第15話 『シルバー』
「バ、バカな!?」
「おらよっ!」
驚きを隠せない相手に構わず、シロは左手で襟元を掴むと思いっきり投げた。STR補正がかかっている分、現実の何倍の力が加わる。
「な、なに~!?」
空中で間延びした声を出しながら『シルバー』は数メートル飛ばされ、無様に落ちた。見えないため音と草が舞うだけだ。
間髪入れずにシロは落ちた場所に向かって走り出す。勢いをつけてジャンプし、剣を突き立てて着地しようとした。
「どわっ!」
だが、相手は間一髪のところで回避。シロの剣は地面に突き刺さるだけとなった。手ごたえを感じなかったシロは付近に耳を澄ませ、相手の位置を確認する。
ちょうど相手は反撃を試みようとしているところだった。シロは剣を引き抜き音のする方を向く。相手は姿も見えないが武器も見えない、だからここは迎え打つより回避に専念した方が得策だろう。
相手の動く音で武器の軌道を読み、避ける。ブン、と空振りの音が聞こえた。通過した武器が起こした風を感じ、次の行動を予想する。
「……すごい」
後ろにいるユキはシロが繰り広げる光景に思わず見入ってしまった。自分がまったく歯が立たなかった相手に彼は互角、いや優位に立ちまわっている。
そもそも、音を聞くだけで相手の動きを読むなんて芸当はスキルを使わない限り不可能なはず。だが、今まさにシロはそれを実行していた。スキルを一つも持っていない、こんなプレイヤーがこのBGOにどれだけいるだろうか少なくともユキは誰も知らない。それくらい、今のシロは常人離れしたことをしているのだ。
「はぁはぁ……」
相手の息が荒くなる。
当たらない攻撃がどれだけの体力と集中力を削いだことだろうか。シロはこれを好機だと感じ行動を起こした。
今度は対照的にシロが『シルバー』を執拗に攻撃し始める。
「はっ!」
剣を縦に振るが相手は横に動いて回避した。次いで、足音の方向に向かって斜めに斬り下ろす。相手はそれを受け止める。
「ちっ、結構やりやがる」
「ハハハ、貴様などには負けられないのだ」
相手が後ろに跳び下がるのを感じ、シロは一旦追撃を止めた。
さて、困った。このままではジリ貧となりこちらが不利な状態に追い込まれるだろう。相手が見えないということは相手に致命傷を負わせることが出来ないということである。
シロがどうやって相手を殺ろうかと考えていると相手がボソッと何か呟いた。
「【忍び足】」
「え?」
瞬間、シロの耳に音が消えた。何も聞こえない。だが、気づいた時には遅かった。
「ごふっ!?」
脇腹に蹴られたような衝撃を感じ、気づいたら横に吹っ飛んでいた。慌てて受け身を取り、構える。
耳を澄ませる。しかし、先ほど同様シロの耳が音を拾うことはなかった。
風が顔にぶつかる。シロは慌てて、頭を下げると上から風を斬る音が鳴った。
「っ、くそ」
「はっはっは、どうだどうだ」
攻守交代、シロは完全に相手の姿を見失ってしまった。音が聞こえないということは相手との距離感すら分からない状態となってしまったのだ。
シロは適当に剣を振るが全く感触を窺えない。すると今度は、腹あたりに殴られた感触が襲った。痛覚をオフにしているため痛みは感じられなかったが自身のHPが徐々に減っていくのが目に見えた。
腹を押さえてこの状況の原因を考え出す。すると、ある答えが頭に浮かんだ。
「…隠密系スキルか」
「いかにも、これは隠密系スキルの【忍び足】。文字通り己の足音や気配を消し相手に近づくものだ」
「丁寧な説明ありがとうよっ!」
シロは声のする方に容赦なく斬りつけた。空振りの音が虚しく響く。
頭の中で状況を整理を行う。今、シロのHPの半分が尽きていた。対して『シルバー』のダメージは最初の数撃程度しか減ったいないだろう。しかも、相手は何らかの方法で姿を消している。それが果たして能力的なものなのかアイテム的なものなのかまだ分からない。
加えてさっきまで頼っていた足音をたどるという方法はスキルによって封じ込められた。まさに万事休す。後方で見守っているユキの手助けも期待できない。
さて、まず自分がすべきことはなんだろうか? シロは考える、脳をフル活用して。しかし、相手はそう易々シロの都合のいいように動いてはくれないようだ。
「ふんっ!!」
「ちっ…」
相手の攻撃が当たり、肩から斜め下に斬られた感触が伝わる。シロのHPがまた減った。再び、シロの耳が空気の流れを拾った。反射的に剣を相手が来るだろう軌道上に乗せる。
敵の武器がシロの予想通りの軌道で向かってくる。そして、勢いそのままシロと『シルバー』の武器がぶつかり合う、はずだった__
ゴキンッ!!
さっきまで聞いていた金属同士がぶつかり合う音ではなく、何かが割れ折れるような音がシロの耳に入った。
「マジかよ」
BGOの武器にはすべて耐久度というものが存在しており、一定値それが低くなると切れ味や攻撃力が低くなるのだ。シロの持っている初期の剣は長い戦闘に耐えきれず耐久度が0となって折れてしまった。
「フハハハ、もらったー!」
「シロ君!!」
シロの武器が折れたことによって勝利を確信する『シルバー』。反対にユキはシロのピンチに声を上げる。
『シルバー』は自分の武器を振り上げ、力を籠めてシロ目がけて振り下ろす。その最中、『シルバー』の目に奇妙なものが映った。
シロがはぁ、小さくため息を吐いていたのだ。
その顔はやれやれといった様子で追い込まれた者が見せる顔ではなかった。振り下ろされた武器は止まることなくシロに向かう。
シロは迫り来る敗北に対して口を動かす。
「チェンジ、【
バンッ!
「……え?」
気が付くと『シルバー』は倒れていた。映り込むのは仮想世界の青い空。
『シルバー』は倒れたまま呆然としていた。なぜ、自分が倒れているのか、なぜ自分のHPが減っているのか、突然のことに頭は混乱状態である。
顔を上げると目の前にシロが悠々とした様子で立っている。その両手に自分が見たことない形をした武器を携えて。
「な、なんだ、あれは」
「………」
シロは周りをキョロキョロと見渡していた。
それを見て相手は自分が見えていないことを再確認する。それも、スキルによって気配や足音も消している自分を完全に見失っている。
(さっきのは何かの間違いのはず、俺は最強のプレイヤー『シルバー』なんだ。あんな初心者なんかに負けるはずないんだ!!)
自分が倒れたことで冷静さを欠き、ちゃんとした判断が出来ない『シルバー』は立ち上がり、シロの正面から駆け出した。
この時、彼が犯した間違いは大きく分けて三つ。
一つ、自分が知らない武器があるのによく考えなかったこと。
二つ、冷静な判断を捨てたこと。
そして、三つ目は___
「『シルバー』を名乗ったことだ」
シロは右手に持つものを空に向けた。
そして、ゆっくりと詠唱する。
「【
バンッ!
シロの右手の武器から青白い線が放たれ、どんどん上昇する。そして、5mぐらいの高さまでくると花火のように小さく爆発した。
爆発と同時に何やら火花のようなものがシロたちの周囲に落ちる。
「うおおぉぉぉ!!」
だが、『シルバー』はそんなものに目もくれずだだ真っすぐにシロに突撃してくる。
そして、加速しながら手に持つ武器はシロの腹に刺さってPKが完了するはずであった。
「よっと」
「なっ!?」
だが、シロはその攻撃を先ほどとは打って変わっていとも簡単にかわした。
その余裕っぷりに『シルバー』は驚きの声を上げる。
「ていっ!」
前のめり状態の『シルバー』の横からシロはさらに思いっきり蹴りを入れる。
「ぐわっ」
横に飛ばされた『シルバー』だったがすぐに体勢を立て直して、今度はシロの横から攻撃を加えようと移動する。しかし、ここで彼は信じられないものを目にする。
「よう、どこ行く気だ?」
「な、何で!?」
シロは『シルバー』が動くと同時に動き出したのだ。なぜか彼は『シルバー』との間合いを詰めてきている。まるで、自分が見えているかのように。
『シルバー』は慌てて武器を突き出す。シロはそれも危な気なく避けた。訳が分からない状況に『シルバー』はとにかく武器を振り回した。しかし、シロは難なくすべてかわす。
理解不能な現実に『シルバー』は、訳が分からなくなっていた。
「何で何で何で何で!!」
「あちゃ~、パニックになってる」
まるで、駄々っ子のようにブンブンと武器を振り回す『シルバー』に対して、シロは埒が明かなくなり頭すれすれを通る武器を避けると相手の懐に入り、無遠慮にボディーブローをかました。
痛覚はオフにしているだろうが感触は伝わるため、『シルバー』は胃から何かが逆流してくるような感覚に陥ったようで膝を地面に落した。
「ぅぐ」
「さて、これで落ち着いたかな?」
上から声が聞こえ、気持ち悪さを我慢して顔を上げる。すると、目の前にとあるものが突き出されていた。
「じゅ、銃だと…」
シロが両手に携えているのは白銀と真っ黒な拳銃であった。
だが、彼が知る限りでは銃みたいなファンタジーなこの世界には似合わない存在は知らない。さらに加えて、シロのような初心者プレイヤーがそのようなものを持っていることがおかしいのだ。
『シルバー』の頭が疑問で埋め尽くされ、口に出さずにはいられなかった。
「き、貴様は一体?」
「ただの初心者だよ」
「バカな! そんな奴に我が遅れをとるわけがないのだ!」
「…その自信は一体どこからくることやら」
憐みの目で『シルバー』を見るシロ。『シルバー』はガトリングのごとく言葉を投げる。
「なぜ、我の事が見える。なぜ、我はこうなっている。なぜ、そのような武器を持っている。そもそも貴様は何者だ!」
「…そんなことよりも聞きたい事がある」
「我の話を無視するな!」
怒ってその場を立ち上がろうとする『シルバー』にシロは即座に引き金を引く。
バンッ!
「動くな」
抑揚のない低い声がシロの口から放たれる。一方の『シルバー』は足元に出来たくぼみを見て、途端に大人しくなった。その瞬間、『シルバー』に言葉に出来ない恐怖が体に走った。
「さて、まずその姿が見えなくなるネタの正体は?」
「………」
「ガチャッ」
「言う、言うから! 銃口を向けるな!」
腰を地面に下ろして、『シルバー』は重い口を開いた。
「…この力は我が眷属である【透明マント】による力だ」
「ド〇え〇んかよ」
「これを身に着ければその姿は人から認識されなくなるのだ」
「ふ~ん、やっぱりアイテム的なものだったか。で? そんなチートなアイテム、どこで手に入れたんだ?」
「それは……」
歯切れが悪い『シルバー』にシロは黙って銃を向けながら次の言葉を待つ。
「…貰ったのだ」
「ほう、貰ったとな。誰から?」
「分からん」
「ガチャッ」
「ほ、本当だ、嘘じゃない!!」
「じゃあ何か? 知らない相手からそんなチートなアイテムを貰ったってか。そんなバカな話があるか」
「本当なんだ! 信じてくれ!」
『シルバー』はキャラを忘れて口調が変わっていた。それだけ必死なのだろう。その様子を見てシロは一概に否定することが出来なくなった。
「…そいつの顔とキャラ名は?」
「きゃ、キャラ名は分からないが、これと同じような黒いマントをしていた。顔はフードを被っていたから分からん」
「ちっ、何も知らないじゃねえか」
その後、どういう状況でそいつと会ったのかを聞くと、一ヶ月ぐらい前にとある酒場で一人で飲んでいた時にその黒マントが接触してきたらしい。話をすると意外と気が合い、盛り上がったらしい。会話がひと盛り上がりした時、相手から「すごいアイテムを手に入れた」と言われたみたいである。
「それが【透明マント】ってことか」
「そうだ」
最初、それを見せられた時は胡散臭さを感じたらしい。しかし、試しに使ってみるとこれが本当に相手から見えないことが分かったのだ。
「どこで手に入れたのか訊かなかったのか?」
「訊いてが教えてくれなかったのだ」
普通、出所が分からないものなんて怖くて使えないのだが、その頃、レベル上げに苦戦していてイライラしていたこともあり、特に気にしなかったという。
「それで軽い気持ちでPKしたら、騒がれて調子に乗ったってわけか」
BGOではPKを行うことでも経験値をもらえてレベルが上げられる。しかも、普通にモンスターを倒すよりも多めに経験値が入るのでPKを専門的に行う殺人ギルドまで存在するほどだ。
それに加えて、今回の奇妙なPK騒動が掲示板などで流れているのを見て、ちょっとした有名人気分を味えたのも理由のひとつだそうだ。
「…それじゃ、なんでレベル50以上のプレイヤーは狙わなかったんだ?」
「レベル50以上のプレイヤーだとPKの耐性が付いていて、面白くなかったのだ。それに比べてちょっと慣れてきた奴らがPKに遭遇した時の恐怖の顔が面白かったから」
「下衆野郎だな、お前」
ちなみに初心者を狩らなかったのは経験値的においしくなかったかららしい。
シロは今までの話を聞いて、気分が悪くなったためとりあえず『シルバー』に向けて連続で攻撃を浴びせる。まだ聞きたいことがあったのでHPが残り2割のところまで攻撃の手を緩めることはなかった。
HPの減り具合を見て、焦る『シルバー』の顔が特に印象的だった。
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