第10話 PvP

 

 午後7時、和樹は机に向かって学校の課題をやっていた。今日のサボってしまった分を帳消しにするため、また、今日のような失敗をしないために現在進行形で頑張っているのだ。スラスラとペンを走らせる音だけが部屋に鳴る。

 そして最後の問題を解き終わると和樹はそっとペンを置いて、「ぅう~」と後ろに伸びをする。勉強を始めて約2時間、一切の休憩を取らずに和樹は今日出されて課題から明日の予習まですべて完璧に終了させた。和樹は終了した参考書を片付けて、パソコンを起動させる。押し入れからVR機を取り出し、パソコンに接続させると画面からBGOを起動し、VR機を被った。そして、今日も和樹はゲームの世界へと旅立った。



☆☆☆☆☆☆



 目が覚めた場所は昨日雪と出会った噴水広場だった。周りを見渡すと今日も多くの人で賑わっている。すると、シロはすぐにメニューを開き、フレンドの項目をタッチする。フレンド欄には昨日登録しあったユキの名前だけがあり、シロはユキの名前の横にある文字を見る。そこにあるのは『OFF LINE』の文字が書かれていた。

 これはフレンド登録した相手がどこにいるのかが分かるようになっているのだ。もし、ログインしているなら今いるフィールド名が書かれ、ユキのようにまだログインしていない場合なら『OFF LINE』と書かれるようになっている。待ち合わせ時間に随分早いためかユキはまだログインしていないようだ。ユキの現状を把握した和樹は目的地へと歩き出した。






 シロがたどり着いたのは昨日ユキと来た《イジイの森》だった。しかし、今日は背中に剣を装備していない。完全に手ぶらな状態のままシロは森の中を歩き続ける。森は静かで時折風によって動く草木の音が心地良い。そんな森の音楽を楽しんでいる時、がさっ、と雑木林から何かが動く音がした。シロは警戒するようにその場所を凝視する。だが、そこから何かが飛び出してくる様子はなかった。


(…気のせいか?)


 臨戦態勢を徐々に解くシロ。が、次の瞬間、シロは後ろから殺気を感じ、受け身を考えず前へ飛び込む。

転がり、後ろを振り返るとそこには体長2mほどの熊がいた。熊はシロのいた場所に鋭い爪を突き立て、地面に食い込ませていた。


「GUUUUUUU」


 尖った歯を並べ、こちらを威嚇するように唸る。シロはそんな熊に恐れることなくゆっくりと立ち上がる。狂暴そうなその佇まいからしてこのフィールドじゃ、高レベルのモンスターなのだろう。そう考えるとシロは自然と口角を上げた。


「ちょうどいいや、ちょっと付き合ってもらうぞ、熊公」


 シロは熊にそう言うと一気に地面を蹴り出した。



☆☆☆☆☆☆



「あれ~、シロ君早いね」

「よっ、俺もさっき来たばかりだ」


 ユキがログインすると噴水の前にあるベンチに座っているシロを発見した。ユキはシロの元へと近づきながら軽く挨拶をする。シロも片手をあげてそれに応じた。集合したところで早速今日の方針を決めることとなった。


「さて、今日はどうするの?」

「そうだな、今日は適当に街めぐりながら情報でも集めようかなって思っているが大丈夫か?」

「うん! 街の案内なら任せて」


 シロの提案に勢いよく返事をするユキ。昨日に比べてやる気があるように見えて不審に思うシロだが普段のユキのテンションもこのくらいなのでこれが普通なのだろうと特に気にはしなかった。


「それじゃ、どこから行くんだ?」

「そうだね~、中心街は? 結構人集まるし、何か情報が入るかも」

「じゃ、そこで」

「了解。それじゃあ、ついて来て」

「ちょっ、そんなに急がなくても…」


 ユキはシロの腕を取り、街の中心街へと走り出した。その表情はワクワクとしていたが後ろのシロには見えていなかった。



☆☆☆☆☆☆



 中心街についてシロが驚いたのはまず人の多さであった。それは最初にログインした場所に比べて倍近い人がそこにはいた。確かにここなら『シルバー』に関する情報が集められそうだ。

トコトコ、と前を歩き続けるユキの後ろをシロは黙ってついて行く。やがて、ユキは足を止めるとくるっと振り返りざまに両手を広げた。


「じゃじゃーん」

「何ここ?」

「クエスト受容所だよ」

「あぁ~」


 ユキが示したのは街のなかでは目立つ建物。そこでは様々なクエストを受けられるようだ。ユキの説明によるとここからクエストを受けなくても街中にいるNPCからも受けられるらしい。

 二人はここには入らずに街を進みだす。歩きながらユキは通り過ぎる景色や建物を説明してくる。シロもそれを黙って聞いて時折生返事を返した。観光気分で街を歩いているとシロはとある一角に大型の液晶画面が浮いているのを発見した。


「なあ、あれなんだ?」

「え、ああ、あれは今闘技場でやっているPvPの実況が映し出されているんだよ」

「へ~、そんな事までやってんだ」


 感心したようにシロが呟く。それに対してユキはふと違和感を感じた。基本、シロは何事にも動じず冷静で、あまり周りには興味がないものだと思っていた。だからだろうか、シロが素直に驚いたような声を出したのが珍しかったのだ。


「…シロ君、あそこのお店入ってみようか?」

「おう」


 ユキが指し示したのは石造りの建物だった。正面にある入口の横には看板らしきものが無造作に置かれている。ユキと共に店に入るとそこにはいくつかのテーブルとカウンターが設置されていた。店内には屈強そうなプレイヤーたちが木で出来た器で乾杯している図がシロの目に映った。


「いらっしゃい、空いてる席に座ってな」


 カウンターの奥から店主らしき人がシロたちに声を掛ける。ユキとシロは言われた通りに空いていたカウンター席に腰掛けた。程よく混んでいる店では終始、男たちの上機嫌な笑い声が響く。


「ここよく来るのか?」

「うん、友達との待ち合わせとかによく使うんだ」

「ユキちゃんはウチのお得意様だからね」


 シロとユキの会話に先ほど声を掛けた店主が割って入った。さっきは忙しくて顔を見ていなかったようだ。


「で、ユキちゃん、そっちの彼は? どうやら新参君みたいだね」

「どうも、シロって言います」

「俺はホックだ。ま、覚えてくれや」


 ホックはカウンター越しから手を差し伸べて来る。シロはそれが握手を意味することに気が付くと慌ててホックの手を取った。


「んじゃ、注文はどうする? ユキちゃんはいつものナップルのジュースでいいかい?」

「はいっ」


 ホックの言葉に元気よく返事するユキ。ナップルとはBGOのフィールドで採取できる果物で味はパイナップルに似ているらしい。


(いや、確実にパイナップルだろ。運営、もっとネーミング頑張れよ)


 この世界では味覚も精密に再現されており、それで本当に腹が膨れるわけではないが逆に言えばどんなに食べても太らないということでダイエット中のプレイヤーには人気なのだ。


「シロ君は?」

「じゃ、同じのください」

「はいよ、ちょっと待っててな」


 ホックはそう言うと慌ただしく他の客の所へと行ってしまった。その光景を眺めていたシロはふと店の空中にある画面を見た。ここにもPvPの実況が行われているようだ。

 画面には円状の闘技場が映し出され、その中心では二人のプレイヤーが互いに睨みあっていた。一人は真っ赤な鎧をまとい、シロの持っている片手剣よりも太い剣を右に持ち、左にはこれも赤を基調とした柄に白色の十字模様が描かれている盾を持っている男のプレイヤーだった。もう一人は反対に赤いプレイヤーが持つ剣よりも細く長いレイピアを持ち、黄色い和服のような鮮やかなもので足元がミニスカ風になった格好をしていた。そんな二人を見てシロの表情は苦々しくなった。


「待たせたな、ほい、ナップルのジュース二つな」

「わぁ、ありがとうホックさん」

「どういたしまして、…っておい、どうしたんだ、そんな突然、元カノに遭遇したみたいな顔をして」

「…遭遇したことあるんですかホックさん?」


 二人のそんなやり取りもシロはすぐに耳を通過して反対の耳から出て行った。だが、ユキがシロの顔を覗き込もうとしているのが見えて我に返った。


「いや、何でもない」

「もしかして、あれ見てたのか?」


 ホックが画面を見ながら言う。どうやら見られてようだ。ここで嘘をつく必要もないので頷くシロ。ホックはその様子を見て、突然大きな笑い声を発した。


「ガハハハッ、そうかあれが気になるのか、気になるのは試合か? それとも賭けの方か?」


 ニヤついた顔で迫るホック。BGOでは公式に行われるPvPではよく賭けが行われている。ホックはシロがそれが気になったものだと判断した。


「どうだ、どっちが勝つか賭けないか? ちなみに倍率は3:2だぞ」

「……」


 言われてシロは考え込む。冷静に考えてからメニューを開き、金額を入力した。


「ちょっと、シロ君!?」

「ガハハハッ、そういうやつは好きだぜ」


 シロの行動に驚愕するユキに対してホックは上機嫌に笑う。入金してからシロはユキに色々と言われてが結局、シロのお金だからと言われそれ以上は言及できなかった。

 ため息まじりに画面を見る。すると、画面の向こうではもうすぐ試合が開始されるようで、緊張感が画面越しでも分かった。シロとユキが固唾を飲みながら見るなか、闘技場ではボルテージが最高潮に達していた。





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