第14話 ゴルゴンの森
ホックの酒場で情報を集めてから二日が経過した。しかし、和樹と雪は決定的な情報を掴めないまま昼休みに例の屋上で作戦会議を行っていた。屋上のフェンスから満開だった桜もほとんど散り、若葉が生えそろえて来ている木々が見える。
「も~、なんで全く何も情報が掴めないの~!」
「……」
弁当片手で大声を上げる雪に対して和樹は静かに自作の卵焼きを口に入れる。
ここ最近の成果と言えば、『シルバー』が活動拠点を《ゴルゴンの森》から移ってマップ内を彷徨っているということや『シルバー』がレベル50以上のプレイヤーを狙わないこと、さらに『シルバー』対策として中級プレイヤーたちがレベル50以上のプレイヤーを傭兵として雇ってパーティを組んでいるという情報だけ。これらは掲示板にも載っている情報なので皆が知っていることだ。
手詰まりな状態であるが和樹は次の行動プランを考える。約四日、正確には聞き込みを開始してから三日だが、ここまで聞き込みをしても実となる情報はこれっぽっちもない。そんな状態ではいくら聞き込みをしても恐らく成果は出ないだろう。ならば__
「…行ってみるか」
「え? 行くって何処へ?」
「……《ゴルゴンの森》」
☆☆☆☆☆☆
午後10時
シロとユキはPK
森の入り口付近でその外観を眺めていたシロの隣ではユキが緊張した面持ちで立っていた。
(まぁ、自分がPKされた場所なんていい気分じゃないよな)
ここで何か気の利いた言葉を投げることが出来ればいいのだがコミュ力ゼロに近いシロには難しい話である。そこは本人のメンタルの強さに頼って放っておくことにした。
「さっさと行くぞ」
「う、うん……」
シロが歩き出すと遅れてユキも足を動かす。二人はPK
森の中は薄暗く、《イジイの森》と比べて森林がいたるとこに生えていて、道もけもの道のようなものしかない。見上げれば太陽が見えないほど生い茂っている葉を持つ木々が光を隠していた。不気味なその森をシロは恐れることなく前へと進んでいく。
途中、モンスターが襲い掛って来る場面が多々あったがレベルが低かったため難なく討伐することが出来た。経験値がなかなかおいしい。
そこそこレベルを上げながらどんどんフィールドの奥へと足を運ぶ。
歩く事数分、シロとユキは森を抜け、だだっ広い草原に辿り着いた。
そこはプレイヤーたちが休憩するためのセーフティエリアである。このエリアではモンスターが入ることが出来ないためフィールドボスに挑む前などに作戦会議したり狩りに行く準備をするプレイヤーがよく利用する。
だが、今日は沢山いるはずのプレイヤーもいなかった。
「さて、ちょっと休憩するか」
「うん」
ユキは近くにあった小ぶりな石に座り、足を伸ばす。一方のシロは周囲を警戒するかのように見渡すがこれといった危険は感じなかった。道中もいつでも襲われていいように警戒していたが全くの杞憂であった。周囲の状況を確認してシロもその場で腰を下ろした。
「…何もなかったな」
「そうだね、やっぱりどっかいちゃったのかな?」
『シルバー』がもうここにはいないのかもしれないということは想定していたこと。しかし、どこに『シルバー』の正体を見破る鍵があるのか分からない。だから、ちょっとしたことにも敏感になる必要がある。
それをユキに伝えると真剣な顔で頷いた。真面目な顔で何か考えているシロを見てユキはふと、ある疑問を投げかけた。
「…ねぇ、シロ君」
「うん?」
「どうして私の頼み聞いてくれたの?」
「………」
下げていた顔を上げ、シロはユキと顔を合わせた。
ここ最近、いや、最初からユキは不思議に思っていたのだ。最初はあんなに嫌がっていた自分の頼みを今は朝、教室で寝てまで手伝ってくれている。もちろん、感謝しているしあれこれ言わない。
だが、シロは『興味が湧いた』と言っていたが果たしてそれだけでここまでやってくれるだろうか。
シロは教室でよく見る不愛想な顔を浮かべている。その表情に隠されている心意はユキには分からなかった。
黙っているシロが口を開きかけた時、その声は二人の耳に届いた。
『我が名はシルバー、伝説にその名を残す者なり』
「「!?」」
ぐぐもった声が聞こえた瞬間、シロは周囲に目を光らせた。しかし、視界に誰も映らない。
ユキは急いでマップを開いた。これは森に入る前にシロと打ち合わせしていた対応である。声が聞こえたらすかさずマップを確認して周囲に人あるいはモンスターがいないかを確認する。マップに赤い点があったらプレイヤーが、緑の点だったらモンスターがいることになる。
しかし、マップにはその両方の存在が確認されなかった。その事をシロに伝えようと口を開きかけた時、微かな風が草原を掛けた。
「シ…!?」
シロの名を呼ぼうとした時、ユキの視界にこちらへ駆け込んでくる味方の姿が映った。その手には剣を持っている。
状況が分からずユキはパニックに陥る。目の前に広がるのはまるで自分に向かって攻撃を繰り出そうとしている味方の光景だ、落ち着けという方が無理な話である。
そんな彼女に構わずシロは間合いを詰めると剣を横に振った。もはや、諦めたようにユキはギュッと目を閉じ衝撃に備えた。
キンッ!
「……え?」
目を閉じていたユキは衝撃が来ないことに気づく。同時に自分の後ろで何か金属同士がぶつかり合う音が生じた。
「くっ…」
「……」
目を開け、振り返るとシロが剣を空中で見えない何かにぶつけていた。苦渋な顔をして彼は剣を空中で留まらせている。ユキはただ呆然と彼の行動を見るしかなかった。
すると、先ほど聞こえたぐぐもった声がまたどこからか発せられた。
『ほう、我の攻撃を受け止めたのは貴様が初めてだ』
「そうかい、ならせめて姿でも見せたらどうだ」
シロは剣を押すとバックステップでユキの近くへと下がった。ユキは彼の後ろに隠れるようにその様子を見守った。
すると、二人の前で何やら空間が歪んだ。さっきまで何もなかった所から人の形をした線が浮かび上がり、みるみると黒いマントを着衣している者が現れた。
黒マントはフードを被っており顔は目だけ隠れる仮面をつけていた。身バレ対策だろうか。黒マントは口元を緩めてシロに話しかける。
「なぜ、我の攻撃を止められた?」
「簡単だ、草の動きが不自然だったんだよ」
シロは声が聞こえた瞬間まず周囲を警戒した。すると、視界に不自然に揺れる草が映ったのだ。
その動きが徐々にユキの方へと進むのを見たシロは彼女の背後に迫る何かに勘付いた。
「ほう、それだけで我を止めれるとは大したものだ」
「あっそ、で? あんたが巷で噂の『シルバー』?」
「いかにも、我こそ、伝説のギルド【六芒星】のギルドマスターのシルバーだ」
『シルバー』を名乗るその黒マントは胸を張り、自信満々といった様子だった。
そんな『シルバー』をシロは冷めた目で見ている。後ろのユキの顔が見えなかったが恐らく同じような顔をしているのだろう。
「はっはっはっ、恐ろしくて声も出せんか」
「……なぁ、その口調、素じゃないならやめてくれるかイライラしてくる」
「何を言う我は前からこの口調だぞ」
「…厨二か」
額に手を当て、溜息を漏らすシロ。どうも、無差別PK犯は病気を患っているようだ。
「さて、我の攻撃を防いだことは褒めてやるが我に目を付けられたのが運の尽きだ。覚悟を」
「あ~、その前に一ついいか?」
「なんだ?」
「お前、こいつから盗ったアイテム持ってる?」
シロは後ろのユキを差しながら訊いた。自然とユキの顔がこわばる。
「……お前の眷属の名は?」
「…眷属?」
「盗られたアイテムの名前は何かって」
「あぁ、えっと
ユキがアイテム名を言うと『シルバー』はメニューを開いた。言われたアイテムがあるのか確認しているのだろう。
「ふむ、おっ、あったぞ」
「よ、良かった、売られてなかった」
「あと、リュビの指輪は持ってるか?」
「それは……あ、何個かあるぞ」
「なるほど…」
ユキと彩夏が盗られたアイテムが奴の手にあることが判明するとユキはホッと胸をなでおろした。『シルバー』はどうやら、リュビの指輪は複数持っているようだがとりあえず全部取り返すとしよう。
シロは手に持つ剣を持ち直して、脚に力を加える。相手が会話によって張り詰めていた空気が緩むのと同時にシロは駆け出した。
「なっ!? いきなりか!」
狼狽する『シルバー』に構わずシロは剣を振り上げ、間合いを詰めた瞬間、振り下ろした。が、振り下し切る前に『シルバー』の姿が段々消えていく。剣は結果、空振りとなった。
「ちっ」
「お、お前不意打ちとは卑怯ではないか!」
「姿消して、なぶり殺しにする奴に言われたくないよ」
構えをとり周囲を警戒しながらどこからと聞こえる声に返事する。ユキはシロの邪魔にならないように後方に身を潜めた。
「くっくっくっ、これで貴様は我に攻撃することが…」
「そこか!!」
「どわっ!?」
今度は剣を横一線に振るがこれも空振りとなった。相手の声からして惜しかったようだ。「ちっ」とシロは悔し気に舌打ちすると集中し直して、次の攻撃に備える。
「な、なぜ我のいる場所が…」
「…お前バカだろ」
「…………はっ、声か!」
「ちっ、気づきやがった」
声のする方向に斬りつけてみるがこれも当たらない。話す気はなかったが相手がすぐに気づいたことに自然とまた舌打ちが出てしまう。
(…というか、被害にあった奴らこんなのにやられていたのか)
思っていたよりもバカな敵にシロは今までPKされてきたプレイヤーに呆れを抱いてしまう。
己の失態に気づいた相手は今度は静かになった。そのせいで相手がどこで自分を狙っているのか分からない状態と陥る。ユキと相手はこれでシロが困惑するものだと思った。
しかし、シロは二人の予想だにしなかった行動をとる。
「シ、シロ君?」
「………」
シロは草原の中央で目を閉じていた。構えは崩すことなくただ静かに呼吸をする。
相手が見えない状況でいくら姿を探したって無駄だ。最初にユキを襲ったように草の動きを観察したとしても相手が動き回られたら狙うことが出来ない。なら、無駄な事をしない、動かない、感じる。自分の耳だけを頼る。
「………」
シロは耳に意識を集中させた。どんなに小さい音も聞き逃さないように耳を澄ます。
自分を呼ぶユキの声、草原に吹く風、自身の呼吸音。聞こえてくる音をすべて判別し、必要なものだけを探す。いつしか、彼の耳は何の音を拾わず無音な空間と化していた。
カサッ、カサッ
無音空間にこだます、微かな音。その音はやがて自分に近づくにつれて大きくなってくる。
(右斜め後ろから横に2m移動、あと5歩くらいで俺に届く)
シロは近づいてくる音を分析、予想し右手にある剣を自分の頭付近に置く。音はシロの予想通りの方向から大きくなる。そして、相手が5歩目を踏んだ瞬間、勝利を確信した叫びが聞こえた。
「はっはっは、とったぞ!」
「シロ君!!」
相手の武器が空気を巻き込みながら襲い掛かる。その風すらシロは聞き逃さなかった。
(下から来る!)
キンッ!
「なっ!?」
「え?」
驚愕する『シルバー』。反対に唖然とした声を上げるユキが見たのはシロが目を閉じたまま体を反転させ、頭付近に構えていた剣を振り下げ、何かを受け止めたところだった。
ゆっくりと目を開け、傍にいるだろう相手に向かってシロは言った。
「捕まえた」
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