第16話 神?



「さて、話の続きだけど、何で『シルバー』を名乗ったんだ?」

「何を言う、我は正真正銘の『シルバー』だ」

「…言っとくけど、皆本物と思ってないぞ」

「なんだって!!」


 いつの間にか正座させられている『シルバー』は勢いのあまり立ち上がろうとしたがシロのひと睨みで慌てて座り直した。

 

「元【六芒星】メンバーがPK犯=シルバーではないって否定しているらしいぜ」

「バ、バカな…」


 相当ショックだったのか、両手を地面につけて絶望ポーズを体現する。いや、そこまで落ち込むようなことだろうか。

 

「…まぁ、そんなことよりも本題を済ませようか」

「本題?」

「おーい、ユキ、こっち来いよ」


 シロはユキを呼ぶために振り返ると何でか彼女は呆然とした表情を浮かべていた。ユキは呼びかけられるとハッと我に返り、顔を強張らせて近寄ってくる。


「お前、盗られたアイテム何だったけ?」

白狐ホワイトフォックス

「だ、そうだ。それとリュビの指輪も持ってるだけ寄越せ」

「は、はい! 只今」


 まるで、カツアゲにあっている中学生のようなビビりぐらいでメニューを操作する。すると、シロとユキの目の前に数個のアイテムが現れた。

 『シルバー』は白狐ホワイトフォックスをユキにリュビの指輪をシロに渡した。アイテムを受け取るとユキは嬉しそうにそれをギュッと抱きしめる。

 一方のシロは警戒を解くことなく、再び『シルバー』に目を向ける。後始末をするためだ。


「ついでにそのマントもちょっと見せてくれ」

「…え~」

「ガチャッ」

「どうぞ、存分に見てください!!」


 素直に【透明マント】を差し出した『シルバー』の恰好はシロが着けている防具よりもよさげな鎧姿だった。

 マントを取ると『シルバー』の本名が判明した。本名は『シンバ』というらしい。どうやら【透明マント】はアバター名も隠せるようである。マップに表示されないのだからこれくらい当然なのだろう。



 それ以外は特に不自然なところもなく普通のマントである。シロは一通り見終わると、おもむろにそれをぽいっと上に放り投げた。それにつられてシンバとユキも首を上に向けた。

 シロは無言で銃を構えると引き金を引く。



 ババババババババ!!



「ああぁ!!」


 何十という青い弾が浮いているマントに直撃する。銃弾が当たるたびにマントは宙を舞い、地面に着地することはなかった。

 そして、マントに無数の穴が空きハチの巣状態となるとガラスが割れたような音が鳴り、光の粒子となって消えた。耐久度が0になったのだろう。

 

「ふぅ、これで終わりっと」

「あぁ、俺の【透明マント】が…」


 やりきった顔をするシロとは対照的に暗い表情を浮かべる『シルバー』もといシンバ。

 ショックのあまり顔を落としたシンバがぼそり、と何か呟いたのがシロの耳に入った。


「ん? 何?」

「お、お前!!」

「あらよっと」


 散々、好き勝手やられて堪忍袋の緒が切れたシンバは腰に備えているバスターソードを引き抜くとシロに斬りかかった。しかし、シロはいとも簡単にそれを避けるとカウンター気味に顔面に拳をくらわしてやった。

 顔面にクリーンヒットした拳はシンバのHPを少し減らして、本人を大の字に倒れさせる。倒れたシンバは呆然と空を見上げ、声を荒げて叫んだ。


「何で! 何で俺がお前みたいな初心者に! お前は何で俺の邪魔をする! 俺が何したってんだ!?」

「おぅ、開き直りやがった」


 シロは急変したシルバの態度に抑揚のない声で驚いてみせるがそれが本当に驚いてないことはすぐに分かる。

 シロはザクザクとシンバの顔を見下ろすところまで移動すると例のごとく銃を向ける。そして、先ほどシンバが口にした疑問に答えるために口を開いた。


「確かに、BGOじゃPKの規制は特にされていない。PK専門のギルドだってあるしな、このゲームでの楽しみ方を人それぞれだ」

「じゃあ、「でも…」」


 シンバの言葉に重ねるようにシロは自分の言葉を続ける。


「でも、お前が『シルバー』を名乗っていることが気に食わなくなったんだよ」

「はあ?」


 シロの言葉にシンバの頭にクエスチョンマークが浮かんだ。シンバだけでなくユキも同様に疑問が生じた。

 シロはシンバが『シルバー』を名乗ることが気に食わなかったと言っているが、そもそも彼はこのPK事件に関しては全くの無関係のはずだ。それが、何故か彼シンバに対して怒りのようなものを抱えている。その理由がユキには分からなかった。

 ユキの疑問に答えるようにシロは話を続けた。


「最初は『シルバー』を名乗ることだからどんな奴だろうかって気になったんだけどさ、まさか、こんな陰険な奴だとは思わなかったよ。もっと腕が立つ奴だったら文句なく二代目『シルバー』を襲名してやろうかと思ってたけどな」

「…え? 二代目? 襲名?」


 シロの言葉をよくかみ砕いて頭に取り入れるシンバ。要所要所の言葉の意味をよく考え、彼の言った台詞をもう一度リピートさせる。

 そして、シロの言った言葉の意味を汲み取ると、ある一つの答えが脳裏に浮かぶ。


「……っ! まさか!?」


 瞬間、シンバの体に雷が落ちたような衝撃が走った。

 その衝撃の正体は恐怖。知ってはいけないことを知ったような、怒らせてはいけないものを怒らせたような、そんな畏怖の感情が彼を支配する。

 震える声でシンバはシロに問う。出来れば嘘であってほしい、そう願って。


「お、お前が、で、伝説の…」


 震える声で最後まで言おうとしたがシロの小さな微笑みを見て自身の考えが正しいと確信した。


「お前がほ、本物のシルバー?」



☆☆☆☆☆☆



 BGO内にはいくつもの伝説が存在している。その伝説のほとんどがギルド【六芒星】のものである。彼らはBGO稼働時から活動しており、構成人数は六人。

 【絶対強者シャークヘッド】のレオン。

 【閃光スピカ】のミルフィー。

 【師匠ヘラクレス】のファング。

 【店長ヘパイストス】のリュウ。

 【深藍の魔女ラピスラズリ】のミク。

 彼らは現在のBGOでも知らぬ者がいないような強者だ。そんな彼らをまとめていたのがギルドマスター【大罪チーター】のシルバー。

 その強さはまさにBGO内歴代最強。誰も彼には勝てないとまで言われていた。


 


 そんな相手が今、銃を構えて自分の前に立っている。その事実はシンバは体を震えさせるに十分だった。

 シロは銃を構えたままシンバを無言で見下ろしていたが後方で待機していたユキの方に顔を向け、声を掛けた。


「どうする? ユキ」

「え?」


 突然のシロの言葉にユキは思わず聞き返してしまった。彼が一体何も聞いているのかが分からなかったのだ。


「え? じゃないよ、こいつの始末をどうするのか訊いてるんだよ」

「わ、私が決めるの?」

「そもそもお前の頼みだったんだしな。お前が終わらせるのもあり、俺が終わらせるのもありだ」

「………」


 シロの問いに考え込むユキ。数秒、場に沈黙が流れる。


「わ、私はアイテムが取り返せたから……」

「よし、じゃ、俺が殺ろう」

「殺られることは絶対なのか!?」

「冗談だ、本当にそれでいいんだな?」

「………うん」


  シロは確認に頷くユキの反応を見て銃を腰にあるポケットのようなものにしまった。シロが銃をしまったのを見るとシンバはホッと安堵を漏らす。

 だが、次の瞬間、シロはシンバの胸ぐらを掴むと顔を近づけた。


「いいか、今日、お前は偶々PKしようとした相手に返り討ちに遭った。相手の名前なんかの詳細は一切把握してない。仮にもシルバーなんかに会ってない、分かったな?」


 冷たく感情を相手に読ませない声でシロはシンバに釘をさしておく。その言い表せない気迫にシンバは顔を青ざめながら何度も首を上下に動かした。

 それから一応であるが確認をしておくことがある。


「メールもテメェの仕業か?」


 ぼそり、とシンバにしか聞こえない音量でシロは訊ねる。しかし、その質問にシンバはきょとん、とした表情を浮かべた。シロは注意深く観察するが、彼が演技をしているようにも見えなかった。それに、もし彼がメールの送り主だったらシロの正体を知っていることになるため、あのような醜態を晒すこともないだろう。


(こいつは白か…)


 用も済んだことでシロはシンバを掴んでいた手を離した。


「じゃ、さっさと行け」

「は、はい!!」

「せいぜい、PK犯とばれないようにな~」


 去りゆく背中に間延びした声を当てる。そして、連続PK犯『シルバー』ことシンバはセーフティエリアから姿を消した。

 これにて一件落着、となったらよかったのだが…。


「シ、シロ君…」


(問題はこいつだな…)


 振り返ると細い指揮棒のようなものを未だに両手で覆っているユキが何かもの言いたげな表情をしている。


「シロ君が、その、本物のシルバーなの?」

「………」


(果たして、それは演技なのか、それとも素なのか…)


 ユキの質問にシロは黙秘を一瞬だけ試みるも先ほどまでの会話を聞かれている以上、無駄な抵抗である。シロもここは観念したような素振りを見せる。訝しげにユキを見ながら口を開いた。


「…昔のことだ」


 それだけ、その七文字の言葉の中に含まれている心意をユキが完全に読み解くことはなかった。しかし、シロがこれ以上の会話を好んでいないことだけはなんとなく察した。

 それ以上、彼は何かを話すことはなかった。沈黙が二人の間に流れる。ユキは間が持たなくなったのを感じ何か言おうとした時に気づいた。

 シロの目が急に険しいものへと変わったのを…。


「シロく…「誰だ?」…え?」


 発言の意味が分からずユキは彼の顔を見る。しかし、シロは至って真剣な表情である。


(一体、彼は何を言っているのだろう?)


 そんな疑問がよぎったが答えはすぐに判明した。


「へぇ、凄いね、どうしてわかったんだい?」


 急にシロの後ろにあるセーフティエリアに生えている木の影から声が出ているのがユキの耳に入った。若い男の声だ。そして瞬く間に影の中から人が現れた。

 その人物はさっきのシンバが身につけていた【透明マント】とよく似ているマントを羽織っており、顔は確認できない。


「なっ…!」


 突然のことに、ユキは僅かに頭が混乱へと陥った。だが、対照的にシロはいたって冷静である。


「隠れる気があるならもっと気配を消すスキルでも取ればいいだろうよ」

「ハハハ、さすが伝説のトッププレイヤーシルバーだよ。スキルなしで気配を感じるなんて普通出来ないよ」

「照れるじゃんやめろよ」


 全く照れている様子ではないがシロは突然現れた相手と対峙してそう言い放つ。


「で、お前誰? いつからいたの?」

「う~ん、君がそこにいるお嬢さんに向かって剣を振ったところからかな?」

「最初からじゃねぇか」

「ハハハ、でも、凄かったね。まさか、【透明マント】を壊されるなんてね、予想外だったよ」

「なるほど、テメェが黒幕か」


 シロは腰にある【双銃ダブルガン】を相手に向ける。しかし、相手は臆することなくただ嬉しそうに口元を緩めるだけだった。

 その表情にシロは謎の不気味さを感じた。


「よくあるだろう、秘密を知った人間は消される的なあれ」

「あ~、あるあるって消されるの僕の方か」

「…随分と余裕そうじゃないか」

「そんなことないよー、よく分からない武器を相手にするのは不気味なものだよ~、出来れば見逃してほしいよ~」

「見逃したら掲示板とかに載せるだろ」

「載せないよ~、だから、お命だけは~」


 まるで緊張感を感じないふざけた言い方にシロのイライラは積る一方である。だが、努めて冷静に相手の力量を見極めようとしている。

 シロは出来ることなら相手に自分の正体をばらせないと確証を得てから殺ろうと思っているのだが、今、目の前にいる相手に果たしてそこまで出来るのだろうか。ハッキリとした自信が持てなかった。


「…お前は何者だ?」

「…なんだと思う?」


 変わらずふざけた言い方で煽るような態度でシロに接する。そんな二人の間に不穏な空気が漂い始める。


「ちなみに、メールの相手もお前か?」

「メール?」


 問いかけに反応を示したのは、マント男ではなくユキのほうだった。その反応にシロは目線だけを向け、再び相手へと戻した。

 相手は相変わらず顔が見えないがどこか疑問顔なような気がした。


「あぁ、あれねそうだよ。その通りだよ」


 まるで思い出したかのように、マント男は言う。そうなると、ユキはシンバ同様白ということになる。だが、それは今は関係ない。目の前のことに集中するシロ。

 刹那、両手の銃が火を吹いた。

 青い弾丸がマントのプレイヤー目がけて二発飛ぶ。そのまま進めば二発の弾丸は見事なヘッドショットを決めるはず、だった__



 パキッパキッ



「なっ…」


 シロは驚愕の声を上げる。二発の弾丸は相手の眉間の手前で小枝が折れるような音を出して消えてしまった。弾道は完璧、相手が何らかのスキルを発動させた様子も感じなかった。

 シロはもちろん、後ろにいるユキもその姿に困惑していた。


「…本当に何者だお前?」

「んん~、そうだね~敢えて言うなら、神、かな?」


 マヌケそうな声とは裏腹にその言葉が決して虚言ではないとシロは感じた。


「生憎、神様とか信じてない」

「あっ、そう? 残念」


 子供のようにマントの人物は楽しそうな声色から一転してしょぼんとした声を出す。シロは第二撃を放つべく狙いを定める。しかし、よく見ると相手の足が徐々に地面に沈んでいっているのが確認できた。


「んじゃ、僕はそろそろおいとまするとしよう」

「待てよ、人の秘密を握っといて逃げる気かよ。趣味悪いぞ」

「大丈夫大丈夫、掲示板とかには流さないから」

「信用できるかよっての!」


 シロは沈む行く相手に向かってバンバン、と攻撃するが先ほど同様、当たる寸前で弾丸は消えてなくなる。やがて、神を名乗るその相手は足から胴体、そして頭を最後に残して沈んだ。

 最後まで正体が分からなかった謎の人物。シロはじっ、と彼が沈んでいった影を眺め続けた。


「………」

「………」


 その場に残されたのは何とも言えない空気であった。正体不明の相手の登場でシロとユキは互いに首を傾げるだけだった。

 だが、それとは別にシロの心に言いようのない衝動が込み上げてきた。

 それは三年前、毎日のように感じていた衝動。未知数な敵、自分の知らないスキルとアイテムを用いて戦ってくる敵、それらと対等に渡り合うこの興奮。


(あぁ、懐かしいなぁ……)


 シロは今だ呆然とするユキを他所に早まる鼓動の音を聞きながら口元を緩めたのであった。 



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