第8話 ウォーミングアップ


「ふぅ~、疲れた…」


 店前で胸をなで下ろすシロ。緊張で額には若干の汗が浮いていた。


「危うく、タメ口になってしまうとこだったぜ。バレてないよな」


 そう言って店の扉を確認する。ジョウが扉から出てくる気配は感じない、まだ倉庫にいるのだろう。

 店から離れてシロはアイテムボックスを開く。そこにはジョウから購入した防具が収まっていた。しかし、シロはその隣にあるアイテムに目を向ける。


「これってやっぱりあれだよな…」


 まだゲームを始めて一時間もしていないシロのアイテムボックスに存在しないはずのアイテム、それをシロはまじまじと見ていると裏通りの終わりを告げる光の端がシロの体に当たる。


「まぁ、なんかの役に立つだろう」


 シロはアイテムボックスを閉じ、裏通りを出る。人が行き交う街の活気は収まることはなかった。まだ時間に余裕があったがシロは一足早く噴水広場へと向かった。



☆☆☆☆☆☆



 噴水広場に到着したシロは人混みからユキの姿を探した。ある意味目立つ格好をしているためシロは今回は苦労がかからないだろうと噴水の前に目を向ける。


「ねえ、君一人? よかったら俺等と狩り行かない?」

「えっと、その……」



(苦労しないと思ったのに……)



 シロはことごとく不運な自分に涙が出そうであった。噴水の前ではユキが男性プレイヤー三人にナンパされる図が目に映った。

 世の中でどれだけの人が知り合いがナンパされる現場に遭遇するのだろう。

 そんな悲しき現実に目を逸らすわけにもいかず、シロは足元を重くして現場へと踏み入れる。わざと三人に聞こえるように声を張った。


「ようユキ、ごめん待たせたか?」

「し、シロ君…」

「なっ、なんだテメェ」


 急なシロの登場で男たちは驚く。シロは黙ってユキを隠すように男たちと対峙する。出来るだけ事を穏便に済ませるため落ち着いた口調で男たちに話しかける。


「すみません、ちょっとこの人と約束してまして。狩りはまたの機会にしてください」

「はあ? おいこら、何いきなり出てきて勝手に決めてんだよ。関係ないやつは引っ込んでろよ!」


 男たちは邪悪な空気を纏いながら口を開くとシロを脅すように叫んだ。テンプレ通りのセリフにシロは逆に物珍しさを感じたがすぐに気持ちを落ち着かせる。


「いや、だから、この人と約束していたって聞こえなかったんですか?」

「黙れ、痛い目に遭いたくなかったらさっさと失せな。ルーキーさんよ」


 男の言葉に他の男たちも顔をニヤつかせた。初期装備のシロを見て初心者と判断したのだろう、対する男たちは全員固そうな鎧や巨大な剣を装備している。明らかに経験値の違いが窺えた。誰の目にもシロに勝ち目がないように映るだろう。しかし、シロはいたって落ち着いた様子で一歩も引こうとしなかった。その様子を見た男たちはシロを囲むように三方に別れた。

 シロはユキを巻き込まないように移動する。それに合わせて男たちも陣形を崩さずに移動した。一応、シロは口を開く。


「あの、俺、騒ぐのは苦手なんですが…」

「大丈夫だ、騒ぐのは俺等でお前はただいたぶられるだけだから……やれ!」


 男の合図に前と左右から三人が一斉に襲い掛かってくる。諦めたようにため息をつくとシロは静かに呟いた。


「……ま、ウォーミングアップぐらいにはなるか」


 シロは左からくる拳を最小限の動きで後ろに避ける。さらに、右から突進してくる男の足元を引っ掛け左の仲間に贈る。


「おわっ!? じゃ、邪魔だ!」

「ぎゃあっ!」


 見事に左の男の拳が右の仲間の顔面にクリーンヒットした。味方の拳を喰らった男は後ろに転がり伸びる。シロは勢いよくしゃがみ込むと味方に攻撃してしまって呆然としている男の足元を地面と水平に蹴った。バランスと失った男の体は一瞬、宙に浮きあがる。


「ぐえっ!」


 が、すぐに重力に従って地面に落ちた。シロは目の前のリーダーらしき男に目をやる。男は背中に背負っていた大剣を取りだしシロ目がけて横一線に斬りかかった。シロはそれを先ほどのように後ろに下がって避けると思いっきり自らの右足を蹴り上げる。蹴り上げた先には男の右手があり、勢いよく蹴り上げられた右足は男の右手に直撃した。


「痛っ!」


 直撃を受けた男は声を上げる、その拍子で男の大剣はくるくると縦に回転しながら空へと打ちあがった。シロは空中に放り出された大剣を左手でキャッチする。そして、その大剣を相手の首元に向けた。


「なっ!?」


 自分の武器を向けられた男は動きを止める。シロは空いた右手で自分の背中にある剣を静かに取り出し、足元で寝転んでいる男の顔に剣先が当たる数センチの距離に置く。


「うそだろっ!」


 その間およそ数秒、シロは冷たい目を男らに向ける。


「まだ、やりますか?」


 陰湿な笑みを浮かべながらシロは男たちに問いかけた。



☆☆☆☆☆☆



「おっ、覚えてろよー!!」


 負け犬の遠吠えを体現したかのような格好で男たちは広場から走り去って行った。その光景にシロはデジャヴを感じた。


「……やり過ぎた」


 シロは自分に向けられる視線に気づき、反省する。周囲は初期装備の初心者プレイヤーが自分よりレベルが高いだろうプレイヤー三人を瞬殺するという事件に興味深々であるようだ。


「あ、あのシロ君…」


 不意に後ろから遠慮がちな声が聞こえた。振り返るとユキが呆然とした様子でシロを見ている。その目キラキラとしていた。


「えっと、だい、じょうぶか?」


 何を言えばいいのか分からずシロは片言になりながら質問する。我ながらあほみたいだと自分を罵倒した。だが、ユキはその質問には答えずにずんずんとシロとの距離を詰めてくる。そして、互いの息がかかるほどに近づくと急にシロの両手を取ってブンブンと上下に振った。


「すごいよ! さっきの三人を一瞬で!! それもまだ初期装備なのにー!」

「分かった、分かったからとりあえず落ち着け!」


 十回ほど両手を高速移動させ、ユキはシロの手を開放した。だが、興奮は冷めきれず息が激しい。


「やっぱり、私の目に狂いはなかったよ。君ならあの『シルバー』にだって、むぐっ……!?」


 興奮気味にまくしたてるユキの口をシロは急に手で塞いだ。突然のことにユキは興奮した頭が逆に冷静になった。シロは頃合いになるとユキの口から手をゆっくり離し、今度はユキの手をとり何も言わないまま噴水広場から離れた。

 噴水広場から離れてしばらく歩き、とある建物の陰へと入った。


「…落ち着いたか?」

「うん…」


 ユキが冷静になったのを確認するとシロはユキの手を離した。ユキは我を忘れて興奮した姿を見られて恥ずかしそうに顔を俯かせていた。

 そんなユキにシロは淡々とした口調で言った。


「いいか、あまり大勢の前で『シルバー』の名を出すな」

「どうして?」

「お前なぁ、もしあの場に『シルバー』がいたらどうすんだよ」

「あ……」


 言われてユキは思わず自分の口に手を当てる。もし、自分のことを探す人物がいたら普通ならどうするだろうか、それは考えれば簡単なことである。


「警戒してPKが発生しなくなって困るのは俺たちなんだぞ」

「…ごめん、つい興奮して」

「まぁ、分かればいい」


 しおらしくなったユキの顔を見てシロはそれ以上は強くは言えなかった。


「で、これからどうする?」


 話題を変えるようにシロはユキに訊いた。


「そうだね、とりあえず、シロ君のレベルを上げるか街で聞き込みをするか考えているけど。シロ君はどっちがいいと思う?」


 言われて考える。『シルバー』がどのくらいのレベルなのか分からない以上戦闘の訓練も兼ねてレベルを上げるのが得策か、それともより多くの情報を得るために街で聞き込むか、判断が難しい。だが、もし、『シルバー』を見つけたとしても話し合いで解決しない場合も考えられる、となると…。


「まずは、レベル上げだな」

「分かった、じゃあ、最初は《イジイの森》に行こうか」

「任せる」

「そうと決まればレッツゴー!」


 元気いっぱいといった声でシロの前を歩くユキ、その後ろ姿を見ながらシロはこれからの苦労を考えて小さく吐息を吐いた。




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