


「ふん!!」


 振られた武器はゴブリンの胴体を通過して体を分解させた。斬られたゴブリンの上半身は空中に飛びながら弾けるように光となった。


「よし、次」


 一体目のゴブリンが絶命したのを確認するとすぐに次の獲物を目視する。目の前にはナイフとハンマーを持ったゴブリンがシロを睨みつけていた。挑発的なその目に鼻で笑ってしまう。


「雑魚が、大人しく斬られとけ」


 そう呟いて、両手剣を構えなおす。二体のゴブリンも敵対的な目で足腰に力を加える。そして、今にもゴブリンが飛び出そうとしていた時、シロの頭の中でアラームが鳴り響いた。常時発動型の【危険回避】が後ろからの攻撃を知らせたのだ。


「!? うおっ!!」


 アラームが鳴った瞬間シロは急いで体を沈める。瞬間、頭上を何かが通り過ぎた。


「「KEEEEEEE!!」」


 それと同時に前にいたゴブリンが悲鳴を上げる。見てみると二体のゴブリンの体が火に包まれており、火が顔までも覆うとガラスが割れるような音とともに消滅した。

 シロが後ろを振り返ると白い短杖を構えたまま満足げな顔を浮かべているユキの姿があった。


「おいこらユキ!! お前、今の俺が避けなかったらフレンドリーファイヤーだったぞ!」

「え? あ、ごめんごめん」


 全く反省の色が見られないユキに苛立ちを覚えたが今はそれどころではない。シロは立ち上がると前を見据える。だが、シロが立ち上がると同時に後方で弓を持っていたゴブリンが、弓を引き自分を狙っていた。

 引かれた矢はそのままシロ目がけて飛ばされる。同時にシロの横を光を纏った矢が通過した。光を纏った矢のスピードはすさまじく、あっという間にゴブリンが放った矢と交差する。そして、矢を放ったまま動きを止めたゴブリンの腹に光の矢が突き刺さった。速度は緩むことなく進んだ矢は刺さったゴブリンをほんの少し後ろに飛ばし、絶命させた。



 一方でゴブリンから放たれた矢はシロ目がけて飛んだ。が、シロはそれを冷静に見極め、なんの躊躇することなく矢を斬った。斬られた矢は二つになり、そのまま光の粒子となる。

 五体いたゴブリンの内四体を倒したシロたち、最後の一匹を探すため【察知】に意識を向ける。すると、頭のなかのマップに緑の点が現れる。それを確かめるとシロはすかさず地面を蹴った。


「っ、フィーリア伏せろ!!」

「え? えぇ!?」


 シロの言葉に首を傾げるフィーリアだったが、次の瞬間目にしたのは自分目がけて飛んでくるシロの両手剣だった。

 咄嗟にその場でしゃがみ込むフィーリア。しゃがみ込んだことでシロが投げた剣がフィーリアの頭上を越えていった。


「KEEEE!!」


 すると、フィーリアの後ろの方でモンスターの叫び声が上がる。振り返るとナイフを持ったゴブリンの頭にシロの両手剣が刺さっていた。振り上げられたナイフが寂しくその場で止まり、ゴブリンの体がゆっくりと後ろに倒れ込み、消えた。


「よしっ、フィーリア、ナイスアシスト」


 それを見届けたシロは安堵の息を漏らすと伏せてままのフィーリアの元へ歩み寄り、右手を差し伸べた。しかし、フィーリアはその手をジッと見つめて、中々手を伸ばさない。その反応にシロは首を傾げた。


「フィーリア? どうかしたか」

「ふぇ!? い、いや、何でもないです……」


 と言いつつも中々手を伸ばさないフィーリアに痺れを切らしたシロは自分から手を伸ばして彼女の手を取り、立たせる。

 

「っ、あぅ」


 立たされたフィーリアは頬を赤くして顔を俯かせた。シロが何か労いの言葉を言ってくるがフィーリアにその内容は半分ほどしか伝わっていなかった。


「…………」

「何でそんなに俺をジー、と見つめてくるんだユキ?」

「べっつに~、なんでもないよ~」

「……変な奴」


 フィーリアの傍でシロを細い目見て来るユキ。シロには、その不機嫌な態度の理由がよく分からなかった。首を傾げつつシロはオークを相手していたパーティに目を向けると三体いたオークが残り一体だけとなり、今まさに遊撃を担当していた男がラストアタックを決めていた。



 男の剣がオークを斬り、断末魔を叫びながら消えていくオークを確認するとパーティは互いにハイタッチなどで勝利の余韻に浸ると壁役をやっていた男がシロたちの所にやって来た。


「いや~、助かった。あの状況でゴブリン五体は厳しかったからな、それにアンタら結構強いな」

「いえ、そちらも見事なパーティプレイで驚きました。俺ら、パーティ組んでまだ日が浅いのであんな風には出来ませんよ」


 壁役をしていた男は近くで見ると中々の巨漢で迫力満載であった。しかし、性格は気さくでシロたちに対してフレンドリーな態度で接してくる。シロも普段見せないような笑顔と丁寧な口調で男と会話する。素晴らしい猫かぶりにユキとフィーリアも唖然としていた。


「なぁに、すぐにうまく連携がとれるようになれるさ」

「そうだといいんですけど…」


 苦笑いを浮かべるシロ。自分も含めて性格のバラバラな三人が果たして本当にうまくパーティプレイが出来る日がくるのか想像がつかなかった。

 しかし、ここでそんな話をしても仕方がない。シロは適当に相槌を打って誤魔化す。相手も気持ちよく話をしていると他の三人が先を急ぐようで壁役の男を呼ぶ声がした。


「おっと、いけね、さっさと行かないと怒られちまう。じゃあな、お互い頑張ろうぜ」

「はい、頑張りましょう」


 にこやかに頷くシロに男は手を振ってその場から立ち去る。男と一緒にいたパーティメンバーもシロたちを見てお辞儀したり、お礼を述べたりして男が合流すると走り出した。


「いい人だったな」

「そうですね」

「さぁ!! 二人とも次行こうよ!!」


 五人を見ながら会話するシロとフィーリアとは裏腹にユキは早く戦闘がしたくて仕方がない様子である。


「お前な、テンション上がるのはいいけどフレンドリーファイヤーには気を付けろよ」

「は~い」

「……後ろ、気を付けとこ」


 ユキの返事に余計に心配するシロ。この急造パーティの歯車が噛み合うが本当に来るのか、シロは二人に気づかれないようにため息を漏らした。




 






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