第13話 配当金
試合終了のブザーが鳴り、結果が報じられた瞬間、店内では試合を見ていた客による歓声が挙がった。一部にどこか試合結果に落胆した様子の者もいた。ホックもその中の一人である。
「おう、まい、ごっと…」
「…残念でしたね」
賭けが外れて明らかに落ち込むホックを慰めの言葉を投げかけるシロ。隣のユキは終始呆然とした顔をしていた。あまり周りに見せてよい顔ではないので声を掛け我に返りさせた。シロの声で意識を戻したユキは何がなんだか分からない様子である。
「え、何、終わったの?」
「みたいだな」
「でも、ミルフィーさんのレイピアが光だして、そしたらレオンさんが壁に打ち付けられて、それでそれで…」
「落ち着け、あれも
「あれも? じゃあ、さっきの突きも
「いいや、あれは違うよ」
後ろを振り返るとショックから復活したホックがユキの言葉を否定した。
「あれはただの突きだ」
「あれが普通の攻撃?」
「あぁ、正確にはスキル込みだけどね。【
まるで映画に出てきそうな名前だな、と内心で思いながらも黙ってホックの話を聞く。
「あれの特徴は超高速の突き、光の速さで繰り出された攻撃を避けきれる奴はまずいないだろうね」
まぁ、【六芒星】のメンバーならまだいそうだけどね、と話し終えるとホックは試合で興奮した客たちの注文取りに行った。
「すごかったね」
「あぁ、そうだな…」
呆然と呟くユキに対してシロはまるで興味がなさそうに返事をする。もっと反応があってもいいものなのだが彼はメニューを開いたまま何かを読み込んでいた。
「何読んでるの?」
「ん? 偽シルバーの情報、掲示板で何か変化ないかと思って」
そう言ってシロは画面を向ける。そこに並べられている文字を見る限り、被害状況などが書かれているのみで変化は見られなかった。これは探すのが難しくなりそうだとユキは感じた。
シロは帰って来たホックに再度尋ねることにした。
「ホックさん、偽シルバーに関することなんですけど何かありませんかね?」
「ん~、といってもな、これといった情報はまるでないからな…」
「そうですか…」
「役に立てずスマンな」
「いいえ、地道に探しますから、またなんか情報入ったら教えてください」
今回も収穫なしとガッカリするシロだが決してそれを顔には出さない。だって、そんな表情を見せたら失礼だからだ。
だから、隣であからさまに残念そうな顔をするユキに制裁を加える。
「いたっ!?」
シロはポカンとユキの頭に軽く拳骨を入れる。なぜ殴られたのか分からない様子だ。後で、きつく言って置く必要がありそうである。
用が済んだ所で退散しよう。
シロたちはホックにお礼を言って、ジュースの代金を払い店を出た。外をまた歩きだしてすぐに「そういえば……」とユキが呟いてから言った。
「シロ君、約束忘れてないよね」
約束とは賭けに手を出した際にユキの機嫌を取る為に言ったあれだろう。無かったことにするのも簡単だったがシロはそれを快く引き受けた。
「え? いいの?」
「あぁ、俺の所持金内だったら、別にいいぜ」
「わーい! やったー!」
嬉しそうに両手をバンザイさせるユキをシロはやれやれとため息を吐いた。しかし、臨時収入がなかったら奢る気なんてさらさらなかった、と過去ログを眺めながらぼんやりと考えるのであった。
『両者引き分けによる同時優勝。配当は25倍となります。払い戻しは自動的に行われます』
アバター名『shiro』 所持金74000E
レベル:30 HP:1500
STR:100 INT:40 VIT:100 AGI:90 DEX:40 LUK:40 TEC:10 MID:50 CHR:10
装備:片手剣、ジョウの防具、冒険者の服
☆☆☆☆☆☆
「ま~け~た~」
「ちっ、勝てなかった…」
人がいない闘技場の通りを試合を終えたレオンとミルフィーは歩いていた。
互いに試合の結果に悔しそうにしている。すると、決勝の選手しか入れない控室の前に一組の男女がいるのを二人は視界にとらえた。
「あっ! ミク姉ぇとリュウだ!」
「…なんだ来てたのかよ」
二人の知人の姿を見るなり駆け出すミルフィーに反してレオンは苦い顔をする。
「二人ともお疲れさま、いい試合だったよ」
「ミク姉ぇ~、レオンが意地悪して勝てなかったよ~」
「ふふ、よしよし頑張ったね」
二人を労うのはギルド【
飛んできたミルフィーをあやすように頭を撫でているのは【
「おい、意地悪ってなんだよ。どっからどう見ても正々堂々とした勝負だっただろ」
ミルフィーの言い分を速攻で否定するレオン。
「だって~、【
「お前だって【アウロラ】使ってたじゃねぇか」
「ぶ~」
頬を膨らませて不機嫌アピールをするミルフィー。それを見てミクはミルフィーをゆっくりと離しながら慰めた。レオンはミクの後ろでその光景を笑いながら見ているリュウに話を振った。
「リュウは店はいいのかよ」
「うん、他のメンバーに任せて来たからね」
「それに今日は儲けさせてもらったからね」と呟くのをレオンは聞き逃さなかった。
「…お前、賭け当てたのか」
「ふふ~ん、こう見えて経営者だからね。お金はたくさん必要なんだよ」
「え~、リュウは私に賭けてくれなかったの~?」
「ごめんね、あとありがとうね」
リュウの発言にミルフィーは自分に投資してくれなかったことに口を尖らせた。それを見ていたミクが急に顔を背けるのをレオンは捉える。どうやらミクも両者引き分けに賭けていたようだ。責められているリュウを見ながら目を閉じて申し訳なさげな顔をしてので言及するのは止めておいた
「…で? なんの用があって来たんだ?」
「あれ? 友達の応援に来るのは当然じゃん」
「それだけのためにわざわざここまで来るわけないだろ」
「…まぁ、そうだよね~」
レオンの言い分に同調するミルフィー。それに合わせてミクが口を開いた。
「レオンが今一番気になっている事よ」
「……何の事かな?」
とぼけてみせるレオンだったがそれで二人が来た理由が大体理解出来た。ニヤニヤするミクに対して睨みをかせるが彼女は構わず続けた。
「分かってるくせに、今話題のPK犯のことよ」
「あぁ、偽シル君?」
「そうそう、それで私のギルドメンバーが集めた情報だとここ最近は《ゴルゴンの森》以外にも出没しているみたいよ」
「…そうか」
「ウチにもやられちゃったメンバーがいるから情報集めているんだけど、どれも似たようなものばかりなんだよね」
「ふ~ん、一度私も会ってみたいな~」
「多分無理だろ、そいつレベル50以上のプレイヤーは狙わないらしいからな。…くそっ、コソコソと汚ぇ奴だな」
「それに最近はレベル50以上のプレイヤーと一緒に行動するといった対策をとっているからね」
レオンとリュウの言う通り『シルバー』はレベルが50以上あるプレイヤーはPKしないことが分かり、最近レベルが50以下の者は50以上ある人とパーティを組むという対策が取られるようになった。 そのおかげか『シルバー』が出現した当初と比べて被害者の数は減った。だが逆に、『シルバー』の出現スポットに変化が現れたらしい。そのせいもあって、いまだ『シルバー』の正体を掴めていないのも事実である。
「結局、情報はなしか」
「そうだね、もうちょっと調べる必要がありそうだね」
「私の方も調べてみるわね」
「あぁ、よろしく頼む」
「ねぇ~、そういえばファングは?」
三方の会話にミルフィーのおどけた声が割って入る。ここにはいないもう一人の元【六芒星】のメンバー【
「さぁ、今日は見かけなかったけど」
「はっ、どうせ修行でもしてんだろ」
「滝行なんかやってるかもね」
三人はそれぞれの言葉を述べる。真面目に答えるミクに対して冗談で答えるレオンの言葉にリュウは乗っかってきた。
さほど気にしてなかったのかミルフィーもその答えにただ「ふ~ん」と漏らしただけだった。
「あ、そうそうもう一つレオンに教えておきたかった事があったんだよね」
何かを思い出したようにリュウはレオンの顔を見た。その顔は商人の顔をしている。
「…なんだよ、言ってみろよ」
「情報料っていくらだと思う?」
レオンの言葉に悪い笑みを浮かべながらリュウは取引を持ち掛けてきた。そのやり口をよく知っているためか僅かばかり警戒する。
「まずは情報からだ、知っている情報だったら意味ないだろうが」
「まっ、そうだよね。えっと、レオンは昨日の噴水広場であった乱闘のこと知ってる?」
「いや、知らん。いちいちそんなこと気にしてないし」
「そうだよね、で、ここからが本題なんだけど……」
リュウは一度言葉を区切って、息を吸い込む。その間にレオンだけでなくミクやミルフィーまでも注目した。
「レベル70台のプレイヤー3人が初期装備のプレイヤー1人にやられちゃったって話だよ」
「……本当かそれ?」
にわかに信じられないといった表情をレオンは見せた。この世界でレベル差が50以上ある相手に勝つことは相当難しいことである。
「あ~、それ私のギルメンも見たっていう子がいるよ~」
「へぇ~、すごい子が出てきたのね」
「そいつが本当に初心者だったのか?」
「わざわざ初期装備でプレイする人がいると思う?」
言われて何も言い返せなくなるレオン。それを見てリュウは続ける。
「レオン、最近人手不足って聞いたからね。有能そうなプレイヤーの情報を流してあげたってわけ」
「…そいつの顔は見たのか?」
「いいや、でも動画は撮っていたっぽいよ」
そう言ってメニューを操作をすると画面を向ける。
そこには後ろ姿の初期装備のプレイヤーが男三人を圧倒していた。その動きは始めたばかりとは思えないほど滑らかで無駄がない。動画を見終わったレオンの顔は獲物を見つけた獣のようである。
「面白そうじゃねぇか」
「私もその子気になるなぁ~」
レオンだけでなくミルフィーまでもが動画に映る男性に興味を持った様子である。その光景を見ていたミクも微笑み浮かべている。
どうやらシロが知らない所で事が膨れ上がっているようだ。
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