第27話 緊急招集



「シロ君! フィーリア! おはよう!」

「昼過ぎてんだけど? あと、うるさい」

「お、おはようございます…」

「も~、そこは素直に返してよシロ君」

「こんなところで大声出されたらホックさんの迷惑だろ」

「ハハハ、いいよシロ。まだ客いないしな」


 今日の集合場所はホックの酒場。ユキの元気な声とシロのうんざりした声が店内で交わされていた。

 いつもは、噴水広場で集合している彼らであったが、いい加減、人の多さに飽き飽きしていたシロが提案したのだ。

 ログインして店に行くと先にフィーリアがいて、カウンターで小さく縮こまっていた。ホックと二人きりという状況に耐えかねていたようだ。シロが来た瞬間、ホックが安堵した表情を浮かべていたのを見て気まずさがなんとなく分かった。どうやら迂闊に集合場所を変えたのは失敗だったみたいである。

 その数分後にユキが来たことによって、場の空気が和らいだためシロも一安心した。


「よしっ、揃ったことだし今日はどこに行く?」

「《イスカ湿地帯》は? あそこモンスターレベル高めだから経験値おいしいよ」

「う~ん、あそこは足元悪いからフィーリアにはきついんじゃないか?」

「あ、そっか、フィーリア、弓矢使いだったね」

「そうだな、まだ二日目だし。そこまで簡単でもなく難しくもないフィールドといえば……」



 ガランコロン…



「いらっしゃい」

「どうも、あれ、ユキさん?」


 シロたちが今日の予定を組んでいると四人の男女が店へと入って来た。その中の一人の男がユキの姿を確認すると驚いて話しかけて来た。

 

「あれ、アッシュ君じゃん、それにみんなも……」


 ユキは声の主を確認するとどうも知り合いだったらしく後ろにいる三人にも挨拶をかわした。シロとフィーリアもその集団を確認する。


(やばっ!)


 集団の面子を見た瞬間、シロは慌てて顔を明後日のほうに向ける。隣のフィーリアはその行動に首を傾げた。ユキのほうを見るとなぜか彼女の顔にも焦りの色が出ていた。


「奇遇だね。こんなところで会えるなんて、ユキさんもイベントに向けてレベリング中?」

「う、ううん。私たちはこの子の手伝いを…」


 ユキが説明すると話をしていたアッシュは後ろにいるフィーリアの姿を見た。フィーリアは会釈するとアッシュは彼女の顔を凝視してきた。まるで何かを確かめるかのように…。


「あの、もしかしたら姫野さん?」

「え、あ、はい……」

「やっぱり、俺、同じクラスの安藤あんどうだよ。覚えてない?」

「……えっと、ごめんなさい、まだ皆の顔と名前覚えてなくて」


 フィーリアは申し訳なさそうに頭を下げるが特に気にしてないとアッシュは手を振る。アッシュがフィーリアと同じクラスということはシロとも同じクラスということになるわけだ。

 では、何故にシロは顔を背けているのだろうか? シロの事情を知らないフィーリアはさらに疑問を抱いた。

 そして、アッシュは後ろにいる仲間をフィーリアに紹介した。どうも彼らも同じ学校の人らしく、フレンドリーな感じに皆挨拶をかわした。フィーリアもキャラ名を軽く名乗って、自己紹介を終了させた。


「へぇ、姫野さんもBGOやっていたんだ」

「えっと、私から誘ったんだ」

「ま、まだ始めたばかりです…」

「そうなんだ! じゃあさ、これから一緒にフィールド行かない? 色々教えてあげるよ」


 テンションを高くしながらアッシュはフィーリアとユキを誘う。その目が下心で満たされているのを後ろにいるメンバーと話を聞いていたシロだけが分かった。グイグイ来る誘いにユキとフィーリアは困った顔を浮かべる。あと、この世界でリアルネームを呼ぶアッシュにシロはいい印象が持てなかった。この場にはホックさんしかいないとは言え、少々行動が迂闊すぎるように思える。


「こらアッシュ、二人困ってんじゃん。少し落ち着け」


 今まで黙っていた一人の女子がアッシュにストップをかける。アッシュも女子の声で我に返ったようで詫びを入れながら二人から離れた。


「ごめんごめん、つい熱くなって。で、どうかな一緒に行かない?」

「えっと、その……」


 ユキはチラッとシロを見る。視線を感じたのかシロもユキのほうに顔を向け、嫌がっている表情を見せた。彼らの視線でのやり取りに気づいたアッシュはカウンターにいるシロの姿をじっ、と視認する。


「……そこの彼は?」

「え、あ~と、シロ君。最近、一緒に行動してるの」

「ふ~ん、ユキさんのフレンド?」

「えっと、まぁ、そう、かな?」


 片言でシロを説明するユキ。そのせいか怪しさが倍増していることに気づいていない。


(バレるなバレるなバレるなバレるなバレるな)


 一方で心の中で何度も念じるシロ。シロを見るアッシュの目が敵対している目であることには気づいていた。もし、これで身バレしてユキと一緒に行動していると知られた時、シロは学校中の男子を敵に回すことになる。必死の思いで祈るのもしょうがないと言うべきだろう。


「悪いんだけど、ちょっとこの人たち借りていい?」


 明らかにユキたちと違う接し方であった。だけど、口調から彼はシロの正体に気づいている様子はなかった。それに関しては安堵である。

 完全に上から目線でシロに言うアッシュ。自分が彼より上だと確信したのだろう。

 服は初期装備で防具は地味、武器はモンスターからドロップした性能の低い両手剣、外見から見たらシロが大したプレイヤーでないことは一目瞭然であるので仕方がないのかもしれない。

 シロも誘うという選択肢が彼にはないようだ。後ろにいるメンバーもそれはどうかと思ったが、パーティを他人と組む際は打算的になる、これはMMORPGではよく言われる話だ。勿論、シロもその意見には賛成である。彼は打算的に考えたのかそれともただ単にユキやフィーリアと一緒にいたいのか、どちらにせよシロが邪魔だと判断したのだろう。


「えっと、その私たちこれから一緒にフィーリアのレベリングに行くところだから……」


 悪い空気を察したのかユキがアッシュの誘いに断りを入れる。


「なら、俺たちと一緒に行こうよ。きっと役に立つよ、それに……」


 少し、間を空けてから言葉を続けた。


「そこの彼じゃ、二人の役には立てないと思うよ」

「っ! そんな言い方……「オッケー、分かった」……シロ君?」


 アッシュの言葉に反論しようとしたユキを遮るようにシロが言葉を被せた。彼女が反論したら余計場がややこしくなりそうな予感があった。

 今まで無口だったシロが声を発したことで全員の視線を集める。


「行ってこいよ、俺は別行動するから」

「で、でもシロ君……」

『ここで面倒起こして、身バレするほうが怖いわ。それに、クラスの奴とパーティ組むならあいつがクラスに馴染めるいい機会じゃないか』


 ユキが何か言う前にシロは『個人チャット』でユキを説得する。頭の中で流れるシロの言葉にユキは、いいの? という顔をする。シロはユキを安心させるように頷いた。


「……シロ君がそう言うなら、フィーリアもそれでいい?」

「え、あ、その……はい」


 ユキに言われてフィーリアは迷う素振りを見せるがシロが目線で諭すと最後は首を縦に振った。


「よしっ! じゃあ、行こうか。悪いね、ちゃんと二人は俺が守るから安心しなよ」

「じゃあ、シロ君また今度ね」

「……」

「いってら。気をつけてな」



 分かりやすく機嫌が良くなったアッシュは二人を促して、店から出ようとする。途中、シロのほうを見て、勝ち誇ったような顔をするがシロは特に気に留めず、二人を見送った。

 店にはホックとシロだけが残り、虚しい空気だけが漂っていた。


「……いいのかい、シロ?」

「何がですが?」

「いや、あんないけ好かない野郎にユキちゃんたちを盗られて」

「盗られてって、別にあいつらは俺の所有物でもないので…」

「ふ~ん」


 ジト目でホックに見られるシロは居たたまれない気持ちになり、ジュース代を払って店を出た。



☆☆☆☆☆☆



「へぇ、それでわざわざうちに逃げて来たのか」

「いや、別に逃げてきたわけじゃ……」

「はっ! 女二人盗られてよくもまぁ、そう平気な面が出来るもんだな」

「だから、盗られてないですってば! 他のパーティに参加しただけでしょう」

「どうだかな」


 哀れな目で見られてシロはこっちに来て失敗だったかな、と自分の行動に疑念を抱いた。

 ここはジョウの店、シロが初めて防具を買った場所である。防具のメンテナンスを兼ねて訪れたのだが、状況を説明したら何故か説教をされた。

 理不尽だ。



「それで、防具のメンテに来たんだろ。さっさと見せな」

「あ、はい、お願いします」


 シロは防具を外し、メニューを操作してジョウへと渡す。ジョウも同様にメニューを操作したら目の前にシロが使っていた防具が現れた。ジョウはそれを手に取り、角度を変えながら防具を眺める。


「ま、このくらいなら一日ありゃ十分だろ。明日また来な」

「そうですか、分かりましたよろしくお願いします」

「おう、任せとけ」

「さてと、これからどうすっかな。あ、そうだ」


 シロは突然、ある事を思い出し顔を上げた。


「ジョウさん、ちょっと聞いてもいいですか?」

「なんだ、女の口説き方なら俺は知らんぞ」

「いや、別に知りたくないですし、そうじゃなくて、《神様》を名乗るプレイヤーとか知りませんか?」

「……そんな中二乙の奴いたらすぐに分かるわ」

「真面目に聞いてるんですけど、ジョウさんも知りませんか……」


 昔から情報通としてシルバーが活用していたジョウでも知らないとなるとこれは難しいのかもしれない。あの時の《神様》が一体何者なのか、最近フィーリアのことばかりで忘れがちになっていたがシロがこの世界にいる目的はそれなのだ。

 シロは利き手を顎に当て、考える。これほど情報がないとは、案外神様ってやつはNPCなのかもしれない、なんて想像まで持ち出してしまい直ぐに考えを捨てる。

 この世界のNPCはプレイヤーとのコミュニケーションはとれるがどれも決められたセリフを言っているだけ、だから《神様》のように感情を籠められることはない。



 ピロリ~♪



 シロが《神様》についてあれこれ考えていると頭のなかで甲高い音が響いた。チャットが届いた合図音である。


「誰だ? ってユキかフィーリアしかフレンド登録してないんだけど…」


 『個人チャット』はフレンド登録した相手が近くにいる場合にしか出来ず。離れている相手に連絡したい時は、こんな風にチャットを飛ばす必要がある。

 シロはメニュー画面を操作して、チャットを開く。差出人はフィーリアで内容は…



『ヘルプ』



「………」


 たった三文字の文面にシロは訝しげな表情を浮かべる。つい30分くらい前に別れたばかりのフィーリアからのSOS。一体、何が起こったのか…。


『今どこ?』


 シロはとりあえずフィーリアに今いる場所を聞く。すると、すぐに返信が返って来た。


『《ドゥームゾ森林帯》、早く助けて!』


 内容からして一刻を争うようで、シロはため息を吐く。ユキがまた面倒でも起こしたのかだろうか?


「どうした?」

「すみません。緊急招集エマージェンシーがかかったのでちょっと行ってきます」

「やばいのか?」

「状況はよく判りませんが一刻を争うようです」

「そっか、ちょっと待ってろ」


 ジョウはそう言って、店の奥へと引っ込んだ。その行動に首を傾げるシロだがジョウはすぐに戻ってくるとカウンターにドサッと黒い布のようなものを置いた。


「これは?」

「お前さん、服装があれだからな。持ってけ、AGI型に性能されてるから」

「いや、でも……」

「いいから持ってけ」


 やや強引に黒い布を押されて、シロは困惑顔を浮かべるが時間がないためありがたく受け取った。メニュー画面を開いて、冒険者の服からジョウから受け取った服に装備する。

 首から下が光に包まれて、気が付くとシロの恰好が変化していた。一言で表すなら黒装束に白い刺繍が入っている恰好だった。ぱっと見忍者である。

 シロはジョウから受け取った装備の性能を確かめる。



 アサシンメイム:DF35 AGI+25% HP+50



「おぉ、何ですかこれめっちゃいいじゃないですか!」

「そうか? 暇つぶしで作ったら出来たもんだからな」

「……はぁ、と、とにかくありがとうございます。少しお借りします」

「はいはい、さっさと行ってこい」

「失礼します!」


 シロはジョウの店を出ると街の東側にある門目指して駆け出した。



 

 

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