第9話 レベル上げ
シロたちが到着したのはよく整備された森だった。ちゃんと道もあり、よく周りを見渡せるような初心者にはもってこいのフィールドだった。モンスターが出てこない道を歩いているとユキはシロのお使いを思い出した。
「そうだ、はいこれ、買っておいたポーションね」
「あぁ、サンキューな」
ユキはメニューを開いてシロに【ライフポーションⅠ】と【マナポーションⅠ】を渡した。残った1000Eもちゃんと返す。【ライフポーションⅠ】は自分のHPを100回復させ、【マナポーションⅠ】は自分のMPを100回復できる。二種類、それぞれ10個ずつをシロはアイテムボックスにしまう。
「シロ君も防具買えた?」
「あぁ、いいのが買えた」
そう言っているシロの体にはジョウから購入した赤褐色の防具が装備されていた。急所しかカバーされていないがその分軽く、しかも防具自体は硬い、それに着心地もいい。まさにシロにぴったりな防具である。
「それなんて防具なの?」
「え? あ、そういえば見てなかった」
「もう、そういうのも大事なんだよ」
「はいはい…」
言われながらシロはメニューを開き、防具についての情報を見る。
ジョウの防具……DF50、VIT+50、ジョウが作った体装備。
「…ネーミングセンスねぇな」
「はは、そう言わないの。性能はいい装備じゃん」
ジョウのネーミングセンスはさておき、シロたちは歩いていると目の前に兎らしき耳が長いモンスターが現れた。大きな黒目でシロたちを見つめる、その可愛らしいモンスターをよく見ると名前が浮かび上がってくる。…フォレットラビット、それがモンスターの名前らしい。
「きゃー! 可愛いー!!」
ユキはその可愛らしい容姿にメロメロのようだ。シロもそのモフモフの体毛を撫でまわした衝動に襲われるがぐっと我慢して背中から剣を抜く。剣先を兎に抜けると兎は勢いよくシロに突っ込んできた。
「KYUUUUUUU!!」
唸り声をあげながら襲い掛かる兎にシロは軽く三回剣を振る。兎の白い体毛に一筋の線が三つ描かれると兎は光の粒子となって消えた。兎が消えるとシロの視界に文字が現れた。
『レベルアップ!! 1→3』
「簡単にレベル上がるな」
「まぁね、レベル30ぐらいまではクエスト受けずにモンスターだけ倒していけば簡単に上がるよ」
さらにユキは、「レベルが上がってもステータスにステータスポイントを振っておかないと強くなれない」と付け加えた。さっそく、シロもステータスポイントを振ることにする。ステータス画面を開くと、
STRは物理攻撃の上昇、INTは魔法攻撃の上昇、VITはHPや物理、魔法攻撃の耐性の上昇、AGIは攻撃速度や行動速度が上がり、DEXは命中率や生産の成功率の上昇する。これは、主に遠距離から攻撃する人たちに重要のようだ。LUKはアイテムドロップ率の上昇、TECは生産の質が上がる、MIDは異常状態の耐性がつき、CHRは調教系のスキルの成功率が上がるらしい。
シロはレベルアップしたのと初心者特典としてのステータスポイントが合わせて13ほどあった。とりあえず、STRとVIT、さらにAGIに均等になるように振っておいた。
「さて、んじゃもっと奥に行くか」
ステ振りを終えたシロは抜いた剣をそのまま持ち、ユキと共に森の奥へと進んでいった。
☆☆☆☆☆☆
森の奥に進むにつれてモンスターの数もどんどん増え、それを倒していくとシロのレベルは10まであがっていた。モンスターの強さもあがっていたが問題なくレベリングが出来たようだ。蛇型モンスターの体に剣を突き刺しながらシロはある疑問を浮かべた。
「そういえば、お前はレベルどのくらいなんだ?」
終始、シロの後ろから眺めていたユキにシロは訊いた。ユキは1ヶ月だけとはいえ、シロよりもBGOをやっているいわば先輩である。装備から見ても高レベルなのだろうと推測できる。シロに聞かれて、ユキは待ってましたと言わんばかりに胸を張って答えた。
「今の私のレベルは……47だよ!」
「…へ~」
「む、なんか反応薄い~」
シロの反応の薄さに頬を膨らませるユキ。実際、始めて1ヶ月で50台に到達しそうなのは中々成長が早いと言える。
しかし、シロはそこまですごいとは思わなかった。
「ところで、お前見ているだけでいいのか?」
「え、あ~、その…」
歯切れの悪いユキ。そんなユキをじっと見ながらシロは素早く頭を回す。回転する頭がある答えを導き出した。
「……お前、武器取られたのか?」
「っ!!」
ビクンっ、と体が跳ね上がる。その反応が答えだったようで、シロは露骨にため息を吐く。ユキが『シルバー』から取られたのはどうやら武器のようだ。
「はぁ、代わりの武器とかないのか?」
「…ないよ。あれお気に入りだったんだから」
「俺は武器一個のためにこんなところに来てしまったのか…」
「まぁまぁ、頑張ってよ。か弱い女の子の頼みなんだから」
「あー、そうですねー」
「なんで棒読みなの!」
シロの態度にむくれるユキ。そんなユキを傍目にシロはどんどんモンスターを倒していく。さすが初心者用のフィールド、そこまで手こずるモンスターも出てくることなくレベルも順調に上がっていった。
とりあえず、目に入る範囲のモンスターを片付けたシロは剣を背中に収めた。ふと、シロはメニューを開き、時刻を確認する。もうすぐ日付が変わろうとしていた。メニューを閉じ、ユキの方を振り返る。
「そろそろ終わりにするか」
「え、もう終わるの?」
「お前な、今何時だと思ってんだ」
言われてユキも時刻を確認する。しかし、すぐにシロを見て一言。
「まだ0時じゃん」
と、なんでもないかのように言った。その発言にシロは唖然とした。明日も学校があるし、今から課題や授業の復習や予習をして早くとも1時間以上はかかるだろうにユキはまだゲームをする気のようだ。
「…課題やったのか?」
「いや、まだだけど?」
「明日学校だぞ」
「だから?」
「………」
(いや、これが普通なのか? これが一般的な高校生というものだろうか、なんて不健康な生活しているんだか)
「シロ君?」
ユキの声で我に返るシロ。ゴホン、と咳払いを一つして気を取り直してシロは言った。
「明日も学校だし、今日はここまでな」
「え~、まぁ、いいけど…」
ユキは不服そうな顔をしたがシロの言い分も一理あるため渋々引き下がった。シロはまるで駄々をこねる妹を宥めるような気分に陥る、一人っ子だが…。
「で、ここでログアウトした場合、また始めたらここになるのか?」
「うん、そうだよ」
「んじゃ、明日は街で情報収集したいから一旦街に戻るか」
「ハーイ」
ユキは元気な声で返事すると上げていた右手を曲げて、敬礼ポーズをする。ついでにウインクを織り交ぜていた。…あざとい、と眉を曇らすシロ。
気にしないように街に戻るために来た道を逆走する。シロが歩きだすのを見てユキも隣を歩く。シロのBGO一日目はこうして終わった。
アバター名『shiro』 所持金3000E
レベル:10 HP:1100
STR:60 INT:10 VIT:60 AGI:50 DEX:10 LUK:10 TEC:10 MID:20 CHR:10
装備:片手剣、ジョウの防具、冒険者の服
☆☆☆☆☆☆
和樹は机に頭を付ける寸前で意識を取り戻した。
教室では今日も平和にクラスメイトたちがお喋りに明け暮れている。だが、和樹にそんな平和な時間を感じて和んでいる場合ではなかった。誰にも気づかれないように欠伸をする。昨夜、BGOからログアウトした後学校の課題と授業の予習、復習をしてすぐに寝たが朝食と弁当を作っている和樹の起床時間から引いたら睡眠時間は4時間程度となった。
「完全に寝不足だな」
言ってからまた欠伸をする和樹。授業開始までまだ時間はある、ちょっとだけ寝ておこう、これでは授業に支障をきたす、と判断した和樹は教科書をしまって机に突っ伏す。それとほぼ同時に教室の扉が開かれる音がした。
「おっはよー、シロ…「ちょっと来い!」どわー!」
教室に入るなりいきなりアバター名で和樹を呼んだ雪の腕を引いて教室から出て行く和樹。その様子に何事かと周りはざわついたが雪が呼んだアバター名までは聞こえなかったようだ。
慌てて教室から飛び出した和樹は屋上へとやって来た。息を切らしながら和樹は雪を睨みつけるが当の本人は何をそんなに怒っているのかという目をして和樹を見ていた。
「お前バカなのか!! いや、バカだろ絶対!!」
「え、何、どうしたの一体?」
「どうした、じゃねぇよ! 何普通に俺をキャラネームで呼ぼうとしたわけ!?」
一般的にMMOなどでキャラネームをリアルで呼ぶことはあまりない。リア友同士なら問題ないだろうが和樹はまわりにはBGOをやっている事を伏せているため余計にダメである。
きょとん顔の雪に和樹は怒りがまた湧いてくるがここで自分がキレてはだめだと言い聞かせ、冷静になる。そして、雪に諭すように話しかける。
「いいか、うちのクラスにBGOやっているやつがいるだろう」
「うん」
「もし、お前が俺の事を教室で『シロ』と呼んで、クラスのやつにプレイ中に遭遇したらどうなる?」
「えっ、あ…」
「やっと気づいたか。小学生でもわかるだろうに…」
「うぅ、ごめんなさい」
「……分かったんならもういいよ」
やれやれと首を振る和樹に対して肩をしぼませて小さくなる雪。自分でも甘いと思うが本人が反省しているようなのでこれ以上は言えない。
そもそも、クラスカースト最上層の雪と底辺に近い和樹が仲良く話している時点で十分怪しいのだが、それはもう言ってもしょうがないことなので黙っておく。
「分かったのならさっさと教室に戻れ」
「シ、…白井君はどうするの?」
「お前が戻った5分後ぐらいに戻る」
「どうして?」
「…そっちのほうが都合がいいから」
「はあ…」
和樹の言葉に疑問顔をする雪だが大人しく和樹の言うことに従う。屋上から出て行く雪を見送って、和樹はフェンスを背に座り込んだ。昨夜と今しがたの出来事に正直疲れた。和樹はゆっくり瞼を閉じると意識を手放した。
「…君、白井君」
「うぅん?」
目を開けるとなぜかさっき屋上を出たはずの雪の姿があった。覚醒しきってない頭で現状を把握しようとする。しかし、目の前にいる雪がなぜいるのかは分からなかった。
「お前、何で? さっき出たはずじゃ…」
「…今、お昼休みだよ」
「え?」
言われて時刻を確認する。時計はちょうどお昼休みを示す時間を指していた。そして、和樹は自分が授業をサボってしまったことに気づいた。
「し…」
「し?」
「しまったーー!!」
その場で崩れ落ちる和樹。ちょっとウトウトしていたつもりが完全に寝落ちしてしまったようだ。それによって、昨日、眠たい目をこすりながら勉強したのが全て水の泡となった。このショックは和樹の精神に大ダメージを負わせた。
「えっと…大丈夫?」
「大丈夫じゃねえよ…」
雪の言葉に突っ込むその声もどこか弱弱しさを雪は感じた。ショックが大きかったのか立ち直れない和樹。そんな和樹を見て雪がぼそっ、と呟いた。
「その……ごめんなさい」
「え?」
急に雪に謝罪されて戸惑う和樹。だって、寝落ちしたのは和樹の責任であって雪は関係ないはず、なのになぜ雪は謝っているのだろうか?
「なんでお前が謝るんだよ」
「だって、私がBGOやらせたせいで、白井君の勉強の邪魔になっただろうし……」
小さいながらもその声は和樹に届いていた。雪は自分が和樹をBGOに誘ったことによって和樹が迷惑していると思ったようだ。まぁ、多少は迷惑だが、これは決して雪のせいではないのだ。
「お前が謝ることなんてないんだよ」
「でも…」
「最終的にBGOをやるって決めたのは俺だし、それで勉強に支障をきたすのは俺の責任だ」
言いながら和樹は雪の頭に手を乗せた。まるで、子供を安心させるかのように優しく撫でる。だが、和樹は自分がやっていることに気づくと素早く手をどかした。気のせいか顔が若干赤い。
「と、とにかく、お前が責任感じる必要ねぇから」
「…うん、ありがとう」
どこか安心したような顔をする雪。その顔になぜか胸がざわつくのを感じたがすぐに奥に押し込んだ。
「まぁ、過ぎたことはしょうがない。とりあえず、教室に戻るか」
「うん」
「お前はついてくるな」
「え~、何でよー」
「俺の命が危ないからだ」
「何それ?」
そんな会話をしながら和樹と雪は屋上を後にした。
(…あれ? そういえば何でこいつ、俺が教室にいないのに起こしに来るのが今になったんだ? ………ま、いいか)
(ふふ、シロ君の寝顔、いっぱい撮っちゃった。意外と可愛い寝顔だったなぁ。お気に入りにしとこ♪)
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